てんしはつらいよ ~童貞怒りのデ●ロード~
さてさて、こうして一つのミッションが終わったわけだ。
映画のチケット代。
それがどこから出てくるのか気になるだろう。
ねえ、気になるよね?
『必要経費はちゃんと出してますよ』
うんそうだな。ただし、ゴッドパワーで。
なにせ俺は中学生、普通のバイトができない。新聞配達などのごく少数の例外も親が許さないだろう。
つまりお金をゲットする機会がほとんどないのだ。
だからゴッドパワーの方も、親が買ったロトくじが当って俺に小遣いが出たり、親戚のおばちゃんが遊びに来て小遣いをくれたり、財布を拾って警察に届けたら持ち主が現れて小遣いくれたりだ。
なんたる遠回しなゴッドパワー。
まあでもいいだろう。
少なくとも経費の心配はしなくていい。
その安心感は何にも代えがたい。
安心した俺はテレビをつけた。
仕事終わりのお笑い番組は格別だ。
だが残念なことに思ったより時間が経ってしまっていた。
今は夕方のニュース番組の時間だった。
「今日の株価はどうなっているかな?」
『やってるのは今日の出来事ですよ』
ふふふ、ナス●ックはどうなっているかな?
『だから事件しかやってませんよ。やめましょうよ……無理するの』
中学生男子は少しくらい格好つけたいのです。
ツッコミを入れるのはやめてください。
『……』
黙るな。見えなくてもジト目で見てるのはわかってるからな。
いいか、貴様の胸をもむ力を絶対に手に入れてやる!
その時に謝っても遅いんだからね!
俺は負け犬の遠吠えをしながらテレビ画面に魅入った。
けっして恥ずかしいからごまかしたわけではない。
……違うからな。
テレビからは今日のニュースが流れてくる。
「寺島美香さんが行方不明になってから3ヶ月が経ちました。千葉県警は今日、あらためて捜査への協力を呼びかけました」
物騒なものだ。
小学6年生の女の子、寺島美香は3ヶ月前に行方不明になった。
警察の懸命の捜査にもかかわらず行方は知れない。
だが、この事件の壮絶なところは、ただ単に小学生が行方不明になっただけではない。
当初、この事件は誘拐事件ではなかった。
そう、この事件は殺人から始まった。
3ヶ月前の夕方。
近所から異臭がすると市役所と消防、それに警察に苦情があった。
ガス漏れを疑った消防署が現場に駆けつけると、そこは見たこともない凄惨な状態だった。……らしい。
血だまりと血痕、そして、寺島美香の両親のバラバラ死体が発見された。
あまり具体的な描写はテレビでは報道されていない。
だが3ヶ月も繰り返し報道されてるところから考えると、それは公共の電波に載せられないほど異常なものだったと推測される。
そして寺島美香の遺体はまだ見つかっていない……だから行方不明事件なのだ。
やだ怖い。
『物騒ですねえ……』
だな。
嫌な気分になるからお笑いかアニメに変えよう。
俺はテレビのリモコンを手にする。
その時だった。
「次のニュースです。元女優の北条利香子さんの娘さんの美沙緒ちゃん(当時3歳)が誘拐されてから10年。北条さんに行方不明の娘さんへの思いをカメラの前で語って頂きました」
北条……?
