かつての仲間
世界最高の槍の使い手、プロセウスが持つこの一世紀最強の鎗、[手遲鎗] の姉妹鎗、[棒凱鎗]を扱う若い駆け出しの青年が師の過ちを正す為アイスマウンテンに赴いていた。
青年の名は「シュウ」、零、剣の兄弟子でダークの一番弟子であった。
シュウは確かに強かった。
ダークの認める一番弟子であったのもあるが、呑み込みが早く一度見た、聞いたものは一瞬で真似出来る程に天才肌の持ち主だった。
しかし欠点はパワーがあまりない事だ。
だから完全には、「磨閃一閃突き」を覚えられずそれで突きが強い鎗を使い始めたのだった。
カーラと共に、逃げた龍鬼を再度捕らえる為にイナズマタウンまで同行していた時、ダークはある友と出会ったのだ。
二手に分かれて鬼を探していたので、その友の存在を知られずにすんだが、久し振りの再開に思わず頬を上げてしまった。
巨大な鎗の中に持ち手があるいっぺん変わった武器を背中に所持している中年の親父姿を見て、変わらないな、と声をかけた。
「ん?……おぉ、ブラークかぁ!久し振りだなぁ何してたんだ?これまで一体?」
「私達は探検家、己の哲学に沿ってやりたいようにやっていただけだ。貴様は相変わらずクライム大会の修行か?」
「ハハハ。あぁ、そんなもんよ。にしても、ブラーク、お前髪邪魔じゃないか?」
白装束に似合わない長く黒い髪を指差し、笑っている。
さらにいぶし銀な顔をしているので、益々似合わない風貌を指して、高笑いに変わる。
ところで、と切り替えたのはプロセウスだ。
「わしはな、作った槍を買ってくれた者の名前と住所を全て把握しておる。もし持ち主が亡くなったり、所有権を放棄したりしたら、わしが直々に赴いて売った槍を回収しにいく。そんな商売をしとる。主な売場はクールタウンの中心部だが、そこでわしの姉妹鎗を買った者がおっての。そいつは確か、シュウ、とかいう名前じゃったか。きさくな、良い青年だったよ。」
「……そうか。それで?」
「そいつが買ってから、何年経ったかは忘れたが、数年前に誰かによって殺されたらしいんだ。そうして、シュウとかいう青年の、鎗を回収しに行ったんだよ。まぁ回収は上手くいったんだが、ある話を聞いてなぁ。そのシュウを殺した犯人ってのが、ちまたじゃあ有名になってるらしい。アダ名のようなもんで気付かんかったが、ダーク、に殺されたと言っておった。」
プロセウスの目が徐々に緑色に変色しているのを察して、ダークは一瞬警戒する。
「さらに、聞いた話じゃあそのダークって野郎は、あの伝説の幻獣の封印を解いたそうじゃあないか。この事は剣って少年に聞いたさ。なんとも、そのダークの弟子なんだそうだ。あぁ、そうそう、言い忘れたが、シュウって青年もそのダークって野郎の弟子だそうだなぁ?」
プロセウスの瞳が完全に濃い緑色に染まった時、つまりタツキリョクまで樹力を上げたという事は、本気である。
「私に何の関係がある?」
「……お前がリーダーの養子でなければ今すぐ罪を償わせるところだ。だがな、腐ってもサケルドーサーである限り、道を正すのがわしの役目だろう。」
「カシラが聞いたら喜ぶだろうな。」
「さん、をつけろ!わしらの命の恩人に向かってタメ口を聞くんじゃねえ!」
背中の大鎗に手を入れ刃を突きだす。
間髪入れずに、高速の突きを繰り出した。
ダークはそれを難なくかわすと、ブラックスピアを掌に作り、プロセウスに刺そうとするも、地に鎗を突き刺しそれを足場にして空高く舞い上がり、避けられてしまう。
ダークは影に潜り、目を欺いた。
そうして、プロセウスの服の影の中から、現れ超至近距離の、[磨閃一閃突き]を繰り出す。
が、手首を掴まれ防がれてしまい、さらにもう一方の手で顔面を強打される。
「……!!ちっ」
思わず舌打ちが、出るも一向に体が離れない。
プロセウスは、降下中に殴った手を下に向け、足場にした鎗を、トールニルを拾おうとしたが、ダークは一瞬の隙をつき鎗の中の取っ手の影に入り、視界から消えてしまった。
手遲鎗を構え、円形状に、ブンッと振り回し一気に砂埃を掃いた。
「ブラークよ。一つだけ、お前の弱点を教えてやる。聞け。」
どこからともなく、声が聞こえてきた。
「弱点?フフフ。あぁ、良いだろう。但し………」
プロセウスの影の中からダークが現れると同時に、渾身の[磨閃一閃突き]が放たれた。
しかし、肘の関節辺りを、手遲鎗で突かれ、それ以上腕を伸ばそうものなら、逆に腕が使い物にならなくなる。
