師匠の教え
零とラージシャークの戦いを密かに見ている男が一人。
その男はかつての零の師匠だった。
その目に写るものはこの男にしか分からない。
大人とは不思議なものだ。
かつて自分も子供を経験していた筈なのに、子供の気持ちが分からないなんて。
だが、その子供は大人を見て育ち、逞しく一人前になる。
そう、人は本来『真似』から教わるものだ。
初めは親の真似を必死になり見て覚える。
次に尊敬に値する大人を見て育つ。
そうやって徐々に己の信念に従って生きるのだ。
生きる術を学ぶのだ。
《いいか、お前達、技も同じだ。
技を磨けば精神が磨かれる。
精神を磨けば肉体が磨かれる。
そうやって強く逞しくなっていくのだ。
一般的に肉体を作り精神を鍛え技を磨くと言われているが、あれは逆だ。
人は本来技を見て覚えるものと言ったな、そのように武道においては師匠の技をひたすらに見て覚え、まず真似をする。
一度には無理だが、何度も繰り返す内に必ず覚える。
これが「技を磨く」 事だ。
師匠の技を真似て磨いていく事で、師匠を越えまいと精神が鍛えられていく。
師匠もそれを望んでいる筈だ。
教え教わり、高め合っていく。
すると肉体は自ずとついてくる。
技を極めようと精進し、師を越えようと心を強く持つ、それに体は必ず答えてくれる。
ただ体を鍛えたとしても技もない精神力もないでは話にならんからな。
私はお前達の師となった以上、私はお前達が越えられるべき壁となるべく鍛え上げてみせる。
私をよく見、覚え、磨け。
そして、追い付き、追い抜け!》
零と剣、彼らにとって尊敬に値する大人とは間違いなく師匠ダークだった。
ラージが零に向けて拳打を繰り出す。
かなり大振りだが、何度も何度も攻撃を繰り返す。
零よりも二倍はある巨体であるため、避けるのに精一杯だった。
刹那、零の体が後ろに仰け反ってしまう。
それを機にラージの右拳が襲う。
零は手を出し受け止めようとするが、体制が悪くそのまま叩きつけられる。
(……惜しいな。だがそれでは駄目だ。今のは後ろに倒れる反動で避けるべきだった…)
《攻撃をする者は攻撃しか頭にないのだ。
だが逆に防御する時は、防御と攻撃どちらにでも対応出来る。
つまり、反撃・逆襲が出来る。
防御の二種類を巧みに使いこなし反撃に転じる事で、相手の攻撃を防ぎつつ最大威力の攻撃を放てるのだ。
受け身と逃避を使え。
『逃避?逃げるの?嫌だよそんなの』幼い零が言う。
あぁ、逃げるのも一つの戦術だ。
逃げの一手は必ず相手の油断を生み隙が生じる。
その隙に軽くでもいい、攻撃を繰り出せば威力は思った以上に発揮する》
雄叫びをあげて連打で拳を繰り出す。
倒れる零は樹力流しで地面に衝撃を受け流しているが、それはかなりの集中力を使う。
そう長続きはしない。
《攻撃は最大の防御と言われるように、絶対の攻撃力を誇る敵の場合どれだけ防御しても受けきれない事もある。
『え!それなら攻撃力を上げた方がいいじゃん!わざわざ防がなくてもずっと攻撃してたらさ?』
それは攻撃に絶対の自信がある時に限るんだ。
いいか、よく聞け。
力のあるやつは自分の技も精神も肉体も完全に最強だと信じている。
そこに弱点があるんだ。
完璧に技が決まったと邁進し、相手を全く見ていない。
『つまり決定打に欠ける……』勘の良い剣は格闘において零より圧倒的に勝っている。
その通り。
完全に決まったと思い込んでいるから、技を決めた途端背を向け退散するのだ》
攻防は逆転する。
今度は零の攻撃がラージシャークを追い詰めていく。
だがラージは防ぐ事はせず、合わせるように拳を重ね攻撃する。
《攻撃と攻撃が重なった時、相手よりも力が勝っている者が勝つ。
そしてこれの弱点は、弱い方の攻撃が防がれてしまう場合がある。
一瞬で防御に回った強者はそれを利用して反撃に回る。
攻撃は攻撃しか出来んが、相手より勝っていれば一瞬で防御に回る事も可能なのだ。
まぁそれには少しのコツと経験が必要だが、今は置いておく》
(まるで理解していない…だろうか?零よお前はラージより勝っている。樹力流しが出来る今、早く決めねば思いがけない攻撃を喰らってしまう…)
零がラージの腹に最大の拳打を入れた、かに見えたがそれは防がれていたのだ。
(………この程度か………)
ラージシャークの水光線が零の肩をかすめた。
吐いた水は地面をえぐり、零を投げ飛ばした。
「ウォォラァァ‼」
ブンッと振り回した先に岩壁がある。
そのまま直撃するかと思われた瞬間、零の体が中に浮く。
支えていたのは、弟、剣だった。
剣は零を寝かし、樹力を使い零を無理矢理操り自分の一部と変える。
そうして地面から自然を吸い取り樹力に変えて零を癒してあげた。
その間零の体が緑色に発光している。
手を離すと零を寝かしてやった。
「そのまましばらく休んでいろ」
弟の言葉に酷く傷付いてうつむくが、自分の非力は重々承知である。
「助かった………」
弱い声を吐き、弟の背中を見る零は視界の端にある人物を見た。
(…………ダーク……師………匠……そうか、ずっと見ていたのか……情けねぇ……)
そのままじっと動かず師匠と剣を交互に見ていた。




