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レニーの入院生活日記

魔王勇者ネタで書いてみました。 その2

作者: やまく

久々の二人です。


魔王と勇者 ふたたび



「勇者レニー様! どうか我々を助けてくださいでしゅ」


 やあ、今度は勇者として召喚されたらしい。

 目の前で見覚えのある、ふわふわもこもこの集団が飛び跳ねている。相変わらずかわいいなお前たちは。

「伝承どおりに召喚したら成功したでしゅ! かつて我々モフスを救ってくださったレニー様が来られたでしゅ! これは我が種族にも生き延びるチャンスが!」

 どうやら前回より数千年ほど時間が経過しているらしい。


 今回はとある人間の国が魔石を使って魔王を喚んだことから始まったらしい。

 その魔王はいつ喚び出されたのかわからないが、とても強くてあっというまに他国の勇者がすべて倒され、どこもかしこも属国化し、残ったのはモフスの国だけなんだそうだ。

「きっと弱すぎて忘れられていたんでしゅ。けれどこのまま大人しく支配されたら毛皮として狩りつくされてしまうでしゅ!」

 かつて私が喚ばれた時になんだかんだで世界の覇権を獲ったモフスの国は、世代交代経て再び弱体化し、滅ぼされそうになっていた。

 助けると言われても、もうこれは無理なんじゃないだろうか。

「我々は最後まで抵抗するでしゅ!」

 追い詰められているが彼らは諦めていない。どの世代でもモフスは相変わらず頑張りやさんなんだな。

 こうなったら非力ながら私もやれるだけやってみよう!

「こちらも勇者として使命を果たそう。急いで魔王のところへ向かう旅の準備をしようか」

「それには及ばないでしゅ! もう外で待ってるでしゅ!」

 なんだって?


 召喚された部屋からモフス達に案内されて窓から一緒に外を見ると、なだらかな丘一面に見渡す限り武装した集団がいた。たくさんの旗が立ち並び、人間らしき姿や人間ではなさそうな姿がいっぱいいる。ざっくり見た感じモフス達の城というか巣のような木と草で作られた建物をぐるりと取り囲んでいるようだった。

 あまりに数が多いので、びっくりしたままくすんだ色の地平線を眺めていると、軍勢が割れて中心から一人出てくるのが見えた。そのままこちらに歩いてくる。

「勇者様! あれが魔王でしゅ!」

「ええっ、どうして敵の大将がもういるんだ!」

 こういったことは長い旅路や、いくつもの困難の果てに待ち受けたりするんじゃないのか! 不安になって思わず足元にいたモフスの一匹を抱きしめる。他にも周囲にいた皆が集まってきてくれて、ふわふわに癒された。

「どうしよう……」

 なんとかモフス達の命乞いだけでもやりとげたいが、話が出来る相手だろうか。

「……まずは様子をみよう。みんな、相手を攻撃したり刺激しないようにしてくれ」

「偵察してくるでしゅ!」

 そう時間が経たないうちに、外に出ていた斥候モフスは何故か魔王を私達のいる部屋まで案内してきた。モフスいわく勝手について来ちゃったんだそうだ。


 魔王は人間の姿をしていた。

 片手に何かを包んだ荷物を持ち、なんだかかっこいいマントを着込んで落ち着いた足取りでこちらにやってくるのは……

「やあ」

「なんだミリオンじゃないか」

 魔王はこちらをじっと見つめながら挨拶をしてきた。

 お前もまたこっちに喚ばれていたのか

「最後の勇者さん。はじめまして」

 ん?

「は、はじめまして」

 他人の空似かな? でも確か魔王もよそから召喚されるというし。

 雰囲気は少し違うがよく知っている顔と聞いた覚えのある声だ。

「えっと、もしかして記憶がなかったりしませんか?」

「そうらしいね」

 やっぱりそうなのか。


「君が勇者レニー?」

「そうだ、いや、そうです」

 混乱しながらそう答えると、魔王がかすかに笑った。表情があんまり無い人だな。

「良かった。モフスで人間の女の子が召喚されたって聞いて、そうだといいなって思っていたんだ。俺の名前はミリオンというんだろう?」

 そう言いながら魔王はマントの胸元をあさって紙束を取り出した。

 警戒しつつ、二歩ほど近づいて魔王の手にあるものを見ると、薄く色がついた便箋で、私が良く使っているものだ。一番上の半分白い便箋は途中まで見覚えのある字で何か書かれている。

