神に従う者
◆ ◆ ◆
「君は、武器に興味があるのかい?」
時刻は深夜。
城の一室。
テーブルを挟んで向かい側に脚を組んで座る男が、散らかった重火器の資料に目をやりながら訊ねてきた。
黒い帽子を被り、上品なスーツに身を包んだ黒髪の男だ。
タビンは男に渡された書類から視線を上げて睨みを利かせた。
今読んでいるのは武器に関する書類だが、ちょっとした好奇心で確認してきた男の鬱陶しさに苛立ったワケではない。
「それとも金か? あるいは女か」
警戒心が働いているのだ。
この黒スーツの男、ガラティン=バンクトと名乗り、武器商人として半年程前からこの国に出入りしていた。
何処からか、この王国に上級竜【スパイアス】がいる事を嗅ぎ付けて来たのだ。
謎だらけの男だったが、その道には秀でていた。
裏ルートに顔が広いらしく、たった半年で周辺の傭兵団【ロード】とこの国を繋いでしまった。
しかし警戒すべきはその手腕ではない。
気になるのは男に何の見返りも無い所だ。
今回の密売ルートを敷いた所で、男が掴む物はリスク以外に無い。
そういう取引を男は持ち掛けてきたのだ。
「貴様の本当の目的は何だ?」
幾度も繰り返されてきた質問を、タビンはガラティンにブツけた。
「おいおい、タビン君。前にも答えただろう?」
ガラティンは屈託なく笑い、ズイッと顔を近付けてきた。
そして一変して凶悪な笑みとなる。
「私はね、ただ知りたいだけなんだ。人間はどこまで化け物に近付く事が出来るのかを。興味があるのはその一点だけさ、その境界線が知りたい」
椅子に腰掛け直し、ガラティンは帽子を押さえて深く被った。
「まあ、悩みならあるがね。邪魔な物は出来るだけ遠ざけたいという、観測者ならではの悩みが」
これは意味深な一言に聞こえた。
タビンは少し思考を巡らせる。
「ドラゴンキラーの事か?」
「おお、流石だね! そうなんだ。最近この国に配属された、青髪のドラゴンキラーの男」
「資料には、確かジーク=ケニットとあったな」
「一ヶ月くらい前から、街を徹底的に調査している。君を探しているんじゃないかと思うのだが、まるで見当違いだ。むしろ、私の仕事の方がやりにくいよ」
「活動して2年の弱小ギルドだ。始末してもいいが、公卿団体からの反発も高まっている。直接手を下さなくても近い内に消えるさ」
「それは少し残念な解答だな。何時になるか分かったものじゃあない。水面下で事を終えたい気持ちは良く分かるがね」
ガラティンは書類を揃え、黒い鞄に丁寧にしまった。
「仕方が無い。ここは私が一肌脱ごう」
身支度を整え、立ち上がるガラティン。
その姿はまるで死の商人だ。
大陸全土を黒い混沌で覆い尽くさんとする、邪悪そのものだ。
「どうするつもりだ?」
「安心してくれ。成果の無いドラゴンキラーさんに仕事をさせて、早々にお帰り頂くだけさ。『竜』を一体、作ってね」
「何だと? 貴様、何を言っている!?」
思わず立ち上がるタビン。
「私の宿泊している宿の女主人にしようか。子供が一人いるんだが、いい尻をしているんだ。彼女は先ず何を壊すのだろうか、とても興味がある」
ガラティンは鼻唄を歌いながら、部屋のドアを開いた。
「この混沌。結末を見届けるまで、私は滞在させてもらうよ」
「おい待て!」
ドアから廊下へ出たガラティンを追ったタビンだったが、男の姿は既に夜の闇に消えていた。
◆ ◆ ◆
壁に残された、夥しい弾痕。
街に漂うは血と硝煙の香り。
椅子やテーブルを積み上げて作られた即席のバリケードを幾つも飛び越え、ジークは大通りへと向かう。
