表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Zero  作者: 山名シン
第3章
30/60

サケルドーサーの過去

(何故あの時助けてくれたんだろう?大和お兄ちゃんは私の事を覚えているんだろうか?でも、それを聞くのは少し怖い。)


零の修行中をメディスと見ていたナデシコは、物思いに(ふけ)っていた。


自分は一体誰なのか?

目の前にいる人は誰なのか?


かつて少女は家族に裏切られた。

父は母を無理矢理身籠らせ、母は自分を産むと直ぐに死んでしまった。

それでも五つになるまで両親はいるものだと聞かされて、いつの日か母と父に会える日が来る、と本気でそう思っていた。

だが、ある日ゲリラと年寄りばかりの話し声が聞こえてきて、こっそり覗いてしまったのだ。

「あの子の母を強姦した男は捕まってその場で殺されたそうだ…」

「母親も母親であの子を産んで死んでしもうたもんなぁ……」

「いつかバレる日が来るぞ?その時はどう対処するべきか?」

この後ゲリラが言った、衝撃的な発言でナデシコが出ていく決定打になった。

「どうもこうもあの子は元妻の子の子じゃぞ!俺に関係ない!!たとえバレたとしてもあの子は『女』、どこへ行っても大丈夫だよ」


(一番信頼していた、ゲリラに裏切られたんだ)


そうか、私は関係ないって思われてるんだ。

最初から捨てる気でいたんだ。

「女だから」

「元妻の子の子だから関係ない」


その日の明朝、五つのみぞらでナデシコは剣山家を出た。

どこか遠くへ。

誰も私を知らない所へ。

どうせなら敵にでも引き取られた方が良いんじゃないか?

龍牙家の方へ歩いていき、途中で行きだおれてしまった最中に出会った少年が、大和だった。

子供の足で龍牙の敷居まで行くのは急いでも10日はかかる距離だ。

ナデシコは10日間飲まず食わずで、龍牙が代々守り続けてきた龍谷林の側まで辿り着いたのだった。


初めて大和と出会い喋り、彼の顔を見ていると何だか和む。

ずっとこのまま、この丘の上で大和と一緒にいれたらどれだけ素敵だろうか?

何度考えたか知れない。

大和と別れた後も、何度も何度も龍谷林へ行き、多少危険を伴ったが、あの丘へ行けば大和に会えるとそう思っていた。

だがあの日以来、大和が丘へ来る事は無かった。


その日もいつものように龍谷林を登って丘へ行く所だったが、いつもと違うのはその時数人の人を見かけたからだ。

その人たちはナデシコを見つけるなり、声を掛けてきた。

「君、こんな所で何をしているんだい?………ふむ。まだ子供じゃないか、龍牙の者か?」

龍牙家の女は五歳を過ぎた後家の者から追放されるというのをその人は知っていたのだ。

(何故だろうか?この人は、何を話しても、たとえ嘘をついたとしても『信じてくれそう』)

しかし、ナデシコは事のあらましを全て話した。

一切の嘘をつかなかった。


そして彼女は、「神官の考え(サケルドーサー)」の一員として生きる事となった。

彼女を引き連れていたのはオーズ・ヒューズ夫妻。

クールとヒールを結ぶ橋、「寒熱橋(かんねつきょう)」を渡ったあとヒールタウンで薬膳一族に引き渡され、サケルドーサーは突然の解散を宣告したのだった。


メディスは大和に怪我を負わせてしまった事を今も後悔している。

あの時もう少し力があれば、いや、あれは年上の自分がいくべきだった。

サケルドーサーとして活躍していた頃、大和と出る事が多くその時に大和がどうしても欲しいものがあると言って寒熱橋がある海へ来ていた。

丁度アイスタウンの真上に位置する海に出向き船を出して、地図にも載っていない未開の地へ赴くと言う。

サケルドーサーとは、大和には一番居心地が良い所なのだろう。

龍牙家の当主としてあれよこれよと仕事をこなし縛られ続ける日々にうんざりしていた大和にとってここ程解放された場所はない。

それにサケルドーサーの全員強い。

猛者がたくさんいる中でいつでも力比べが出来る。

「サケルドーサー《神官の考え》」は、主に探検家、冒険家、歴史家、さらに未開の地の発見、金銀財宝の所在、文明の発見、新たな一族との交流、等々多種多様に渡って自分達の思うように事を成せる者達を指す。

そこには何の隔たりもなく、全てが自由。

しかし自由の上で厳しい秩序(ルール)を保つ、世間的にも認められた世界最高峰の探検家集団だ。


大和が欲しがった物はかつて歴史上たったの二人しか確認されていない、「世界の王」とも呼ばれた剣山総督の愛用した剣、[重剣(ちょうけん)山越(やまごえ)]を探す事だった。


