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オズの火蜥蜴姫と人魚王子  作者: 佐藤ゆのあ
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ハル

 

 昼食のサンドイッチをトトルと食べた後、食後の紅茶を飲みながらアリシアはトトルと談笑していた。

 しかし、ふいにぴくりと耳を動かし、「なにか来る」と呟いたトトルは驚くほどどの速さで飛び出していってしまった。

 なにを言うこともできずにただ見送るしかできず、アリシアはぼんやりとしていた。


「家のことは全部わかるって、本当なんだ……」


 外は穏やかで、トトルがなにを感じたのか全くわからない。

 何も言われなかったからどうしていいのかわからない。けれど、勝手に外に出るのもよくないかもしれない。

 と、そのとき、ふとガラスを透かして光が見えた。瞬いた、と思った瞬間ザアァァッと大きな音が響き渡り、アリシアは身を硬くした。


「な、なに……?」


 先ほどのトトルの言葉を思い出した。「なにか」とは、まさかこの音のことだろうか。

 しばらく考えていたアリシアは、そおっと温室の扉の前まで行くと思い切って開けてみた。

 そうして、目の前の光景に驚きの声を上げた。

 穏やかに流れていたはずの川。その真ん中に、大きな水の柱が噴水のように吹き出していたのだ。

 水しぶきが太陽に反射してキラキラと輝いている。


「……さっきの、ガラスを透かしていた光はこれだったんだ。……あれ?」


 水の柱を凝視していたアリシアは、ふとその真ん中に立つ人影に気づいてぎょっとした。

 勢いよく噴き上がっているせいで、水に流れができて見えにくかったが、それは確かに人間の形をしていた。

 その人影はゆらりと動いたかと思えば、突然ザバッ、と脚を突き出し川辺に足の裏をつけたかと思うと、次いで勢いよく頭から飛び出してきた。

 よく日に焼けた肌に、生え際ギリギリでカットされた短い派手な銀髪が目を引く少年だった。


「はー、びっくりした。ここどこ……あ?」


 十をひとつふたつ超えたぐらいの彼は、水の中に立ったままアリシアと同じように目を大きく見開いていた。


「お前……」


 次いで、訝しげに眉をひそめた。

 少年がおもむろに片手を上げて握り拳を作ったかと思えば素早く振り下ろした。その瞬間、背後の水柱は跡形もなく消え去った。

 後には変わらず川が流れている。少年はその中にいた上に、そもそも水の柱の中から出てきたにもかかわらず、その身はどこもかしこも少しも濡れていないようだった。


「……」


 黙り込んでジロジロと無遠慮にこちらを眺める、その透き通った海色の目を前にして、アリシアは緊張でおどおどと視線を彷徨わせた。

 まだ距離があるけれど、歳の近い子供と接するのも、こんなにまじまじと見られるのもアリシアは全くもって慣れていなかったのだ。


「……先生の家なんだよなぁ、ここ。ってことは……、お前先生の、娘? 聞いたことないけど」


 沈黙の末、戸惑ったように漏らされてアリシアはぱちくりと瞬いた。


(娘……? 先生って、誰のこと?)


 アリシアが娘といえば母のことを思い起こすけれど、先生と呼ばれるような仕事はしていなかったはずだ。魔法を使う者によくいる、弟子と呼ばれる人もアリシアが知る限りはいなかった。

 少年が言っている意味がわからなくて、真意を探ろうとして、だからアリシアは反応が遅れてしまった。

 気がついたときには少年はすぐ目の前にいて、こちらに手を伸ばしていて避けることなどできなかった。

 冷たい手に、右腕を掴まれた。

 瞬間、ザワ、とうなじが騒いだ。


「──ッ! いやっ!!」

「!? あっちぃ!」

「えっ」


 アリシアが叫び声を上げて振り払う前に、少年が悲鳴をあげて飛びすさる。

 お互いに、なにが起こったかわからない、といった顔で呆然と見つめ合っていた。

 そうして、先に動いたのはアリシアで、少年から視線を外し己の右腕へと落とした。

 真っ白で細い、見慣れた自分の腕。だけれど、少年が掴んでいたあたりが、鱗に覆われ熱を持って赤く輝いていて、全くもって自分の腕とは思えなかった。


「え──。な、に。何これ……?」


 戸惑うことしかできなくて、恐る恐るそこを擦ってみる。だが、感触はいつもの自分の腕のようにすべすべとしていて、さらには消えることもなかった。

 ふと、少年の手が目に入ってさぁっと、血の気が下がるのを感じた。

 アリシアの腕を掴んだのだろう、その手の指先が赤く、まるで火傷でもしたかのような色をしていたのだ。

 どうなっているのか自分でもわからない。わからないが、なにか大変なことをしてしまった、という気がした。


「あ──」

「あんたさん、ハルじゃないか! 今は学校のはずだろぃ、こんなとこでなにしてんだ!」


 なにか言わなくては。そう思ったアリシアを遮ったのは、物凄いスピードで飛んできたトトルだった。

 ハル、と呼ばれた少年は、そんなトトルを見てひどく嫌そうに顔を歪めた。


「うへぇ、トトルだ。ってことは、やっぱここ先生の家で合ってたかぁ」

「侵入者の気配はあんたさんか!」

「いや、侵入っていうか、授業中遊んでたら先生に見つかって驚いてつい──」

「というか、嬢になにをしたんだぃ!?」

「な、なんもしてねぇってば! どっちかって言ったら、されたの俺の方!」


 あっという間に距離を詰めたトトルに凄まれ、早口でまくし立てたハルの言葉を聞いて、アリシアはどきりとした。

 だが、トトルはハルの言葉を一切取り合わなかった。


「なんか失礼でもして、ビンタでもかまされたか。いや、嬢はそんなことはしないな、おとなぁしく黙っちまうタイプだもの。嬢、いいんだよ、げんこつのひとつやふたつ、くれてやっても」

「いや話聞けよさっきから! ていうか、ビンタから威力上がってる……!」

「そんなことよりあんたさん、早く学校に戻ったらどうだぃ? 主にはもう、バレてんだ。観念して怒られなさぁ」


 それでもなんだかんだと逃げようとするハルの首根っこを掴み、「もう少し待っててくれよ」とアリシアに言い置き、トトルは家への道を戻っていく。

 引きずられるようにして歩くハルの釈然としない目だけが、いつまでもアリシアへと注がれていた。

 ただ見送るしかないアリシアは、ふと腕に目を落とす。

 けれども鱗はいつのまにか綺麗に消えていて、まるで夢か何かのように、いつものアリシアの腕に戻っていた。



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