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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界白刃録シリーズ

その男、ロリを往く

作者: U字

『異世界白刃録シリーズ』内長編小説と世界観や一部キャラが共通していますが、別時間軸の話であって、本作単独で問題なくお楽しみいただけます。

 燃え落ちた、村だったもの。

 剣や槍といった武器、魔法によると思われる大規模破壊の跡、さらには壊れた馬車が転がっていたりと、生々しい襲撃の跡が残っている。

 青々しい平原の中で異質なその場所、朝日の下でまだ煙くすぶる廃墟の中を、大きなリュックをかついだ一人の男が歩いていた。


 腰のあたりまである長髪を後ろで一つに束ね、ロングコートに身を包み、眼鏡をかけた細身の青年。その体についた無駄のない筋肉を除けば、学者にも見える落ち着いた雰囲気の若い男。

 ただし、隙なく周囲を見回すその眼光は、確かに歴戦の風格を感じさせるものだった。


 前線からは遠くないが、戦略的価値のない小さな村だったと思われるところ。

 戦火に巻き込まれたとは考えにくい。便乗した傭兵団崩れの賊にでも襲われたのだろうその場所を、まだ賊が隠れ潜んでいないかに警戒しながら進む。


 青年は、何の感情を表すこともなく歩き続ける。

 焼き尽くす炎の跡、すすけた思い出、赤色の発する鉄の臭い。

 幼くして故郷を失って以来、生きるために戦い続けた青年にとって、目に入るどれもが心を動かすには足りなかった。


 そんな青年が、足を止める。


 何かを思ったのではない。

 見たところ、こちらに危害を加えるだけの能力はないと分かる以上、彼にとっては大した価値を持たないのだ。


退くのだよ、薄汚いロリ」

「それ!? この状況での第一声がそれ!? 非常識だよ!?」


 青年の目の前に飛び出した、一人の幼女。

 全体的に薄汚れ、肩のあたりまで伸びた黄金色もくすんでしまった彼女は、予想外の反応に大げさとも言えるほどのリアクションを返している。

 並品と思われるシャツやスカートなどがよれよれでみすぼらしい見た目になっているが、元気はまだまだ有り余っているようだ。


「訂正を求めるのである。ただ、進路に飛び出し通行を阻害するその非常識に対して、寛大にも穏便に済ませてやろうとの気遣いをしてやっているのである。むしろ、自らの非常識に恥じ入るべきなのはそっちである」

