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セーブ・フロム・ガーディアンズ   作者: ken
傭兵隊スカイランド
1/25

プロローグ

囚われの竜に剣を突き立てる剣士、魔術の解説をする巫女。

ここは読み飛ばしても特に問題ありません。

 目覚める事の無い夢のようだ。深く、さらに深くへと沈みゆく意識。そのまま永遠の眠りにつけるのならば、これに勝る喜びはないだろう。――しかし、この環境はそれを(ゆる)しはしない。


(ザクッ、ザクッ、ザクッ)


 鈍い痛みによって夢の底から引きずり出される意識。目覚めるまであと一歩という所で、再び深い眠りへと誘われる。こんなことを何度、何度繰り返しただろうか。


 救いがあるのならば――

 無限に続く牢獄から出れるのならば――

もう、それしか方法が無いのならば――


 いつしかそれらの望みは、一つに集約されていく。今はただ想いを巡らせる先に終わりがある事を願うばかりだ。


「グォォォゥ」


 声が駆け巡る度に浮かんでは消滅する丸い円。石壁の次は石畳、その次は入口の扉、そしてまた天井へ。灯りもない部屋で、繰り返されてきた光景はこれで何度目だろうか。


「ガァァァッ――」


 悲鳴、なのだろうか。声そのものが傷ついてるのではと錯覚(さっかく)するほどに、悲哀(ひあい)に満ちていた。どうすればこれほどまでの傷跡が残るのか、無数にある傷はどれもまだ真新しく、その一つ一つが(しゅ)に染まっている。朱の中から白金の輝きが生まれてきた。傷の一つから(うろこ)のような皮膚が再生したのだ。


「……少しは加減してくださらない?かように次々と()ぎ取っていては、竜といえど持ちませんわ。」


「巫女よ、ならば治癒を。その為にいるのだろう?ここの者達は。」


 竜と呼ばれた獣は部屋の大部分を占有していた。三十メートルを超えるであろうその巨体には、鎖が二重(にじゅう)三重(さんじゅう)と巻かれている。竜の自由は鎖によって完全に拘束されていたのだ。

会話のうち一人は肌が透けるほど薄い布を頭から羽織(はお)っている。その下には白い巫女風(みこふう)の衣装を着ていた。まるで雪の中から生まれたかのような白磁の肌、その肩から指先まで白い手。その手には先端に竜を型どった短い杖が握られている。


もう一人は鎧甲冑(よろいかっちゅう)を身に(まと)い、鞘の先まで細かい彫刻が(ほどこ)された長剣を(たずさ)えている。その彫刻からもそれなりに名のある騎士であることが伺えた。薄暗い部屋では、甲冑の色までは分からない。しかし、巫女より一回りも二回りも大きい身体からは、鍛えているであろう体格の良さが見て取れた。会話の内容、そして一方的に話す口調からして、騎士の方が上の立場であるのだろう。


「治癒…、ですか。結局のところ、魔法術式の基本から応用すべてにおいてはエネルギーの移動。治癒させるだけのエネルギー、魔力が必要なのですよ?

竜の魔力が尽きてどれほどの時が経ちましょうか。尽きた魔力とはいえ、先ほどから繰り返し何かしらの術式展開(じゅつしきてんかい)(こころ)みてる…それはご存知でしょう。竜の恵みたる“竜の欠片(かけら)”は――」


「ええい!今更術式の講義など話してどうするか。魔術士でなくともそれぐらいの一般教養は知っておるっ!心配なら拘束術式の強化をすれば事足りるはず。それにここまで巨大とはいかぬだろうが、次代(じだい)の竜確保の件、既に目途(めど)はついてる――、そう聞いておるぞ。」


 巫女の話を(さえぎ)るように、騎士が続けざまに声をあげる。その声は剣にも増して切れ味するどく会話を叩き斬った。


「それに何度も言うが、その為にここの者達がいるのだろう。枯渇した魔力を彼女らの魔力で(おぎな)い、“竜の欠片(かけら)”を再生させる。そうして出来た欠片…、爪を、鱗を、血肉を、剥ぎ取る。これは今までもやってきたことであろう?」


