悪魔
操作失敗して10話投稿してませんでした。
二人は不埒な仲ではないだろう……と思う。
実はわからない。だって童貞だもの。
『あの……光ちゃんの年齢なら、さくらんぼでも全然おかしくないと思いますけど』
それでも嫌なの!
彼女欲しいの!
エッチな事したいの!
『恋とか愛とか……』
だからわかりません! 童貞だもの!
それ以上追い詰めるとエロ妄想に逃げるからな!
お前の姿を勝手に想像してエロコスプレさせるからな!
『ちょっとぉ!』
はいはい。尾行尾行!
俺は事件の概要を必死に思い出す。
北条家に健次郎氏の右手首が送られてきた。
俺は身の毛もよだつ予想をしていた。
もしかして二人は本当の父親なのではないだろうか?
離婚協議で不利になった父親が自分の手を切り落とした。
いや、そんなはずがない。
病院には事件の疑いがあれば警察に通報するはずだ。
不良のケンカとか、ちょっとした切り傷なら、ごまかすこともあるかもしれない。
だが手首の切断で通報しないはずがない。
もぐりの医者……それこそ漫画の世界だ。
切断した腕を治療できるような施設に医者。それを用意するだけで何億もかかるだろう。
病院を一つ作るよりも金がかかるはずだ。
犯罪組織ごときがそれだけの金を用意できるのなら、とっくに犯罪から足を洗って誰にも文句を言われないカタギの商売をしているはずだ。
ありえない。……普通なら。
だが『普通』とは俺の狭い世界から見た決めつけだ。
世界はもっと広い。
なにせ天使が本当にいるなんて少し前まで知らなかったのだから。
あくまで否定されるのは犯罪組織による治療やもぐりの医者だ。
海外で手術……これも時間的な問題でありえないか。
俺が知らないだけで、なにか別の手段があったかもしれない。
だから父親の線は捨てないでおく。
父親だとすると、右手は切断されたままの可能性が高い。
あくまで可能性だ。
ええい! 考えてもしかたがない。
やるぞ!
俺はステータスを開く。
北条美沙緒のではない。
男の方のステータスだ。
名前 : XXXX
ヨミ : XXXX
AGE : XX
職業 : XXXX
所属 : XXXX
HP : XXXX
MP : XXXX
STR : XXXX
INT : XXXX
DEF : XXXX
AGI : XXXX
DEX : XXXX
LUK : XXXX
スキル :
不明
備考 :
悪魔
その途端、ブレーカーが落ちたときのような、ばちんっと音がした。
それが俺の頭の中で響いていると最初はわからなかった。
きーんッと耳鳴りがした。
なんだ?
これはなんだ?
『光ちゃん! 脳が悲鳴を上げてます! 今すぐステータスウィンドウを閉じてください!』
ドバッと鼻血が出た。
俺はステータスウィンドウをオフにすると、逃げるように角を曲がり路地に入る。
片足の力が抜け俺は転ぶ。
平衡感覚も狂っていた。
『神様からの命令です。すぐに帰還してください。このままだと死んじゃいます!』
クソッ!
神は俺になにをさせたいんだ!
俺は鼻血を袖で拭うとフラフラとした足取りで家に帰る。
その間も鼻からはボタボタと血がしたたり落ちる。
無理だ。北条の家の探索はまた後だ。
家に帰ると玄関で母親に見つかった。
「ちょっとそれどうしたの?」
俺は自分の鼻血で血まみれという、ちょっとホラーな格好をしていた。
……ちょっとじゃなくて……かなりかも。
「いやなんか鼻血が出て……あれ? 貧血……」
そう言うと膝から力が抜け、かくんと体が崩れ落ちた。
なんでこうなった!
「ちょっと、光太郎! ちょっと!」
母親の声が聞こえた。心配してるようだ。
大げさにも母親はすぐに救急車を呼んだ。
ただの鼻血だって。
俺は救急車で運ばれる。
だが俺はひたすらサイレンの音が鳴り、チカチカと点滅してるのしか覚えがなかった。
次の日は休日だった。
俺はCTなどの撮影をされつつ、頭痛対策で座薬を入れられた。
光ちゃん、もう……お嫁にいけない。
中学生の男子に座薬はさすがに恥ずかしい。
鼻血の量が多かったため、病院側も半日ほど経過を見るそうである。
あれから天使の声は聞こえない。
神が見せたくなかったのか、それとも何かの超常的現象が起きたのかはわからない。
とにかくあの父親はヤバい。
それだけしかわからなかった。
日曜を無為に半日潰すと、だんだんと元気になってきた。
なんのためにやっているのかわからない点滴がチッタン、チッタン、と落ちる。
月曜は学校に行けそう……な気がする。
それにしても……暇だ。
小うるさい天使がいないというのは、これほど孤独なことだとは思わなかった。
北条の父親にあった『悪魔』の表記。
それを確認させるのが神様の目的だったのだろうか?