『北条……ですね……』
「だな?」
思わず声に出していた。
画面にはあの埼玉県警のサイトにあった幼児の写真が映し出される。
まさか……
驚きすぎて固まる俺を無視するかのように、テレビはその幼児の母親、元女優を映し出す。
俺は絶句した。
40前後のおばちゃんだというのに、中学生の俺から見ても黒髪の和服が似合う美女。
その顔は、愁いを帯びたその表情は転校生によく似ていた。
まるで彼女、海老名がそのまま大人になったかのように。
『どうして……誰も気づかなかったんですか……』
天使ちゃんが言った。
そりゃそうだ。
俺は彼女の名前を『北条』だって知っている。
そうじゃなきゃ気づかない。
今やってる番組の情報では北条利香子はヒット作は数あれど、不朽の名作はなかった女優らしい。
今ではプロダクションのマーケティングや戦略の担当をしているとのことだ。
それじゃあわかるはずがない。
あの美しい少女を見ても『あらきれいな子。そう言えば昔、似たような顔の女優さんがいたっけ。今どうしてるかしら?』って程度の認識だろう。
そんなに世間は他人に興味なんてない。
昔、強盗殺人で逃げていた犯人が何年も気づかれずに潜伏してたことだってある。
取っ掛かりがなければ10年も前に誘拐された幼児が、あんな綺麗な少女になってるなんて思わないだろう。
……本人だったらな。
まだこれは確定じゃない。
確定しないで欲しい。
なぜなら俺の膝がかつてない速さでガクガクとしているからだ。
『ど、ど、ど、どうするんですか! け、け、け、警察に……』
い、い、い、い、い、い、いやまだ決まったわけじゃ。
俺、焦りまくり。
『で、で、で、で、でも、誘拐事件で記憶がないとか……』
天使の方もガクブルとしているのは声からもわかった。
お、お、お、落ち着け。
とりあえず110番に……ってオイコラ。
相手は学校まで潜り込んでいるんだ。
身元を証明する書類は、ばっちり整っているに違いない。
いきなり電話しても誰も信用せんわ。
だいたいなんて言う。
「警察のおじさん。北条利香子さんそっくりの子が転校してきました。あやしいので逮捕してくださいダブルピース」
……ねえわ。
イタズラで捕まるのは俺の方だわ……
急に冷めた俺は尻を掻いた。
「神様に頼めばいいんじゃね? ゴッドパワーでちょちょっとやってくれりゃあいいベ」
かかわるの無理。だって童貞だもの。こうたろう。
はいはい。神ちゃん出番ですよー。
ソドムとかゴモラを滅ぼした力でちょちょっとやってくださいよ。
『神様ぁー。おバカがバカなこと言ってますよ』
ちょ、いきなり言いつけんな。
冗談だろが。
お前には優しさが足りない。
俺への優しさが足りない!
童貞への憐憫が足りない!
『……はい神様』
俺の声を華麗にスルーして天使は神様と会話する。
放置プレーはやめてください。
マジで。死にたくなるから。
『え……神様……いくらなんでも異常なラック量の光ちゃんでも無理ですって……え、やれ?』
なんだ?
その不安になる台詞やめてくれない。
ねえマジで。
『えっと……光ちゃん』
なんだね?
天使の人。
良い返事じゃなければ聞きたくない。
『神様からの新しい指令……調べろって……』
あああああああああ!
きーこーえーまーせーん!
『死ぬことはない……と思うって……』
全知全能なのに断言できてねえ!
ちょっとぉ! もう、やめてぇ!
なんたる無茶ぶり!
童貞で死にたくない、死にたくない、死にたくない!
それに、もう、どっちなの!?
あの娘は海老名なの? それとも北条なの? ねえ!
『それを調べて欲しいと神様が仰ってます』
キシャアアアアアアアッ!
『……え、依頼をこなしたら彼女ができる祝福をかけてくれる? いいんですか? そんなインチキして。おバカの彼女にされる子が可哀想ですよ……え、断ったら一生童貞』
いま……なんつった……
オイコラ、今聞き逃せないワードが出てきたぞ!
『断っていいって神様が言ってたよ♪』
この嘘つきいいいいいいッ!
一生童貞なんてらめえええええッ!
いいね! 調べるだけだからね!
ダメでもペナルティなしだからね!
約束よ!
『調べるだけでいいんですか? あ、OK出ましたよ』
やりゃいいんだろ!
やりゃ!
その時、俺はまだわかっちゃいなかった。
行きはよいよい帰りは怖い。
気がついたら後戻りできない怒りのデスロード。
それが試練ってやつだってことに。
天使はつらいよ。