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Zero  作者: 山名シン
第1章
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龍牙家の進撃

雑木林を抜け飛鳥(あすか)の待つ家に戻る道中、2人は先程の技の事を話し合っていた。

磨閃一閃突(ませんいっせんつ)き、俺にも教えてくれよ!」

「まぁいいけど、一朝一夕に出来る技じゃねえぞ?それに俺は教えるのが下手だからなぁ……」

頭を人差し指でかきながら、シュウは照れ臭そうに言っていた。


その時、飛鳥が2人を見つけて切羽(せっぱ)()まった表情でこちらへ駆けてくる。

「……2人とも! 急いで村へ戻ってきて。ウイング村長が呼んでる! 超獣猪(ちょうじゅういのしし)が来たって!」


超獣猪とは別名『憤怒の猪牙(ススイラベテア)

怒りに任せて牙で突撃してくる、非常に恐ろしい(いのしし)の事だ。

この(けだもの)が毎年、秋の暮れになると風の村を襲うのだ。


理由はある。

2年前ある探検家が、風の村を出る際に超獣猪の瓜坊(うりぼう)を殺してしまったのだ。それに怒った親が、風の村の仕業(しわざ)だと勘違いし、彼らが冬眠をする直前の秋の暮れに、村を襲うようになったのだ。

《その探検家は()()捕まっていない》


「これは急がないとまずいな……零、行くぞ! 戦闘準備だ!」

シュウが指揮を取り、飛鳥が2人をウイング村長の元へ案内していく。

その間、村の人々は荷物をまとめて既に、安全な高台のある集落へ避難していた。



零は第1集落の広間に来て、回りの武装した戦士たちを眺めていた。

この第1集落からさらに、東にある玄人山(くろうとやま)から雪崩のように駆けてくる超獣猪を迎え撃つ為、村長ウイングを総指揮のもと村の外濠(そとぼり)に、111人を向かわせた。


「いいか! 全身全霊を()けて村を(けだもの)から守るのじゃ! よいな! 諸君の武運を祈る!」

ウイング村長の咆哮が轟くと同時に、鎧で身を固めた風の戦士たちが風神に祈りを捧げる、歌を唄う。


(凄い熱気だ……それほど被害が甚大(じんだい)なんだろうな)

零は両手で頬を叩き、気を引き締めた。


*


風の村の第1集落の東向こうの外濠(そとぼり)に戦士が其其(それぞれ)の位置につくと、1人が望遠鏡を眺め猪の群れがきたと叫んだ。


零は目を閉じ、自然を感じていた。

大地が、空が、風が零に向けて取り込まれていく。

目を開けると、瞳が緑色に変色していた。


「『樹力(きりょく)』か……随分濃いな……」

シュウが問う。

「あぁ。これで怒りを鎮められるかもしれない。説得しよう……」

そう言うと同時に零は飛び出た。

零、 とシュウの声を押し退け、うっすらと見えてきた猪の姿を認めて駆け抜けていく。


大地を揺らしながら怒りを滲ませた顔で突っ込んでくる猪は、目の前にいる零など眼中にない。

分け目もふらずに30頭もの超獣猪は木々を薙ぎ倒し村へ向け突撃する。

猪の(かしら)であろう1頭が見えた瞬間、零はおもむろに掌を突きだした。

すると、超獣猪は(かしら)を先頭に全頭が巨大な壁にぶつかったように、立ち止まった。


「お前たちの怒りは全て俺が引き受ける! 瓜坊の事は代表して謝ろう。すまなかった。だが、この村を襲う事は許さない! これ以上村を荒そうとするのなら、対処を変えるが……どうする?」


樹力を上げた零の緑色の瞳を見つめる猪頭(いのししがしら)は荒い鼻息を()らし睨むも、やがて身体をぶるっと震わしたかと思うと腰を(ひね)って玄人山へと戻っていく。

それを見届けた零は掌を突きだしたまま、()()してしまった。


シュウが数分後に零に追い付き『憤怒の猪牙(ススイラベテア)』たちが、怒りを鎮めてゆっくりと帰っていくのを茫然(ぼうぜん)と見つめていた。

111人の武装戦士たちもその場に駆け寄り、猪が背を向けて帰る所を見て唖然としていた。


「……一体何が起きたんだ? ぜ、零! おい! 大丈夫か?」

シュウが数発、零の頬を叩いても一向に目覚めないのをみて、心配した。

固まったまま10分ほど経った頃に、息を吹き返した零は隣に座ってこちらをじっと見ていた兄弟子を認めると、倒れ込むようにその隣に座った。


*


零のおかげで、超獣猪から村を守れた喜びに浸る事もままならず、またも戦士たちに脅威が迫る。大木という大木が次々に薙ぎ倒されていく光景を目前に風の村の武装戦士たちは、武器を片手にその荒々しい魔物目掛けて矢を放つ。


