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じゃ、仕方がない。俺たちは階段を下りて一階まで行った。俺の朝飯は卵かけご飯を注文。残念ながら味噌汁はなかった。代わりにコーンポタージュがでてくる。せめてポタージュじゃなくてコンソメスープだったらお吸い物の代わりになったかもだが、まあ、贅沢は言いだしたらキリがない。
「いただきます」
店側のサービスなのか、温泉卵は卵そのものの状態ではなく、最初から割られて中身がご飯の上に乗っていた。やっぱり日本の牛丼屋とは違うな。ま、いいさ。その卵に箸を突き刺してグルグル。醤油はないだろう――と思ってテーブルを見まわしたら、なんだかそれっぽいのがテーブルの隅の調味料置きのなかにあった。いや、コーヒーかもしれない。下手すっとチョコレートソースかも。思いこみは禁物だ。
「あの、これは醤油なのか?」
昨夜と同じでマッシュポテトを食べているジャスミンに訊いたら、ジャスミンが苦笑した。
「さすが日本人。目ざとく見つけるわね。それは、魚でつくった、醤油みたいな味の調味料だから。安心して使っていいわよ」
「あ、そうなのか。それじゃ、遠慮なく」
そういえば、ニョクマムとかナンプラーとかしょっつるとか、どこかで聞いたことがあるな。要するに魚醤だ。まあ、少しずつかけて、塩分のバランスをとるとするか。
卵かけご飯にサーバナイト流魚醤を少しかけて食べてみたが、これが悪くはなかった。なんとなく生臭いような気もするが、魚でとったうま味成分を醤油に混ぜたと思えば、それほど苦にならない。あとは米の問題だな。俺が食ってるのは日本の米じゃなかった。
「タイ米ってこんな感じなのかな」
食べながら俺は想像してみた。なんというか、パスタを千切りにしたみたいな感じの米なのである。まあ、国によって肌の色も文化も違うんだから、米の種類も違って当然だろう。とりあえず、米を箸で食えるだけで幸せだとしておこうか。
結果・とりあえずうまかった。お代りをしたくらいである。これはお世辞じゃなかった。
「ご馳走様。うまかったよ」
食後の野菜ジュースを飲みながら言ったら、まだマッシュポテトを食べているジャスミンが顔をあげた。
「やっぱり、故郷の味って懐かしい?」
「まあな。完璧に同じじゃなかったけど、かなり近かった」
「でしょうね。すごい勢いで食べてたもの」
「へえ。そうだったか?」
「だって私たち、まだ食事中だし」
「あ」




