最終決戦 1
夜になって誰もいなくなった病院の待合室。
俺は怒りのあまり手が震える。
その手にはスマートホン。
画面には見た事のない番号。
報道ということはないだろう。
おそらく犯人だ。
俺は液晶に表示された通話ボタンをタップした。
「囮になってくれてありがとう。君やメディアが騒いでくれたおかげで娘が外に出られたよ」
なるほど……
『なにがです?』
親と合わせないには訳があった。
北条は犯人のコントロール下にある。
マインドコントロールか、単純に人質に取られているか。
まあ……後者だろうな。
というか俺の精神的安寧のためにも後者であって欲しい。
前者だったらあまりにも救いようがない。
『そうですね……』
犯人は饒舌だ。
成功したのがうれしいらしい。
今のうちに警察官探してキャリア経由で逆探知……
「この電話を警察に渡すなんてしないよね? そんなことをしたら君の人生をめちゃくちゃにしてあげるよ。君の恋人や友人全てを皆殺しにしてやる」
……最悪だ。
というか、すでに俺の人生は裸踊りの画像のおかげでメチャクチャだ。
こいつはマジだろう。
「俺になにをさせたい?」
「今まで私はねえ、子どもを誘拐しても、人を殺しても、それがバレた事はないんだ。死体は娘と一緒に処理したし、ちゃんと捨てたからね。でも君だけが気づいた。そこで考えたんだ。……君を始末すべきだと」
「ふざけんな。俺に自殺でもさせるつもりか?」
「いや、ゲームがしたいだけだ。賞品は娘、それに君の命」
完全に頭がおかしい。
いたいけな中学生相手に全力で挑むとか、なに考えてやがる。
『いたいけ……?』
はいそこツッコミ入れない!
「君に断ることはできない。私の力は見せた。君から彼女を奪う事は簡単だし、君が奪った娘も取り戻してみせた。だけど君の存在は脅威だ。だから……」
嫌すぎるタメだ。
「殺し合おう」
『私、あの人の言ってることが何一つわかりません』
俺もわからねえ。
なに言ってんの?
「僕の……海老名家に来たまえ」
「バカか? 警察が見張ってる」
「大丈夫。排除したから。メールで地図を送るから。くれぐれも警察には言わない事。じゃないと後悔する事になる」
そう言うと犯人は一方的に電話を切った。
すぐにメールで地図が送られてくる。
まず俺は親を出し抜く事にした。
「吉村の見舞いに行ってから帰ります」
実は現在、我が家にはマスコミの群れが押し寄せている。
その対応で四苦八苦している。
診察が終わったら迎えに来るとか言ってたが、これでしばらくは足止めできるだろう。
次に吉村にメールを送る。地図の住所だけだ。
たぶんこれで吉村はわかってくれるだろう。
『いいんですか? そんな不確定要素に頼って』
どうしようもない。
俺が行きさえすれば全て解決する。
それに俺はタダでは死なない。
なにせ高格闘レベルだしな。
『死んじゃダメですよ!』
だといいな。
天使に答えながら俺は持ち物を確認する。
ゲロ吐きそうなとき用に渡されたビニール袋と、いつもの手袋がある。
これは使える。
『どうするんですか?』
ああ、後ろから顔に被せるんだ。
息を止めてやる。
『……嘘つき』
俺は途中の神社に寄ると砂利を拾ってビニール袋に入れる。
『なにやってるんですか?』
秘密。
本当はバイクのチェーンとかがあれば良かったんだけどな。
さらに歩いているとテレビ局の中継車が見えた。
味方にして裏から動いて貰うか?
一瞬そう考えた俺は中をうかがうが、あきらめた。
『ひっ!』
天使が小さく悲鳴を上げた。
それも仕方ない。
なにせ運転席に座った男性は苦悶の表情を浮かべ、目が飛び出ていた。
絞殺だろう。
犯人は邪魔になりそうなものは排除しているらしい。
すると電話がかかってくる。
先ほどと同じ番号だ。
俺はすぐに出る。
「どうしたのかな? マスコミは味方してくれなかったのかな?」
「かもな」
俺を監視してやがる。
「助けを呼んでも無駄だよ。邪魔者は排除した」
「それはよく理解した。お前、俺を監視してやがるな」
「暇だからね。私は君を何度も殺そうとした。最初は学校、でも君は救急車で運ばれてしまった。だから先生を殺して君の彼女を誘拐した。次は君が彼女を救った屋敷だ。私の予定では玄関から入った邪魔者ともどもガソリンで焼き殺そうと思ってたんだ。でも君は2階から入って勝利を手にした」
……俺たちに何も知らされなかったのはそういう理由か!
玄関に特大の罠を用意してやがった!
俺はどうやらこの一日、ギリギリの線を歩いていたらしい。
「隣の家でガソリン用意して待っていたのに……無駄になっちゃったなあ」
俺は肝が冷えた。
だって、つまり……テーブルを貸してくれた家は隣だ……
俺を殺すためだけにスタンバイしていたのだ。
「隣の住人は?」
「聞きたい?」
聞きたくない。
なんとなくわかった。
「そうだね。処理する時間はなかったとだけ言っておくよ」
マジでやめて!
「それとあの屋敷は娘の母親の雇った探偵のものだ。幸せな家族だったようだね」
「お前は今まで何人殺した?」
「さあ? 物心ついたときには殺してたからねえ」
日本の年間の失踪者は8万人ほどだ。
そのうち見つからないのは4千人。
これは届け出を出したものだけだ。
さらに届け出がないものを加えると年間の失踪者数は10万を超えるとも言われている。
届け出がないものに関しては、ほとんど見つからない。
つまり2万4千人以上がどこに行ったかわからないのだ。
人殺しを生業にすること、それ自体は可能なのかもしれない。
「お前は……人を殺して殺した人間に入れ替わっていたんだな……」
「そうかもね」
俺は指定された場所に着いた。
本来なら見張っているはずの警察はいない。
まだ遅い時間ではないというのにも関わらず、実質的な外出禁止令に人も歩いていない。
まるで……最初からこうなるようにお膳立てされていたかのようだ。
俺は北条の家、犯人に監禁されていた家の玄関横に鎮座するアロエの鉢を蹴飛ばした。
元の持ち主は園芸が好きだったのだろう。
それなのに庭にあるほとんどの植物が枯れていた。
鉢が割れ、焦った蟻の大群が我先にと逃げ出した。
「おいおい。物に当たるなよ」
「うるせえ。ゲームやるぞ」
「わかった。玄関から入って来なさい」
そう言うと犯人は電話を切った。
俺は蹴飛ばした陶器の鉢、その破片を拾うとポケットに入れた。
行くぞ。
『はい!』
俺は気合を入れた。




