全て童貞が悪い
結局、北条が暴れ回ったのが決定打となり警察を呼ぶことになった。
俺はガーゼと絆創膏だらけの姿である。
顔面とかばった腕に硝子の破片が刺さり、腹は打撲。
腹筋を締めたので大怪我はしなかった。
なぜか委員長と吉村はグスグスと泣いている。怖かったらしい。
俺はモヤモヤしていた。
なにせ俺が、俺一人が血まみれである。
俺一人が酷い目に遭ったのだ!
なのに泣いてるのは女子二人!
しかも慰めるのは男子の役目!
あまりの理不尽に俺の方が泣きそうである。情けなくて。
「吉村、怖かったな。ごめん」
俺は吉村に声をかけた。
なぜなら委員長を慰めるのは杉浦の役目だからだ。
杉浦は委員長の肩を抱いている。
俺はそれを見て即座に嫉妬した。
童貞の俺には真似できないイケメンぶりに嫉妬したのだ。
なぜだ! なぜ俺にはそれができない!
そうだ俺のこの状況はすべて童貞のせいに違いない。
そう、今回怪我したのも、滑って転んだのも蛍光灯が降ってきたのも、そもそも神様に無茶振りされてるのも、すべて童貞のせいに違いない。
俺は童貞に優しくないこの世界を呪う。
魔王だったらこの世を滅ぼすところだ。……俺の童貞を理由に滅びる世界。童貞を拡散する俺の生き様。
そう、誰にも愛されずに迎える30歳の誕生日……自分だけが孤独。
クラスのバカどもは子だくさん。ただ俺だけが孤独に涙する。
悪い事はしてないのにクソ以下の人生。それは終わるまで続く罰ゲーム。
憎い……世界が憎い。
『もう、鬱ポエムはいいですから!』
中学生にポエムを止めろと言うのは酷だとは思いませぬか?
『だからぁ、光ちゃんは童貞でも恥ずかしくない年ですって』
童貞でもない貴様にこの絶望感、この焦燥感がわかってたまるか!
ちなみに教師たちは遠巻きに俺をチラチラ見ている。
俺はあまりにもズタボロ、だけど急いで医者に連れて行くほどではないので説教することもできないのだ。
いや断言しよう。俺は怒られることは何一つしてない。
なぜ貴様ら教師は叱ろうとする。お前らの説教など俺には必要ない! 特に血まみれの今はな!
『……光ちゃん。いたいのいたいのとんでけー』
ありがとう。
俺に優しいのはお前だけよ。
なにもかも童貞が! 童貞が悪いのだ!
童貞が憎い!
女の子に愛されない自分が憎い!
『運が悪かっただけですよー……』
悪い運を呼び込んでいるのが童貞なのだ!
全て! 全て! 童貞のせいなのだ!
童貞を連呼すると俺は少し冷静になった。
北条は女性の刑事さんと校長室にいる。
警察が来るまでの間、北条は「美香を殺さないで」と俺たちにずっと懇願していた。
急に善人になったおばちゃん先生、山口がやさしく根掘り葉掘り聞いていた。興味本位で。口内炎ができてしまえ!
山口は今も警察の事情聴取に立ち会っている。
まるで自分が北条の正体に気づいたかのように。
俺ではなく山口の手柄である。
あんのクソババア!
『私は光ちゃんが頑張っているの知ってますから!』
ありがとう。
俺の味方はお前だけだ。あとは全員敵だ! 敵なのだ!
あれから俺の方は大変だった。
保健室で消毒薬を大量に傷口に塗り込まれた俺は、五分後に来た警察の生け贄になった。
俺の姿に驚いた警察だが、そこはプロ。普通に事情聴取された。
柔道顔でしかめっ面をした体の大きな警察官に。それが逆に良かった。……この姿を少しでも笑われたら暴れていたに違いない。そして取り押さえられていただろう。
そして現在は北条の番である。
北条の方はかわいい婦警さんに根掘り葉掘り聞かれているだろう。マジでかわいかった……
なにこの格差社会。
マジ代わってくれませんか。いえホント。
北条はすぐに警察に運ばれて詳しい話を聞かれるらしい。
俺は救急車で病院に運ばれることに。
付き添いは豪田である。
これがこれまでの流れである。
さてもうちょっと詳しく。
校長室での事情聴取では警官に俺が指紋を送ったことを伝えた。
「それなんのこと?」って顔をしている。
警視庁の人と電話で話した。
こちらも俺の指紋のことは知らない。
上にあがってなかったのだ。
全員ぶん殴るぞ!
北条家側には親子関係が証明され次第、警察から連絡がされるらしい。
伝聞形なのは俺個人にはなにも知らされてないからだ。
10年も離れていた親子だ。
児童相談所のカウンセラーを間に挟んでの面会となると飯田は言っていた。
なにせ北条は親の顔も憶えてないのだ。
いきなり会わせるのも残酷なのかもしれない。
俺には想像もできない世界だ。
なんだかモヤモヤする。
今日はモヤモヤしっぱなしだ。
『私は光ちゃんのそういう所、好きですよ』
少しへこんでいると天使に慰められた。
ありがとよ! お世辞でもうれしいよ。
『もー!』
天使はふくれた。
それにしても気がかりがある。
寺島美香のことだ。
誰かが本当に捕らえられているとしてどうやって救う?
乗り込むか?
いやこれで解決だ。
寺島美香も直ちに救出されるだろう。
さすがに動き始めたら警察も素早いはずだ。
俺は自分のできる範囲でがんばった。
俺はそれで満足すべきだ。
後は警察の責任であって俺の責任ではない。
……たぶん。
救急車が来る。
歩けるというのに俺は大げさにもストレッチャーで運ばれていく。
まあ血まみれなのでしかたがないだろう。
救急車に運ばれると赤いサイレンが見えた。
パトカーの明りだろう。
俺はそこでようやく安心した。
だがこの意味不明な神様の指令がタダで終わるわけがない。
こいつは史上最悪の一夜のはじまりだったのだ。
中途半端なので0時頃にもう一話投稿します