「本当にあるの?そんな大昔の剣がこの海に」

「あぁ。あると思う。フフフ。まぁこれは僕の勘だけどね」

「ぁぁ……そうですか……」

しかし、大和達が行くその海には、幻獣の一つ「リヴァイアサン」が泳ぐクールタウンで最も危険な海だった。

まだ大和に視力がある時、そして、利き腕である左手がまだ使えた時だ。

小さな小舟で、海を渡ると言ったのは大和の方だ。

サケルドーサーの印である、「神考(ゴッズ)」のバッジを見せれば商船を借りる事も出来るし、大工に頼めば新しく大きな立派な船を作らせる事も出来る程、神考(ゴッズ)は権力がある。

それほどサケルドーサーは世界的に有名な集団だ。

「しっかり支えてるんだよ…」

大和は海の真ん中で分け目も降らずに飛び込んだ。

深く深く、海へ潜り、辺りを見渡しては、上がり息を整える。

潜っては上がり上がっては潜りを繰り返している事、合計280回。

海をさ迷うことまる4日。

ほとんど休憩を挟まず、大和は重剣山越を探し続けた。

「それにしても恐ろしいぐらいの精神力ねぇ。もう少しゆっくりしたら?」

「フフフ。ありがとう。でも少しでも早く山越をこの手におさめたいんだ……」

大和の無垢な眼差しに、メディスは思わず目を反らしてしまう。

「それに、僕が倒れたら、君が助けてくれるだろ?薬膳一族に誇る医者のスペシャリストじゃないか」

笑ったその顔は、まるで好奇心旺盛な子供のキラキラとした目と同じだった。

今すぐにでもドクターストップかけるべきだが、大和は全く身体の不調を言っては来ない。

(顔色はいいし、疲れてる様子もない。でもそろそろ本格的に休まないと疲労を感じずに死んでしまう。そういう症例も少なからず確認されてるから、大和自身が気付いていないだけで、実はもうかなり限界が来ててもおかしくないのよね)

この時、メディスは無理矢理にでも大和を止めるべきだった。

医者として大和を止める事が出来たなら、彼の両目と利き腕を再起不能にする事も無かったのだろう。


しかし、彼らは知らなかった。

もう1000年前に亡くなった筈のリヴァイアサンがまだ、子孫を残して生きていた事を。


「キーン」という鈍い音を、水中で聞いた大和は辺りを警戒しつつ薄暗い海底を潜り続けた。

(超音波?……それにしてはでかい。それに人間の耳では聞こえない筈………何かいるな。メディスに知らせるか?………いや、僕で対処しよう)

大和の予想は正しかった。

鈍い音を発している張本人は、音は出ているのだが姿が見えない。

その姿は、回りの水と同化していたから見えなかったのだ。


その時生臭い匂いが水中で臭った。

大量の水を一気飲みしながら、巨大な牙が大和の体全てを飲み込んでいく。

驚き息を乱した大和は、息がつまりまともに呼吸が出来ず、必死にもがいた。

(!?!?………しまった……食われたか)

幸い水と一緒に丸呑みされただけで大和に傷はついていなかった。

鈴の音がする喉のおくに叩き付けられたが何とか一命はとりとめたようだ。

「はぁ……フフフ。まいったね。どうしようか。妙に暑いな、息も出来る。実に不思議じゃないか。フフフ」

不適な笑みを見せながら、この鈴の音をしばらく聞いていた。

「キーン」という鈍い音は大和の体を震わせる。

徐々に頭が痛くなってくる。

腹がよじれ、吐き気を催してくる。

体の中の水分が波打ち、全身から、ピチャピチャと音がする。

「……はぁ……はぁ……」

言葉が出ない程気分が悪い。

だが、気分が悪いのと同時に喜びが芽生えてきた。

恐らく、リヴァイアサンの胃袋に辿り着いた時に、腹に刺さったままの、剣があった。

それが「キーン」という鈍い音の正体だったからだ。

その剣が探していた物かは分からなかったが、これは新たな発見だ、と言って持ち帰る事にした。

だが、その剣を握った瞬間に音がいっそう強くなった。


心臓の音、血が流れる音、髪の毛が揺れる音、骨が軋む音、筋肉が伸縮する音。

超爆音で大和の耳をぶち壊す。

それだけではない。

リヴァイアサンはずっと泳いでいるのだ。

リヴァイアサンの体が捻られる音や、海を切っていく音など、ありとあらゆる「音地獄」が大和を襲った。


「大和、遅いわね。大丈夫かしら?」

小舟で大和の帰りを待ち続けているメディスは、10分経っても顔を出さない大和を心配していた。

しかし、メディスにも危険が迫っている。

リヴァイアサンが大暴れしているせいで、だんだん海が大シケになっているのだ。

「これくらいじゃあ彼は死なないけど、やっぱりもう息も限界のはずそろそろ浮かんでこないと!!」

メディスは樹力を上げて、少なからずの力を込めて、小舟周辺1m程を操り、海を鎮めて見せた。

これっぽっちでも、並大抵の樹力使いでは海をここまでは操れまい。

「大和!!無事よね‼あんた死んじゃ駄目よ!!」

荒れ狂う海を眺めて、メディスは祈る。

大爆音の中、渾身の力で胃袋に突き刺さった剣を抜き思いきり振り回した。

異常なほど剣が重い。

その重さにつられたのだろうか、リヴァイアサンはよりいっそう、暴れだした。


ギャァァァァァァォォォォォォン!!!!


