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最悪の一夜 2

 俺が恐ろしい想像をしているとニュース速報が入った。

 それは恐ろしいニュースだった。

 都内で警官が襲撃され二人死亡。

 犯人は逃走。

 俺の背中に冷たい汗がにじみ出る。

 先生たちも深刻な顔をしていた。

 すると俺の携帯が鳴る。

 番号は俺も知らないものだった。

 警察官が無線で本部に連絡する。

 携帯のキャリアでどこの基地局を使っているのか調べるのだ。


「出てください」


 警官に言われて俺はスマホの通話アイコンをタッチした。


「やあ、携帯を代えてしまったよ」


 犯人だった。

 俺は気を引き締める。

 象さんもきゅっとなる。

 と、冗談を言ったところでふと冷静になった。

 普通に考えたらこの携帯は警官のものだ。

 だが警官って携帯持ってるんだっけ?

 確か私用の携帯は勤務中に使えないはずだ。


「……誰の携帯だ?」


 俺は聞いた。


「さあ? ああ、すまない聞いてみよう。おーい、君は誰かな? 返事がない。死んでしまったようだねえ」


 気分が悪い。


『私も頭が痛いです』


 天使まで具合が悪くなっている。

 最悪だ。

 俺の携帯の音声は全て中継されている。

 他に死人が出た事は警察も知っただろう。

 その証拠に下にいる警官たちの怒鳴り声がここまで聞こえてきた。

 これでわかった。

 俺は勘違いしていた。

 警察も勘違いをしていたに違いない。


『なにをです?』


 犯人は後先なんて考えていない。

 俺は10年も逃げていたから知能の高い秩序犯だと思っていた。

 だけど違う。

 こいつは獣だ。

 逃げていたんじゃない。

 必要な時に狩りをしていただけだ。


『獣……ですか?』


 ああ、こいつは完全に法律の外にいる人間だ。俺たちとは違う。

 心が人間じゃないんだ。動物だ。

 このタイプの犯罪者に対して警察は無力だ。

 完全に法の外にいる存在を止める事はできない。

 じゃあ、どうすればいい?

 どうやって吉村を取り戻せばいい?


「どうしたんだい? 急に黙って」


「あんたのことを考えていた」


「へえ、まるで友だちみたいだね」


「かもな。警察もマスコミも勘違いしてる。お前はなにも考えていない。そうだろ?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 犯人は、はぐらかした。

 いや違う。言葉の裏を考えるな。


「北条を取り戻すのは不可能だ」


「そうだろうね。じゃあ問題。今、僕はどこにいる?」


「病院……」


「不正解。僕はね、楽しいんだ。この永遠に続く地獄から解放されたんだ」


「……意味がわからない」


「僕はね、家族がいれば自分が人間になれるんじゃないかって思ったんだ。だから目についた子を自分の子どもにしたんだ。ところがね、みんな僕の言う事を聞かないんだ。だからお仕置きしたら動かなくなっちゃった」


 ああ、最悪だ。

 本当に最悪のものがそこには存在していた。


「でも、あの子だけは違った。僕の言う事はなんでも聞いてくれた。だから生かしてあげたのに! 育ててあげたのに!」


「勝手な事言ってんじゃねえ!」


 俺は怒鳴った。

 とうとうキレてしまった。

 先生たちも警官も俺を責めるような視線を投げかけた。

 俺も失敗だったのは理解していた。


「いいねえ、その調子だ。おしゃべりを続けようか。僕はあの子に妹を作ってあげた。でも妹は生意気だった。だから短気を起こして殴っちゃった。そしたら動かなくなっちゃってさ」


