幸せ、なんだ。
────時は過ぎて、俺は15歳、笑恋は12歳になった。
相変わらず、俺には“感情”がない。
ただ毎日、俺たち兄妹を引き取った祖父の家で、何も感じずに過ごしてきた。
つまらない人生だが、特に死のうと思ったことはない。
そんなある日、笑恋が頬を赤らめながら俺の部屋に入ってきた。
笑恋は勉強が苦手だから、よく俺の部屋で勉強を教えているが、今日はなんだか様子が違う。
「お兄ちゃん。私、ね……好きな人が、できたんだ」
「そうか」
好きな人、か。
逆に、嫌いな人もいるってことだよな。
身に染みて感じたことはないけど、好きと嫌いというのは分かる。
「あのね、その人はカッコよくて、優しくって!初めて……恋をしちゃった」
「こ、い……」
コイって、どんな感情なんだ?初めて聞いた。
「どんな感じなんだ、コイってのは」
笑恋は、一瞬目を見開いた。
でもすぐに、「そつか」と2回くらい頷いた。
そして、迷いながら口を開く。
「恋を、するとね……。もうその人しか見えないの。……あっ、本当に見えないわけじゃないよ?でも、いつでもその人のことを考えちゃって、心の中がね、その人で埋め尽くされるの…」
笑恋は幸せそうな顔で下を向いた。
でもすぐに「あああ、恥ずかしい!」と言って顔を手で覆ってしゃがみこんだ。
俺は自分の胸を見る。そして問う。
俺の心は、誰で埋まっているんだ?
何で埋まっているんだ?
そもそも、この冷め切った心には、何かが入っているのか?
……全然、分からない。
「モヤモヤしたり、ドキドキしたりして忙しいけど……幸せ、なんだ」
笑恋は小さな声で、噛み締めるように言う。
「…分からない」
「いつか……いつか、分かるといいね」
「ああ。でもきっと、分からないままだ」
「え、なんで?」
首を傾げた笑恋の、短くて茶色い髪が揺れた。
「……いや、なんでもない」
“感情”がないから、なんてことは、実の妹でも簡単に言えることじゃない。
今までだって、隠してきた。
さすがに俺をおかしいとは思っているのかもしれないが。
「ふぅん……ま、いっか。じゃあ私、寝るね。おやすみー」
そう言い残して、笑恋は部屋を出て行った。
笑恋が出て行った後、俺はコイについて考えたけど、やっぱりよく分からなかった。
俺はこのまま、何の感情も持たずに死んでいくのだろうか────……。
喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、コイ……。
この世には、様々な感情が存在しているんだ。
だけど俺は、それらを何も知らない。
そしてその事を、誰も、知らない。
学校でもとうぜん友達なんかいないし、そもそも誰も寄ってこないから、俺が“感情”について知れるのは、笑恋を見ている時だ。
笑恋はきっと、感情が豊かな方なんだろう。
表情もよく変わるし、よく泣いてよく笑う。
すごく身近な笑恋だけど、きっと。
……笑恋がいなくなっても、俺は何も感じない────………。
そんなことを考えた俺の心に、何か大きな闇ができた。
まるで、すべてを飲み込まれそうな、大きな闇。
もう唯大、何かを掴んできてんじゃん!
って書いてて思いました(笑)
笑恋みたいな天真爛漫な性格には憧れます。