「……はい。ですが騎士ザード様…。いえ、分かりましたわ。」


 まるで感情のポケットに無理やり蓋をしたかのように口を閉ざす巫女。竜の拘束は未だ解かれる様子は無い。鎖に巻かれた首の先には、騎士など簡単に丸飲みされるであろう大きな口に、少し欠けた牙。そして、()であろう部位は(くぼ)んで何も無く、それが不気味さを増している。さらにその眼の上、おでこにあたる部分には、太く大きい切り株のような根本がある。かつては立派であった事が容易(ようい)に想像できるほどの角の名残りであった。(そう)じて竜は掘り尽くした鉱山のような相貌(そうぼう)をしていた。


 巫女は静かにうなずくと、羽織った布がわずかに揺れた。意思の(こも)ったその動きを合図とばかりに竜の周りに集う人影。(みな)、巫女と同様の衣装を着てはいたが、羽織る布もなく、また白磁のような肌もしていない侍女であった。


「治癒術式、展開、用意――」

「拘束術式、展開、用意――」


 並び終わった彼女らが静かに唱え出す。術式と展開、一般には魔術とも呼ばれている。これは術式を展開する彼等の総称が魔術師と呼ばれることに起因(きいん)していた。この術式というのは、体内外に存在する魔力と呼ばれるエネルギーを、別のエネルギーに移動し変換する一つの方法だ。魔力をどのように変質させるか、その構造式や計算式――、それが詠唱であり魔方陣である。


 例えば治癒術式とは、切り傷などを魔力を元にして傷を(ふさ)ぎ、血を止める。そうして傷ついた部分を再生させる術式である。留意(りゅうい)すべきことは、この術式は同等の変換である為、どんな傷も再生できる訳では無い。切り傷には切り傷の、より大きな損傷の再生には、それ相応の魔力量と術式が必要である。本来ここで治癒術式を唱えても、竜自身の傷は再生させる為のエネルギー源、即ち、魔力が無い為に何も起こらないはずであった。しかし、彼女らの体内魔力のほとんどを流用することで傷を回復、再生させていく。当然であるが、傷が再生した分、彼女らは()()()()()を強いられることになる。


「グァァァァァァァ」


 咆哮(ほうこう)、人ではない叫び声が先ほどよりも少し長めに響いた。その咆哮の陰でストンと身体の芯から崩れ落ちる人影。おそらく魔力を使い果たして意識を失ったのだろう。胴体の方では騎士が、再生されたばかりであろう白金の竜鱗を剥ぎ取ろうとしていた。返り血で全身が真っ赤に染まろうとも、その眼差しはただ一点、竜鱗しか見えてないようであった。或いは竜鱗以外見たくはないのかもしれない。


「これだけあれば充分(じゅうぶん)か……、あとはそうだな、あちらも頂いていこう。」


 カツン、カツン、カツン。次の獲物を求める音が石畳に響く。騎士は足の一本に近づき、その足を凝視した。 


「ふむ……、こちらの治癒はまだか?竜爪(りゅうそう)が少し足りない。あと前々から言ってる通り、竜の角だ。」


 話しながらも拘束された竜から目は離さない騎士。


「足はまだ再生が終わっておらんな。あちらは……、あぁ向こうもまだ伸びきっとらん。」


「お待ちください、騎士ザード様。竜本来の魔力に比べれば、我ら巫女の魔力は微々(びび)たるもの。それにこの部屋に満ちてる魔力は、竜の力を弱める為にわざと薄くなっております。とてもそう簡単に再生できるものではありませんの。……このままでは竜はもとより我らも潰れてしまいますわ。」


 ザードと呼ばれた騎士は、懇願にも似た呼びかけには応じることもなく、淡々と長剣を操る。突き刺しては剥ぎ取り、切り裂いては剥ぎ取る。まるで収穫期の農民のように単純作業を繰り返す騎士。そうして竜の頭部に辿り着く頃には、鎧はおろか髪の毛に至るまでことごとく朱に染め上げられていた。


