薔薇の吹雪は破られた婚約を繕う
私とレオンハルトさまは幼馴染の許婚。いつも共にあって、私は綺麗なブロンドと優しい笑顔を持ったレオンハルトさまが大好き。レオンハルトさまも、
「お日さま色のきみの髪が綺麗だよ。シャーロッテ、ずっと一緒にいようね」
って言って下さって……。
私は将来の王妃として恥ずところないよう、一生懸命努力をして、この国の令嬢の誰にも負けない教養と作法を身に付けた。お父さまのハリス公爵は、国王陛下の従兄で親友。誰もが私たちをお似合いだと言って、祝福の言葉をくれていた。
でも、即位と結婚が迫った17歳の春……何もかもが変わってしまった。
突然のお父さまの病死。国王陛下は気鬱の病に伏せり、実務だけを任せてきた宰相が、何もかもを取り仕切るようになっていった。
宰相は他国と戦争をしたがった。レオンハルトさまはそれに反対され……国の上層部は二つに割れた。
「レオンハルトさま、戦争なんか嫌です。何の罪もない兵士や民に被害が……」
「大丈夫だよ、僕のシャーロッテ。そんな事にはさせないから」
不安な私をレオンハルトさまは優しく宥めつつ、会議ではいつも宰相と争われていたそうで。
でも、宰相は40歳、レオンハルトさまは17歳。そして宰相は言葉巧みに、14歳のレオンハルトさまの弟君を取り込み……宰相派の方が強くなった。
ある晩、私とレオンハルトさまは、離宮で久々の休暇を過ごしていた。そこへ襲い掛かったのは、覆面の騎士たち。明らかに宰相の手の者だ。
「レオンハルトさま!お命頂戴仕る!」
「だめーーーっ!!」
「シャーロッテ! 危ない!」
レオンハルトさまを庇おうとした私を、更にレオンハルトさまが庇う。爆薬が投げ込まれ、美しかった離宮は無惨な状態になった。そして……、
「レオンハルトさま!!」
天井から落ちて来た瓦礫が頭を直撃し、レオンハルトさまは意識を失い、血を流していた……。
―――
救援の騎士団が間に合い、私とレオンハルトさまの命に別状はなかったけれど……頭を打ったレオンハルトさまは、記憶を失っていた……私に関する記憶だけを、一切。
「……きみはだれ?」
「あなたさまの許婚ですわ、レオンハルトさま。わたくしたち、幼い頃からずっと、生涯を共にしようと誓ってきましたのよ」
「……頭が痛い……思い出せない……」
私は悲しみに沈んだけれど、とにかくレオンハルトさまに元気になっていただかなくては、とそればかりで……毎日手料理を持参して病床のレオンハルトさまに召しあがって頂いて、楽しいお話をお聞かせした。
国の状況は悪化していたけれど、レオンハルトさま派の穏健派は、レオンハルトさまが回復して即位し、私を王妃とすれば、国は統一出来ると信じて持ちこたえておられた。
―――
でも。
半年が過ぎた日、レオンハルトさまは仰った。
「悪いけど、やっぱりきみの事を思い出せない。私は、この半年尽くしてくれた令嬢を娶りたいと思う。きみとの婚約は破棄させて欲しい」
レオンハルトさまが手を取ったのは、宰相の娘、アリアーナ。豊かな黒髪のこの女は、
「殿下が父と志を共にして下さるならば、我が国の一層の繁栄は間違いありませんわ」
「そうだな」
酷い……! 私もずっと尽くして来たのに、よりにもよって、戦争好きな宰相の娘を?!
でも、二人は微笑みあい、幸せそうで。
「申し訳ない、シャーロッテ殿。でも、貴女は、婚約者と言っても、私の身を案じてもくれず……」
何を言っているの。この半年、寝食も忘れてお仕えしたのに!!
私は涙を零しながらも、
「わかりました……お二人の末永きお幸せをお祈りしますわ」
と呟いた。
―――
私は、大きな薔薇の花束を用意させた。
もうすぐ、この二階の窓の下を、二人は通る筈。
祝福の花びらを二人に注ぎ、私は塔から飛び降りて死ぬ……。お父さまもレオンハルトさまの愛も失った私が生きていても仕方ないもの。
予定通りに二人が仲睦まじく手を繋いで歩いて来た。私は窓から薔薇の花束を投げる。
「結婚祝いですわ! さようなら!」
空中で、花束はほどけ、赤い花びらが舞う……。
「シャーロッテ? 危ない!!」
「殿下、どうなさったの!!」
一面の紅い花弁に、レオンハルトさまは、あの日の爆発を思い出された。
塔へ走る私を、レオンハルトさまは追う。
「シャーロッテ、シャーロッテ! 行かないでくれ、私が悪かった!」
「でも! 殿下はアリアーナ殿に心変わりを!」
「だって、きみが半年間一度も見舞ってくれなかったから……。でも、それでもいい、私はきみを愛している!」
「一度も?! わたくしは欠かさず毎日……」
私を抱きとめたレオンハルトさまを、追ってきたアリアーナは憎々し気に睨んだ。
「まさか、あの薔薇で、爆発の瞬間を思い出し、封じた記憶を取り戻したというの?!」
「そう……そうだ、私の記憶は封じられていた。きみの仕業なのか」
「そうよ。半年間世話をしたのはあたしだと、記憶も改竄したのに……!」
「きみは……黒魔術を使うのか!」
アリアーナは、炎を掌に乗せる。
「もう、いいわ! 仲良く死になさい! どうせ、この国は我が父のものに!」
私は思わず目を瞑ったけれど、レオンハルトさまの剣の方が早かった。
「女性を斬りたくはないが、そなたは魔女だ……」
アリアーナは血を流して崩れ込む。
「なんで……たかが花くらいで、洗脳が解けた?」
「シャーロッテの好きな花だからだ」
―――
「シャーロッテ、愚かな私を許して欲しい」
「レオンハルトさま、わたくしこそ……」
宰相の悪事が知れ渡ると、宰相派の力は削げてゆき……一年後には、討つ事が出来た。
我が国は、平和国家と、他国に知らしめることができた。
そしてレオンハルトさまは即位し、私は王妃に。
「全ては、あの薔薇のおかげかも知れないな」
「いいえ、陛下の徳のおかげです」
婚約破棄は消えて私たちは結ばれ、国には平穏が訪れた。




