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Zero  作者: 山名シン
第1章
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プロローグ~父の死と零の旅立ち~

 剣山零は(けんざんぜろ)幼いときに父を亡くした。

 突然の出来事だった。


 鉄を(こす)り合わせたような鈍い音で白昼堂々それはやってきた。龍の爪の刺青を腕に彫った男は剣山家の敵、龍牙(りゅうが)家の証。目は瞑っているが、綺麗な顔立ちの若い男だ。


 <<キーン>>


 零の父、剣山カシラはその男を待っていたかのように、男の姿を確認すると胸の前に構えていた腕を下げた。


「父さん! 父さん!」、と零の声がする。

 しかし爺やが行ってはならないと、口を(おさ)え、零を抱えて一目散に逃げていく。

「あなたは剣山家13代目当主なのですぞ!」


 男の()びた剣で、カシラは袈裟懸けに斬られ、血飛沫ちしぶきをあげて倒れた。そしてそのままゆっくりと目を閉じた。


 その男は不敵な笑みを浮かべながら、剣山の庭園を抜け塀を飛び越え、その場を去っていった。

 剣山の従者達が弓を構え、男に向けて射るも意味をなさなかった。


 その日は零が10歳の誕生日であった。同時に剣山家当主として、着任し終えたばかりだった。そして、父の最後を見届た零はその光景を2度と忘れる事が出来なかった。


 『カシラは最後、笑っていた』




 5年後。

 15歳になった零は、父の仇を討つべく旅に出る。同時に己の非力さを克服する為に。


 薄い緑のマントを羽織り、旅に必要な物を腰に巻いた袋に詰めると、祖父のゲリラから貰った()()()()()を片手に持った。

 後ろを振り返り零は空を仰ぎ見た。剣山家を--偉大な剣山家を--仰ぎ見ながら零は囁いた。

「じゃあ、行ってくるよ」


         * * *


 ゲリラから貰った短剣はある秘密が隠されていた。

魔剣紅(まけんくれない)』--この剣の事を知るのはもう少し後の出来事だ。


         * * *


 剣山家の敷居を少し越えた先に森林がある。森林の中で出会ったのは1匹の蛙。

 この蛙は突進蛙(とっしんがえる)と呼ばれている。

 剣山家の宗教ではこの蛙は忌み嫌われる存在だと教えられてきた。度重なる進化の過程で得た巨体と角を持ち、肉厚の脚は相手を串刺しにする為に鍛えられた脚力からくるもの。

 零は早速、祖父から貰った紅色の短剣の威力を試すべく、突進蛙に立ち向かった。緑のマントを揺らしながら走り、胸の前に短剣を構えた。突進蛙は頬をプクッと(ふく)らませると、鼻から煙を噴きだし突進してきた。

 膝辺りまであるその巨大蛙を、枯れ葉を蹴り上げ目眩ましをしながら、零は横に飛び退いた。そして枯れ葉と共に蛙が木の幹に勢いよくぶつかった。角が鋭く、なかなか木から離れない蛙に向けて、零は全力で短剣を投げ付けた!

 ブンッと一直線に飛ばし、蛙の首筋に直撃するとバタバタ暴れていた脚が止まった。

 しかしこの後、零は奇妙な出来事を体験する。

 首に当たった短剣を引き抜こうとすると、不思議な事に数秒経つと跡形もなく()()()()()()()のだ。


         * * *


 しばらく森を進むと風を模した龍が特徴的な石像が見えてきた。剣山家より北東に位置したそこは、軍事の(かなめ)である。

もっとも長く仕えている側近であり、多くの英雄や(つわもの)が勢揃いしている。


 風神を主に信仰している彼らが風を操れるのは、もはや日常化している事。ここは『風の村』 世界でも珍しい風神を信仰し、風を操る民として名高い一族が集結している。


 主に風林(ふうりん)一族とベスト一族が住み、共に諸一族を従えており風の村の2強と呼ばれている。

風林一族は約400年前、第6代目当主剣山櫻(けんざんさくら)に率いられ剣山家の主力として今まで最も仕えてきた側近であり、矛の役割をもっている。

ベスト一族は剣山家の守護(けん)警察といった盾の役割をもっている。ベスト一族も剣山では大切な役目を果たしているのだ。




 零は、龍の石像の側を通り村へと足を運んだ。活気立つ村を見ながら物思いに耽った。

(久し振りだな……)