「お前のその技は、リーダー夫妻、二人で一つの技だ。わしは、ずっと彼らの事を見てきた。弱点を知らん訳無かろうが!」
ゆっくり鎗を抜き、ダークに足蹴りを喰らわし吹き飛ばす。
一歩二歩後ろへ退き、そのまま膝をつき、打たれた肘をさすっている。
「まだ間に合う。ブラークよ。こっちへ戻ってこい。」
「私を誰だと思っている。今更、何様のつもりだ!」
「傷、痛むだろ?薬膳家の秘薬があるんだ、腕差し出せ。」
腰にかけてあった、小袋から塗り薬を取りだし、指にたっぷりと取り手を伸ばす。
ダークは言われた通りに、傷がついた肘を出し、傷を見せた。
頷き、ダークの腕を持って塗り薬を塗ろうとしたその瞬間。
「……返すよ!貴様に貰った全てを!」
ダークは闇の力を使い、プロセウスから貰った攻撃のダメージを全て返した。
ズンッ!!鈍い音が響き、プロセウスを襲うが彼はまだダークの傷口を綺麗に丁寧に塗っている。
「お前は、リーダーの子供だ。まだ、まだ間に合う筈なんだ。ブラーク!戻って来い!」
「………血だらけの貴方に何の説得力もない。」
傷口はジュウッと音を出し、直ぐに塞いでいく。
「お前らが何をしようとわしは関与せん。だがな、お前は違う。ブラーク!目を覚ませ。お前がやってきた事は今なら多少目を瞑ってやる。だから帰って来い!」
「……何度言っても同じだ私は、私の為にサケルドーサーを抜けた。もはやこれ以上何を言っても無意味だ。貴様らは私の紡ぐ人生の糸を邪魔した。私は、なりたいんだよう![人生という名の糸で紡いだ衣服を、それを着るのに相応しい運命という名の人間に!そうして、天を駆ける神に!!]」
沈黙が二人を包む。
その静寂を破ったのは、ダークでもプロセウスでも無かった。
グギャァァァァァン!!!
全長3m程の巨大な鬼だ。
ただ、普通の鬼と違うのは角が一本だけの皮膚は人と同じ肌色をしている事。
イナズマタウンの全人口の約8分の1が突然変異で、角が生え物心つく前に角を折られ、暴走を防ぐのだが、一つの一族を除いてそれは行われなかった。
その一族のさらに古い世代の生き残り、「覚醒鬼」だ。
龍鬼の鬼伝一族よりもっと古いその一族は、自身の名前すら無くす程野蛮な一族の末裔で、そいつらが覚醒鬼になり、自然界で暴れる事が多々あったのだ。
この覚醒鬼こそが、[創世記]に彦五十狭芹族と戦った者達だ。
「どうする?二人をいっぺんに相手するか?フフフ。」
ダークが余裕綽々としているが、プロセウスは直ぐ様手遲鎗を抜き、覚醒鬼に向け走り出した。
それに気付いた、覚醒鬼が角に雷を集め頭を降り下ろし放電しようとしたが、プロセウスは自身の最高の鎗技でそれを防ぐ。
「空駆天」
地面にヒビが入る程踏ん張り、体を90度捻り、下から突き上げるように、手遲鎗を持ち上げる。
風圧と共に飛ばされる斬撃の超加速攻撃が、覚醒鬼の腹を直撃し一撃で息の根を止めてしまった。
「これでまた一対一だ。」
「……フフフ。流石だな。やはり貴様が敵に回ればこちらの戦力が大幅に減ってしまう。今ここで殺しておかなければ。」
「随分、小物になったなブラークよ。」
「黙れ!貴様に何が分かる。私の何を知ってる!」
ダークが立ち上がり、またブラックスピアを掌に作り出す。
そのまま睨み合いが続いたが、しかし、次の一撃によって二人が戦う事は無くなった。
「迫撃の棍……」
プロセウスの右肩が急に何かによって貫かれた。
「……!?」
直ぐに振り返り、続けざま攻撃を繰り出す。
「磨閃飛来一閃突き!」
肩は貫かれ穴が空いていたが、渾身の一閃突きを攻撃が来た方に飛ばした。
「盾の棍…」
今度は、一閃突きを完全に防がれてしまって何事も無かったように、その小さな棍棒に吸収されてしまった。
「ダーク、また随分やられたな。アイツは誰だ?」
「……はい、サケルドーサー時代の仲間でございます。カーラ様。」
「そうか、どうりで強い筈だ。もういい、帰るぞ。鬼は回収した」
プロセウスは驚いていた。
自分を襲った相手が、まだほんの10歳やそこらの少年だったからだ。
カーラが腕を上げ、ドアを叩くような仕草をした途端、プロセウスの腹に隕石でも落ちたかのような重力の塊が襲った。
「がっ!!!!……………」
手遲鎗を杖がわりに膝をつき、血へどを吐き倒れ込む。
その後、少年の目をじっと睨み気を失ってしまった。