「ぐぬぬ……ん? んん?」


 青年の言い分に首を傾げる幼女を放置し、その脇を平然と通り抜ける。


「わああああ、待って! ちょっと待って! 謝る、謝るから! だから、助けて下さい!」

「断るのである」

「そうですか、ありが――えええぇぇぇぇ!?」


 構わず進もうとする青年は、コートのすそを掴まれて足を止める。

 そして、何の表情も表さないその顔で、幼女を見下ろした。


「我輩に、お前を助ける義理はないのである。さっさとその手を放すのだよ」

「いや、もう、ほんと、シャレにならないんです! もう死にそうなんです! 助けて!」


 それだけ元気なら、当分は死なないのでは? なんて疑問が湧いてくる青年。

 いい加減に面倒になってきた彼は、最後通牒のつもりで、現実を突きつけることにした。


「我輩は傭兵である。義理がなくとも、相応の報酬があるならば助けてやるのである」

「ほ、ほうしゅう……」


 身に着けているのはボロボロの衣服だけの幼女に、何を支払えようか。

 あと五年か十年もすれば『体で払う』という発想もあったろうが、知識的にも物理的にもその選択肢が出てくることはなかった。


 これで諦めるだろう。

 そう判断した青年は、黙って足を動かし始める。


「わーっ! 待って待って! 払う、報酬払うから!」

「ふむ。言っておくが、先払いであるよ?」

「え……?」

「当然である。薄汚いロリ一人、何を信用して後払いを認めろと言う気なのであるか?」


 そこでまた考え込む幼女。

 ここで放置して進めばまたまとわりつかれるだけだと学んだ青年は、それをじっと待つ。


「えっと、うんと、その……かわいいかわいい幼女の笑顔?」

「ふざけているのであるか?」





「いやー、お兄ちゃん良い人! 助けてくれて、ほんとにありがとう!」

「報酬は、お前のパパとママと合流してから、確実に徴収するであるよ? そこは忘れてはならないのである」

「はいはい、ダイジョーブダイジョーブ」


 結局、青年は、幼女と共に森の中の道を進んでいた。


 親切心だとか、そういう善意から来る行為ではない。

 理屈を素っ飛ばして足にしがみ付いて大泣きし続けるのがうるさいので、報酬後払いで手を打ったのだ。

 殺すという選択肢もなくはなかったが、話を聞けば、幼女が目指す先は青年の目的地と同方向。無為に殺すことに労力を使うくらいなら、物のついでにダメ元で報酬を得られる方に賭けてみようとの決断だった。


「でも、助かったのはほんとだよ。よく分からないままにみんなで街から逃げて、野宿してたら騒ぎになって、気付いたら誰も居なくなって一人で何日も歩いてたんだよ」


 歩きながらニコニコと苦労話を語る幼女。

 恐らく、戦火を逃れようと街単位で逃げ出していたところ、賊にでも襲われ、混乱の中で迷子になったのだろう。


 苦労の割に、気にしている様子はないが。


「うわぁ、この花、きれい!」

「え、あれが魔物? きゃーかわい――うわっ、刺さる! つのが、角が!」

「ほへぇー、おっきー! 木って、こんなに大きくなるんだねぇー」


 この調子である。

 一人旅か傭兵として雇われるかの身に、この騒がしさはなれないものだ。

 こんな無益なやり取り、忘却ぼうきゃく彼方かなたにある幼少時代にはあったのかもしれないが、今はどう反応すべきかが分からない。


「――お兄ちゃん?」

「うむ、そうであるな」

「『うむ、そうであるな』かー。変わった名前の場所の出身なんだね」


 そんなやり取りをしていた二人だが、不意に青年が足を止める。


「どうしたの?」

「これを持って、下がっているのである」

「えっ? ――おっとっと」


 背負っていたリュックを持たせ、よたよたと幼女が下がるのを横目に見る。

 そして、前方からぞろぞろと団体様が現れた。


「持ち物を置いていけ。抵抗しなければ、衣服と命くらいは見逃してやる」


 数は八。

 その飢えた目からは、余裕が感じられない。

 森の中のこの道は、徒歩でしか越えられない小さなものである。外の街道で馬車などを襲う方が効率的なはずだが、その分、警戒もされる。

 もう、その警戒を抜けるだけの余裕もないのだろう。


――だが、それがどうしたのであるか?


