被害報告
街への帰路
「ふふふっ、大丈夫?シーグリッドちゃん。」
「だいじょうぶ、それよりユウの傷を。」
「おぅ、預かった薬は全部使ったぞ」
それぞれが僕の周りで頭越しに会話を進めている。僕はというと、先ほどに比べると痛みは和らいでいたが、それでも立ち上がるまでには至っていない。重ねがけされた痛みの方程式を解くにはまだまだ時間が必要そうだ。
「うん、見た目ほど悪くないみたい。すごい、もう薬がなじんでる……。火傷以外の傷も……もう血が止まってる。」
「ふふふっ、シーグリッドちゃんに感謝するのですよ。それと……、今度私の前で特攻みたいな真似したら許さないですからね?ユウ。」
艶やかな微笑のままだったがその瞳は真剣そのものだ。決死の覚悟を伴った突撃も彼女の前では 無茶無謀に映ったのだろう。咎めるというよりは、突撃させてしまった後悔の影がその眼差しを形作っていた。
「いてて、すみません。いやぁ、シーグリッドちゃんのすごいお薬のおかげで助かりました。身体の方も何とか、少しは動かせそうです。ははは。」
その場の空気がゆっくりと氷解していく。心配の先にある安心。同じ場所で命の距離のやり取りをしていたとは思えない程、それは温かさの感じる空気であった。
「おぅ特攻とは良い晴れ舞台じゃねぇか。こりゃザラも少しは見直したんじゃないか?酒の一杯もおごってもらえそうだな。わっはっはっは。」
「ふふふっ。私のお酒は高いですわよ。さぁ、下に降りて隊長たちと合流しましょう。あちらはとっくに終わっているようですし。」
落とし穴の周辺ではいくつかの影が動いていたもののザラさん曰く、戦闘は終わっているらしい。目を凝らしても誰がどうなったのか分からないが、口ぶりから察するに僕がいらぬ心配をする必要は無さそうだ。もう何日も抜け出せない牢獄にとらわれている、そんな感覚に縛られていたが、実際に流れていた時間は1時間にも満たないのだろう。援軍という鍵でその牢獄をこじ開け、抜け出した僕らは駆けのぼってきた道を下って行った。
頑丈なのが取り柄と言っておきながら、皆の手を借りるのは忍びなかったが、手に肩にと助けを借りやっとの思いで落とし穴の所まで戻ってきた。
「カッカッカッ。ユウは羨ましいのぅ。胸に飛び込んだり、裸で抱き着いたり、今日は役得じゃのぅ。爺もあと十年――」
「もうっ、ジョン爺ったら。見ての通り、こっちはこっちで大変だったんですから。」
「ザラ、シーグリッド、ラインハルト、ご苦労様。それとユウ。無事なようね、ゆっくり休んでて。」
各々に会話を交わす面々。決して抱き着いてるわけでは無いが、とっくに限界を迎えていた身体は立っていることを拒否し、支えを求めて近くの人へ倒れこむ格好となっている。それは結果的に抱きかかえられる恰好になっていた。
「クリス隊長、こいつの処遇は如何程に……。」
荒くれ者はロープで縛られていた。その横でこれ見よがしに素振りをすエリーさん。大剣が音を鳴らしてその時を待っているようだった。
「ま、まて。男手は失ってしまったが、街へ戻ればそれなりに金はある。それで手を打ってもらえないか。だ、大丈夫だ、これでもうちの隊は魔獣討伐では名の知れた隊なんだ。ともかく、まずは剣を収めてもえないか?」
「できたばかりの傭兵隊では?隊旗も無いのにそれを信用しろとおっしゃるの?」
「いや、あれはそのー…。そうだ、旗印全書は持っているか?そこにソードアイアンという隊が載っているはずだ。それを調べてくれれば分かる!俺は隊長のアトラだ!」
「ソードアイアン……、ねぇ。誰か知ってる?」
大きくぐるりと見渡しながら尋ねるクリス隊長。その凛とした眼で目配せした意図を、僕を含め皆すぐに理解した。少なからず隊の自尊心を傷つけられた事を彼女は忘れていなかったのだ。その報復という訳ではないだろうが、見返りとして何かしらの戦利品を得ようという彼女なりの交渉術であった。
「いやー、俺は聞いた事ねぇな。」
「私も無いですわ。」
「ソードアイアン、ソードアイアン……。はて、そんな隊名聞いた事が無いのぅ。」
「……だ、そうよ?」
エリーさんの振るう大剣が勢いを増す。ブオンブオン。
当然、僕も分からないと答えた。意趣返しとばかりに彼の恐怖心を外側から刺激していく。
「お、お前ら旗印全書を持っていないのか?そこに確かに載っているんだ!ほんとなんだ!」
「誰か持ってる?魔獣討伐では有名な隊らしいわ。」
「野盗の名前なら知ってるが?ふんっ、ふんっ。」
隻腕の手甲で空を殴り始めるラインハルトさん。シュッシュッ。
「……。クリス隊長、私が斬ってもよろしいか?」
エリーさんに負けじとアイスさんの素振りも始まり、長い刀剣が抜かれる。ブンッブンッ。
「術式の研究に、身体を少し、いじらせて。」
シーグリッドちゃんまでもがトテトテと近づき輪に加わる。叩き斬られるならまだしも、生きたまま苦しめられそうな言葉に荒くれ者の顔が真っ青になる。彼の恐怖心がもうすぐ臨界点を超えるだろう事はその顔からも分かった。
「ままま、待て待て!だから金は払うといっておろう!そ、そうだ。魔獣で受けた被害も出来る限り立て替えよう。人足が足りないならそれも工面致そう。ともかくその物騒な剣や魔術士を収めてくれないか。」
