最終決戦 序章
あれから救急車と警察が来て吉村を保護した。
飯田と豪田も二人とも救急車で運ばれていった。
俺もかすり傷があったので、救急車でとりあえず病院に送られる事になった。
ここが北条がいる病院かはわからない。
飯田と豪田の怪我は思ったよりも酷かった。
なにせ刺さったり、抉られたり、リチウムイオンバッテリーの液を浴びて火傷したりしていたのだ。
さらにパチンコ玉も肉に食い込んでいたそうだ。
飯田に至っては、釘が頭蓋骨に少し刺さっていた。
幸運な事に中までは刺さってなかったので脳に問題はない。
豪田は下半身中心に怪我をしたため、怪我が治るまでには少々時間が必要そうだ。
吉村は無事だった。
侮辱も受けてはいなかった。と、本人が言っていた。
だが……誘拐されて、爆弾をつけられて、何時間も恐怖の中に放置されたのだ。
犯人を殺してやりたい。これほど怒りを感じたのは初めてだ。
『本気ですか……』
無論だ。殺す。
『私も同じですけど天使がそんなことを考えるのは……ぐぬぬぬぬ』
無理すんな。己の欲望を受け入れろ。裸踊り以外は。
『だからなんで光ちゃんは最後で全てを台無しにするんですか!』
知らぬ。
俺は胸にむかつきをおぼえながらスマートホンのテレビをつけた。
もう何時間もテレビは俺たちの方の事件を報道している。
なにせ吉村を助けたら俺は用済みだ。
詳しい情報などなにも入って来ない。
俺はテレビやネットで情報を得るしかない。
ただなぜか……警官たちは吉村救出後に俺の頭をなで回しまくった。
これだけやられたい放題の中で、ようやく犯人に一矢報いたのだ。
警官からすれば、俺たちは仲間扱いなのかもしれない。
テレビでは、今日だけでもう何度目かの教師二人の勇姿を流していた。
ネットでも二人はちょっとした英雄扱いだ。
「あんな先生に習いたかった」なんて書き込みだらけだ。
普段の二人を見たらさぞがっかりするだろう。
俺もネットでは伝説だった。
なにせネットでの俺は彼女を助けるために裸踊りをして、爆弾に立ち向かった彼氏だ。
「リア充爆発しろ」とか「死ねばいいのに」というお約束の文言と共に、「かっこいい」とか「彼氏にしたい」とかの言葉も踊っている。
「がんばれ男の娘!」とか「走れ肉●器!」とかの書き込みは見ないし見えない。神様全員ぶっ殺してください。
『あとで児ポ法違反で社会的に地獄行きになるので勘弁。と、神様が仰ってます』
マジで焼き払え。サーバーを!
さらにSNSではクラスメイトどもが恐ろしい勢いで書き込みを重ねている。
その情報によると俺と吉村は付き合っているらしい。……ラブラブらしい。よくチューしているらしい。
どこの世界線の話だ!
すぐ近くで起っている事すら噂で歪められる。
面白半分だろう。
俺の裸踊りは未だにアップロードされ続けている。
消せば増える動画状態だ。
なにせ動画投稿サイトのトップページに「児童ポルノ動画をアップロードしないでください」と表示されるほどのお祭り状態だ。
それについては役所の人権課という所の人が来て、弁護士会と組んで人権救済の申し立てというのをしてくれることになったらしい。
逮捕祭りも近いだろう。
未成年という特権階級に逆らったブタどもよ!
逮捕の炎に焼かれるがよい!
ぐわーっはっはっは!
『逮捕はしかたありませんねー』
ですよねー。
と、いうわけで俺の裸踊りのダメージもたいした問題ではなくなった。
世の中そんなものである。
俺の裸踊り以外には暖かい視線を送るネットに対してテレビでは辛口の論評が目立った。
俺の人格批判こそないものの、警察や学校、飯田と豪田に対してまでも攻撃の矛先を向けていた。
犯人の言うままに学生を裸踊りさせたのが我慢ならないらしい。
それは俺には難しい。
大人には大人の論理というものがあるのだろう。たぶん。
あれからネット中継は俺の裸踊りから死体探しにシフトした。
なにせ犯人は携帯を奪うためだけに何人もの人を手にかけたのだ。
宝探し気分で死体を探すバカが続出した。しかも見つけてしまった中継者多数。
『神様も少し本気出すって仰ってました』
はい、天罰。
そして社会の方はと言うと、まさに混乱の極みだった。
なにせ猛獣がその辺をうろついているようなものだ。
人々の不安は最高潮に達していた。
会社は軒並み営業を中止し、24時間営業の商店まで営業を自粛した。
この日だけでも経済にそうとうな影響が出る予定だ。
テレビはこの特番ばかり放映し、不安を煽る。
街には腕に憶えのある市民がバットや木刀で武装して防犯活動を行っていた。
それがさらに事件を引き起こしているので笑えない。
そして俺がずっと気になっているのは、寺島美香のことだ。
結局わからなかった。
「殴って動かなくなった」というのは、殺したという意味だろうか?
わからないことばかりだ。
少し俺はへこむ。
『光ちゃんはがんばりましたよ』
ありがとう。
テレビでは北条の母親の北条利香子が記者会見に臨んでいた。
まず何もしていない記者たちと視聴者に礼を述べる。
そして、まだ各機関や医療機関の意向で娘に会えていない事や、この10年間の思いを語った。
北条利香子は泣いていた。
嘘泣きではなく化粧を崩しながら泣いていた。
マスコミも北条利香子には同情的だった。
これから北条の人生は試練の連続だろう。
それを考えると胸がずきりとした。
『全ては良い方に転びますよ』
そうだといいな。
俺が天使と話しているとテレビの速報が入る。
「誘拐事件で保護された児童が行方不明」
北条のことだ……
カメラが北条利香子がショックで倒れるのを映していた。
どういうことだ?
どうして?
なんでこんな酷い事ができるんだ!
俺は信じられなかった。
犯人は本当の意味でクズ野郎だった。
そして俺の携帯が鳴った。
俺と犯人の最終決戦が近づいていた。