「……抵抗するか。残念だ」


 青年は、戦闘態勢に入る。

 武器らしい武器はない。何の変哲もない指ぬきグローブが精々だ。


 ただ拳を構える青年を、悠々と見ながら男たちは剣を抜き――一人、吹き飛んでいった。


「は?」


 誰が言ったのかもわからないその言葉。

 向けられた先には、踏み込み、全力で右拳を振り抜いた青年が立っていた。


「ふむ、すぐ終わりそうであるな」


 青年は、呆然とする敵の中へとさらに踏み込む。


 彼の人生は、幼き日に戦火の中にすべてを失ってから、一気に様変わりした。


 生きるため、殺して殺して殺し続けた。


 魔物を殺した。

 人を殺した。

 殺して殺して殺しつくして、


 ――そして何も残らなかった。


「さあ、この程度で倒れないのでほしいのである!」


 笑みを浮かべ、すでにるは、拳の間合い。

 棒立ちで恐怖を浮かべる相手の顔を、ただの一撃で打ち砕く。


 青年は、得物を使うことを好まなかった。

 向いていなかった訳ではない。

 ただ、敵を打ち抜いた瞬間の『痛み』が好きだったのだ。

 その時だけは、自分が生きていると感じることが出来たから。


「ふむ、もう終わりであるか」

「あが……」


 最後の敵が崩れ落ちる。

 八人倒すのに、放った拳はたったの八発。

 物足りなさを感じていたが、状況はまだ動いていた。


「う、動くな! このガキ殺すぞ!」

「きゃーっ!」


 陳腐と言うか、安っぽいと言うか。

 振り返ると、そこには何の独創性もない光景があった。

 リュックを足元に落とした幼女を抱えて剣を突きつけ、その前に二人の剣を構えた男。

 あえて一つ言うなら、人質を取っている男らしき存在が、正規軍の重装歩兵用の全身鎧に身を包んでいることくらいだろうか。


「ガキを死なせたくないなら、黙ってそこで死ね!」

「ちょ、ホントやめて! あの人、絶対に止まらないから! むしろ、厄介払いできるとかで喜々として動いちゃうから!」


 血走った目をした二人の男が、切っ先を向けて近づいてくるのを見て青年は思う。

 あの幼女のことを気にする必要がどこにある?