リヴァイアサンの咆哮が轟き、腹の深くまで音が鳴り響いたせいで、ただでさえ狂いそうな音の中、大和の意識は半分失い半分生きていた。

ザザッと現れたその巨体に息を呑む。

初めてその面を拝んだメディスはさっきの遠吠えといい、今目の前の巨大生物といい、この世のものとは思えない程の恐怖が包み込み全身が震えて身動きが出来なかった。


だが、化け物の中から、小さな少年のようなものが飛び出てきた。

大和だ。

「大和!!!」

メディスは必死に叫んだ。

樹力を最大限に上げて死ぬのを覚悟して、海を操り小舟を大和の方へ寄せる。

急いで抱き抱え、船へと乗せる。

「大和!!大和!!しっかりなさい‼」

顔面を数発叩く。

大和は脇に大事そうに、錆び付いた使い物にならない剣を持っていた。

震える手で剣を小舟の脇におさめて、大和を抱き締めた。

大和は目を覚まさないでいる。

しかし、かすかに聞こえた、大和の声にメディスは耳を傾けた。

「み、つ、け、た。……剣………絶対………無くさないで?」

メディスは泣き崩れながら、うなずき、大和を力一杯抱き締めた。


ギャァァァァァァァァォォォォォォン!!!!


リヴァイアサンの咆哮が轟きこちらに牙を向けて突進してくる。

この小舟ごと叩き潰そうとしているのだろう。


「雅王拳………(さい)!!!」


頭の先から真っ白に輝く犀の角が現れて、そして一気に飛び上がりリヴァイアサンの牙目掛けてその角を突き刺した。

牙と角がぶつかり、ガギンッと音がなり響き火花を散らす。

思いきり頭を振り回して、リヴァイアサンごと海に叩き付けて、さらに上に飛び上がった。


メディスの全身が真っ白に染まり、超鋼鉄をも貫く犀の角は灰を撒き散らしながら、リヴァイアサンの顔面目掛け飛び掛かる。


玉犀(ぎょくさい)!!!!」


バシャンと音を立ててそのままリヴァイアサンは、一旦海へ潜った。

玉犀を繰り出した後は、疲労でメディスは元の体に戻り海に落ちた。

しかし、渾身の力で小舟まで泳ぎ大和を守るように覆い被さった。

「フフ………凄い……ね。尊敬…………するよ。メディスさん……」

「……はぁ………そう。ならそのまま尊敬してくれる?」

二人はニヤリと笑い不適な笑みを見せ合った。


だが、恐怖はまだ終わっていなかった。


ギャァァァァァォォォォォォン!!!!


小舟の真下からリヴァイアサンが最速最高の力で突撃してきた。

ちょうどメディスの真下にいた、大和が一番深手を負い、小舟が木端微塵になってしまい二人は海へと叩き付けられた。


その後の事は覚えていない。

大和とメディスが目を覚ました所は、サケルドーサーのアジトだったからだ。

傷付きボロボロの姿で布団の上に転がっていたのだ。

大和の横には錆び付いた使い物にならなさそうな剣があった。


「………カシラさん……」

メディスが小さな声でいい椅子に腰掛けている男の名を口にした。

大和は眠ったままだ。

ゆっくりと、剣山カシラがメディスの元へ寄ってきた。

「あれはリヴァイアサンだよ。1000年前の海の魔物さ。………お前ら、よく無事だったな」

「……ごめんなさい……私がついておきながら、大和は怪我を……」

「お前は悪くないさ。精一杯やった。今日はもう休め」

「……あの、カシラさん。あの化け物は?」

「俺が追い払った。もう大丈夫だ。それよりも言わねばならん事がある。まぁ、その怪我が治ってからゆっくり話すよ」

「……………いいえ。今言って。何か大切なものを失いそうで怖いわ。私の怪我はすぐ治る。話して」

カシラは少し目を細めてためらったがやがて口を開き、衝撃的な一言を発した。


「大和はもう二度と光を感じぬ。それに利き腕も、左腕もほとんど動かないようになるだろう」

「………」

「目は、海でやられたか鱗でやられたか、小舟の破片が刺さったかどれかだ。左腕も同じだよ」

「………」

メディスは震えていた。

ただただ、震えていた。

「私が、私が悪いんだ………」

声なき声を出して、静かにいつまでも泣いた。

「メディス。いいか、自分を責めるな。誰が悪いというのはないんだ。皆傷付いている。だが、皆生きている。それが何よりだろう。違うか?」

「……………そうね………」

メディスの悲痛の声はこの後、いつまでも癒える事はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