 風の村とは、全部で9つの集落が集合して出来た村である。そしてその9つの集落は、面白い事にちょうど渡り鳥が飛んでいるような、V字飛行の形で並んでいるのだ。

何故この形を取っているのかは、村の人々も分かっていないらしい。ただ、物心ついた時からこのような形だった、というだけの事である。


 風の村の村長ウイングは風林一族だ。

彼の養女の飛鳥(あすか)は零と弟の(つるぎ)の義理の母のような存在だった。零は早速、飛鳥らの家へ行き再会を望んだ。

飛鳥は村長の家なので、第1集落にいる。


 零が始めに訪れていたのは第8集落で、そこから一直線に6、4、2、1集落と並んでいるのだ。

逆にVの向こう側の左の方は第9集落から7、5、3、1集落という順に並んでいる。




 鎌鼬(かまいたち)のような門扉(もんぴ)(くぐ)り、戸を何度か叩くと、はぁい、と綺麗な声で出迎えてくれた年若い女性が現れた。

 「あら零! 久し振りね。あぁどうぞあがって? そうそう、シュウもいるわよ」

飛鳥は幼い頃に母を亡くした零たち兄弟を育てる為にカシラに代わって、よく剣山家へ訪れていたのだった。

そして、今、名が挙がったシュウとは零と剣の兄弟子である。


 零が風の村へ訪れた1番の理由は、シュウに会う為だった。零がまだ6歳だった頃、4つ年上のシュウと出会ったのだ。シュウとは(つるぎ)と共に、師匠の下で修行をつけて貰った弟子仲間であり、父や祖父や弟とは違う、身近な存在の中で2番目に尊敬していた男だ。1番は勿論、師匠である。


 飛鳥に連れられて入った部屋にシュウはいた。

背は零よりも頭1つぶん大きく、少しそばかすが目立つがそれを除けば彼は、眉目秀麗の優男である。そして武道の達人であり、しっかりとした体格であり、一目で頼りになると分かる。


 シュウは振り向き、零に気付くと手入れしていた槍を置いて、少しだけ笑顔を見せた。


 「シュウ! 久し振りだな! 会いたかった」

 「あぁ、俺もさ。零、随分大きくなったんじゃないか?」


 久し振りのシュウと飛鳥と食事を済まし、世間話をしていた矢先に事件が起こる。

彼らの師匠が氷山(グラキエスモンス)に封印されていた、2頭の幻獣げんじゅうを復活させたとの凶報が入ったのだ。


 「幻獣か……知っているか?」

 「名前は聞いた事があるが、詳しくは……」


 シュウは首を傾げると、机をリズムよく数回指で叩いた。

師匠は元々探検家である。あらゆる不思議を解き明かす為に世界中を歩いては何かを研究したりと、毎日忙しい人だった。だが、悪事を働いた事のない人で研究熱心の良心的な男だ。


 だから、今回の事件に彼の弟子達は、妙な胸騒ぎを覚えたのである。何か不吉な事が起こっているのではないかと、零とシュウは思い、2人は1度師匠に会いに行く事に決めたのだった。

ドゥーコ・ブラーク。通称ダーク。彼らの師匠の名前である。


         * * *


 「零。お前に()()()()()を見せてやるからついてこい!」

そう言うなりシュウは、飛鳥の家を飛び出して第1集落の一番真下--V字の角に当たる場所だ--の雑木林に来た。


 (相変わらずせっかちな奴だ……)

と、零は心の中で溜め息をついて、飛鳥に目礼(もくれい)するとシュウの後をついていった。




 「磨閃一閃突き(ませんいっせんつき)!」

シュウは背中に背負しょった長槍を持ち、腰を落とし構えた。

彼の腰まではあろう、巨岩の目の前で槍を構えて集中している。

微動だにしない、その立ち姿はを見て零は兄弟子の強さを再確認した。


 そして、一切の無駄なく槍を突いた。


 特に激しい動きをしたわけではない。腕を一直線に突いただけである。勢いがあったわけでも、凄まじい気迫があったわけでもなかった。

ただ力を抜き、突いただけだった。


 そっと槍を引き抜き、背中の鞘におさめるとシュウは振り向き語った。

零は少し拍子抜けした思いで兄弟子を見て、言葉を黙って聞いていた。


 「研ぎ澄ました技は、研ぎ澄ました精神を作り、研ぎ澄ました精神は、研ぎ澄ました肉体を作る。磨閃一閃突きは無駄な破壊を好まず、一点にのみ最大の威力を示してくれる。だが、この技は本来素手で行うものであり、武器を使うのはまだまだ修行が足りない事を証明している」


 シュウは眉間にしわを寄せて語った。零の目を見ているのか遠くの雑木林を見ているのか分からなかったが、低い渋い声で囁くように語ったのだ。


 兄弟子が突いた巨岩には、穴が空いていた。綺麗に丸い形に空いていた。ちょうどその部分だけの岩を、押し出した、といえば分かりやすいかもしれない。巨岩は何事もなかったように、そこに立っている。

そこには何一つひびが入っていなかったのだ……。


 「帰るか……零」

零は頷くと、兄弟子の強さを誇りに思うと同時に、磨閃一閃突きを考案した師匠ダークの事も今一度、尊敬し直した。

11/16(月)修正しました!

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