夢
その夜、俺は夢を見た。
エロい夢ではない。
俺の名誉のためにもう一度言おう。
エロい夢ではない。
非常に遺憾である。
なぜならそれは胸糞の悪い夢だった。
数人の子ども、いやガキの集団が小さな女の子を取り囲んでいる。
そこはどこかの学校のプールだった。
オフシーズンが来たのか台風の後なのか、とにかくそこは泳げる状態じゃなかった。
水は黒く濁り、ゴミが浮いている。
ガキの一人が蹴りを入れた。野郎っぽいシルエットだ。
女の子がプールに落ちる。
それを見てガキどもはゲラゲラと笑う。
俺はそれを見た瞬間、頭が沸騰しそうになった。
気分が悪い。全員ぶん殴ってやる!
俺という恐怖を刻み込んで、その曲がった根性を直してくれる!
と、粋がった俺だが、動かせる俺の体は夢のどこにもなかった。
あくまで俺は夢の中では観客にすぎなかった。
溺れた女の子がもがいて必死になって小さな手足を動かした。
だが、ガキどもは笑いながら女の子をモップで叩きつける。
おい、やめろ!
そういうのは見せないでくれ!
俺はそういうのが大っ嫌いなんだよ!
テメエら今すぐやめやがれ!
ざっけんな! 顔覚えたからな!
街で見かけたらぶん殴ってやる!
俺は叫んだ。叫びまくった。
だが俺の叫びは誰にも届かなかった。
女の子は徐々に沈んでいった。
ガキどもはさらに興奮して女の子を激しく叩く。
こいつら人間じゃねえ……俺は絶望のあまりつぶやいた。
そして俺はなにもできずに女の子は暗い水面に沈んでいくのを最後まで見ていた。
やめろ!
俺は飛び起きた。
汗でびっしょりだった。
これはアレだ……
こじらせた童貞によるPTSDとかじゃねえ。
俺は確信した。神様に違いない。
神様は、俺にまた何かをさせようとしてるのだ。
全身タイツのヒーローによると大きな力には大きな責任が伴うらしい。
俺もなんとなくこの言葉の意味を噛みしめている。
特に俺の裸踊りのコピーが動画投稿サイトにアップロードされる時に。
俺は去年それを死ぬほど味わった。
文字通り死にそうになりながら。
それは……むにょん。
ん?
俺が手をつくと何か柔らかいものがそこにあった。
俺が手の方を見ると美香が寝ていた。
俺の名誉のために言うと、胸は触っていない。肩だ。
「またかよ」と俺はため息をついた。
美香はよく俺のベッドに潜り込む。
その理由を本人に聞いたら、「ずっと一緒にいたから、近くにいないと不安なんです」だそうである。
美香はかなりの甘えん坊なのだ。もう中学生なのに。
思春期真っ只中の俺としてはマジで勘弁して欲しい。
アレとかソレをしたまま、ボロンして力尽きて寝落ちした姿を見られたら、もはや死を選ぶしかない。
くっ殺せ!
今のところしてないけどさ。
細心の注意を払っているけどさ。
両親は美香のこの癖に困っているが、今のところ静観している。
なにせ美香は両親を殺されたのだ。
憶えていないと本人が言ったとしても、精神に重篤な傷があるかもしれないと、両親も医師もカウンセラーも思っている。
心のショックで親のことを忘れてしまったとカウンセラーや医師は言っている。
さらに言葉にすると陳腐だが、いわゆるPTSDじゃないかとも思っているのだ。
事情を知っている俺は言葉通りの意味だと思うのだが……否定することもできない。
なにせ神様を名乗る謎の存在が存在するのだ。
美香のPTSDも完全には否定できない。
俺は美香を見た。
月明かりに照らされた美香は、多少手足が伸びてやたら綺麗な顔になったと言えども中学生とは思えないほどあどけなかった。
クマさん柄の可愛いパジャマを着た美香はスウスウと寝息を立てている。
美香のそんな姿を見て、なんとなく俺は心が落ち着いた。
夢は気のせいに違いない。
そう思わないとやってられない。俺はそう思い込むことにした。
そもそも神様の命令なら先に美香に指令が入るはずだ。
神様は俺を動かしたいならちゃんと伝えること。
わかったね!
俺は布団に入る。もう寝よ寝よ。
考えても仕方がない。
俺は布団に入ると寝……ふりゃり。
寝相の悪い美香が俺のほっぺたに手を置いた。
「ぬふふふふ。お兄ちゃんは本当に変態さんですね……うふふふふ」
なんの夢だ!
寝ぼけた美香は、ぺしぺしと俺を叩く。
ちょ、やめて!
「この変態さん……んごっ」
落ちたらしい。
少し美香の将来が不安になった件。
俺はダメ押しとばかりに布団を蹴飛ばした美香にそっと布団を掛けてやる。
なんだろう。このお父さん気分。
こうして俺は隅っこで寝るのだ。
こんな状態だから次に目覚めるときには、悪夢のことなんて忘れていた。
フラグってのはあるものなのにね。
翌朝。
日課のランニングから帰ってくると、美香が難しい顔をしていた。
「どうした美香?」
俺は聞いた。
その顔やめて。
すげえ不安になるから。
「お兄ちゃん。……学校行きながら話しましょう」
ここで俺は悪夢を思い出した。
なんかやべえ予感がするぞ。
ああ、緊張する。
美香はスタスタと歩く。
会ったときより手足は伸びたが、ブレザーがまだ大きいのかガバガバな服に着られている。
あと数ヶ月もすればさらに手足が伸びて立派な中学生になるだろう。
しばらく難しい顔をしていた美香が突如として俺の方を向く。
「お兄ちゃん! 神様の新しい指令です!」
やはりだ……
今回はどんな無茶振りだろうか……
せめてあのプールの事件は勘弁してください。
「それが……変なんです」
おほー!
やっぱりヤベエ指令だー!
オラ、全然わくわくしねえぞ!
できれば逃げたいぜ!
「お、おう、どんと来やがれ!」
俺は胸を叩いた。
やせ我慢である。
俺はなるべくなら頼れる兄貴でいたいのだ。
このくらいの見栄は許されるだろ?
美香は難しい顔をして言った。
「むー……お兄ちゃん……あのですね。『悪魔を助けよ』だそうです」
「はい!?」
ごめん、全く意味がわからない。




