140
「すぐに牛のステーキと交換してきますので!」
「ああ、いい。べつに、そういう意味で言ったんじゃないから。もったいないから食うよ」
肉を食えるってだけで感謝しなければいけないような世界だ。わがままは言ってられない。ひきつづき、俺はドラゴンのステーキに手をつけた。――まあ、これはこういう個性の肉なんだって思って食っていれば、それはそれで悪くないかも。自分で自分に暗示をかけながら、俺はドラゴンの肉を片付けた。
「うまいじゃないか。猿の肉みたいだ」
あとは焼き魚定食だな――と思っていたら、そんな声が聞こえた。横を見ると、俺と似たようなステーキを食っている男がいる。ということは、俺につづいてドラゴンの肉を注文したんだろう。それがうまくて、猿の肉みたい、か。
つまり、ジビエとしてはうまいってことだったらしい。俺の、いままでの食生活では縁がなかったから、味覚的に合わなかっただけってことか。
「こっちの世界の人間がうまいんなら、それはそれでちゃんとした料理だったんだな。口に合わない、は、悪いこと言っちゃったか」
「言いたいことは、はっきり言わないと伝わらないわよ」
なんとなくつぶやいたら、向かいに座っているジャスミンが言ってきた。
「沈黙は美徳なりって、ほかの日本人も言うらしいけど、そういうのって、相手がいい気になって、ただ迫害してくるだけよ? やられたらやり返す気でいないと。ほら、肌の色の差別ってあるんだから。Bなんて黄色だし。私の村ならともかく、ここでは、もっと神経を張り詰めていないと」
「――ああ、そうだったな」
俺はジャスミンの意見にうなずいた。そういえば、アメリカでは、ガンガン意見を言って問題を起こす奴を、「あいつはキチンと自分の考えを言える大人だ」と評価するみたいだが、ここもそうってことらしい。
よし、これからは俺も自分の意見やわがままをはっきり言うとしよう。気分的には、馬鹿なことやりまくってるお子様に逆戻りしたような感じなんだが、生きていくためには仕方がない。
「お待たせしました。焼き魚です。それから、マッシュポテトです」
考えていたらウェイトレスが料理を持ってきた。
「一緒に頼んだご飯は?」
訊いたら、ウェイトレスが困ったように笑いかけた。
「申し訳ありません、いま、ライスを茹でている真っ最中で。もう少しお時間が」
「なるべく早くしてくれ。俺は焼き魚と一緒にご飯を食いたいんだ」
ライスを茹でる、か。なるほど、日本の米と味が違うはずだ。とりあえず第一わがままを言ってみたんだが、ここでウェイトレスが不思議そうにした。




