ゴリゴリくん
遠藤さんが帰ると、俺は呆けた。
だって、ねえ……童貞すら捨ててないのに将来って言われても困るのよ。
俺はリビングで額にしわを寄せた。
すると可愛らしい声がする。
「お兄ちゃん、ゴリゴリくん食べますか?」
美香が冷蔵庫からゴリゴリ君を出す。
俺が買ってきたものだ。
美香は当たり前のように自分の分を確保する。
ごく普通に、ごく自然に略奪された。
凄まじい理不尽だ。
とは言え可愛い妹のためだ。
小さいことを言うのは美しくない。
俺は笑顔で答える。
「おう、食べる」
「コーラ味、コーラ味っと……」
意識を共有してたせいか、俺たちは食い物の好みまで相手に筒抜けだ。
美香はコーラ味を出すと俺の所に持ってくる。
自分はソーダ味をパクつきながら。
俺は笑顔で感謝をする。
お前にKANSYA!
「ありがとよ」
どうよ、この俺の完璧な兄っぷり!
まるで生まれながらの兄貴だぜ!
俺ちゃんかっこいいー!
すると俺たちを見ていた母親が言った。
「ほんと仲良しねえ」
「はーい♪ 仲良しさんです♪」
美香は上機嫌である。
いい年なのに兄貴とベタベタするのはよくないよ。
「それで、光太郎。警察官になるの?」
母親は笑顔で聞いた。
「なーりーまーせーん!」
「あら、公務員よ」
うっさい、オカン!
童貞の心はナイーブなのだよ!
だいたい俺は大きい声で怒鳴られる体育会系組織は嫌なのだ。
それに将来よりも、この呪われた童貞という不名誉とおさらばするのが先なのだ。最優先なのだ!
俺は話題を逸らすためにテレビを付けた。
公共放送のニュースが映る。
「鈴木千穂ちゃんが亡くなってから今日で12年。お父さんの鈴木聡司さんにインタビューに答えて頂きました」
俺は嫌な気分になった。
またもや未解決事件だ。
しかもこの事件は俺たちの世代はよく知っている。
12年前、東京の区立小学校で水死した幼児の遺体が見つかった。
被害者は当時4歳の女の子、鈴木千穂ちゃん。
俺からすれば一つ上だな。
死因は溺死。
事故か殺人かすらも不明。
いや、自治体が消極的だった。
よほど探られるのが嫌らしい。
なにせまだ小学校に通っていない4歳の女の子が区の施設で死んだのだ。
責任の所在で揉めるのは当然だ。
殺人なのか、事故死なのか。
それが重要だった。
そこで両親は学校と自治体を相手に裁判を起こした。
未だに裁判は二転三転しながら今もまだ進行中だ。酷い10年裁判である。
被害者に年が近いせいか、俺たちの世代は「あやしい人について行かないように」と口を酸っぱくして言われたものだ。
大人だって『あやしい人』なんてわからんのに、子どもに『あやしい人』がわかるはずがなかろうが!
「一番あやしいのは先生です」と言ったら校長室に連行されて説教されたのは良い思い出だ。……未だに根に持っている。
「物騒ですねえ」
美香が言う。
なあに、一番物騒なやつは、今も病院でてめえのケツも拭けない状態だ。安心しろ。
もうあんな野郎は二度と現れないはずだ。
出ないよね?
「ですねえ、美香ちゃん」
俺は漠然とした不安を抱えながら答えた。
「ほんと、仲が良いわね……」
母親は言った。
俺は心穏やかだった。
なにせ今のところ神様からの命令はない。
事件と言っても人ごとなのだ。
フラグって真っ只中にいると気がつかないよね。