 俺はそれが寺島美香のことを指している事を理解するまでに、数秒の時間を要した。

 血管が爆発しそうになる。


「てめえ!」


「そうだ怒るんだ。僕と遊ぼう」


「てめえ、ああ、遊ぼうぜ。今すぐ吉村を返せば頭蓋骨を割るだけで許してやる。断ったらてめえの体を引き裂いてやる。玉引っこ抜いててめえに喰わしてやるぜ!」


「あはははは! 楽しいな。そんなにあの娘に執着するなんて思わなかった。どうせなら連れてくれば良かったよ」


 「連れてくれば」だと……

 つまり今は一緒にいない。

 俺は警察官にアイコンタクトする。

 警察もそれを理解していたようで、無言で首を縦に振った。


「殺したのか?」


「それじゃあ面白くない。これからゲームをしよう。指定する住所に来たまえ。XX区XX丁……XXマンション504号室」


 犯人は早口でまくし立てる。


警察(お友達)も連れていらっしゃい。あ、君が来なければ娘さんの命は保障しないから。これが終わったらまた遊ぼう。おっと忘れてた。服は着ていいよ。じゃあ……またね」


 一方的に通話が切られた。

 俺はすぐさまパンツをはいた。

 黄色く汚れた白ブリーフなら伝説になっただろう。

 だが残念なことに俺は灰色のボクサーブリーフだった。

 すぐに上着とボトムも着用する。生着替えも中継されていた。


「相良気をつけろ。お前の動きはSNSで実況中継されてる」


 だろうね。

 だから俺を同行させるつもりなんだろう。

 監視しやすいからな。

 俺がパーカを羽織ると親が走ってくる。


「光太郎! もうやめて!」


 必死になっている。

 だがそんな親を俺は突き放す。


「もう無理だよ。ネットでは俺の顔まで晒されている。今降りたら大炎上して俺が首吊るまで追い込まれる」


 いや世間は俺が首を吊るのを期待しているだろう。

 その方が劇的で楽しいからだ。

 親は絶句し、俺の背中を見守っていた。

 俺は警察に誘導されてパトカーに乗る。

 豪田と飯田も一緒に乗る。


「二人とも来るんですか?」


 俺が聞くと、二人同時に俺に拳骨をお見舞いした。ごつん。痛いっす。

 心が折れるので、そういう体育会系っぽいのやめてください。


「お前を守るのが俺たちの役目だ」


 飯田が偉そうに言った。


「それって警察の役目じゃないっすか」


「警察じゃ守れない部分もだ」


 ネットに顔が晒されている時点で何もかも守れていない気がするが、それでも教師には教師の職分というのがあるらしい。

 俺の人権の回復は弁護士の仕事か。

 世の中ってめんどい。

 パトカーが発進すると懐中電灯を持ったおじさんたちが見えた。


「自警団だ」


 飯田が忌々しそうに吐き捨てる。

 そのもそのはず。なにせ彼らはバットや木刀で武装していたのだ。

 自警団はコンビニの前でたもろする若者を見つける。

 いわゆるコンビニヤンキーだ。

 すると自警団のオッサンの一人がパトカーまで響く大声で怒鳴り散らした。


「ちょ、なにが……」


「各地でこういった事件が起きてるそうです」


 パトカーを運転していた警官も少しイラついた声で言った。

 現場は混乱しまくっているようだ。

 すると自警団の一人がバットで若者を殴りつけた。

 コンビニヤンキーが自警団の男を蹴飛ばす。

 怒声がパトカーにまで響く。

 警官が慌てて止めに行くのが見えた。


「……もしかして警察、機能が麻痺してませんか」


 俺は嫌な想像をした。

 顔のわからない犯人。

 指紋の一つや二つ出てるはずなのに名前も出ない。

 そんな幽霊のようなやつが自由に殺人をしているのだ。

 警察だって検問やパトロールをしている。

 だがそれでも市民の不安は拭えない。

 不安が事件を呼び、さらに人手が足りなくなる。

 それはまさに蟻地獄だった。

 パトカーを運転する警察官が忌々しいとばかり言った。


「ええ……人手が足りません。こんな次から次へと事件が起る日は初めてです」


 犯人の人生が終わりなのはもう確定している。

 こんな無茶が続くはずがない。

 逮捕は間近だ。

 だけどそれまでに何人犠牲になる?

 俺は正直に言えば吉村さえ助かればいい。

 知らない人間が傷つくのは多少心が痛むがそれだけだ。

 だが俺の親分である神様はそれじゃあマズいはずだ。

 あの野郎……なにを考えていやがるんだ?

 俺よりもアメリカ軍とか、元ヤクザの坊さんとか、もっと適しているヤツらがたくさんいるだろ?


 すると俺の携帯が鳴る。

 知らない番号からのテキストメッセージだ。



「住所変更、警察をまけ」



 ざけんじゃねえ!

 俺はキレそうになった。

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