最終決戦 3
犯人が階段をゆっくり上がってくる音が聞こえる。
くそッ!
マジでラスボスクラスじゃねえか!
筋肉教師の飯田と豪田より強いじゃねえか!
俺の簡易鈍器も効かなかった。
俺は必死に考える。
奴は名前がなかった。北条と同じだ。
わからないのだろうか? 事故で記憶喪失になっているとか?
いや……違う。
そんな普通の理由ではないだろう。
そうじゃなきゃ『悪魔』なんて称号はつかない。
俺は窓を開けた。
逃げる事はできるが刺さりそうな柵が見える。
窓の手すりにも刺さりそうな棘が出ている。
防犯用だろう。
窓には丈が長くて丈夫なカーテンがついている。
これしかないか。
「おい! 最後に聞かせろ! お前は何が望みだ!?」
くっくっく……という押し殺したような笑いが響いた。
「私はね。娘さえいればよかったんだ。それを君が奪ったんだ……なあにすぐには殺さない。いたぶって殺してやるよ」
薄々思っていたがこいつの北条への執着は凄まじい。
他から奪ってきたもののはずなのに。
そこまで執着するって事は……
「お前は北条の……本当の……父親……」
違う。
そんなはずはない。
そんなバカな事があるはずない。
父親は死んだと推定されている。
手首が切断されて生きているはずがないのだ。
自分で切断し、火で止血?
半端なく痛いし、高確率で膿む。
ここでの半端なくとは「ショック死しちゃうかも」である。
常人はおろか、埒外の人間ですら避けるだろう。
気合でどうにかできる範囲を超えている。
「いや、違うな……お前は誰だ? ……いや質問を変えよう。お前は誰でもないのか? お前、戸籍がないんだろ? 違うか? 出生届も戸籍もなにもかもがないのか!」
考えられる最悪のシナリオだった。
警察が捕まえられるはずがない。
だって相手は幽霊どころか、最初からどこにも存在しない人間なのだ。
「……」
急に答えが返ってこなくなった。
俺は音を立てないように気をつけながら闇の中をうかがう。
すると突然、俺の胸に表現できない不安感が押し寄せた。
まるで全身で死を予告されているような、単に苦しいような、孤独すぎて焦燥しているような、なんとも言えない不快感だった。
俺は迷わなかった。
「神経伝達物質ブースト及び演算ブーストオン」
視界がクリアになる。
神経伝達物質によって過剰に過敏になった神経の作用で、俺はかすかな色の違いすら見分けられ、綿埃が床に着地する音も聞こえ、部屋はこの暗闇の中でもまるで昼のようだった。
なにかが俺目がけて高速で接近していた。
それは包丁、いや大きい。牛刀ってやつだ。
俺は思いきって頭を下げて牛刀の描く線をくぐり抜けた。
牛刀が俺の髪をかすった。
「あはははははは!」
笑い声が響く。
悪魔は返す刀で俺の腹を狙った。
振り方に容赦は微塵も感じられない。
俺はさらに前に出て悪魔の腕を思いっきり払った。
だが所詮俺は中学生。
勢いを殺す事はできたが、止めきることはできなかった。
俺は吹っ飛ばされる。
なんていう力だ!
俺はゴロゴロと転がると起き上がる。
ブーストかけてもギリギリか。
「あはは! まだ生きてる! 楽しいな!」
悪魔が笑う。
笑い事じゃねえ! ……俺死んじゃねえかな。
俺は距離を取りながらサイドに移動していく。
もちろん悪魔も俺から視線を外さない。
つまりこの暗闇で俺の姿が見えている。
魔法によるインチキまでしてこの実力差よ!