「これ、多分君と俺とで交わされたものだ」

「たしかに見覚えがある。私の送った手紙と、ミリオンの書きかけの返事だな」

 そう答えると魔王は笑みを深める。

 あいつは長期研修中だったはずだ。そこで呼び出されたのかな。


「えーと、知り合いか確認しに来たんですか?」

「それだけじゃないけどね」

「じゃあ、魔王自ら最後の勇者を倒しに来たの……ですか?」

 ゆっくりと、こいつは知らない相手なのだと自分に言い聞かせながら問いかけてみる。

 なんだか落ち着かない。怖い感じはしないが、会話しづらい。

「もしそうだと言ったら、どうする?」

 顔見知りかどうか確認して、気が済んだら眼の前の勇者を倒し、非力なモフス達の国を滅ぼすだけで、この世界すべてが手に入る。お手軽だ。お手軽だからさっさと済ませるために一人で来たのか。


 足元にいたモフス達の震えが伝わってくる。何匹か抱えて、知ってる顔と声の、知らない他人から距離を取ろうと背後へ下がる。

「待って!」

 魔王は慌てたように声を上げて、手に持っていた包みをかかげて見せて来た。

「こちらは武装していない。攻撃するつもりはないし、手土産も持ってきた。君と話をしたくて来たんだ」

 マントに隠れて今まで気付かなかったが、魔王は包み以外何も持っておらず、モフスが身体検査した結果、本当に武器らしいものを持っていなかった。

「ずっと手紙の子に会ってみたかった。そのために来たんだ」

「もしかして、モフスを滅ぼさずにいたのはわざとなのか?」

「ふふ」

 目が合うと魔王は楽しそうに笑う。お前本当に記憶がないのか?


 私が戸惑っているうちにモフス達が魔王陣営と話をつけてくれて、即席のお茶会が開かれることになった。魔王の軍は相変わらず外にいるが、何かしてくる様子はない。

 流されるまま案内され、草と木の皮で編んだ絨毯に座り、輪になったもふもふに見守られながら(魔王は彼ら用のカリカリしたお菓子も用意していた)魔王と差し向かいでお茶を飲んでいる。

 戦わなくていいんだろうか……でも戦って勝てる自信はないし、こっちのほうがありがたいな。


「これ、甘くて美味しいな! ミ……! ごめんなさい」

 星型の果物とクリームを挟んだサンドイッチがとても美味しくて、思わずいつもの癖で話しかけそうになった。知らない相手からいきなり馴れ馴れしく話しかけられるなんて、嫌だよな。

 いくつもの言葉を飲み込みながら下を向いてサンドイッチをもそもそと食べる。

 なんでこんなことになっているんだろうな。


「俺の記憶の有無は気にしないで! 普段通りに喋ってほしい」

 魔王は慌てたようにそう言ってきた。

「手紙の内容からこういったものが好きかなと思っていたんだ。口に合ったようでよかった」

 ふんわりと微笑む姿はミリオンと同じ顔で、同じ声なのに、なんだかミリオン以上に穏やかというか、ほわほわしているんだが、これで本当に世界の殆どを支配した魔王なんだろうか? 油断させて私を倒そうとしているのか? そんなことしなくても余裕で勝てるだろうし、罠を仕掛ける必要なんてあるのか?

