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Zero  作者: 山名シン
第1章
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零対幻獣

『アイス(タウン)』の氷山(グラキエスモンス)にて、1000年前に剣山家の創設者と言われている、剣山総督の手により、幻獣は封印された、という伝説が語り継がれている。


<氷炎地獄>と呼称された幻獣の脅威は、アイスタウンは勿論、クールタウン全土を包み込む程の大災害だった、と古くから伝わる剣山の文書に書かれている。


その内容を知っている者は余りいないのだが、剣山家の当主となれば、そういう文書の1つや2つ一通り目を通している。

零もまた、それらの本はよみあさったのだが、なんせその頃はまだ、幼かったので難しい内容も多く、記憶も曖昧であった。そこには、剣山総督が書き記した幻獣の正体や弱点、封印の仕方など、あらゆる事が書かれていたのだが。


*


アイスタウンに着いた零は、町が文字通り崩壊している様を見て唖然としていた。

シュウはこれを見て急いで氷山へ入ろうとしたのだろう。

焼けた建物に、穴ボコの煉瓦道、紫色の炎が渦巻いている場所もあった。町の人は誰一人いない。

「……これは酷い……師匠は一体何故こんな事を?」


*


標高約3000m。普段は立入禁止なのだが、今はそんな事言ってられない。ここにまだ師匠はいる、と零は確信していた。荒れる寒風が零を襲い、氷山の近くに来ると、扉があった。人工の扉だろう。とすると、氷山の中身はほぼ空洞になっているはずだ。


恐る恐る冷たい扉を開けると白い煙が一気に放出される。思わず目を細めた零だったが、ゆっくりと中へ入り扉を閉めた。


氷の透き通った部屋。冷たい氷の上に立っているが寒さは不思議と感じなかった。(広い……)、そう思うのも無理はない。ここは1部屋ごとに1000mの広さがある。天井も氷で透き通ってはいるが完全に上まで見える事はない。


眼前にいたのは、全長200mはあるだろう、巨大な氷の塊。いや、氷の鳥(アイス・アウィス)


零は樹力を上げた。瞳の色を緑色に染めて、自身の身体能力を高め、眼前の氷の鳥をじっくりと見た。

氷の鳥は、見た目通り氷の塊なので、表情も分からない。瞳もくちばしも、翼も全て氷だった。


氷の鳥がグッと翼を広げたと思うと、途端に無数の氷の羽根を無造作に飛ばし始めた。

(侵入者と思ったのか!)

その羽根が近付くと想像以上の大きさと速さに、零は全ては避けきれず、腹を少しかすめてしまう。

グサグサと壁に刺さっていく氷の羽根は、すぐに弾けて消えた。


氷の鳥は、休む間も与えずに氷の羽根を次々と放っていく。その度に巻き起こる風が、零を救ってくれた。その風を樹力で操り、避ける為に速度を上げたのだ。


氷の羽根は、始めにくる数本はすぐに弾けて消え、その後に来る羽根は突き刺さったまま消えない。

零はそれらを樹力で身体能力が上がった洞察力で見極めていた。


(所詮は獣。幻獣という名前は、名前だけだったな)

何とか風に乗りながら、羽根を避ける零は大事な事にまだ気付いていなかった。


(しまった……!)

部屋の中央にいたはずの氷の鳥、それを右に左に旋回しながら、避けていた零だったが、それは氷の鳥の罠だった。


200mはある、氷の鳥にとってこの部屋は恐らく狭く動きにくいはずだが、それをものともせずに、氷の鳥は考えて零を追い込んでいたのだ。

壁に突き刺さって弾け消える羽根と、そのまま突き刺さり残る羽根とを使い分け、パターン化させていると思い込ませながら、羽根を飛ばしていた。


気付いたの時には、2mはある氷の羽根に四方八方を塞がれており身動きが取れないでいる。

そして取り囲んでいる羽根だけ、妙に色の濃い羽根で辺りが見えないのだ。

心臓が太鼓のように打っているのが聞こえてきた。

(万事休すか……)

ぎゅっと目を瞑った瞬間、まぶたの裏が赤く光っている事に気付く。

(なんだ?……回りを囲む氷が分かる。それに、今突っ込んでるのは、氷の鳥か?!)


