打ち上げ
魔獣依頼調査の打ち上げ
ジョンストン(ジョン爺)の奥さんアビー登場
地元民向けの大衆食堂が城壁沿いに軒を連ねている。お店の前に掲げられた隊旗の列を眺めながら暫く歩くと、すぐに傭兵隊スカイランドの青い隊旗が見えてきた。その旗は青い生地に二本の剣が交差する形で並んでおり、背景には大きな百合の刺繍が施してある。食堂オークラと書かれた暖簾をくぐる僕たち二人を、お酒と焼肉のまざったような芳ばしい香りが出迎えてくれた。
「……。ここだ。」
「おぅ、新人こっちだ!よーし、大体揃ってきたな。」
「ライ、少し詰めてくれます?クリス隊長たちの場所を空けておかないとですわ。」
穏やかな眼差しのアイスさんが手を上げ呼んでくれた。裸に手甲というこれ以上ない目印があった為に、先にテーブルを見つけていたのはここだけの秘密だ。
「シーグリッド、こちらが空いてるぞ。」
「うん、ありがと。ユウ、となりー、ここ。」
「おぅおぅ、すっかり仲良しみたいだな。シーグリッドもちゃんとお姉さんが出来てるみたいだ。わっはっはっは。」
「ライ、うるさい。」
トテトテと店内を歩きテーブルにつくと、ちょこんと座るシーグリッドちゃん。お誘いを断る理由も無いのでそのまま隣に座らせてもらう僕。見渡すと楕円形のテーブルを囲む形でアイスさん、ラインハルトさん、ザラさん。僕を挟んで、シーグリッドちゃん、エリーさんと続いていた。それぞれアイスさんとエリーさん、ラインハルトさんとシーグリッドちゃんが対面になっている。手甲がそのまま義手になっているラインハルトさんを除くと、鎧はだれも装備しておらず、一様に普段着の恰好をしていた。
「……。それで傷の方は?」
「ええ、それが身体の方は何とか動かせそうです。傷跡が残るかもって話でしたが、痛みも熱も今のところは大丈夫です。すみません、皆さん心配をおかけしました。」
テーブルを挟んで真っ先に話題に上がったのは僕の怪我の事であった。皆の心配そうな眼差しに、笑顔で応えた。
「ふふふっ。ひとまず安心しましたわ。熱が下がらない時は心配したんですからね。」
「ああ、ザラのやつ責任を感じてたみたいだからな。ユウ、後で改めてお礼をするんだぞ。礼を尽くす、これもまた騎士道だ。」
麦酒のコップに優しさの雫が注がれる歓談の最中、そこに高笑いと凛とした声が加わった。
「もう集まっとるようじゃのぅ。爺も見目麗しき女性に代わる代わる看病してもらいたかったわい。カッカッカッ。」
「皆、遅れたわね。さぁ改めて打ち上げを始めましょうか。魔獣調査依頼の報酬は微々たるものだったけれど、戦利品はたんまり頂いたわ。今夜は私の驕りよ。」
傭兵ギルドに向かっていた二人が合流し、ここに傭兵隊スカイランドは全員揃ったのだ。僕とザラさんの間に二人が座り、テーブルを囲んで酒宴が始まる。
「やった!わたし、高級はちみつ酒ー!ユウもそれで、いい?」
「ええ、僕もそれで。解熱のお薬もあるので。」
「おぅ、こっちは麦酒を樽でくれ!」
「……。米酒を二本。」
思い思いに注文を追加する傭兵隊の面々。僕とシーグリッドちゃんは子供でも飲める甘いはちみつ酒を選んだ。その甘さから敬遠されがちだが、病み上がりには甘い過ぎる位が丁度いいかもしれない。既に何杯か飲んでるラインハルトさん達は、驕りと聞いて飲む量を変えたようだった。
「皆に行き渡った?それでは!今回の魔獣調査依頼、多少の荒事はあったものの皆でまたこうしてお酒が飲めて嬉しいわ。今回も最善、最良の働きをありがとう。今夜は大いに飲んで食べて頂戴ね。――乾杯っ!」
「「「カンパーイ」」」
お酒に加えて、焼き石の上にジュウジュウと乗っているお肉にたっぷりとバターが塗られたバターパン、野菜たっぷりのシチューなど料理が次々と運ばれてくる。皆で料理を美味しく囲みながら歓談は続く。
「いやぁ、しかし野盗に襲われたなんぞ久しぶりじゃったのぅ。」