「えっと、記憶が無いのは気にならないのか?」

「魔王として呼び出されてずっと忙しく活動してきたから、あまり意識したことが無いんだ。それに手紙の内容で少しは自分の情報があったから」

 先程私が食べていたものと同じサンドイッチを口に運びながら魔王は言う。本当に気にしてないみたいだ。このあっさり具合はミリオンぽいな

「魔王を呼び出した国が何かお前の記憶に細工をしたんだと思うんだが、そういうのはないのか?」

 そう言いながら何気なく魔王を観察してみる。私の時はモフス耳バンドを外せば記憶が戻ったが、見た感じそういった装飾は無さそうだ。

「あそこは喚び出されてすぐ滅ぼしたから、もう無い」

 魔王はのんびりとコップの中のお茶を眺めながら言った。

「滅ぼしちゃったのか」

「うん。全部」

 お前は本当に何をしてきたんだ。


「ああ、君と実際に話すのは想像していた以上に楽しいな」

 サンドイッチを食べ終え、魔王はお茶を飲んでいる。どうやら機嫌が良さそうだ。これは交渉の余地があるかな

「ええっと、魔王さんにお願いがあるんだ」

「何?」

「モフス達の国を襲わないでくれないか? 属国にしていじめたり毛皮にしたりしないで欲しいんだ」

「でもこの国が最後の独立国なんだ。それを見逃す見返りは?」

「ふかふかで可愛いし、癒やされるんだぞ」

 近くにいた一匹を持ち上げ魔王に見せる。そのふわふわさと、小さな手足を見せつけるように、魔王からだとやや上目遣いになる低めの位置で、よし、渾身のもふ可愛いさだ。

「ふーん」

 魔王は私の手からモフスを受け取ると、そのまま流れるように視界から外し床に下ろした。これはどうでもいいなと思っているな。よくない流れだ。

 続いて魔王はこちらを見る。

「君が」

 うん?

「君が俺の頼みをきいてくれたら、こいつらの国を見逃してもいいよ」

 その言葉にモフス達が一斉に私の周りに転がり集まってきた。

「レニー様は我らの勇者様でしゅ! 魔王の言うことなんてきかなくていいでしゅ!」

「へぇ」

 魔王がうっすらと目を細めたので、慌てて立ち上がり、もこもこ達を避けて前に一歩踏み出した。モフスには手を出させないからな


「ねえ、レニーという名前は何かの呪文かい? 耳や口に触れると心の臓がつぶされそうに苦しくなるんだ」

 魔王がそう言いながら自身の上着の胸元あたりを掴む。

「そうなのか?」

 違う世界の名前だし、この世界か、魔王的な意味だと何か深刻な効果がある音になるのかもしれないな。

「なら普通に勇者と呼べばいいんじゃないか」

「わかった。可愛い勇者さん。君は俺を倒したい?」

「可愛いは余計だ。私は戦う力なんて無いし、きっと勝てないだろう。お前はとても強い魔王らしいし」

「そうらしいね」

 魔王はまっすぐにこちらを見てくるので、こちらもしっかりと見つめ返す。

「それでも、モフスの権利の保証を頼みたいんだ」

 ずいぶんと都合のいい考えだけど、私に残された手は直球勝負しか無い。

「いいよ、愛らしい勇者さん」

「愛らしいはいらな……いいのか? そんなに簡単に返事をして」

 さっきはどうでも良さそうな様子だったのに、一体どうしたんだ。


「この種族を保護すればいいんだろう? 簡単だ」

 魔王も立ち上がり、こちらに歩いてくると手を伸ばして頬に触れてくる。

「言ったろう? 俺の頼みを聞いてくれたら叶えるよ」

「頼みはなんだ?」

「モフスの国は滅ぼさない。その代わり、君が俺のところにずっといてくれるならいいよ」

 彼はかがみこんで鼻先が触れそうになるほど顔を近づけてくる。やはりひたすら見つめ返す。

「俺、このまま記憶が戻らなくても、君がいてくれるなら別にいいかなって思う。君のこととても気に入ったから」

「私か? 別にいいが」

「え! いいの?」

 何故聞き返すんだ。本当に驚いているらしい。

「私は一応勇者ということになっているが戦力にはならないだろう。数日間の話し相手程度は役に立つだろうけど、私の命でモフス達が助かるなら、いいぞ。でもそれで良いのか? 私はこの世界だとそう長くないのに」