体の割に顔の小さい氷の鳥を、赤く光ったまぶたの裏で感じ、痛む腹を我慢し、渾身の力で零は氷の鳥の顔を両拳で叩き割った。

「うぉぉぉ!」

突っ込んできた氷の鳥の顔が粉々にわれ、四方八方を塞いでいた氷の羽根と共に、弾けて消えた。


だが、氷の鳥は、体を起こし跳ね上がり飛んだと思うと、徐々に砕かれた顔が再生し始めたのだった。

「はぁ……なるほど……幻獣か。結構本気で倒せたと思ったんだがな……」


再生するやいなや、またも氷の羽根を無造作に飛ばしだした氷の鳥は、今度はくちばしから、氷の塊を飛ばし始めたのだ。

さらに脅威なのは、今度の攻撃は空から、ということ。上から攻めてくる氷の羽根と塊は、部屋全体を包むように、たった1人の零に向けて発射していった。


痛む腹をおさえながら、零は懸命に走った。

「無駄だ……俺は幻獣……いくら逃げても追い詰める……幻のようであり……獣でもある……」

鉄を叩いたカーンと響く音のする高く透き通った声が、聞こえた。

その声の正体は言うまでもなく、上を飛んでいる幻獣だ。


(どうすればいい?……このままでは……)

氷の刃が嵐のように上から迫ってくるのを、樹力で風を操りながら避けていく零。足元や壁に氷が突き刺さり穴ボコを増やしていく。穴のない所と穴のある所を見極めながら、そしていつ突進してくるか分からない氷の鳥に注意しながら、風の速さで隙間を縫って避ける。


その時、氷の鳥の隣に紅い【短剣】が現れた。それに気付いた途端、零とその短剣の位置が入れ替わった。突然の事に一瞬戸惑ったが、零は樹力で風を操り、氷の鳥を壁に叩き付けた。


「行け!」

ガシャン、と音を立てて氷の鳥の身体全身が粉々に砕け散った。

砕けると同時に、放っていた氷の羽根も砕け散り、部屋の中は嵐が過ぎ去るように静まり返った。


*


無氷空間(むひょうくうかん)


鉄を叩いたような、響く声が、部屋全体から聞こえた。

瞬間零は背筋が凍るような感覚を覚えた。膝をついて肩で息をし、少しの安堵を感じていた矢先のこの声は、零に『恐怖』の二文字を思い起こさせる。


「まだ………生きてるのか…」


言い終わる刹那、零の全身に鋭い棘で刺されたような、激しい痛みが襲った。

外傷はない。氷柱つららが零の全身を余すことなく貫いていくのだが、外傷がなく、あるのは、()()だけだ。

声なき声を出して、痛みを我慢する零に構わず氷柱が貫いていく。


動く度に襲う氷柱が、零の体力を奪っていくが目を閉じて赤く光ったまぶたの裏で氷の鳥を探すと、次の部屋へ続く階段の近くだけが、妙に濃い赤色にそまっているのに気付いた。

「あそこだ! 一か八か、()()をやる!」


さっきの風の一撃で確かに氷の鳥は、粉々に消し去ったのだが、『無氷空間』と声がした直後に、氷柱が零を貫き、痛みだけを伴うよいになった。


幻獣の正体とは、その名の通り、幻の獣である。本能的に敵を襲い追い詰めて捕食する獣の一面を持ちつつ、その存在は幻のように姿は見えない生き物の事を指す。


つまり、この部屋の()()全体が氷の鳥であり、この氷柱が氷の鳥の本体でもある。これらを一気に叩く方法は、今零が見ている、階段の近くだけが最も濃い赤色に染まっている部分を叩き壊す事。


(階段まで約15m。風を借りれば5秒もかからない。耐えるのは痛みだけだ! それぐらい我慢出来る! 行ける!)

全身に氷柱が突き刺さり、燃えるように全身に熱い痛みが襲ってくる。並の者ならこの痛みだけでくたばり、倒れるだろう。

例えるなら、この痛みは『痛風』に似ている。その何倍もの痛みが、動く度に襲うのだ。


風を借りて、速度を上げた零は拳を構える。階段まで残り1m。


【研ぎ澄ました技は研ぎ澄ました精神を造り、研ぎ澄ました精神は研ぎ澄ました肉体を創る】


兄弟子シュウの言葉が脳裏に甦る。そして、風の力を借りた、最大の技を繰り出した。



【磨閃一閃突き!】



零の緑色の染まった瞳が、階段にひびが入っていくのをとらえた。罅が入ってしまったらこの技は失敗なのだが、しかし、これだけでも充分の効力はあるだろう。

バリンッと、砕けて崩れる氷を見て、ようやく零は安堵した。

鏡に罅が入り、砕けるように、零を写していた氷が散々になり、階段がはっきりと現れた。


「はぁ……はぁ………勝った!」

零は樹力を解き、元の黒い瞳に戻した。すると、尋常でないほどの疲労感が襲ってきた。

零は階段にもたれ掛かり、大きく深呼吸をした。

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