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「任せといて」
ジャスミンが胸を張って返事をし、ローズもうんと返事をした。
それからは楽なものだった。何を言われてもわからないふりして無視してればいいし、重要なことはジャスミンが通訳してくれる。いや、そんなもんしなくたってわかるんだが、こういう、ふりごっこというのも、いざやってみるとおもしろいものだ。屋台の親父が
「どうせこいつはこっちのことを知らないだろうからふっかけてやろう」
的な考えで金額を釣り上げるのを、ジャスミンが
「私、知ってるから」
的な言動で抑制する。それが全部わかるのだ。訳がわからないという顔で俺はボケッとしていたが、実は笑いを押し殺すのに必死だった。――たまに、俺と同じアジア系の人間も何人か見かけたが、そいつらが俺に話しかけてくることはなかった。元の世界の人数の理屈から考えて、おそらく中国人である。ただ、移民したアメリカ人という可能性もあるからな。だとしたら、やっぱり言葉は通じない。むこうも、それを考慮したのかもしれなかった。
「それにしても活気があるんだな。俺の世界の下町の縁日みたいだ」
俺は頭に手をあて、輪っかを少しずらしながらジャスミンに言ってみた。口が思い通りに動く。つまり日本語だ。なるほど、額に密着させなければ作用しないわけか。
俺の言葉を聞いたジャスミンがこっちをむいた。
「領主様が住んでいる町だからね。このへんの、ほかのどんな町よりも大きくて、魔導士たちや騎士たちも大勢いるわよ」
「なるほど」
騎士が大勢スタンバイしてるのは、治安の問題もあるんだろうと俺は思った。いつクーデターが起こって領主様の命が危なくなってもおかしくない世界である。
「そういえば、領主様って、どんな人なんだ?」
なんとなく訊いたら、ジャスミンが苦笑して手を左右に振った。
「いくらなんでも、会ったこともないからわからないわよ。一応、それなりの人格者だって聞いてはいるけど。前期のジョセフ・バナイト様が崩御されて、いまは息子のアーサー・バナイト様だったかな」
「ふうん。アーサー・バナイトって名前なのか」
うなずいてから俺は気づいた。あ、だから、サー・バナイトなのか。俺は何も考えず、勝手にサーバ・ナイトだと思っていた。
「バナイトって珍しい名前だな」
「そう? 私、人間の世界の名前って、あんまり詳しくないから、そういうもんなんだって思ってたわ」
「あ、ごめん。いまのは、俺の世界の感覚だ。こっちじゃ普通なのかもな」