「俺の鍛えた筋肉の前では大した敵じゃなかったけどな。わっはっはっはっ。」
「笑ってますけどライ……、その大した事ない敵に片腕失っていませんでしたか?うふふっ。」
「おぅおぅ、失ってなどないわっ!あれは俺の方からくれてやったんだいっ!」
「ふふふっ。そういう事にしておきましょう。けれど、まさかあの火柱を飛び越してくるなんて……。正直言いますと、あの時は覚悟を決めてましたから。ライたちが来てくれて助かりましたわ。」
「遠くからでも、炎上の煙、見えてたから。ちょっと、いそいだ。」
後から知った事だが、背後にあった火の壁こと火柱は、ラインハルトさん達が飛び越える頃にはその火勢はだいぶ弱まっており、シーグリッドちゃんも飛び越えられたほどだったらしい。
「カッカッカッ。爺が見たところ、手強いとは言わぬが油断できない相手だったのは確かじゃのぅ。まっとうな傭兵隊を目指していれば、いずれは竜討伐あたりの依頼も来てたかもしれんが、のぅ。」
「確かに良い太刀筋の剣士は居たな。」
「……。エリーが褒めるとは。一戦、交えたかった。」
アイスさんが話に乗ってきた。
「でもまぁ、所詮は野盗に身を落とした者達。アイスが剣を抜く相手でも無いさ。」
「……。剣に貴賤の上下無し、だ。」
「そうか、それもまた騎士道。ではかの者に杯を。」
「……。あぁ。」
各々がそれぞれの話題で杯を交わす中、クリス隊長が今日の事を切り出してきた。
「それで、ユウ。火傷はもう大丈夫そう?」
「はい、さっきも皆に言ったんですけど、もう治りかけみたいで動かしても大丈夫です。頑丈で助かりました、はは。」
先ほどと同じように、安心が伝わるような笑顔で応える僕。
「なら良かったわ。シーグリッド、そちらは?」
「うん、回復の早さ、若さみたい。もうへーき。」
「ふぅん、良いわね若いってことは。羨ましいわ。」
ほんのり上気した頬を触りながら肩を少し落とすクリス隊長。その顔からは凛とした面影は和らいでおり、艶っぽさを漂わせていた。年相応とでも言うのだろうか、普段からはあまり想像できない柔らかい表情であった。
「……。クリス隊長も若い。」
「カッカッカッ。そうじゃそうじゃ。爺に比べれば皆子供のようなものじゃからのぅ。おっとっと、腰痛が、ザラよ少し寄りかかってもええかのぅ……いっ、いててて!」
ジョン爺がザラさんの豊かな胸に飛び込むように寄りかかろうした瞬間、どこから取り出したのか手に持った矢でピシャリと止められたのだった。憧れのおっぱいキャッチ失敗の瞬間である。この時ばかりは普段の若々しい清涼感も影を潜め、年相応の酔っ払いのお爺ちゃんのようだ。
「もうっ!ジョン爺ったら、今度という今度は奥さんに言いつけますからねっ!」
そう言いながら矢で叩くザラさんに、僕は既視感を覚えずにはいられなかった。彼女は矢で叩くのが癖なのかもしれない。背中がほろ苦い痛さを思い出し、苦笑した。
打ち上げも大いに盛り上がりお腹もだいぶ満たされた頃、聞き慣れない声でテーブルに割って入る人影が現れた。
「すまない、こちらに傭兵隊スカイランドの者はいるか?表に隊旗が見えたものでな。」
「ああ、私の隊だが……、何か用?」
「酒宴中に申し訳ない。魔獣辞典に載っていない魔物を生け捕りにしたとか……。その手腕を見込んで少し話が出来ないかと思い声を掛けさせてもらった。」
太い眉に角ばった頬骨、無骨な印象を拭えない顔立ち。大衆食堂にはおよそ不釣り合いな鎧甲冑にマントがその場で異彩を放っていた。剣こそ装備していなかったが鎧の装飾、立ち振る舞いから見て騎士なのだろう。
「依頼?それとも入隊希望者?どちらにせよギルドを通してもらわないと。」
「ああ、実はその依頼でギルドに寄った帰り道なのだ。いずれ連絡はいくだろうが、話は早い方が良いと思ってな。」
