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確か、トカゲが背中をかくシーンは見たことがないな。ワイバーンも、背中に乗ったメアリーに抵抗したりはしなかった。
「形状的に似ている以上、ドラゴンの手の届かない場所は、頭の上と背中か」
口のなかで言いながら、俺は握力と腕力にものを言わせて、岸壁みたいなドラゴンの首筋をよじ登った。背中にブンブンと強風が吹く。振りむくと、ドラゴンの巨大な腕が俺の後方で目まぐるしく振りまわされていた。
でも届かない。腕が短すぎるのだ。
「ありがたい。想像通りだったな」
俺はニヤついた。これは進化と退化の理屈である。城をも破壊できる強力な炎を吐けるドラゴンは、それに頼りすぎてきたのだ。つまり腕で何かするという経験がない。そのため、腕で何かするという事態になったとき、急に不器用になるしかなかったのである。
「まあ、岩みたいな皮膚だから、背中が痒いってこともなかっただろうし。いままではそれでよかっただろう。でも目はどうだろうな?」
俺はドラゴンの首筋から頭へ移動した。ドラゴンが左右に頭を振る。普通ならとっくに振り落とされて地上へ真っ逆さまだろうが、獣人類の俺の握力は、それにこらえきって見せた。そのままドラゴンの登頂部から目の位置まで、這うように移動する。
「貴様、何をするつもりだ!?」
ドラゴンの声は絶叫のようだった。やっぱりだな。どこの世界の生物でも、これは効くはずだ。
「まさか、この儂の目を!」
「大当たりだよ。ほかはどこを攻撃しても通じなさそうだったんでな」
言いながら俺はドラゴンの眼球部分までたどり着いた。その眼球がこっちをむく。単純に瞳からは恐怖を感じられなかったが、これは巨大すぎて、対峙している俺が、何がなんだか訳がわからなくなっているのが原因だろう。ノミが犬や猫を怖がらずに血を吸うのは蛮勇からではなく、相手が巨大すぎてピンとこないからかもな、なんて俺は一瞬考えた。
考えている間にもドラゴンは首を左右に振りつづけていた。
「やめろ! そんなことをしても、この儂には何も効かんぞ!」
「じゃあなんでやめろって言う?」
左手でドラゴンにしがみつきながら、俺は右手を振りあげた。ドラゴンの瞳が俺から目を逸らし、同時に透明な膜が横からでてくる。――ワニにある奴だ。瞬膜って言ったかな。あれで防御しようとしたのだろう。確かに、風を切って飛べる以上、眼球の保護は絶対に必要だ。ドラゴンにもあって当然のものである。
逆に言えば、眼球はそれだけ弱いということになる。たとえドラゴンでも。
「おらあ!」




