剣龍合戦其の一
セネクス老人から得た情報をもとに、一旦風の村へ戻り、事情を説明すると、ウイング村長はコクりと頷き、111人の風の戦士、そしてベスト一族の戦士444人を直ぐに用意してくれるように、約束してくれた。
「シュウはどうしたの? 零?」
黒の村で聞いた情報より、師匠ダークが犯してしまった罪は、誤解だと訴えるべくシュウは、行ったのだ。ダークに会う為に。だが、龍牙家の進撃は、どうしても剣山家の手で止めねばならない。だから、零は別れたのだ、兄弟子の説得がうまくいくことを願って。
「…………。とにかく、近い内に龍牙家と戦う事になるはずだ。飛鳥、来てくれるな?」
「……えぇ。我ら風の民は、剣山に永遠の服従を立てているから…」
*
『龍の牙が襲えば剣が鳴る』
という、剣山家と龍牙家共通のことわざであり、龍牙が動けば剣山が動き、それは開戦の合図を鳴らす太鼓のようなものだ。
剣山家と龍牙家は、1000年も前から途絶えない因縁の仲なのだ。
零が剣山家へ帰るより、風の民が剣山家へ報告した方がはやいと言われ、従者が30分程前に村を出て走っていった。
というのも、そのさらに30分前、零が飛鳥の家でセネクス老人から聞いた情報を皆に話終えた時に、窓から矢文が飛んできたのだ。
《我が龍牙を止めたくば我々の境界である、龍谷林へ来い。そこへ555人の精鋭で対峙している。2日後に待っている。特に、剣山の若頭よ、お前は辰巳城にて大和様が待ち受けている。コソコソ隠れても無駄だ。お前ら剣山のする事全て、我らに筒抜けだからな》
誰が書いたか知らぬが綺麗な字をしていた。
「2日後か……早いが、まぁ何とかなるだろう。それより当主様、相手の大将が直に呼んでいますが、どうなさる?」
ウイング村長の問いに、零は頷いた。
「行くしかない。龍牙大和、向こうの大将だ、同じ大将が行かなくては誰が行く!」
龍牙大和という単語を聞いて、ビクッと身体を震わせた者が1人。
飛鳥には両親がいない。村長ウイングは養父であり血繋がっていないのだ。
彼女はいつも、右肩を服で隠しているが、その下には生々しい傷痕がくっきりと残っていた。刺青を彫ったような痕に、その上から覆うように火傷の痕がある。しかし、これが何の傷なのか、彼女自信は全く覚えていない。
飛鳥が5つの時に、風の村の周辺で倒れていた所をウイングに拾われて、今まで生きてきたのだ。
だが、どうして、『大和』という言葉に反応したのか、それはまだ分からなかった。
*
~2日後~
風の村から北西へ1時間した所に、龍谷林はある。龍谷林は剣山家と龍牙家の境界線だ。ここを越えれば直ぐに龍牙家の敷居になる。
風の戦士達は東側を、ベスト一族は西側を、そして真ん中を突っ切るように剣山家の者たち222人の軍勢を率いて龍谷林を目指す。
合計777人の剣山サイドに対し、龍牙サイドは555人。数の上では然程の差はないが、それでもやはり龍牙家は強い。数多くの一族を従えており、その強さはまだまだ未知の世界である。
林の中にぞろぞろと入っていくも、敵の姿は見えない。零の隣にいた爺やと付き人たちは零を囲むように、構えている。
「爺や、どう思う? 罠だと思うか?」
薙刀を片手に、黒装束に手甲をはめ、とても老人とは思えぬ迫力の爺やが「この林ですな……」と答えると同時に、薙刀を高く持ち上げた。
「零様、下がってくだされ……」
ムンッと叫び薙刀を振り回すと、爺やを中心に林が斬り倒されていく。
林に隠れていたのであろう、龍牙の者が10人ほど上から降ってきた。
「行きなされ! 零様!」
零は走った。体勢を素早く整えこちらに出向く龍牙の者の一人に拳を浴びせようとした瞬間、【短剣】が突然目の前に現れた。
両者突然の事に戸惑ったが、零の方が一瞬切り換えが速かった。
その紅い短剣を掴み相手の胸元に刃を斬りつけた。血が弾けて倒れる相手をよそに、とどめの一撃に軽く上に飛び背中に短剣を打ち付けたのだ。
だが、数秒経つとその短剣は跡形もなく消えてしまった。
*
~龍谷林西側、ベスト一族対龍牙家~
ベスト一族の長ベストが拳を高々と上げて吠えた。
「鉄壁の神! ハイベスト神に忠誠を捧げろ! 我が主を守らんがため、我らは止まる事を知らぬ! 行くぞ! ベスト達よ!」