天使の声が聞こえない以上、全てはわからない。
特に俺の童貞問題!
日曜の夕方に家に戻ることになった。
お値段2万円也。
来週も外来の予約を取った。
大散財である。
これも経費で落ちますよね、神様?
とりあえず腫瘍や疑われていた血の塊や脳梗塞などもなかった。
やはり幻聴ではないと思う。
月曜日。
まだ少しだけフラフラしながら学校へ行く。
体育はないので入院のことは隠せるだろう。
さすがに恥ずかしいのだ。
学校に着くと下駄箱で上履きに履き替える。
靴がない……というベタないじめはない。
今の中学は物的証拠があるいじめにはうるさいのだ。
普通に、ごく普通に靴を履き替えていると北条が来た。
……同じクラスだ。
ニアミスがない方が不自然だ。
「おはよう!」
俺は元気に言った。
内心ビビっていたので逆に元気なふりをしたのだ。
「おはよう、相良くん」
海老名こと北条は、もう知り合いである俺に笑顔を向けた。
いや、一般的中学生の広義の基準においてはすでに『友だち』だろう。友だちスマイルだ。
美少女の笑顔を見ると元気になる。決してエロスな意味ではなくて。
「どうしたの? 顔が青いけど」
「貧血……ちょっと事故に遭ってから体弱くてさ」
なお関連性は不明。
「そうなの。ごめん」
「ああ気にしないで、俺も気にしてないから。そのうち治ると思うし」
ぬるい会話が繰り広げられる。
まだお互いの心理的な距離が遠いのだろう。
そう思うとお互いに本性を剥き出しにした、天使との遠慮一切なしのガチバトルは楽しかった。
そう言う意味では北条は少し物足りない。
綺麗なのに。童貞キラーの顔なのに。なぜだろう?
俺たちにはそれ以上の話題もなく、お互いに天気や今日の授業などの当たり障りのない会話をしながら教室へ入る。
そうしていると、だんだんと北条への警戒感が薄まってきた。
相手が殺人鬼なら俺の死亡フラグが立つだろう。
俺って愚かね……わかっていてこのザマよ。
せめてちゃんとしたステータスを見ることができれば、安心できるのに。
俺はダメとわかっていながら、ステータスウィンドウを開いた。
どうせなにも起るまい。
だがその途端、『きいいいん』という耳鳴りがした。
俺の頭の中でだけ聞こえる音だ。
『ザザ……光ちゃん! 聞こえますか! ……ザザ』
天使の声が聞こえた。
だが俺はそれを喜ぶ余裕はなかった。
なぜなら鼻血が流れてきたからだ。
なんじゃこりゃあ!
「ちょっと、相良くん!」
北条が珍しく声を荒げた。
「きゃあああああああ!」
次に俺の異常を嗅ぎつけた女子が大げさに叫んだ。いるよね、こういう奴。
するとクラスの女子と楽しそうに話してた吉村が鬼の表情でこっちに走ってくる。
「ちょっと、光太郎! だいじょうぶ!?」
「ちょっと鼻血が出ただけだ……たぶん……だいじょう……ぶ……?」
俺は力を振り絞って無理矢理立ち上がった。
だが、かくんと膝から力が抜ける。
「ちょっと、杉浦! 私と一緒に光太郎を保健室に連れてって」
「おう! 大丈夫か光太郎」
こう言っては何だが、俺はクラスの大半を助けている。
大半は軽作業、捜し物を手伝ったり、仲裁をしたりだ。
そのおかげかクラスでの好感度は高い。
こういうときはそれがプラスに働く。
みんな心配してくれたのだ。
これが嫌われ者だったら、『ちっ、汚え! 死ねよ!』と罵声を浴びせられてその場で放置されるだろう。
情けは人のためならず……かもしれない。
『ザザ……ほんと……ザザ……どれだけ人間不信なんですか……ザザ』
ノイズ混じりに天使の声が聞こえる。
杉浦に肩を貸して貰いながら保健室に向かう俺は、なぜか……その声に安心していた。