 今までと同じ。拳でもって敵を砕いて、万事解決。


 だというのに――


「……!」

「うそ、なんで……」


 どうして、体が動かなかったのか。

 腹に突き立つ二本の剣を見て、口から鮮血と共にため息が漏れる。


 状況は上々。

 敵は勝利を確信し、完全に気を抜いている。


 痛みをこらえ、一歩目を踏み出す。

 大丈夫。痛みは我が生、我があかし。常に求め続けていたものだ。


 近くにいた二人を相手にしない。

 その間を駆け抜けて、目指す先には全身鎧。


「テメェ――!」

にぶすぎるのである」


 恐らくは、ただの拾い物なのだろう。

 重武装であることを差し引いても動きが遅い。青年の予想通り、扱いに慣れていないことが見て取れる。


「え、えっと、大丈夫なの……?」

「問題ないのである。だから、そこでじっとしておくのである」


 青年は、幼女を掻っ攫いかっさらい、地面に立たせる。

 状況は、幼女を背に、青年が三人の敵と向き合う形になった。


「くそっ! でもなぁ、拳一つで、この鎧は砕けねえぞ!」

「『火よ、我が身に汝の力を貸し与えよ――」


 剣は抜かない。

 血が抜けて動けなくなれば困るから。

 詠唱をしながら鎧の脇を駆け抜け、雑魚二人を殴り飛ばす。


「――その力を持って、我が身はすべてを打ち砕かん「肉体強化ストレングス」』」

「な、中級魔術!? これだけの使い手が、なんでこんなところに!?」


 確かに、拳で鎧を打ち砕くのは簡単ではない。

 だが、どうして打ち砕く必要があるのか。


 最後に残った敵に突撃する青年にとって、もはや障害と呼べるものは残っていなかった。

 使い慣れない重武装がなければ、少しくらいはまともな抵抗が出来たのかもしれない。


「うおぉぉぉぉぉ!」

「遅すぎるのである」


 青年の言う通り、剣を持った腕をやっとの思いで振り上げたころには、青年がすでにその間合いの内側をおかしている。


 青年の左足ががっちりと大地を踏みしめ、そこから生じる力を全身に乗せる。

 放つ一撃は、右の拳。

 敵の面前でこれ見よがしに大きく振りかぶられた拳は、余すことなくあらゆる力を乗せきり、鎧の胸の中央をぶち抜いた。


「くそっ、くそっ!」

「諦めるが良いのである。その武装では、正規の訓練を受けた兵士ですら起き上がることは困難である」


 仰向けに倒れて必死に起き上がろうとする敵に対し、青年は、一歩、また一歩と近づいていく。


「賊に『堕ちた』のか『堕ちざるを得なかった』かは知らないのである。ただ、これ以上誰かを『堕と』さぬように、しかるべき処置をしておくべきであろう」

「ゆ、ゆるして……死にたくない……」

うらめる限り、あらゆるものを恨むが良いのである。――その恨みごと、我が炎で焼き尽くすのであるから」


 一歩ほどの距離のところで、青年は足を止める。

 そして、右手を向けた。


「い、嫌だ!」

「『火よ、汝の思うがままに燃やせ燃やせ燃やし尽くせ――」

「や、やめろ! やめてくれ! 死にたくない!」

「「獄炎ヘルファイア」』」


 そして、周囲は荒れ狂う炎に包まれた。





「すごいすごい! ほんとにすごい!」


 襲撃を受けた日の夜。

 戦いの後、腹に突き立つ二本の剣を引き抜き、包帯と魔法薬での応急処置を済ませている。痛みはまだあるが、青年の表情は普段と変わらぬ無表情のままだ。

 森の中で野宿の準備を整え、今は二人でたき火を囲んでの夕食中であった。


 相変わらずのハイテンションに付いていけず、青年は生返事がほとんどだった。

 それでも幼女は気にせずまくし立て、場がしらけることはなかった。


「でも、いいなぁ。わたしも、お兄ちゃんくらいの力があったらいいのに」


 黙々とパンを食べていた青年は、その言葉を聞くと手を止めた。

 後からこの時のことを振り返った青年は、久々の暖かい空気に気が緩み過ぎたと反省することとなる。


「力があろうと、それを使うべき目標が無い自分は空っぽである」

「……んん?」

「我輩には、何もない。ただ、力だけがあるだけなのである」


 何かを伝えようとの言葉ではなかった。

 ただこぼれ落ちただけの言葉に、幼女はうんうんとうなっている。


「……うん。よっこいしょ」

「……何ごとであるか?」

「えっと、何を言ってるのか分からなかったけど、悲しそうなことは分かったの。だから、イイコイイコ。あのね、ママのイイコイイコはね、すっごい元気が出るんだ!」


 青年の目の前に来た幼女は、ニコニコ笑みを浮かべながら青年の頭をゆっくり撫でている。


 されている方はと言えば、ただじっとしていた。