その魔物は人の形を(かろ)うじて保っているが、その見た目は海の生物である。

凶暴な牙は木々に歯形をつけながら噛み砕き、そして体に纏う鋼鉄をも凌ぐ頑丈な鱗はあらゆる矢の嵐を防いでいった。


「剣山の者はいるか! いるなら出てこい! 殺してやる!」

その魔物が放つ遠吠えによって鋭利な刃と化した水が、戦士たちの喉を切り刻んでいく。

樹力(きりょく)の硬直により、まだ体を自由に動かせないでいる零を(かば)うようにシュウが立ち塞がり、魔物に立ち向かった。


「魔物よ! 俺が相手だ!」

「誰だぁ? 貴様は! 俺が用があるのは()()の者だぁ!」

シュウは背中にかけた槍を手に取り、魔物の拳を素早く交わし、後ろへ回り込むふりをして、上へ飛んだ。

魔物の挙動が一瞬止まったのを見計らって脳天目掛け突く。

だが、魔物の鱗が突然に逆立ち上を向いた瞬間に、それが一直線にシュウ目掛け飛んできた。

「喰らえ!」


結果は5分と5分。

脳天の1撃と、鱗の1撃では、攻撃範囲が違うが威力は、シュウの方が上回っていた。

「こんくそがぁ!ガキが調子にのん……」

魔物の言葉を遮ってシュウの第2撃が放たれる。

槍の腹の部分を、魔物の膝へ薙ぎ払った。刹那、魔物がよろけるのを見定めるように、鳩尾(みぞおち)への一閃を放つ。


完全に膝をついた魔物は、白目を()いてシュウを睨む。

魔物の首もとをシュウの槍が(とら)えて逃がさない。

「何故剣山の者を狙うのか、教えなければその首に風穴が空くことになる……」

シュウの脅しもむなしく、魔物が口から大量の水を噴射し、それを拳で叩き付けた。


水爆拳(すいばくけん)!」


辺りを打ち倒し、凄まじい水圧と風圧が、森林を包み込みながら吹き飛ばしていく。

シュウも、風の戦士たちも、零も、誰も見境なく四方八方へ飛ばされた。

その時点で皆気絶し、目が覚めた頃には第一集落の広間へ全員運び込まれていた。


*


「……ちぃ……とんだ邪魔が入ったな。しかし、剣山の者は見つけた……いつか必ず殺してやる!」

魔物は渇いた口を癒すように舌舐めずりすると、爆発によって(きり)が立ち込めた(もや)の中に消えていった。


*


ウイング村長を中心に飛鳥や、他の女人が風の戦士たちを村に運び看病に(いそ)しんでいた。

治療所の布団の上に転がされた零たちが目を覚ましたのは、3日後の事だ。


天井をみつめる。

開いた窓からのすきま風を感じ、ゆっくりと体を起こす。


「……行かなきゃ……」

そう零は呟くと、重い体を持ち上げて旅支度をし始めた。

既に起きていた兄弟子は、魔物にやられた鱗の切り傷なんてまるで初めからなかったようなけろっとした顔で零みている。

「どこに行く気だ? その怪我では最低でも1週間は安静にしていないと……」

「ダークさんに会いに行くんだ。それに弟も心配だしな……」

師匠の名を耳にした途端、シュウも目の色を変えて零に同意する。



治療所の戸が静かに開けられ入ってきたのは飛鳥だった。

「零! シュウも。良かったもう起きてたのね」

(うら)らかなな透き通った声で、2人を見つめる視線にその部屋にいた男衆たちが少しどよめきだした。


だが、零が旅支度をしているのを見届けて、慌てて止めようとした。まだ安静にしてないと駄目、という飛鳥の声を遠目に聞きながら零は構わず準備を整えた。

「飛鳥……悪いな、俺もついていくから見逃してやってくれ」


村長のウイングが、零に感謝の言葉を放った。

「流石は我らが剣山。それも当主様と来るならわしらが助かった訳じゃ! 今度は我ら風の民がお主らを助ける番じゃ。何かあればいつでも呼んでくれ、直ぐ駆け付ける」

では、行ってくる。と小さく挨拶を済ませて、第1集落の出口、いや、入り口にある風神様の石像の側を通り抜けて、零とシュウの2人は師匠へ会うべく旅立った。



風の村と隣り合うような形で西に位置している師匠ダークの故郷。

短い平原を荒い風に揉まれながら歩く事半日。


クール大陸(タウン)の歴史は、剣山家と龍牙家が大半を占めているが、それに次ぐ形で歴史に名を連ねる人々の出身が『黒の村』の民。


何故ここが黒と呼ばれるのか、それは歴史的に重要なものを秘めておりそれらは世間で公表されるのを避けなければならないものばかりだからだ。

故に根が深い一族が集結している。

ダークの故郷は、そんな秘密事のたくさんある村なのだ。


師匠に1度だけ連れてこられた事のある黒の村は、名前や噂の割には何の変哲のない平々凡々の村だから、零もシュウも何も気兼ねせず馴染めていた。


「ダークさんはいるだろうか?」

「まさか、あの人はいつもどこかへ旅に出ているのに。一所(ひとところ)(とど)まる事なんてまれだろう」

師匠の事を語り合いながら、そろそろと見えてきた村を目指し平原を歩いていた。


唯一この黒の村が、他と違う所を指すならば、その広さだろう。

『黒の村はクールタウン最大の村』

よって世界(クールタウン)中からここへ足を運ぶ者が多く、観光地としても有名だ。


黒の村が代々守り続けている場所がある。

それは、<12の聖地(オム・バルフ)>の一つ、

【クレテンス(イスラ)牡牛(おうし)

