最終話 日常
あれから10日が経過した。
今日は俺の退院日だ。
あれからは、色々あった。
まず悪魔だが、顔面や頭蓋骨をはじめとして全身を骨折して未だに目覚めない。
頸椎や脊椎もへし折れたようで、たとえ目覚めても身動き一つ取れないと警察から説明された。
二度と悪さはできないだろう。
したがって取り調べや裁判は保留されている。
証拠はいくらでもあるので、そのうちどうにかなるだろう。
悪魔は俺の予想通り、戸籍がなかった。
出生証明も何もかもなかった。
それを同情する報道もあったが、「一晩で10人以上を殺した殺人鬼を庇うのか?」と批判が殺到した。
北条の証言で、悪魔が死体を捨てた場所が次々と明らかになった。
わかっているだけでも最低で100人以上。犯罪史上最悪の殺人鬼だった。
とは言っても証明のしようがない。
今のところは、あの夜の殺人だけの捜査しかされていない。
全ての遺体の調査を終えるには、数年はかかるとの事だ。
最初の連続誘拐の被害者の遺体も見つかり、彼女たちは10年ぶりに家族の元へ帰る事ができた。
北条の証言では悪魔は激高しやすく、すぐに暴力を振るったそうだ。
その激しい暴力で、誘拐された子たちは次々と命を落とした。
北条は攫われた子の中で一番従順だから生き残ったのだ。
まさに天罰に相応しい。
俺は背骨と首の骨をへし折った。
二度と自分の意思で起き上がる事もできないだろう。
悪魔には永遠に自由は来ないのだ。
俺の方は少し複雑だ。
過剰防衛の嫌疑があったのだ。
なにせ警官の目の前での凶行だ。
割れた植木鉢の破片で斬りつけ、天罰の一撃で死ぬ寸前まで追い込んだ。
相手が拳銃を持っていたとしても、俺の攻撃はそれ以上の威力だったのだ。
警察も検証したが、どうやっても再現は不可能だった。
ゆえに「火事場の馬鹿力による打撃」ということで納得するしかなかった。
たとえ俺を起訴しても、非行の事実もなければ、過剰な攻撃もない。一撃が重すぎただけ。裁判所もどう扱っていいかわからないそうだ。
俺への追求もそこで終了。割れた植木鉢の破片の件など誰もが忘れている。
そして世間の方はと言うと、彼らも俺の味方だった。
話を極限まで端折れば、「悪い奴を中学生がぶん殴った。何か文句ある?」なのだ。
もちろん仲間を殺された警察も、検事も俺の味方だった。
むしろ警官たちに「警官にならねえ?」って言われるほどだ。
やだ。大きい声で怒鳴られるの嫌い!
ごく少数、俺の敵になった連中は、俺の裸踊りをモザイクなしでネットに流したアホどもだ。やつらは児童ポルノ禁止法違反で逮捕や書類送検されたのを恨んでいるのだ。
そのせいか、毎日のようにどこかの掲示板やSNSで殺害予告がされている。
そしてすぐに捕まった。クソザマァ!
さて俺の怪我の方は入院するほどのものはなかった。
10日も入院したのはマスコミ対策だ。
なにせ俺は今や同い年の世界大会クラスのスポーツ選手より有名だった。それも世界レベルで。
10日も経っているのに、未だにテレビは俺の話題を伝えている。
迷惑な話である。
そしてもう一人の主役、北条は親元に帰った。
悲しい事に北条は親の顔も憶えていなかった。残酷な話だ。
だけど北条利香子はあきらめてなかった。
一緒に暮らすために最大限努力している。
芸能界では親子を支援するために、映画監督やタレントが名乗りを上げていた。
テレビ局も、「感動特番が撮りたい」という薄汚い意思を隠そうともせずに支援している。
なにせ北条親子に対する支援は国会でも取り上げられるほどの問題だったのだ。
カウンセラーに相談員にと大忙しだ。
学校もあれから通ってないらしい。
いや、一段落したら彼女は姿を消すだろう。
寂しいがそれでもいい。
人が幸せになるのだ。
俺からしても不幸なままで側にいてもらうよりは何倍も幸せに違いない。
吉村は元気だった。
なにかされていたらと思うと死にたい気持ちになったが、吉村は特に怪我もなかった。
なにもされてはなかったようだ。
見えないだけで、本当は心の傷はあるかもしれない。
そんな吉村は暇になると俺の病室に遊びに来る。
SNSのメッセージも頻繁に送ってくる。
なんだかベタベタしてるような……?
天使こと、美香の現状はわからない。
なにせ家族が殺されてしまったのだ。
悲惨すぎてテレビが報道を自粛している。
ましてや、犯人を再起不能にした俺なんかに情報は入ってこない。
テレビの速報で目を覚ましたとは聞いていたが、それ以上の情報は入ってこない。
一般人など、そんなもんだ。
二度と会うこともないだろう。
神様、フォローしてあげろよな!
お願いだから!