「ふん、竜の角、竜の眼、竜の牙…はまだ生えきってないか。ちっ、頭部はどこも再生しとらんな。一番欲しいのは、その腰の杖に使われている竜の角なのだが、無理も言えなそうな状況だな。最低限、竜の眼だけは治癒をお願いしたいところだ。私とてこれがお役目、()()()()()()を果たそうではないか。頼んだぞ巫女よ。」


 術式を詠唱、展開中の侍女らを素通りしたザードは、巫女にそう()げると部屋を退出した。()()()()()()と強調するからには、彼も自ら進んでの行為では無かったかもしれない。その後ろ姿を見届けた巫女は、一つため息をつくと、彼女たちの元へ歩み寄った。


先ほどと違い部屋に駆け巡るのは侍女たちの詠唱。巫女は意を決して反響する詠唱の中に割って入った。


「皆さん、すみません。魔力が足りないでしょうがこれもお役目です。これから治癒術式に重きを置きます。拘束術式の人は詠唱中止、治癒術式の展開にまわってください。まずは頭部の眼を再生させなくては。拘束術式の方は私の方で対応致しますわ。」


 巫女の合図と共に詠唱が一旦止まり、再び別の詠唱が輪唱のように響き渡る。中止された詠唱、それは鎖の魔術であった。魔力を鎖に変換し身体に巻きつけ拘束する術式、それが解かれたのだ。


「グゥ、ガルゥウウウウウオオオオ!」


 互いの輪と輪を結ぶ(くさび)(ほころ)びが生じた。身体を不自由とさせていた元凶、その拘束が解かれたのである。その瞬間、先ほどまでとは明らかに違う咆哮が部屋に響き渡った。


「沈黙術式、展開――」


 竜の咆哮に臆することなく、巫女は両手を前に突き出した。その手には、竜の装飾が施された短い杖を構えている。詠唱を唱えるのと同時に、慣れた手つきで魔方陣の円を描いていく。杖でなぞられる度にその輝きを増していった魔方陣は、魔力を凝縮させ別の物質へと変換された。巫女の役目である竜の拘束、その最大の方法がこの術式である。鎖などで身体の自由を奪うでもなく、静かに眠らせる事で拘束する沈黙術式。竜の体内に満たされていく物質は睡魔であり、それは抗う事が出来ない暗い夢への導き手であった。


「――沈黙せよっ!!」


「オォォォォ……ォォォ……ォ……」


 揺りかごに揺られた赤子のように徐々に小さくなる咆哮。そうして終わる事のない夢の続きがまた始まる――はずだった。最後の微かな咆哮が石壁、石畳とぐるりと駆け巡り反響するにつれて、天井に魔方陣のような模様が浮かび上がる。術式展開する際に出来る魔方陣なのは間違いないだろうが、その魔方陣が幾重(いくえ)にも重なってるようで、一つ一つの術式が読み取れない。


「なっ、あれはいったい……、皆さん!詠唱やめ!拘束術式、展開用意!」


 先ほどの咆哮にも動じなかった巫女も、この状況には心を乱しているようだった。


「は、はいっ!拘束術式、展開――繋ぎとめるは鎖、自由を奪うは鎖、我は鎖……、くっ、魔力がっ!」


 お互いが訓練されているのだろう。打てば響く太鼓のように、巫女の指示が反射的であれば、それを受けた侍女たちも同じく反射的に対応した。それまで展開されていた魔方陣がスッと消え、再び浮かび上がる丸い紋様(もんよう)。それは中途半端な魔方陣であった。誰が見てもこの術式展開が無理に展開されようとしているのは明らかである。(いびつ)な絵を描き切らずに終わらせてしまったような空間がある一方で、天井の絵は綺麗に完成されていた。展開された術式は既に完了しているようで、絵画のような魔方陣からの輝きが竜に向かって放たれるところだった。


「ワレ…トウエイ、カンリョウ……オワリノトキ……」


 まるで天井に穴が開いたような光が部屋に広がり、その輝きに包まれる竜。先ほどの沈黙術式の魔方陣とは桁違いの輝きで、もはや(まぶ)しすぎて直視できない。そして竜はそれまでの咆哮とは違い、傷だらけの口から意思の疎通が出来る言葉が紡ぎ出されていた。