生き物としての格が違う。
だが……人間としても生に対する執着は俺の方が上だ。
「おりゃああああああああああッ!」
俺は一気に加速すると飛び上がり、足刀で悪魔の頭を狙った。
飛び蹴りだ。
「がっかりだ」
悪魔は冷静にそう言うと、ひょいっと避けた。
だが俺はそこまで予想していた。
俺は空中で体勢を崩しながらもカーテンをつかむ。
そして窓の外へ飛び出す。
「な!」
カーテンは、バチバチバチっと小気味良い音を立てながらレールから外れる。
レールから外れたカーテンは棘に刺さり引っかかる。
落下した俺はカーテンにしがみつき、窓を粉々に砕きながら一階に侵入した。
ゴミで塞がっていた居間だ。
ガラスの破片が刺さったが致命的なダメージはない。
まだ動けた。
頭を打ったのか、耳がきぃぃぃぃんと鳴っていた。
「きゃあああああッ!」
耳鳴りが治まると誰かが悲鳴を上げていたのに気づいた。
室内は薄暗い明りが灯っていた。
俺が声の方を見ると懐かしい顔が見えた。
北条美沙緒だ。
「こ、来ないで! 絶対にこの子は殺させない!」
北条はまたもや錯乱していた。
ですよねー。
「北条、俺だ。相良だ」
俺が声をかけると北条が、かしゃんとなにかを落とした。
それは小さなナイフだった。
これで女の子……おそらく行方不明の寺島美香を守ろうとしてたのだろう。
「相良君……どうして……?」
「助けに来た。寺島美香もいるんだろ? さっさと連れて行くぞ!」
そう言うと俺は北条に近づいた。
北条の奥にはタオルケットをかけられたものが見えた。
俺は例え死体であっても、北条を納得させるために連れて行こうと思っていた。
「美香はね……動けないの」
俺の心臓が跳ねる。
死体でも連れて行く覚悟はしたが、少々気合がいる。
俺は寺島美香に近づいた。
俺は安堵のあまり、ため息をついた。
……生きている。
頬が痩けていて危険な状態なのは一目瞭然だった。
だがその胸は上下し、呼吸をしていた。
「お父さんが叩いたらずっと起きないの……」
北条はこの状態の寺島美香をずっと守っていたのだ。
「戻ってこないと美香を殺すってお父さんが……」
「わかった。運ぶぞ」
俺は寺島美香を抱き上げようと手を触れる。
ばちっ!
あん?
手に電気のようなものが走った。
もう一度触れる。
ばちっ!
ああん?
衝撃は手から伝わるが音は頭の中から響いてくる。
「どうしたの相良君」
「い、いや、静電気みたいだ。すまん」
俺は今度こそ寺島美香を抱き上げた。
小学六年生とは思えないほど軽かった。
すると頭の中で、「ざざざざざッ!」っという音が鳴る。
『あーテステス。光ちゃん聞こえますかー?』
……お前か。
俺はうれしくなった。
そうかお前だったのか!
その時まで俺はすっかり忘れていたのだ。
俺の相棒、その正体は……
『私、全て思い出しました!』
そう、俺がなんで、神にこんな無理難題を押しつけられたのか?
それは、俺が寺島美香を救出するため……だったのだ。
『私……寺島美香ちゃんでした!』
ああ、なんてことだ!
神は事件を解決するために力を与えたんじゃない。
天使、つまり寺島美香が中に入ったから、俺に無理難題をふっかけたのだ。
俺の一番大事な女友達を救出させるために。
おそらく俺の力も神の与えたものではないだろう。
天使が俺の中に入った事による副作用だ。
全知全能め! 全部最初に言え!
『神様は私たちの事を考えてくれるんですよ』
そうかよ♪
じゃあ逃げるぞ。
抱いていくぞ。セクハラって言うなよ!
『はーい♪』
俺は北条へアイコンタクトをした。
北条もこくりと頭を振った。
塞がれていたドアから音がする。
ガンガン、ガンガン!
悪魔が叩いているのだ。
「ダメだ! 出て行くな!」
悪魔が叫ぶ。
「ずっと、お父さんといよう! なあ、お父さんはお前がいないと……」
俺は声を無視して庭に出る。北条も俺についてくる。
さすがにトラバサミやブービートラップはなかった。
そんなもん仕掛けたら隣家にバレるからな。
そして庭から堂々と外に出た。
「待て! やめろ! 待ってくれ!」
悪魔が叫んだ。
北条はその声のほうを向いた。そして……
「貴方はお父さんじゃない! ……さようなら」
北条はそう言うと走り出した俺の後ろを必死についてきた。
しばらく走るとパトカーのサイレンが聞こえてくる。
吉村! やっぱお前は最高の女だぜ!
『あとでぶっ飛ばしますから』
……なぜだ?
『知りません』
懐かしいノリだ。
ああ、助かった。
そう俺は思った。
長くなったのでとりあえず。
次回で決着して完結予定です。
最後は後味スッキリです。