「えっ」


「勇者様! お薬が出来ましたでしゅ!」

「ああ、ありがとう」

 ちょうど時間だったようで、隣の部屋からやって来たモフスの一匹からカップを受け取って、魔王の目の前で中の液体を飲み干す。

 説明を求めるようにじっとこちらを見て来るので、空になったカップを見せながら説明する。

「この世界と私の身体はあんまり相性が良くないらしくて、定期的にこれを飲まないといけないんだ」

 これは前回来た時にモフス達が私の体質に合わせて作ってくれたものと同じものだ。その配合は運良く秘伝の薬としてこの時代まで伝わっていた。これがあって本当によかった。

「そしてこの薬はこの時代だと作るのがとても難しくて、もう材料が残ってる数回分しか作れないんだ」

「そ、そんな……」

 つまり時間をおけば勝手にモフスの勇者は倒れ、自動的に魔王は世界征服を達成できてしまうんだが、動揺しているようなので黙っておく。

 私だって出来れば生き長らえたい。可能な限り生き延びるつもりだ。だがそれが無理ならせめて私を頼ってくれたモフス達の期待くらいは応えたい。


「君が生き続ける方法はないのか?」

「元の世界に戻れば大丈夫だと思う」

 少なくともここよりは長生きできるはずだ。

「も、戻ろう! すぐに戻ろう!」

「でも戻り方はミリオン……お前の元の記憶がないとわからないんだ」

 何しろ前回来た時なんて私は洗面器と向き合ってばかりだったからな。

「記憶はなくても中身はあまり変わらないから、お前なら時間をかければ戻る方法を見つけ出せると思う」

 もし思い出せたら、向こうに戻って私のことを兄に伝えてくれると嬉しい。

「君はいなくなるのか……?」

 魔王の顔が真っ青だ。なんだか可哀想なくらい動揺している。

「俺が……俺の、俺の記憶……」

 私の時のように簡単には思い出せたらいいのにな。

 思わず近くにある魔王の頭に何かついてないかと手を伸ばす。外せそうなものは何もついてないな……あっ両頬の、目元のあたりにうっすらと入れ墨のようなものがある。これかな。少しこすってみたが消えそうにないな。

 頭から頬や首周りに何か細工がないか探したついでに、びっくりした様子でこちらを見ている魔王の目を見つめる。動揺と怯えと、不安が見えるが、こう、知らない人物へどう言葉をかけていいのか……難しいな。

「……記憶を忘れていてもお前はお前だけど、でも私は、やっぱり私のことを知っているミリオンの方がいいな」

 あの、いつものようにすぐ泣いて怒って笑うミリオンがいないのは、なんだかとてつもなく寂しく思う。

 ちいさくそうつぶやくと、突然何かが破裂するような音がした。


 目の前の青年がこちらをじっと見つめている。

「……思い出した」

「えっ、唐突過ぎないか」

「レニーが……記憶のある俺の方がいいって言ったから……」

 そう言いながらミリオンはぼんやりとした表情のまま、両手でこめかみのあたりをさすると、何かキラキラとした破片のようなものが落ちて地面にぶつかる前に溶けてなくなった。

「そんなに単純な仕組みだったのか?」

「そうみたいだね」

 何度かまばたきを繰り返していたミリオンはそう言うとこちらを見て泣きそうな顔になる。

「レニー」

「どうしたんだミリオン。どこか痛いのか?」

「名前を呼びたかったんだ」

 そう言うと、いつも以上に崩れきった表情になった。

「そうか」

「うん」

 いつものミリオンがいつもの様に笑うので、私も思わず笑顔になった。


「戻り方も思い出せた。レニー、すぐに帰ろう」

「魔王業はどうするんだ?」

 そう尋ねるとミリオンは足元にいるモフス達を見下ろす。

「レニーのお願いもあるし、俺は魔王としてこいつらに国の主権を譲る。そしてこの世界のすべての頂点にいてもらう。こいつらが迫害されなければレニーを召喚することもないんだ。それと、召喚術は二度と復活しないように破壊する」

 すぐ済ませるよと言って、ミリオンはモフスに指示を出したり窓の外の魔王軍に向けて合図を送ったりと慌ただしく動き出した。

 私もモフスに挨拶をして、あとは……

「帰る前にまだ時間があるかな」

「何か用事があるの?」

「着替えたいんだ。外套の下に着た勇者用の格好がすーすーして落ち着かなくて」

「えっ……! ど、どんな格好なの?」

「それはナイショだ」

「え、え……え?」

「ミリオンは見ちゃ駄目だ」

「そんな」

「見ちゃ駄目だからな」



 そして魔王は勇者によって滅び、モフス達によるオウフェル世界のもふもふ統治、後期モフス時代、モフス黄金期が始まった。

「モフスのモフスによるモフスのためのモフス統治でしゅ!」

レニーちゃんの勇者衣装はご想像にお任せします。


問:そんなに単純な仕組みだったのか?

答:そんなに簡単な仕組みではなかったんだけど、ああなった。


2018/03/08:加筆。

2024/04/13:文章修正。

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