カウンセラー
俺は、今、たった今、自宅の居間で冷や汗を流していた。
目の前には30歳くらいのグレーのスーツを着た女性。
なんとも地味な顔をした女性だ。
表情は無表情に近く、吉村よりも化粧っ気がない。大人なのに。
その手にはパンフレット。
女性の名前は遠藤佳菜恵。
俺の担当カウンセラー……という名目で警察から寄こされた監視者だ。
そりゃコ●ン君が現実にいたら、監視の一人や二人はつくだろう。
行くところ行くところ死体の山だからな。
つまりそういうことだ。
俺は犯人、姓名不詳の男の頭蓋骨、背骨、首の骨をへし折った。
俺のパンチの衝撃は推定20トンオーバー。ヘタをすると100トンらしい。
パンチが重すぎて殺人鬼は台風の前の塵のように飛んでいった。
だから衝撃が逃げて逆に死ななかったということだ。
ロードローラーの重さが14トンなので、俺は瞬間最大風速で時を止める吸血鬼を超えたらしい。
最重量の格闘家のローキックは約2トン。
力士の渾身のぶちかましだって20トンまでは行かない。
そんな俺に監視がつくのは当たり前だ。
なにせ喧嘩なんぞしたら、相手が死んでしまうかもしれないのだ。
そんな監視者は今日、俺にパンフレットを持ってきた。
警視庁の警察官募集のパンフレットだ。
「……まだ時期尚早なのでは?」
俺は言った。さすがに高校は出たい。
俺、大学入ってヤリサーで楽しい生活を送るんだ。
すると遠藤さんはやれやれと言った。
「私もそう思います。ですが上の命令ですから」
「……ちなみにどんな命令で?」
嫌な予感がする。
「相良光太郎くん。貴方を警察もしくは自衛隊に就職させることです」
やはりだ。
国は俺をマ●レーンやラ●ボーにするつもりだな!
それは嫌なので俺はとりあえずトボけた。
「なぜ僕なんかを欲しがるので?」
俺は正義よりエロと保身を取る人間だ。
世の中にはもっと警察向きの人間がいるだろう。
ダーティー●リーとか地獄のマッド●ップとかだ。
「連続殺人犯を再起不能にしたきけんじんぶ……いえ、傑物を、民間に行かせるとでも? それは社会の損失というものではないでしょうか? 警察なら貴方の能力を最大限に発揮できますよ」
お前らは、俺に宇宙人とでも戦えというのか!
つかお前、今、たった今「危険人物」って言おうとしてたよな!
「……できれば大学まで行きたいのですが」
「もちろん。調査によると相良君はたいへん成績優秀。今の成績を維持できればキャリアも夢ではありませんね。それならそれで結構です。死ぬまで利用させて頂きます」
「死ぬまで?」
遠藤さんはそう言って微笑んだ。
複数の意味をこめて。
使い潰すまで利用するつもりだ!
「死ぬまでです。ダ●ハードのジョ●・マクレー●が本当にいたら、国家が死ぬまで子飼いにして監視すると思いますよ。実際ラ●ボーは、世界の裏にいても常に監視されていたでしょ? どんな形でも我々の身内であればいいのです」
いたいけな中学生をマク●ーンやラン●ー扱い。
酷すぎる!
「それに警察内部では、すでに相良くんは身内です」
「……は?」
俺は警察官になったつもりはない。
なに言ってやがるの?
「身内の無念を晴らしてくれたのです。上層部では相良くんが警察官になるのはすでに確定している……という強弁する人もいるくらいです。気に入られていますね」
「……そんな無茶な」
てれってれー。
国家権力が味方になった。
ないわー。まじないわー。
「それに良い影響も出ています。相良くんの学校の近くにあった暴力団が、解散を宣言しました。『お願いだから殺さないでください』だそうですよ」
俺は檻から解き放たれた猛獣か何かか?
「警官に、被害者の家族に、政治家まで、相良くんに借りを作ったと感じた人は、かなり多いんです。それだけは頭の片隅に置いてください」
そう言う遠藤さんの笑顔が一瞬曇った。
俺はそれを見逃さない。
「遠藤さんも……ですか?」
すると遠藤さんは、俺に微笑む。
それはやけに人工的な、そう……作り笑いだった。
「私も相良くんには感謝しています」
俺はステータス表示をしたいという欲求にかられた。
だが、すんでの所で思いとどまる。
俺は、世の中には超えてはならない一線……というものがあると思う。
なんとなく、この遠藤という人には、触ってはならない線、超えてはならない線が存在するような気がしたのだ。
それにプライバシーを暴くのはよくない。
エロ関係でもなければやめておくべきだ。
知らんうちに死亡フラグが立つからな。
「とりあえず……今は高校進学します。できれば都立で」
「ええ、もちろんです。今日は、説明に伺っただけですので」
そう言うと遠藤さんは、あっさり引き下がった。
「はあ……」
俺はため息をつきつつも胸をなで下ろす。
大学まで出たら七年後の話だ。
高校生活だって想像ができないのに、就職なんて話が飛びすぎだ!
すると遠藤さんが言った。
「そうそう。北条さんのお母様ですが、相良くんの獲得に乗り出すそうですよ。なにせ『再生回数三億回』の男ですから」
『再生回数三億回』とは、俺の裸踊りから、犯人を殴り倒すところまでを動画職人が編集してアップロードした動画のことだ。……モザイクのある方な。
各国語に翻訳されて、それらの総再生回数は三億回。
だから俺のあだ名は、『再生回数三億回の男』なのだ。
なお、俺の懐には一銭も入ってない。
エロ本を買う金もない……有り難すぎて涙が出る。
「獲得って、もうちょっと美形を選んだらどうですか?」
俺なんか獲得しなくても、どこかの芸能人の二世がいるだろ?
すると遠藤さんは残酷な一言を言った。
「あら、小さくて可愛いと思いますけど」
……それは俺へクリティカルダメージを与えた。
伸びないのだ。身長が。
考えて欲しい。
生っ白い体に男の娘顔で、しかも身長が低いなんて悪夢そのものだろ?
「あ、あれ……もしかして気にしてました?」
遠藤さんは、うなだれる俺を見て言った。
地雷を踏んだのにようやく気づいたのだ。
「す、すいません。あ、あの、まだ成長期なんで大丈夫ですよ……」
成長期。
それは最後の希望。
だが杉浦のように中三なのに180㎝近い男子もいる。
……きっと童貞のせいだ。
童貞のせいで俺の身長がリア充に奪われているに違いない!
特に杉浦に!
俺が暗い顔でガタガタ震えていると、遠藤さんは苦笑しながら帰り支度をし始める。
「今日は、相良くんの中学生らしいところを見られただけでも収穫がありました。私はこれで」
俺は心に深いダメージを負った。
もう取り返しが付かない。
死んでしまいそうだ。
「あ、そうそう。近いうちに北条さんから接触があると思います。我々としては10代はタレント活動をしてもらって、その後に警察に入ってもらうのが一番都合が良いシナリオです。ぜひよろしくお願いいたします。それでは失礼いたします」
言いたい放題言った遠藤さんはこうしてやっと帰ってくれたのだ。
ブツブツ呟きながら壊れる俺を残して。




