指紋採取1
次の日。俺は体育館に向かっていた。
指紋ってのを採取するには数多くの方法がある。
コ●ン君だったら接着剤の一本もあればちょちょっと採取できただろう。
指紋のついたもの(できればアルミホイル)とプラモ用の揮発しやすい接着剤をペットボトルのキャップに数滴垂らしたものとを密閉容器に入れて、蓋を閉めて12時間。
揮発した接着剤が指紋の水分に反応して指紋型に固まる。
こいつを使えばスマホの指紋認証すら突破可能……ってやらんわ。
この方法は難しいからパスな。結構残念な確率でちゃんと固まらないんよ。
俺はCSIじゃねえしコ●ン君でもない。
失敗は許されない。
俺がやるのは、もっと単純な手だ。
昔ながらの指紋採取方法だ。
鉛筆の芯とかの細かい粉を指紋につけてテープでくっつけて採取。
鉛筆の芯はかなり根気よく潰さないといけないので、今回は片栗粉で代用する。
あとは指紋を手に入れるだけだ。
『それでどうやって指紋を採るんですか? 話しかけることもできなかったのに』
天使が正論を言った。
だってー! 恥ずかしいんだもん!
男子中学生に美少女とお話をするという無茶ぶり。
もちろんできなかった……(童貞力が1上がった)
もうこうなったら女子更衣室に……ぐへへへへ。
そ、そうと決まれば、じょ、女装しなければ!
嗚呼……なにか新しい扉を開けてしまいそう……キレイになれるかしら……ア・タ・シ♪
『神様ー! おバカがバカなこと言い出しましたよー!』
だから言いつけんな!
冗談だろが!
小柄な俺なら女装はきっと似合うが、今はする気はない。
俺は体育館付属の男子更衣室で柔道着に着替える。
放課後の部活である。
合気道着じゃないのかと思うだろうが、合気道は柔道着や空手着を着用している人も多い。
理由は簡単だ。
値段である。
柔道着や空手着ならネットショップで買えば4000円から存在する。
それに対して会純正の道着は10500円から。
満15歳以上かつ初段以上からの袴も同じ値段。
結構お高いのだ。
そんな、お高い道着だが昔は共用だったらしい。
部で買って部員全員で使う。
現在は感染症を嫌って個人所有になっている。
タムシをうつされたら嫌なので当然だろう。
俺は道着に着替える。
昔はパンツの着用が禁じられていたらしいが、俺は知らぬ。
例えそのような規則があっても俺は従う気はない。
プラプラさせながら練習なんてできるか!
『……最低の台詞』
うるしゃーい!
やなもんはやなの!
男の子は繊細なの!
俺はちゃっちゃと着替える。
着替え終わると俺は組み立て式の樹脂製のスポーツ用衝撃吸収マットを出す。
この上で練習をするのだ。
スプリングの効いた格技場は競技武道の皆様専用の空間である。
試合のない俺たちは、体育館の片隅をひっそりと借りて週二回活動するだけである。
競技の方が偉いって誰が決めた……
俺は少しひがみながらマットを組み立てていく。
『なんでいつも光ちゃんが組み立てるんですか? 他の人たちに手伝わせればいいのに』
これには深いわけがある。
俺以外の部員どもはアレをやらないのだ。
『アレ?』
消毒。
『あー……光ちゃんって結構神経細かいですよね……』
うるさい。
俺は不潔なのが嫌いなの!
俺は次亜塩素酸のスプレーを出す。
しゃきーん!
100均で売っているものだ。
組み立てたマットにスプレーをする。
塩素のにおいがする。
うーんマイルド。
女の子がきれい好きなんて嘘だ。
俺の方がよほどきれい好きである。
ヨゴレなど許さん!
菌など許さん!
汚物は消毒だー!
俺が目を血張らせながらヒャッハーと消毒していると女性の声がした。
「うーっす、光太郎。早いね」
俺を見舞いに来た女子、吉村春香である。
同じ部活なのだ。
「うっす、吉村さん!」
挨拶しながら俺は執拗に洗浄する。
汚物は洗浄だー!
「あんた……ホントにきれい好きだよね」
ゴシゴシ!
「水虫うつされたくないからね」
ゴシゴシゴシゴシ!
「あー……今日は部長休みだよ」
なん……だと……
我が部は三人しかいない。
なにせ俺の所属する団体は競技をやっていない。
やはり競技武道の方が進学に有利だからな。
おまけに15歳未満は黒帯も取得できない。
黒帯ってカッコイイよね……袴欲しい……
つまり、この部がいまいち不人気なのも制度的な問題である。
だが競技もなく、人数も少ない部というのは、思ったよりも楽しい。
勝利至上主義のいつもイライラしてる顧問もいなければ、先輩に怒鳴られることもない。
ただ週に二回、一時間半ほど練習するのみである。
ある意味ストイックだ。
ちなみに今の俺はどのスポーツをやっても無双することができるだろう。
だがやらない。
それは卑怯だからしないのではない。
ただ単に体育会系特有の上下関係に耐えられないからだ。
『ぶちこわしですね』
あたい、見た目より繊細なの……
大声で怒鳴る人なんて耐えられない!
『えっちな本貸してくれるらしいですよ』
なん……だ……と……
俺が顔面を蒼白にしていると着替えを終えた吉村が来た。
「さて、消毒終わった? じゃあ、練習しよっか」
「おうよ」
「……あ、忘れてた。あとで入部希望者が来るから」
「入部希望者? 来年には存続が危ないこの部に?」
「ひどい言いぐさだな。……転校生が来るんだって」
転校生。
それは一人しかいない。
北条美沙緒だ。
俺は緊張した。
少しにやけたかもしれない。
美少女を鑑賞すると疲れが吹き飛ぶよね。
俺はにっこりと笑った。
「……なにかな、そのエロスなツラは?」
ぼきりぼきり。
吉村が指を鳴らす。
なぜ、そちが激おこでおじゃるか?
『そうですよー。えっちー』
お前らの任務じゃ!
お前らが悪いんじゃー!
「このエロス!」
『えっちマン!』
悪いのは俺なのかー!
ギャース! ざっつお仕置きタイム!
北条美沙緒がやって来たとき、俺はヘッドロックをされていた。
吉村は気づいてないが、俺の頭に吉村のおっぱいというにはあまりも平坦で薄くささやかで固い胸が当っていた。
うれしく……ない……はずがない!
これこそがラッキースケベ!
今、俺は巨乳というフロンティアの先にある貧乳という涅槃に到達していた。
そう……俺は貧乳も平等におっぱいであることを理解し悟りを開いていた。
おっぱいイズ宇宙。貧乳、それは最後のフロンティア……
『コウちゃんが……神様のような表情に……』
当ってるんじゃない。当てているのよ。
俺は悟りを開いた表情でヘッドロックを受けていた。
その時、確かに俺は宇宙と一体になっていた。
そんな俺は海老名芽依こと北条美沙緒と目が合った。
「あの……」
少し驚いた顔をする北条こと海老名を見ながら、俺は思った。
これってチャンスじゃね?