相良光太郎激怒す
俺はすんでのところで悲鳴を飲み込んだ。
偉い。俺偉い。すっげえ偉い。
犯人が見ているかもしれない。
連中に都合のいい展開には意地でも持っていかない。
絶対に心理戦では負けてやらない。
よく考えたら俺が悲鳴を上げそうになったのは当たり前だ。
俺は前の事件でもクリティカルな人体の破片などは見ていない。
せいぜいが変な方向に曲がった犯人の体だ。
歯で良かった……
俺はため息をついた。
まだ歯で良かった。
眼球や切り取った耳だったら気絶してた。
人体を送りつけられるのがこんなに怖いなんて思わなかった。
俺は小刻みに手が震える中、箱の中の歯を観察した。
銀歯付きの奥歯だ。
治療跡がある歯を寄こしたって事は『被害者を調べてみやがれ』っていう意思表示だ。
なぜなら普通なら事件を表沙汰にするのは嫌がるはずだ。
警察が捜査をするからな。
だがこの犯人は自己顕示欲を優先させた。
とは言ってもなにも俺や美香に喧嘩を売って有名になりたいわけではない。
自己顕示欲ってのは難しい感情だ。
単純に俺や美香に貢ぎ物をして認めてもらいたかったという可能性もある。
俺は頭を掻こうとして手を止めた。
こいつを汚染してはいけない。
次にスマートホンを取ろうとした。
だが持ってきていない。
ダメだ焦っている。
こういうときは深呼吸だ。
俺は腹筋に力を入れる
そこから三回に分けて全ての空気を吐く。
腹筋を動かし横隔膜を締め上げて空気を出す。
そして息を吸う。
ふう……
ぶっ殺すぞこの野郎!
俺は電話のあるリビングへと向かった。
警察はすぐに来た。
さすがにもはや親に隠し通すことはできなかった。
俺を叱っても効果がないことは親もわかっていた。
だから今は警察の人と話し合っている。
俺は美香と相談だ。
「お兄ちゃんどうします?」
「犯人の四肢をへし折って動けなくしてからボッコボコに殴りてえ」
「それには犯人がわからないといけませんね」
そもそもこの辺のヤンキーは俺の家にこんなことはしない。
ぶち殺されるのを知っているのだ。
俺はグラップラーなバ●さんのように甘くはない。
ヤンキーだろうが本気でぶっ潰すのだ。
ということは犯人は近所の人間ではない。
有力候補は穴戸だが証拠は何もない。
状況証拠すら皆無だ。
「被害者はいったい誰なんだ……」
俺は顔を手で覆った。
疲れた……眠い。
「たぶん……知っている人です」
美香が言った。
美香は事態を冷静に捉えていた。
どうやら俺の心のダメージは自分が思っているよりも大きかったらしい。
「どういう意味だ?」
「警察屋さんは私たちの前に叔父様と叔母様にお話しました。つまり私たちには言いにくいことです」
「そりゃそうだな。つかさ……歯を送りつけてくる場合は先に保護者じゃね?」
俺は美香に言った。
だってトラウマものじゃねえか。
「それにしてはおかしいんです。誰か重要な人がいませんよ」
「おい……それは……ちょっと待て。それはダメだ……」
あの人なんて言うんじゃねえ。
やめろ。
マジでやめろ。
「ここにいなきゃいけない人。たぶん遠藤さんの歯です」
あー! 言っちゃった!
知りたくない!
マジで知りたくない!
「最悪だ……」
俺は沈んだ。
ソファーで溶けるかのように沈んだ。
もう動かないからな。
今日は学校休んでコントローラー片手にゾンビとか宇宙人と戦うんだもん。
「探すしかないか……」
俺は言った。
もちろん生きているって前提だ。
「あの……生きているんでしょうか?」
「わからん。だが死んでいるならもっとえげつないものを送ってきたはずだ」
眼球とか……もっとダイレクトに首とか。
前の殺人鬼は北条の母親に手首を送りつけてきた。
この辺の手口は北条の方が詳しい。
決して語ろうとはしないがな。
ただ人体の解体はとんでもなく手間がかかる。
筋に骨に、やたら内容量の多い血管に。
切るのも手間だが、なにより処理手順が面倒だ。
適切に処理をしないとあっと言う間に腐る。
狩りをしたときでも真っ先に血を抜かないと大変なのと同じだ。
だから解体は現実的ではない。
じゃあ歯はどうだろう?
歯は意外に折れやすい。
殴った拍子に抜けたとも考えられる。
それならきっと生きているはずだ。
「じゃあ見つけないと」
「とりあえず皆川に知らせてやらないとな」
俺はスマホを取り出した。
すると美香が言った。
「さっきお姉ちゃんに電話しました。晶ちゃん連れてすぐ来るそうです」
「来なくていいって。仕事あるだろ」
忙しいんだからさ。
撮影あるだろ。
「昼のニュースに間に合わせたいので断っても来るそうです。『泣きマネして欲しいけど目薬いる?』だそうです」
本当にタダじゃ転ばない。
「タフだな」
「そりゃお姉ちゃんですから」
「目薬はいるって返事してくれるか」
「らじゃー」
ん? おかしくね?
「泣きマネって?」
「HIKARUちゃんになってもらうそうです」
「本当に俺を売り出すつもりか?」
男の娘が売れるなんて思うのは狂気の沙汰だ。
なにを考えているんだ?
それにしても悲しいものだ。。
俺たちは遠藤さんを知っているから心配している。
これは皆川も同じだろう。
だけど北条にとっては知らない人でしかない。
昼のニュースの方が重要なのだ。
これは仕方がない。
俺たちだって皆川ほどは遠藤さんと親しくない。
皆川ほど真剣に考えているかと言えば……わからない。
気分が悪いのは認めるが。
俺の裸踊りを撮影した連中も同じだ。
人が死んでいるのは理解しているが、自分とは関係がない世界の話なのだ。
そこに壁がある。
俺が考えていると美香が言った。
「お兄ちゃん。イラついてますよ」
俺は無意識に貧乏揺すりをしていた。
手も強く握りしめて、歯を食いしばっていた。
前言撤回。
俺は怒っていた。
歯を送りつけたことに?
違う。
遠藤さんに酷いことをしたことに?
ああそうだ。
俺はそこに強い怒りを感じていた。
神様のミッション?
関係ないね。
これは俺の事件だ。
犯人をぶっ潰してやる!
俺はとうとう決心をした。
今まで人ごとだった。
北条や美香の命が危なかった訳じゃない。
だから俺はどこか本気じゃなかったのだ。
俺は北条へ電話をする。
「はいはいダーリン」
「悪いな北条。午後のニュース用に動画投稿者とかも集めてくれ」
「どうするの?」
「犯人を表に引っ張り出してやる!」
腹の決まった俺は北条に言った。
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