ベスト一族が独自に作り上げた、『唯一神ハイベスト』は、最強の盾の力を彼らに貸し与えてくれる。故に、この力はベスト一族でしか、扱う事は許されない。
ベストの拳が神々しく輝き出すと同時に、こちらも同じく林の上から降ってきた龍牙の精鋭たちを見事に粉砕していった。
「ベスト! ゴールデンクロウ! うぉぉぉー!」
どんどん声量が大きくなるにつれて、彼らの強い拳はどんな強敵をも打ち砕く最強の攻撃。
攻撃は最大の防御、というように鉄壁の彼らに弱点はないのだ。
ちなみに、ベスト一族の戦士は皆『ベスト』という名前だ。
*
~龍谷林東側、風林一族サイド~
風林一族では、上から迫ってくる龍牙の奇襲に1拍程遅れたために、多大な被害を受けてしまう。
風をイメージした模様の防具を身に付けた長身の男衆が、悲鳴を上げている中、飛鳥は風を操り応戦していた。
風神を信仰しその心から、風の力を操れる彼らの得意技は、『息吹』という口から、カマイタチのような風を吹くことが出来る。
ウイング村長は口から、風を作り形を変えて具現化したものの上に乗り、指揮に徹していた。
『風の絨毯』に乗ったウイングが、指示を出しながら戦士たちを誘導していく。
「辰巳城が見えるまで耐えるんじゃ皆の者! わしらは風神様がついておる。狼狽えるでない!」
*
零たち一行が辰巳城まで約100mを切った時、パーンという音が鳴り響いたと思ったら、隣にいた付き人から血が噴き出した。
「何があった……?」
即死だった。徐々に冷たく固くなっていく付き人を支え、零は樹力を上げた。
怒りを力に変えて、自然を取り込み力に変えて、仲間の仇の為に立ち上がった。
「付き人……安らかに眠れ……」
その後、次々と仲間達が、龍牙家の新兵器に撃たれ倒れていく。
零たちは林を利用しながら矢を放ったりと応戦するも意味はなかった。そして隠れながら前へ進むがここは龍牙家の敷地に最も近い龍谷林、彼らの方が地の利はある。全て見抜かれており、銃声と共に竹藪を赤く染めていく。
「あれは恐らく、銃砲一族の武器ですな……あれの仕組みは分からんですが、一発ごとに見る限り30秒程はかかっております。この30秒で近付くしかないでしょう」
爺やが零に耳打ちすると、スッと立ち上がり、私が囮になるのでその隙に、と言い残し飛び出していった。
こちらに銃口を向けている銃砲一族の奥に入り口らしき穴があり、見上げると真四角に作られた白い建物があった。恐らくあれが辰巳城だろうが、城というには雑な造りだが、あそこに敵の大将がいる事は間違いない。
薙刀をしっかりと握りしめた爺やが闘気を漲らせ、銃声の鳴る方へ立ち向かっていった。
《零様、カシラ様は笑っていかれた。どうか、泣くことはお止めになりなされ。でなければ、カシラ様が安心して逝かれぬ》
仁王立ちで、標的となった爺やを苦しく見ながら、零は駆けた。
鉄の塊が爺やを貫いていく。
『最後まで、零の為に、剣山の為に生きた男の英雄が誕生した』
爺やこと、【彦闘将】
彼の一族は遥か昔、創世記の時代にまで遡り、男児は天賦の才しか生まれない最強の血筋が、枝分かれし生き残った一族だと言われている。
彼ほど強い忠誠心のある男はいなかった。
爺やもまた、仁王立ちのまま、笑って逝った。
享年67歳、この世界では余りにも長い人生だ。
*
目鼻立ちの整った綺麗な顔。瞑った目の先に何を見ているのか分からないが、不思議なオーラを醸し出し、不敵な笑みを浮かべている。
背丈はシュウと同じくらいだろうか零より大きい。スラッとした立ち姿だけで、この男は強者だと分かる。何故か右腰にかけた剣の柄に腕を置き、こちらを見つめている。
「フフフ……久し振りだね? 会いたかったよ」
その男は、父カシラを殺した、憎き仇。
心臓が脈立つ音が聞こえてくる。
樹力がどんどん上がり、怒りが滲んだ濃い緑色に染まったあと、鬼の形相で男を睨んだ。
龍牙家第12代目当主、龍牙大和。
彼はこの闘いに何の防具もつけずに、涼しい格好で佇んでいる。
真四角の城の中は何の無駄がない、ただの広い部屋のよう。
その中央で、二人は睨み合っていた。
「早速始めようか……剣山対龍牙の最初の戦いを」
と言うと、大和は右手で器用に、右腰にかけた剣を抜いた。左腕は使えないのか生気がない。
(あの錆びた剣で、本当に人が斬れるのか? あの時はよく見えなかったから分からなかったが、何故あんな剣を使う?)