「カッカッカッ。クリス、もうその辺で良いじゃろぅ。こやつもこう言っておるしのぅ。」
恐怖心を植え付けたという確かな手ごたえを感じた僕らは、その戦果と戦利品を得たことに満足した。斬り捨てるのは簡単だが僕らは野盗でもなければ殺人鬼でもない。話が出来ない魔獣ならいざ知らず、人であるなら言葉が通じる。だからこその交渉なのだ。その交渉術の是非はこの際置いておこう。
「そうね、まぁいいでしょう。被害報告、エリーからよろしく。」
「了解した。私の方でまとめるぞ……。そうだな、矢筒いっぱいの矢に絹のシャツ。魔力式の義手一本に革の装備一式。それと人数分の外套と馬、以上だな。」
ようやく素振りをやめたエリーさんが、隊の被害状況を報告した。
「薬、つかった。火吹竜の唾液、あれば補充分にいくつか、お願い。」
「あぁ、爺の方は外套じゃなくローブがいいのぅ。あとあれじゃ、最新版の魔獣辞典もあったかのぅ。」
「ふふふっ。それなら私もローブがいいですわね。上質なものをお願いしたいですわ。」
「おぅ、俺の腰巻も追加で。あ、毛皮の暖かいやつな。あと荷馬車が古くなったもんでそれも頼む。」
「……。街で珍しい刀剣を見た、それを一振り頂きたい。」
まるで買い物を頼む雰囲気で次々と自分の被害を追加報告する面々。後半は被害報告かどうか怪しい報告があった気がするが、多少の過大報告は戦利品として認められるだろう。
「――だそうよ。手配はこちらでするから代金の支払いはお願いしても?」
「ぐぐぐ、割りに合わないと言うのは簡単だが仕方ない。勿論、被害で受けた分は支払おう。隊の人員補充はいいのか?まさかあの大きさの魔獣を生け捕りにして誰もやられてないはずなかろう。あとから人手が足りんと言っても承知しないぞ?」
依頼する傭兵隊にもよるが、基本的に装備を買うより人を雇う方が高額なのは一般常識であった。それを荒くれ者アトラは覚悟していたのだろう。報告された被害の額が予想よりも安価であった為に面食らっているようであった。
「私の隊を甘く見ないで。そこいらの魔獣や野盗なんかにやられる訳ないじゃない。」
これには僕も耳が痛くなった。半裸で特攻を仕掛けその結果、死にかけたとは非常に言いにくい。
「まぁこいつは特攻したとかで死にそうな顔してたけどな。わっはっはっは。」
豪快に笑うラインハルトさん。言いにくい事をはっきりと言われてしまった。
「ラインハルト?あなたも片腕失ってるじゃないの。安くないんだから大事にして。」
「お、おぅ。そう睨むなよ隊長。」
「カッカッカッ。ライも隊長の前ではかたなしじゃのぅ。」
その場に穏やかな風が流れていた。交渉の結果ある程度の取り決めが交わされると、魔獣を引き上げ街への帰路についた。持ってきた荷馬車には魔獣は大きすぎて積めず、簡易的な荷車を作り引きずる形で魔獣を街まで運んだ。幸い、傭兵隊ソードアイアンの馬が七頭ほど残っていたので引手には困らなかった。荒くれ者アトラはというと鎖で縛られたまま、街まで運び金銭と交換という形で解放したのだった。
余談だが、傭兵隊ソードアイアンは確かに旗印全書に載っていた。ジョン爺曰く「竜こそ討伐してないが、魔獣討伐の数で言えば十を軽く超えとる。ただ今回の事もあるしこの数はあまり鵜呑みには出来ぬがのぅ。特記事項は無いが、総評を見るにバランスの良い人員構成での包囲殲滅戦を得意とし、特に対魔獣での戦いに功績を残している、とあるがどれどれ、少し書き足しておこうかのぅ。……野盗に失敗し隊は壊滅、と。カッカッカッ。」(原文ママ)らしい。確かに個人で押してくるという戦いよりは、囲んで連携して倒すという戦法が得意そうだったし、実際僕らは大いに苦しめられた。
その後、僕ら傭兵隊は宿舎にしている街の郊外へと向けて荷馬車を揺らしてた。
「ユウ、今日はご苦労様。明日もう一度傷の方を診てもらいましょう。」
陽も傾きかけた頃、日中より幾分冷えた風が荷馬車の後ろで座る僕を包み込んだ。裸を気遣ってか、クリス隊長が自分の外套を脱いで僕の身体を包むように着させてくれる。彼女の凛とした雰囲気に包まれたような香りに若干身体が固くなった。
「ありがとうございます。でも皆に守ってもらってばかりで僕は何も……。」
「いいの。新人の仕事は生き残る事よ。もし借りが出来たと思ったのなら……。そうね、今度はあなたが外套を包んであげられるようになりなさい。誰かの傷を優しく包んであげられるぐらい、強くなりなさい。」
「……うぅ、はい。」
「ほらっ、クリス隊長の外套を汚さないの。まずはその泣き虫を克服しませんとね、ユウ。」
外套だけじゃない温かさに触れ、またもや心から溢れた涙がより一層顔を温かくしている。そっと絹の布で視界が覆われた。隣に座るザラさんが拭ってくれたのだった。ポンポンと肩を叩くその手からは優しさが伝わってくる。僕に出来る事、出来るようになりたい事。新たなる決意と覚悟が芽吹いたのを感じた。クリス隊長をはじめ傭兵隊に溢れる優しい温かさと共に。
次に続きます
治癒士ティカ