ここには黒の村出身者しか立ち入り禁止だが、近くまでは観光地として見る事が出来るのだ。

クレテンス島は巨大な湖の中央にポツンとあり、そこへ行くには船で8時間はかかる所にあるので、容易にはいけないが、島も巨大なのでその湖まで来ればどこからでも必ずその荘厳な姿を目撃できる。


*


石造りの家々が林立し、中央に(そび)え立つ煙突状に細く高く建てられた屋敷のような建物がダークの家である。

黒の村へ足を踏み入れた途端に別れる枝道は、初めて来る観光客を瞬時に迷わせる。


普段なら入ってすぐに、案内人が村の地図を手渡してくれるのだが、今は姿が見えないでいる。

それどころか、村には人の気配さえ感じられない。


「何だか妙だな……どうしてこんなに静かなんだ?前に見た時はもっと人で溢れていたのに」

零が辺りを見渡しながら呟くと、シュウも(うなず)き、二手に別れて人がいるか探してみよう、と言い一時間後にまた入り口付近で落ち合わせる事になった。


1時間経って2人が顔を見合わせ、首を振った。

「見ていて気付いたのは、人は勿論、建物の中も物一つなかった。いや、あれは誰かに荒らされたって感じだったな」

「確かに俺もみたよ。剣で斬ったような痕も見つかったし、もしかしたら盗賊でも現れたかもしれないな」

零とシュウがお互いに感じた事を報告し合ったその時、背後から足音が聞こえた。


慌てて2人は振り返り一瞬戦闘体勢になるが、老人の姿を確認すると緊張を解いた。

「この村に何か求めても意味がないよ。もう村は死んだ……帰りなさい」

その老人はおぼつかない足取りで、こちらへ近付いてきた。

零は一瞬兄弟子の顔をチラッと見、その老人に話し掛けた。

「死んだというのはどういう事ですか?ご老人」

「老人ではない、わしはセネクスという名があるわい!」

その老人は見た目ではまるで覇気のないただの老人だったが、気難しい人らしく、カッとした表情で零を見た後、静かに語りだした。


「ダークの氷山(グラキエスモンス)での幻獣の復活させた事件は知っておるな?」

「……はい。存じております」

幻獣という単語を聞いた途端、2人は冷や汗をかき一気に体が熱くなるのを感じていた。


「そのせいで、わしら黒の民は傷心してのぉ……あれ程の実績がある者がどうして……そんな事をしたのかは知らん。わしらの積み上げてきたもんがみんな水の泡のようのように消え去ったよ。あの男は、村の誇りじゃったのに……裏切られたようだと、皆が口々に言っておる」

零とシュウは、今セネクス老人が言っている事が何なのか分からなかったが次第に冷静になっていき、師匠がとんでもない事を仕出かしたというのを悟った。


「そこで心も体も弱ってしまったわしらを、乗っ取ろうとしたのが龍牙家じゃ……村が死んだ訳は龍牙の者が攻めてきたからじゃ。ここは歴史的に重要な物が集まっとるからのぉ。龍牙はわしらの財産を()(ぱら)っていったのじゃよ……わしは、それを剣山家に伝えるべく、今から向かう所じゃったんじゃよ」


*


「零……お前は剣山家へ戻れ! 今すぐ龍牙家を止めるんだ。俺はダークさんの元へ行く。氷山グラキエスモンスならここから1日あればいける。ダークさんの事なら任せろ! 俺が何とかしてみせるから、お前はここを、ダークさんの故郷をぶっ壊しやがった龍牙の野郎共に1発()ましてやれ!」

シュウはニカッと笑うと零の肩を叩いた。

「シュウ、お前……師匠を……」

「大丈夫だ! 任せとけ! お前より俺の方が長く付き合ってるんだから、師匠の事ならお前よりずっと知ってる」


セネクス老人から得た情報を一刻も早くに剣山家へ伝えるべく、零は走った。

シュウの方は、氷山のある(タウン)『アイスタウン』へ、駆けていった。


黒の村を出てから、平原の途中で別れたあと零とシュウの2人が再開する事はもう2度と無かったが。

ちなみにタウンはこの世界では大陸、国、町、市など村以外の大きな土地は全て《タウン》で表されています。

今舞台に上がってるのはクール大陸(タウン)という所の極東です。

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