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それにしても、自分の名前を国の名前にするとは、初代の領主様はずいぶんと自己顕示欲の強い御仁だったのだろう。いや、領主様じゃなくて、各地の領主様を束ねる国王様が何かやったのだろうか。――まあ、このへんは追及して考えても意味がない。歴史の勉強なんか無意味だ。それよりも生きていくために必要なのは金と力である。
「まあ、過去はともかく、いまの領主様がきちんとしているっていうのは、町を見ればわかるしな」
都会にきた田舎者気分で、俺は人々で賑わう大通りを眺めた。――アメリカじゃ、地方によっては銃撃戦が日常茶飯事だそうだが、そういうピリピリした空気はこの町に存在しない。それだけでも、統治している人間の性格は想像がつくというものである。
「レイリアも、だから騎士としてがんばってるんだろうしな」
なんとなくつぶやいた。言い方は差別的だが、レイリアは力の弱い女の立場で、それでも平和と正義のために行動しているのである。そのレイリアのあがめる領主様が戦争大好きのヒトラー的な独裁者とは、少なくとも俺には思えなかった。
「そろそろご飯でも食べる?」
考えていたらジャスミンが質問してきた。そうか。そういう時間だったな。
「行こうか。午後からレイリアと会う約束だったし、いまのうちに、ちゃんと腹ごしらえをしておくべきだ」
「Bは何がいい?」
「そうだな」
俺は少し考えた。
「焼き魚定食あるかな? もちろん、メインは米で。あと、できれば魚はサンマがいい」
「魚ね。わかったわ。探してみる」
で、ジャスミンにつれられて、あちこちの定食屋を見てまわったあげく、安くて魚には自信のある店を発見したので、そこで俺たちは昼食をとることにした。
米は、まあ、朝飯と同じタイ米っぽい奴だった。サンマはバター炒めである。俺が食いたいものと違うが、これは我慢するしかなかった。違う日に、俺が適当に魚釣りでもして、自分で焼いて塩をかけて食うしかない。
「旬のサンマは脂が乗ってるからバター炒めにする必要なんかないような気もするんだけど。まあ、文化の違いか」
そういえば、イタリアにある日本食レストランでは、エビのテンプラに、さらにオリーブオイルがかかってるって、TVで言っていたのを見たことがある。地元流のアレンジはしょうがないだろう。俺は脂ぎったサンマを骨ごとボリボリやりながら、温泉卵かけのタイ米を口のなかに入れた。うまいことはうまいんだが、俺が食ってきた日本食とは、どうしたって似て非なるものである。夕飯に頼むつもりのお茶漬けもどうなることやら。




