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オズの火蜥蜴姫と人魚王子  作者: 佐藤ゆのあ
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 アリシアにと用意してもらった服は、サーモンピンクのエプロンドレスだった。

 胸元と袖口には金色のボタンが付いていて、襟ぐりにはぐるっとレースの飾りがあった。模様のないシンプルなものだったが、新しい綺麗な洋服にアリシアは胸をドキドキさせながら腕を通した。


「サイズは……大丈夫そうさね。よかった。ちなみにこれはアタイが作ったんだ」


 得意げに胸を張ったトトルに、アリシアは思わずその両手を見てしまった。

 毛に覆われて、指と思われる先には尖った爪が並んでいる。


(この手で、縫ったりできるのかな)


 そんなアリシアの考えがわかったのか、トトルはケラケラと笑った。


「魔法でね」

「……じゃ、あ。これは、魔法のお洋服?」

「そうさ」


 そんなに大層なものじゃないけど。

 そう付け足すトトルの声はあまり聞こえていなかった。

 新しい洋服、というだけでなく、魔法でできているというのはよりアリシアの心を踊らせるのに十分すぎるものだった。


(大事に、しないと)

 

 もちろん、貰えたものを粗末にするつもりなど全くないけれど、アリシアは身長にスカートの裾を伸ばした。


「それじゃあ、主の所へ行こうか」


 部屋を出ると左手奥に見覚えのある青い扉があった。昨日案内された部屋に続くものだ。

 トトルが反対の方向に廊下を少し行ったから着いていくと、一番奥には二階に繋がる螺旋階段がひっそりとあった。そこを、トトルが軽やかに上がっていく。


「ダイニングは一階なんだけど、主、着替えに上の部屋へ行ってるみたいだ」

「どうしてわかるの?」


 アリシアが気がつかなかっただけで、彼が上の階へ行く音でもしたのだろうかと首を傾げた。

 だが、トトルの答えは違うものだった。


「この家のことは主よりもアタイの方が知ってるのさ。どの部屋に誰がいるのか、誰が来たのか、皿に、靴下に鞄の位置から、主がなくしたピアスの片割れまで、なんでもなぁんでも、アタイの目の中さ」


 紫水晶のひとつ目が輝く。黒いクラシックメイド服の裾からはみ出た、ふさふさの尻尾が得意げに揺れている。


「トトルがいてくれて、いつも助かってるよ」


 不意に降ってきた声にアリシアとトトルが顔を上げると、階段の終わりの所で手すりによりかかっているオズワルドがいた。

 黒のロングコートに身を包み、流れる金髪をうなじで束ねている彼は、持っていた帽子と共にひらひらと手を振った。


「おはよう、アリシア。よく眠れたかい?」

「お、おはよう」


 おずおずと挨拶を返せば、オズワルドワルドは柔らかく微笑んで頷いた。そうして、トトルへふいと視線を投げる。


「ところで、僕の身分証どこにやったっけ」

「主……。なんだってそんな大事なものをホイホイどこかへやれちまうんだぃ?」

「やぁ、片付けはどうも苦手で」

「だから、アタイが入れる引き出しを決めてやったろぃ!?  まったく。えぇっと、身分証は……」


 パタパタと駆け上がっていくトトルを、オズワルドワルドは苦笑しながら見送った。

 不意に開けた視界で、アリシアは微かに視線を揺らしてから、思い切って息を吸った。


「ご飯」

「うん?」

「お、おいしかった。ご馳走様、でした……」


 そう言えば、オズワルドワルドはひょいと片眉を上げて笑った。


「そう。それはよかった」


 先に降りて、と促され、アリシアは元来た道を逆戻りしていった。その後ろを、オズワルドが距離を取りながらゆっくりと追ってくるのが、階段を踏む足音でわかった。


「なにか好きな料理があれば言ってね。大抵のものは作れるから」


 穏やかに話しかけられ、床に足をつけたアリシアはふと動きを止めた。

 一拍置いて、同じく階段の上で足を止めたオズワルドを振り返らず、アリシアはそっと口を開いた。


「あの」


 静かな家の中に、ガタガタとこもった音がする。トトルは身分証を見つけたのだろう、小さな歓声と共に、足音が近づいてきていた。


「このあと、お庭に行ってみたいの」

「いいよ」


 あっさり返ってきた答えに、アリシアはぱっと振り返った。


「トトルに案内してもらいなさい。僕はこれから出かけなくてはならないから」

「え、あの」

「あぁ、昼食はキッチンに置いてあるよ。トトルに言って、外で食べるのもいいんじゃいかな。今日はいい天気になるようだし。……って、そういうことじゃない?」


 アリシアの困惑と驚きが混じった表情を見て、オズワルドワルドは不思議そうに笑って小首をかしげた。


「どうして──」

「あーるじ! あったよほーら!」

「あぁ。ありがとう、トトル」


 トトルは手に持った太陽の形をしたペンダントを振りかざすと、手すりに乗り上げてなんとそのまま階下まで飛び降りてしまった。


「ッ!! ト、トトル!」


 思わず悲鳴をあげたアリシアのすぐ隣に、けれど危なげなく着地すると、立ち上がるのと同時にぽいっとペンダントをオズワルドの方へと投げた。


「トトル! トトル、大丈夫なの?」

「ぜーんぜん大丈夫さ。だってほら、アタイの足を見てよ。狼の足さ。肉球がね、衝撃をぜぇんぶ吸収してくれるのさ。五階くらいの高さなら余裕さね。機会があったら見せてやるよ」