疑問に思う零をよそに、鉄を擦り合わしたような音で横薙ぎに払い、次々と剣撃を放ってきた。
ギリギリと鈍い音が零の動きを鈍くする。
頭が痛くなるような気分だ。そして速い。剣筋が並の速さではない。避けるのが精一杯の零は、徐々に足元が覚束なくなっていく。
大和は余裕の笑みを浮かべ、どんどん攻撃を繰り返す。
零は一旦後ろへ飛び、距離をとった。
途端に喘息でも引いたような荒い息になっている事に気付く。
避けるのが精一杯で、息をする暇もないぐらいの速い剣撃に、頭が痛くなるギリギリとした鈍い音が零を苦しめていた。
「はぁ……はぁ……」
足がガクガクして震えがおさまらない。
震える足を思いきり叩きしゃきっとすると、今度は零から突っ込んでいく。
すると、突然また【短剣】が現れた。
それを躊躇なく掴み、投げる。そして拳を構えて走った。
短剣が振り落とされ、カランと音を立てて地面に落ちた瞬間、不思議な事が起こったのだ。
地面に落ちた短剣と、その後ろを走っていた零が、入れ替わった。
突然、大和の足元に滑り込んだ零は、何が起こったかは分からぬが脇腹に強烈の拳打を叩き込んだ。
が、それより一瞬速く反応した大和は、避けた。
空を切った零の拳を蹴り上げた大和は、耳元に剣を寄せる。
「自然の最大音響」
*
声が2重3重に聞こえる。それだけではない。
心臓の音、血が流れる音、筋肉が伸縮する音、骨が軋む音、まばたきする音でさえ2重3重と有り得ない音量で聞こえる。
自然に吹く風の音、そこらにはえている草花の揺れる音、列をなし歩く蟻の足音さえ、本来聞こえないはずの音が耳元で大音量で響いている。
狂ったように叫び散らし倒れた零。
もはやこれでは勝負はついたも同然だ。
「気分はどうだい? 最高の気分だろ? 自然は勿論人間も音の塊だからね。何かしらの音は必ず出ている。普段は聞こえないだけさ」
大和の声はなど既に聞こえていない。
何重にも重なる声は零を苦しめるだけだ。
大和は剣をおさめた。
途端に、零が聞いていた音が消えた。
「フフフ……楽しかったろ? さて、大丈夫かい? ちゃんと意識はあるなら返事して欲しいね……」
不敵な笑みを浮かべながら、大和は語りだした。
「まぁ、気付いていると思うけど、僕は君のお父さん殺した張本人さ。だから僕は君に会いたかったのさ、いつか復讐しに来るんじゃないかって期待してね。あの人の子供だからどれだけ強いのかと思ったら、君は弱いね……想像以上に弱い。ここで君を殺しても何にも面白くないから止めとくけど……フフフ。あぁそうだ、僕が送った矢文、ちゃんと読んでくれたかい? 綺麗な字をしていたろう? フフフ。今は戦争中だ、君が死んでも情報が入らない限り闘いは終わらない。逆に僕を倒しても外にいる僕の仲間に君は殺される」
朦朧とする意識の中、零は大和の言葉を聞いていたが答える気力はもはや残っていない。いつのまにか切れていた樹力。元の黒い瞳に戻った零は、もうどうする事も出来ない。
「すまないね、苦しいのに。僕はお喋りだからね。あ、そうだ。1つ大事な事を忘れていたよ。君は、生かされている。まぁ僕にはどうでもいいけどね」
不敵な笑みを浮かべながら、去っていく大和の背を見届けた後、零は静かに目を閉じた。
辰巳城の中は、四角い入り口があり、そのまま突き抜けていって、また四角い出口があります。
そこを潜っていくと、龍牙家に一直線に出ていきます。