「あらそう。なら場所を移しましょう。ジョン爺――、は駄目そうね。アイス、それとザラ、一緒に付いてきてくれる?」
ギルド関係や隊に関わる話は会計士という立場上、ジョン爺も参加する事が多い。話自体は一人でも出来るだろうが、先日野盗にあったばかりの僕たち。夜分に話となれば護衛の一人や二人がつくのも納得だ。酔い潰れて夢心地のジョン爺に代わり、アイスさんとザラさんが連れだってクリス隊長に付いていった。
「そういう事なら一旦お開きにするかぁ!エリー、シーグリッド、二軒目いくぞ!おぅ、新人もどうだ?」
「ライ、病み上がり、むりはだめ。ユウは一緒に、かえる。」
「ははは、すみません、今日は遠慮しておきます。」
「むぅ。じゃあ仕方ない。それなら隊旗は任せたぞ?ジョン爺はもうじき奥さんが迎えにくる頃だろうからほっといても大丈夫だろ!わっはっはっは。」
丁度良いタイミングだった。クリス隊長たちと入れ替わるような形でジョン爺の奥さんが迎えに来てくれた。
「あらまぁ、嫌だわこの人ったら。まぁた飲みすぎて……。ありがとう、後はうちが引きとるわ。」
ジョン爺の奥さんこと、アビーさん。栗色の髪を後ろで結いあげその美貌を一層際立たせている。化粧のせいかエリーさん達と並んでも分からない程若々しく見えた。先ほどの騎士と違い、彼女はお店の雰囲気に合った割烹着姿であった。恐らく家からそのまま出てきたのであろう。小奇麗な女将さんという言葉がしっくりくる女性であった。
「ジョン爺、嬉しい事でも、あったみたい。あまり、怒らないで、あげて。」
「どうせまた綺麗な女性に囲まれてのぼせていたのでしょう?まったく……、ほらっ帰るわよ!」
「これはこれはー。こんな美人さんがー、いるとはのぅ。爺もあと十年若ければー、口説いたもんじゃがのぅー。」
「なぁに言ってんだいっ!うちはもうとっくの昔に口説かれてんだよっ!」
ジョン爺をテーブルから引きあげると、半分担ぐような形でズルズルと引きずって行くアビーさん。言葉では怒っているようであったが、その頬は緩み可愛い笑窪が出来ていた。
「ははは。では、ジョン爺をよろしくお願いします。」
ジョン爺の住まいは寄宿舎ではなく城壁内の居住区にあった。奥さんと水入らずで過ごすには寄宿舎は手狭なのだろう。ジョン爺夫婦を見送ると、僕らは隊旗を受け取り、寄宿舎に向けて歩き出した。城壁の出入り口を通り抜け、畑や牧草地を暫く歩く僕とシーグリッドちゃん。思えば今日一日ずっと一緒にこうして歩いてる気がする。火照った身体が夜風にさらされて程好い心地よい。夜の静けさの中シーグリッドちゃんの口が開いた。
「ユウ……。ずっと、聞こうと、思ってた。」
「ん?どうしたのシーグリッドちゃん。」
「火傷の傷、槍の傷、それ以外にも、怪我してない?」
「あぁ、熱はもう大丈夫だよ。一応お薬も貰ったしね。」
「ユウの魔力、今朝から、ううん、怪我した時から、ずっとずっと減ってるから。」
魔術の心得が無い僕は、魔力の事も当然ながら分からなかった。魔術士シーグリッドちゃんが言うのだから間違いないのだろうが、身体の方は特に問題無いように思えた。
「そうなの?んー僕には分からないな。減ってても魔術使えないし、問題無いんじゃないかな。」
「だいじょうぶ、ならいい。ただ減った量、こーんなにあるから。」
両手を大きく広げて、量を示してくれているが、それが多いのか少ないのか分からない。ただただ可愛いだけであった。
「まるで、誰かに魔力、使われているみたいな減り方、しんぱいだった。」
「うーん、魔術に関してはちょっとなぁ。ティカさんにも診てもらったけど大丈夫だって言ってたし、平気だよ。ははは、ほら!」
担いでいた隊旗を片手で高く持ち上げて見せる僕。心配そうに見つめていた彼女の顔は既に破顔していた。月夜に照らされた家路をトテトテと歩く二人。その間には今晩の料理のように温かな空気が流れていた。
次に続きます
寄宿舎の朝




