ボウリング・フォー……
皆川は黙ってしまった。
俺に伝えるべき事は伝えたのだろう。
これ以上は事件のことはなにも言わないだろう。
あー、もうわからん!
皆川はタケルを殺す理由があるけど、やってない。
謎の協力者はあやしいけど、皆川は言いたくない。
はい詰んだ。
前の事件の方が頭を使わなくて楽だったぞ!
コ●ンくんの苦労がわかったぜ!
「あー、もういいや! 遊ぶぞ!」
俺は皆川の手を引く。
もうやだ!
考えるの嫌! 光ちゃん遊ぶ!
はい、しみったれたのは解散!
中学生はなにも考えずに遊べばいいのだ。
「ちょっと、相良さん」
「いいから。北条と合流すんぞ」
そう言うと俺は皆川を連れ出した。
俺たちはマップで指定された場所に行く。
そこはボウリング場だった。
ボウリングなんて小学校以来だ。
あいつら結構体育会系だよな……
そう思いながら俺たちは中に入る。
中はゲームセンターになっている。
どうやら1階がゲームセンターで、2階がボウリング場のようだ。
1階はガラガラだった。
「北条たちを探すぞ」
俺はわざとガサツに言った。
皆川は少しだけ暗い顔をしていた。
北条たちはすぐに見つかった。
なにせ三人は……
「あははは! すっげー楽しいです!」
美香は興奮していた。
美香だけじゃない。
北条も吉村もそれぞれがゲームをプレイしていた。
ぼん! どか、きゃしゅーん。ぴろりろりーん。
思わずワクワクするような音が鳴る。
電飾が光り、陽気なBGMが響く。
フリッパーに打ち返された鉄の玉がバンパーに当たりさらに加速する。
……つまりだ……なぜか三人、北条に美香に吉村はピンボールにハマっていたのだ。
「美香ちゃん……」
前世紀の遺物とまでは言わないが、生まれてから一度もプレイしたことのないゲームである。
なにがそこまで彼女たちを魅了したのだろうか?
「お兄ちゃん、すっげー楽しいです! 単純なのに奥が深い……こういうのがやりたかったんです!」
お前らボウリングは? ねえ、ボウリングは?
こいつらの行動は手に取るようにわかった。
全員、ボウリングやったことないんだな。
それでなんとなく1階で遊んでいたら、ピンボールを見つけて洒落でやってみたと。
そしたらドハマリと。
俺は少しウケながらも呆れた。
「もう。みんなやだぁ……あははは!」
皆川が笑った。
もうね、こいつら見たら笑うしかないわ。
「ギャー! 終わった!」
吉村はゲームオーバーになったらしい。
吉村は皆川に馴れ馴れしく話しかける。
「晶ちゃん。ボウリングのやり方知ってる?」
「ええ、わかりますけど……」
「じゃあさ、教えてよ」
吉村はコミュニケーション能力が高い。
なんとなく皆川の様子がおかしいのを察知したようだ。
「ほら、光太郎も行くよ」
「お、おう」
北条と美香の二人を置いて俺たちは2階に上がる。
「んじゃ受付して靴も借りるぞ……」
と、言った瞬間だった。
女性が俺たちの方に歩いてくる。
手を振って、まるで知り合いの子どもに会ったかのようだった。
その女性は遠藤佳菜恵。俺のカウンセラーという名目の監視者だ。
と言っても常に見張っているわけではない。
週1回のカウンセリングで俺が危険思想に染まってないかチェックしているのだ。
警察も人手が足りなくなるわけだ。
「あら相良くん。奇遇ですね」
嘘つくな。
「遠藤さん。こんな所で会うなんて奇遇ですね」
「ええ、相良くんは……あらデート」
吉村はなぜか顔を赤くした。
それとは対照的に皆川は無表情だった。
なんだろう。少し違和感がある。
遊びを邪魔されて怒っているのだろうか?
なんとなくいたたまれなくなった俺は遠藤さんを引っ張ってホールの隅に行く。
「……何の用ですか?」
俺は不機嫌な声で言った。
だが俺の態度など遠藤さんは気にしない。
「殺人事件が起こったことは知ってますよね?」
「ええ。ネリウムのタケルさんでしょ」
「なら話が早い。北条美沙緒さんも一緒ですね?」
「下でピンボールやってますけど……」
なんだろうか?
嫌な予感がする。
心臓がバクバクと嫌な音を立てる。
すると遠藤さんは言った。
「相良くん。北条さんを守って」
それは真剣な顔つきだった。
「どういう意味ですか?」
遠藤さんは真剣な顔になった。
なにか『重大ななにか』が起こっているらしい。
「脅迫状が届いたの。『ネリウムの次は北条美沙緒だ』っていう電子メールがね」
俺はすぐに確信した。
脅迫メールの犯人は素人だ。
電子メールじゃすぐに身元がバレる。
使い捨てのメールじゃなければだが。
「IPから犯人の特定をすればいいんじゃないですか?」
俺は当たり前のことを言った。
警察がそれをしない理由はない。手続きが面倒って以外は。
「警察は犯人を特定して向かってるそうです」
はい破滅。
バカの人生終了のお知らせ。
イタズラじゃすまねえんだよ!
「じゃあ守れってのは?」
犯人が捕まれば俺はお役御免だ。
相手が悪魔でもなければ、ただのガキである俺よりも警察の方がよほど有能だ。
「念のためですよ。それとなく守ってください。あ、守れってのは物理的じゃなくて、心のケアもお願いしますって意味です」
友だちとしてそれは断る理由はない。
そういうバックアップならいくらでもやってやろう。
「わかりました」
俺は警戒もせずに了承した。
それにしてもおかしい……皆川の話から今度は北条の護衛だ。
話があちこちに飛んでいる。
おそらくタケルさんの殺人事件との関係はない。
俺は少なくともそう思っていた。
そしてその時俺は、客席から見守る自分を想像していたのだ。
シークレットサービスみたいで格好良くね?
……って思っていたのだ。
ホントバカな。俺って。
この時点ですでに複数の人間による二重三重の罠にかけられていたのだ。
そこには俺の追っている人間も含まれている。
なんで気がつかなかったのだろうか……
そうとも知らずに安請け合いした俺は、女の子たちとのんきに遊んでいたのだ。
次はバッティングセンターに行くらしい。
お前ら男子中学生か!
楽しいボウリングから数日後……
俺は……
「みんなHIKARUで~す♪」
ウェーブのかかったウィッグをつけ、ヒラヒラのスカートをなびかせる。
内心俺は股ぐらに隠した名刀が見えてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしていた。
サポーターで小さくしたとしてもだ。
さらに言えば、つけまつげをつけるのがあんなに怖いとは思わなかった。
目に何かが近づいてくるのって怖すぎる!
もともと薄かったすね毛は脱毛した。
化粧はメイクさんがしてくれた。
そして女になった俺の横には同じ格好をした北条や美香、吉村までいる。
いや何人もの少女がいた。
そう……俺は新人『女性』アイドル候補生の一人としてステージに立っていた。
意味わからねえだろ?
俺もわかんねえよ!