そして俺は家に帰った。
家はマスコミに囲まれていた。
同じ質問を繰り返すマスコミをかき分けて家に入る。
家に帰ると、微妙に家が変わっていた。
家具の配置とか。壁紙とか。
全体的に綺麗になっている。
それを親に聞くとスッキリしない答えが返ってきた。
「まあまあ、楽しみに待っててね」
妙に上機嫌な親に俺はモヤモヤした。
◇
さらに時が過ぎて一ヶ月後。
親はこの一ヶ月、ずっと浮かれていた。
気持ちが悪い。
吉村はなんだか俺にべったりだ。
ひよこのようにどこにでもついてくる。
クラスの連中はそんな俺たちを温かい目で見守っている。
からかいもしない。
このままでは、いつのまにか付き合ってる事にされそうだ。
まあ吉村が嫌じゃなければ、俺はいいのだが。
北条は転校した。
母親と一緒に人生を再スタートするのだ。
俺たちは北条に色紙を書いた。
生ぬるいイベントだが、こういうのは俺たちにも必要だった。
北条とたいして親しくもない女子が、わんわんと泣いているのを見て多少ムカついたが、それも俺たちが事件を乗り越えるために必要なプロセスだろう。
でも、吉村も杉浦も、委員長まで怒っていた。
だって単純にムカつくよね?
それでも表立って文句を言わず、波風を立てない程度には、俺たちは大人になっていた。
吉村と途中まで一緒に帰り、家に着くと上機嫌な母親が出迎えた。
「光太郎。重大発表があります!」
「なんすか?」
なんだか不気味だ。
嫌な予感がする。
「今日、光太郎に妹ができます」
「はい?」
すんごい下ネタが頭によぎったがそれは省略する。
するとキッチンから誰かがやって来る。
女の子だ。
「はじめましてお兄ちゃん! 美香です。お世話になります」
お前か!
「はい、光太郎。美香ちゃんは家族になります。わかったわね」
母親は上機嫌だ。
美香は血色も良くなり、肌も髪もツヤツヤ。
最初に見たときとは違う、健康的な美少女になっていた。
「あー、あー!」
俺が指をさすと母親が俺の指をつかむ。
「美香ちゃんは記憶喪失なの。病院で目覚めるより前の事は憶えてないんだって。あんた優しくしてあげなきゃダメよ」
記憶喪失なのか。
どおりで猫を被っている。
……ということは俺の中にいたときのことも憶えてないのか。
「イエスマム……ところで……素朴な疑問なのですが……生活費は大丈夫なので?」
生々しい話だが気になるだろ?
「ふ、ふ、ふ。光太郎、実はね、お父さんは出世したの」
「係長に?」
主任ってことはないだろう。
それで余裕ができたのか。
「違う。重役よ」
「……はい?」
なにその無茶な出世。
「お前のおかげで、会長に気に入られちゃって。もう我が家は全て良い方に行ったわ♪ フェローですって凄いわあ♪」
神様の介入を感じさせる無茶な話だ。
神様……あんた芸が細かいくせにやることガバガバなんだよ!
もうすんげえ大ざっぱだよね!
「お兄ちゃん♪ よろしくお願いします」
俺が呆れていると美香がぺこりと頭を下げる。
「ああ、よろしくな」
俺は笑った。
一番仲の良い友だちだ。
もちろん仲良くしてやるつもりだ。
エロ本漁らなければな。
「お兄ちゃん。お兄ちゃんとお話ししてもいいですか?」
「おう」
人なつっこくてかわいいなあ。
得な性格だぞ。
「おばさま。お兄ちゃんとお話ししてもいいですか?」
「うん、美香ちゃんいいよー。あとでおやつ持ってくるからね」
「ありがとうございます!」
「じゃあ行こうっか……」
「はい!」
いやーよかった。よかった。
これで一件落着だよね。
うん、よきかな、よきかな。
部屋につくと美香は俺のベッドに座る。
その姿に俺は違和感を感じた。
「うーん……」
「どうしたんですかお兄ちゃん?」
「いや……なんだろうね?」
なんかおかしい。
「それはエッチな落書きを全身に書いて裸踊りした事ですか?」
ううーん!?
「それともここに隠したエッチな本ですか?」
おおーい!
「それとも草食系のフリして変態さんなことですか?」
お前ー!
「そうそうお兄ちゃん。神様の新しい指令が……」
「お前全部憶えてるんじゃねえか!」
「そうですよー。よろしくねファルコン♪」
こうして俺にリアル妹ができた。
そして神の方は、まだ俺になにかをさせるつもりらしい。
こうして俺の新しい日々が始まった。
放課後、俺が黄昏れていると杉浦がやって来る。
「光太郎。妹ちゃんが来たぞ」
「あー……」
俺は気のない返事をした。
あれから美香はランドセル姿で毎日学校に迎えに来るようになった。
合気道部がある日は一緒に稽古に参加するほどだ。
杉浦の話を聞くと吉村が立ち上がる。
「光太郎。帰ろ?」
俺の胃がキリキリと痛くなる。
なぜだ?
なぜ俺に圧力がかけられる!
「お兄ちゃん!」
「光太郎!」
どうする俺!
でも俺は思うのだ。
これも幸せなのだと。
完
最後までありがとうございました




