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オーナーが肩を落とした。よっぽど宣伝効果を見込んでいたらしい。
「安心しな。またくることがあったら、ここを使うから。それは約束する」
「そのときはぜひともよろしくお願いします!」
オーナーが頭を下げて頼みこんできた。
あとは、普通の食事で、俺とジャスミン、ローズは宿に泊まった。
翌日。
「さ、帰るか」
俺は、あくびをしているローズの手をひき、ジャスミンと一緒に宿をでた。
異世界に転生するつもりなんてなかった。実際は転生じゃなくて、そのままこっちにきてしまっただけだが。それに、ドラゴンを退治して英雄になるつもりもなかった。世のなか、何がどうなるのか、先のことは本当にわからないものである。
ただ、これからは平和で静かに、安泰に暮らせるだろう。
「こっちで生きていくんだから、馬の乗り方も覚えなくちゃならないかもな」
「じゃあ、まずは馬車の動かし方を覚えてみる?」
馬車に乗りながら、なんとなくつぶやいたら、御者台に座ったジャスミンが声をかけてきた。
「それもいいけど、街をでてからだ」
街中で馬車を暴走させて事故を起こしたら冗談では済まない。ジャスミンがちょっと笑いかけ、前をむいた。
「じゃ、帰りましょう」
ジャスミンが手綱を手にかけたときだった。
「B!」
いきなり、聞き覚えのある声がした。なんだと思って馬車から顔をだすと、ミーリアとレイリア、それからメアリーがいる。こんな朝早くから。
「よう」
まずいかな、と俺は思った。領主様が報酬を与えるとかなんとか、それっぽい話をメアリーがしてたからな。それを蹴っ飛ばして帰ろうとしてたのがばれたか。――考えてる俺の前まで三人が駆けてきた。
「なんだよ?」
無視するわけにもいかないから声をかけたが、ミーリアたちの顔つきは俺の予想とは違うものだった。なんだか切羽詰まっている。
「今朝、アーバイルから連絡があったんだ。南海岸のルークゴーレムが暴走したらしい」
「――何い? ルークゴーレムなんてのまでいるのか?」
チェスの駒みたいだな。それにしても暴走だと? 俺はメアリーをちらっと見た。あわてた表情で、メアリーが小刻みに顔を左右に振る。今回は違うらしい。




