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念のためって感じで確認するジャスミンに俺は答えた。事実、ローズの言葉はわからなかったから、特に嘘を吐いて誤魔化してるわけでもない。俺の返事に、ジャスミンがホッとした顔をする。
「ならいいんだけど。それで? 待ってくれっていうのは、なんなの?」
真顔で訊いてくる。言いにくいけど、まあ、これは言うしかないだろう。返事を待つジャスミンに、不思議そうに俺を見上げるローズ。ミーリアも、訝しげな顔で俺を見ている。
「あのな。ジャスミンたちは、先に行っててくれていいんだ。ただ、俺はなんというか、その」
「だから何?」
「えーとだな。実を言うと、紅茶を飲みすぎて、その副作用が、いまごろ。トイレを貸してほしいんだよ」
10分後――時計なんてないから、正確には、約10分後だが――俺はメイドに案内されてトイレの場所までつれてもらっていた。女騎士ばかりだったから、ひょっとして男性トイレはないかもと不安に思っていたのだが、ありがたいことにそんなこともなかった。というわけで、思う存分に用を足すことにする。
「そういえば、紅茶にはカフェインが入っていて、利尿効果があるって、どこかで聞いたことがあったな」
独り言でつぶやきながら俺は下着をあげ、つづいてズボンのファスナーをあげようとし、ファスナーじゃなくてボタン式だったと思いだした。いかんな。用を足す前にも気づいたんだが、それでも油断していると、手が反射でファスナーをあげる動作になってしまう。この世界でファスナーを発明したら相当儲かるだろう。こんなことになると知っていたら、もっと注意してファスナーを観察しておくべきだったな。
「いや、その気になってがんばれば、つくれるかな。――無理だろうな」
日曜大工みたいに、趣味でファスナーつくってる人なんて聞いたこともない。あれはコンピュータ制御のオートメーションでないと制作不可能だろう。洗面所で手を洗い、横にある温風機みたいなので手を乾かし――近代化の波はどこの世界にも押し寄せているらしい――俺はトイレからでた。トイレの外では、相変わらずメイドが立っている。
ただ、俺の方を見てはいなかった。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。本日も異常なしだった。それはいいけど、さっき、外に白いエルフがいたぞ。なるべく目を合わせないようにしてきたけど、あいつらは」
礼をするメイドに話しかけた連中が俺に気づき、眉をひそめた。そいつらの顔! ギリシャ彫刻のような美しい造形だが、肌の色は褐色だった。髪と眉は銀色で、瞳の色は青。ようするに、まるで人種がわからない。
わかるのは、ジャスミンやローズと同じで、耳が長く尖っていることだった。