 思えば、これだけ自然に誰かと触れ合うのはいつ以来だろうか。

 それを思い出すことはなかったが、とりとめのない話を誰かとすることすらずっとなかった身であるから、遠い遠い昔であることは確かであろう。


「わわっ、い、痛かった!? 大丈夫!?」

「いきなり何ごとであるか?」

「だって、急に泣き出すんだもん。心配するよ」

「泣く……」


 青年が自らのほほに手をやれば、そこには確かに湿った手触りがあった。

 自覚無くあふれ出る感情に、どうすれば良いのかが分からない。

 結果、何も言わず、何も動かず、ただただ涙を流し続けていた。


「えっ!? あ、ほら、上を見てよ! 世界はこんなにきれいだもの。見てるだけでワクワクする! つらいことも悲しいことも全部ふっとんじゃう!」

「……ふむ、そんなことを言うがね。この空の下では人間たちが今この時も争い続け――」

「でも、きれいでしょ?」

「うん……?」

「え、だって、難しいことは分からないけど、きれいなものはきれいだもん。他に何が必要なの?」


 言われて、青年は空をあおぐ。

 そこには、木々の合間に満天の星空が広がっていた。


「生きるには、山ほど必要である」

「え?」

「他に必要なもの、である」

「うぅ、確かにそうだけどさぁ」

「……でも、この満天の星空は確かにきれいであるな」

「うん!」


 青年は思う。

 自分は空っぽなのかもしれない。

 生きることには辛いことや悲しいことが溢れているのかもしれない。

 ――でも、世界にはそうではないものも溢れている。


 たまたま拾った目の前の幼女は、そんな簡単なことに気付かせてくれた。

 世界を知った気になって、相手を知ろうとして、それに寄り添った答えを言うのではない。

 無遠慮なまでに自分の世界に生き、思ったことを思うがままに言う生き方。

 知らないからこその無垢むくさが、今の青年にはまぶしく見えた。





 翌日、太陽が中天に至る頃である。

 二人は、ついに森を抜けた。


「パパとママに会えるかな?」

「無事であれば、まず確実に会えるであるよ。馬車の通れる平原の街道に対して、我輩たちの通った抜け道は、比べ物にならないほど短いのである。向こうの目的地が変更になってなければ、日数的にもほぼ同着か、こちらが少し先回りしているはずである」

「……うん」


 不安そうな幼女を連れ、青年は街道へと合流する。

 とりあえずは少し先の街へ入り、情報を集めねばならない。

 街一つ分の難民団ならば、来れば簡単に分かるだろう。


「あれ、何だろう?」

「ん?」


 幼女に言われ振り向けば、自分たちと同じ方向を目指す人影が見える。

 しかし、それは一人二人ではない。後から後からぞろぞろと続いている。


「あ! パン屋のお姉さんだ!」


 集団の顔が判別できる距離に近付いたころ、幼女が突然駆け出した。


「え、うそっ! なんでここに!? って、フラウディアさん呼んできて!」


 数百人規模の集団は、幼女を見ててんやわんやの大騒ぎに。

 しばらく待つと、まだ若い夫婦らしき人物たちが現れた。


「パパ! ママ!」

「ああ、良かった、良かった……!」

「本当に、どうやってここまで来たのかしら?」

「あの傭兵のお兄ちゃんが、送ってくれたの!」


 その言葉で、両親の顔が曇る。

 傭兵の語を聞いて、先の予想がついたのだろう。そして、戦火を逃れて故郷を捨てざるを得なったこの夫婦が、報酬を支払うアテがないのだろうことも青年は理解した。


「本当に、ありがとうございました」

「その夫も私も、諦めていて、本当にまた会えるなんて思ってなくて……」

「いやあ、わたしもほんとに死ぬかと思ったよ! 何とか報酬後払いで頼まれてくれなかったら、死んでたね! 途中、悪い連中に襲われたときも、たった一人で全員やっつけちゃったし!」


 幼女以外の人々の顔が、一気に曇る。

 両親は悪い予感が当たってしまって、それ以外の大人たちはその状況に同情して。


「あの、少し待ってて下さい」


 父親がそう言うと、娘を置いて、両親は人々のところへと戻っていく。

 不思議そうな幼女とそれを黙って眺めていたが、様子を見る限り、話はうまくまとまらなかったようだ。


「ちょっと来なさい」


 戻ってきた両親は、幼女に何事かを言い聞かせて集団の方に行かせた。


「あの、報酬なんですが。生憎、私も妻も、娘とはぐれた襲撃の際に着の身着のままで逃げ出したものでして……」

「その、それでは納得していただけないだろうことも分かってます。あのそれこそ、この身一つしかないんです。それで、護衛報酬の相場からすればご不満かもしれませんが、良ければ私の――」