 ニカっと笑ったトトルのむき出しの足は、確かに獣のように黒い毛に覆われていて、狼のように鋭い爪が生えていた。その足裏にはトトルの言う通り肉球があるのだろう。

 大丈夫なのだと、わかったあとでもなかなか動悸は治ってくれなかった。


「……トトル、僕が出てる間、アリシアのことを頼むよ」

「任せてくださぁ!」

「本当に頼むよ。今みたいに驚かせたら駄目だからね」

「いやぁ」


 オズワルドワルドはヘラヘラと頭を掻くトトルにひとつため息を吐いた。


「トトルはこんなでも、ちゃんと力のある僕の使い魔だからさ、安心して外で遊んでおいで」


 危険はないだろうけどね。

 そう苦笑するオズワルドに手振りされ、アリシアは傍へと寄った。残りの階段を静かに下りきると、先ほどトトルに投げ渡されたペンダントを首から下げ、まっすぐの廊下を玄関に向かって進んでいった。


「あぁ、だけど」


 ドアノブに手をかけ、オズワルドはふと思いついたように振り返った。


「庭からは出ないでね。トトルは家の敷地からは出られないんだ」


 アリシアは元より、庭を見れるというだけで十分だった。すぐにこくりと頷くと、「いい子」と微笑んでそのままドアを押し開けた。


「それじゃあ、アリシア。夕方頃には戻るから」


 瞬間、オズワルドの背中を眩しい光が取り込んで、思わずアリシアは目を細めた。そうして明るさに慣れた頃には、その姿はもうどこにもなかった。



 ♯



 オズワルドの屋敷は大きかったが、庭はもっと広かった。玄関から出たふたりがまず向かったのが畑だった。

 食事に使う野菜や果物のほとんどは、ここでオズワルドとトトルが作っているのだと聞かされ目を丸くした。


「主は扉を起点に行き来できるんさね」


 家の玄関から伸びた小道を歩きながら、トトルはそうアリシアに教えてくれた。


「普通の魔法使いは、一度行ったことのある場所にしか転移できないんさね。だけど、主の場合扉さえあればどこにだって行けるのさ」


 魔法にでも、不可能なことはあるらしい。

 そういえば、とアリシアは思い出す。

 あの、なんでも魔法を使いたがる母が、ここに来るときには歩いていたのが不思議だった。魔法の使えない自分がいるからかと思ったが、もしかしたら母は転移ができなかっただけだろうか。

 母のことを、魔法のことを、何も知らないんだなと今更ながらに少し落ち込んだ。


「昼食は、温室で摂ろうか!」


 アリシアは、元気に橋を渡っていくトトルを慌てて追いかけた。

 トトルはアリシアの頭三個分は背が高い。当然それだけ長い脚を持っていて、ぼんやりしているといつの間にか大きな距離を空けられてしまう。


「これらは全部、薬草さ。こっちに関しては主がひとりで管理してるのさ。ぜぇんぶ魔法の植物さ」


 畑を見ながら傍にある小道を通って裏に回ると、先ほど窓から眺めていた不思議な形の木々と一面の花畑を目にすることになった。


「そんで、この川を渡った向こう側に温室があるんだけど、そこにはもっとたくさんの種類が咲いてるんさ」


 そうやって、説明しながら振り返ったトトルは、アリシアが追いついていないことにやっと気がついたようだ。慌てたようにきた道を戻ってきた。


「嬢ー? ごめんよ、歩くの早すぎたね」

「う、ううん」


 申し訳なさそうに笑って、それからはアリシアのことを確認しながらゆったりと歩いてくれるようになった。

 ふと、視界が翳って上を見ると、トトルが昼食の入ったバスケットを持つ手とは逆に、白い日傘をアリシアの方へと差しかけていた。


「嬢、なんだかあんまりにも眩しそうにしてたから」


 先ほどまでは持っていなかったはずだ。突然現れたそれに驚いて目を見開くと、それを見てトトルはちょいと肩をすくめた。


「屋敷から取ってきたんさ。ちょっとした魔法さ。アタイは家を守ることが仕事だけど、こんぐらいの魔法なら、ちょちょいのちょいさ」

「魔法……」

「外はあんまり慣れてないのかぃ? それとも、太陽が苦手なのかぃ?」


 前を見れば、ガラス張りの丸い建物が視界に映った。透けて見える緑や鮮やかな色に、あれが温室なのだとわかった。


「……そんなに、出たことがなかったから」


 温室に続く石畳の道を眺めながら、アリシアはぽつんとつぶやいた。

 けれどもとても小さな声だったから、おそらくトトルには聞こえていなかったのだろう。一歩大きく踏み出して先に音質の前まで行くと、もふもふとした手で器用にガラスのドアをアリシアのために開けてくれた。


「さぁ、どーぞ」

「ありがとう」


 それに、アリシアもまたなんでもないようにぱっと笑って足を踏み入れた。


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