「りゅ、竜が言葉を…?」


その場に居た誰もが目を奪われている中で、驚きと共に声が上がった。


「……マモルコトナカレ――」


 (かす)れたような声で言葉を繰り返す竜。再び展開された魔方陣から光が放たれる。竜が光に包まれた瞬間、先ほどまでの静寂が戻ったのだった。


「み、巫女さま…。今のはいったい…?」


 その場にいた誰もが思う疑問であろう。


「あれは間違いなく術式の魔方陣が展開した輝き、それが()()()()ように見えたわ……複合術式?時折見せていた術式展開の失敗とは違い、確かに――。それより皆さん、お怪我はありませんか?」


「は、はい。だ、大丈夫そうです。」


「あっ、巫女さま、足元から血がっ!」


「……落ち着きなさい。大丈夫、これは床の血がついただけですわ。」


 どうやら何かを破壊、攻撃するような術式では無いようだった。


「……巫女さま、攻撃の術式では無さそうですね。」


「あんな術式展開、見たことも無いですわ。」


「もしかすると……、治癒再生の術式では?」


 ひとまず攻撃でなかった事に安堵(あんど)したのか、侍女たちが口々に疑問を話し出した。


「竜の欠片は…、頭部に胴体、ここから見える範囲では何処も再生していないわね。そこのあなた、竜の()の辺り、あちら側の確認をお願いしても?」


 頼まれた侍女の一人が、三十メートルはあろう巨体を尻尾の方へ脱兎のごとく駆けていった。徐々に遠くなっていった足音の代わりに、竜を挟んだ反対側の石壁から大きな声が上がる。


「こちら側もっ!再生はしてないですっ!」


「攻撃でも治癒でもない…、いったい何の術式なの…?」


「まだ疑問はあります。そもそも術式展開の元となる魔力はどこからきたのでしょう。この部屋の魔力をすべてかき集めたとしても、あれほど複雑で大きな魔方陣は展開できないかと。」


 術式展開の基本としてまず元となるエネルギー、魔力がある。それを魔方陣によって何らかのエネルギーに移動、変換する。何にせよ元となる魔力が無ければ、魔方陣はぼやけたまま輝くこともない。つまり、何の事象も起こらないのである。侍女の拘束術式が不発していた魔方陣。そして、反響した竜の声と共に浮かび上がっては消えていた丸い円。これらは全て不足した魔力による術式展開の際に起こりうる現象であった。


「皆さん。今ここで分かる事は、言葉を……、私たちの言葉を竜が話した事。ともかく、その術式と認識しましょう。いずれにせよ(ゆる)んだ鎖を巻き直さなくてはいけませんわね。改めて拘束術式を。私も加わりましょう。」


 竜の吐息がリズムよく響いては消える中で、ガチャリ、また一つガチャリと鎖が再度(つむ)がれていく。巫女も加わった鎖の術式展開。それは、これまでの鎖とは違い、より太くより厳重に巻かれているように見えた。決して離さないという意思の具現化、他の侍女たちと元々の魔力量が違うのか、より頑丈で強固な拘束術式になっていた。


 巫女は再び鎖に巻かれた竜を見つめながら、先ほどの出来事を思い返していた。言葉も確かに気になる。しかしそれ以上に引っかかるのはあの幾重(いくえ)にも重なって見えた魔方陣だ。複数の術式がそれぞれで展開したのか、それともあの魔方陣で一つの術式展開だったのか。術式を学ぶ者にとっては、未知の術式ほど興味を引かれるものはない。今では一般に広く知られ普及した基本的な術式展開でさえ、元々は未知の術式であったのだ。「知りたい」「探究したい」という欲求は、過去の先人達と同様に巫女にも湧き上がっていた。しかし、その欲求を満たすであろう竜は、完璧に展開された沈黙術式によって少しの吐息を残すのみであった。

次から本編になります。

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