「問題ないのである。報酬は、娘さんから貰うのである。――ロリよ、こっちに来るのである!」

「ん? なーにー、お兄ちゃーん」


 のん気にやってくる娘に、両親は顔面蒼白である。

 青年としても、立場が逆ならば似たような反応をするだろうなとくすりと笑ってしまい――そんなことを考えることが出来る自分に驚いた。


「ふむ、ロリよ。報酬であるが、お前から受け取ることにしたのである」


 両親はこの世の終わりのような表情を浮かべている。

 しかし、周囲を含めて動きはしない。

 戦闘のプロを相手にケンカを売る最後の覚悟がまだ定まらないのだろう。


「ん? でも、何も持ってないよ?」

「いいや。かわいいかわいい幼女の笑顔、確かに受け取ったのである」


 不思議そうに首を傾げる幼女だが、次の瞬間には満面の笑顔が咲いていた。


「なに? お兄ちゃんもついにわたしのかわいさに気付いたの? いやー、わたしってば、罪な女!」


 周囲が安堵あんどに包まれる。

 これで一件落着となった。


「では、これでサヨナラである。ロリよ、元気で過ごすのである」

「うん、さよならー……さよなら!?」


 今度は血相を変えるのは幼女の番だった。

 周囲の驚きを気にもせず、幼女は青年に詰め寄った。


「え、もう行っちゃうの?」

「そういう約束である」

「そうだけど……ほら、もう少しだけでも……」


 消え入りそうな声でそういう幼女に対し、青年はしゃがむことで目線を合わせ、真剣な顔で言い聞かせた。


「我輩は傭兵である。戦場こそが生きる場所なのである。お前たちはそうではないのである。平穏こそが生きる場所であり、死に場所である」

「でも……」

「ロリよ、我輩たちは共には歩めないのである」


 口調は強いものではなかった。

 でも、淡々としながらも力強いその言葉に対し、幼女は黙って頷くことしかできなかった。


「ふむ。それでは、今度こそサヨナラである」


 涙ぐむ幼女に、黙って頭を下げる両親や他の人々。

 それらに見送られながら歩き出した青年は、しかしすぐに歩みを止めることとなる。


「エマ・フラウディア!」

「ん?」

「私の名前! お兄ちゃんは!?」

「カルドラル・ツェリンゲンである」

「カルドラル・ツェリンゲン。カルドラル……カルドラル……」


 下を向いて何度か青年の名をつぶやいた幼女は、顔を上げ、キッと覚悟の感じられる目で青年を見つめる。


「十年!」

「なにがであるか?」

「十年は待ってあげる! だから、絶対に迎えに来て!」


 その発言の意味を理解した青年は、思わず吹き出してしまった。


「ほ、本気だからね!」

「分かっているのである」

「乙女の十年は重いんだから! 責任とってよね!」


 真っ赤になりながら、年に似合わぬマセた発言をする幼女を、青年は優しい笑顔で見た。


「全力を尽くすのである。また会おう、エマ」

「あ、……うん。うん! また会おう、カルドラル!」


 今度こそ、青年は歩みを進める。


 この一日は、とても有意義なものだった。

 世界が不条理だからこそ、無垢むくであることは尊いものだった。

 少なくとも、青年はそれに救われたのだから。


 青年は、これからも戦場に生きる。

 彼にはそれしかないから。

 だが、戦場は、軍と軍がぶつかり合う場所だけを指すのではないのだ。

 無垢むくであることは、生きにくくなる。

 誰もが、世界の不条理に触れ、少しずつそれと折り合うすべを覚えることで失ってしまう。それは、必要なことである。

 だけど、無垢むくであることは罪ではない。

 あのロリの幼いが故の無垢むくさは、間違いなく一人の青年を救ったのだ。

 世界の悪意に、それを簡単に汚されてたまるものか。

 いずれは失うものであっても、仕方がないからと黙って見過ごせるものか。


「ロリのための戦場、であるか」


 悪くない。

 ロリがロリであれるように。

 汚れた大人たちの都合で一方的にその聖域が汚されぬように。

 全能には程遠くとも、一人でも多くのロリが、二度とは手に入らぬ至宝を少しでも長く持っていられるように。


 空っぽだった青年の胸に、力を振るうべき目標が生まれた瞬間である。





一応言っておくと、長編に出てくるキャラは、カルドラルさんです。

ロリさんではないです。悪しからず。


二章のサブタイをざっと見れば、どこが初登場かすぐ分かると思います。

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