硝子の破片が埋め尽くす細い路地を風のように駆け抜け、不意に現れる血塗れの死体を横目に通り過ぎる。
専属騎士達の死体も増えてきた。
怒りが再燃するが、堪える。
その繰り返しだった。
行き止まりとなった路地で屋根に飛び上がり、ジークは崩れた煙突の陰に隠れながら通りの様子を伺う。
丁度ここから大通りが見渡せるのだ。
と、十メートル程の高さだろうか、柱のような物が無数に立てられているのが見えた。
「……っ!」
その鋭利な先端に突き刺さっている物体を視認し、ジークは目を剥く。
人だ。
皆、胴体を貫かれる格好でダランと四肢を垂らしている。
光を失った無機質な眼が、遠く離れた地面の一点だけを見ていた。
口と鼻腔から糸を引いて滴り落ちていく赤い血痰。
胴体の穴からは損傷した内臓と共に流れ落ちた生臭い血液が、柱を伝わって石畳に染み入っていた。
灰燼となった大通りに天への捧げ物であるかの様に出現したそれ等は、異質な狂気による殺戮の結果だけを静かに物語っている。
ジークは先を急いだ。
街全体の被害が5割弱程度なのを考慮すると、残存する専属騎士達がまだ何処かで応戦しているのだろう。
専属騎士は本来、対人を目的とした騎士。
加えて、この街の構造を知り尽くしている。
奇襲こそ受けたが、上手く立ち回り敵を食い止めているようだ。
家から家へ跳び移り、城へ向かう。
上から見た限り傭兵団【ロード】の姿は無い。
暫く跳躍を繰り返した後、ジークは大通りの出口に降り立った。
その先の開いたままの城門を通り抜ける。
内側の壁は紅く血塗られており、そこから城の入り口の扉まで一直線に血が伸びていた。
何かを引き摺った跡だ。
それを追って入り口の扉までやって来ると、更に気が付く。
見上げる程に高い城の外壁で、首を吊った状態の男達の死体が揺れている事に。
一人や二人ではない。
等間隔で数十人が吊るされている。
格好からすると全員傭兵団【ロード】のようだが、何故あんな死に方をしているのかは不明だ。
ジークは扉に手を置いた。
ゆっくりと力を込める。
しかし、扉は僅かに前へズレただけで、それ以上は開かない。
何かが内側から扉を塞いでいるようだ。
手を離し、一息着く。
直後。
扉の片方が豪快に城内へと吹っ飛ぶ。
拉げた扉は不規則に回転しながら大きく宙を舞い、2秒後にホールに落下した。
扉と一緒に傭兵団【ロード】達の死体がバラバラと辺りに降る。
どうやら、内側から扉を塞いでいたのは彼等の屍らしい。
もう一方の扉の内側には、文字通り死体が山の様に積み重ねられていた。
ジークは蹴りを放った体勢を崩し、左足を地面へ着けた。
平然とした面持ちで城内へと踏み込む。
白塗りで清楚な印象を受けたホールは今、無惨にも赤黒く汚されていた。
咽せ返るような血の臭いが漂う凄惨な城内。
視覚と嗅覚に痛烈に訴える狂気の宴。
「もう少し、静かに入って下さらない?」
ホール中央まで歩を進めたジークに、艶っぽい声色で二階からベールが話し掛けてきた。
ジークは足を止め、首を持ち上げた。
薄い白のネグリジェ姿の彼女は、手摺に身を預けながら自分の指先を舐めている。
何かを舐め取っているようだ。
「パーティーの会場が台無しよ」
「パーティー?」
頬を膨らませたベールへ、ジークが聞き返す。
前髪に隠れ、彼のその表情は見えない。
「そ、私の誕生日パーティー。王女である私が死んで、新しい私になった記念よ」
ベールはニンマリと笑い、内壁を惚けた表情で眺める。
そこには、顔面を漆黒の杭で打ち付けられている無数の死体が、列になって横に並んでいた。
頭部は異常な程に変形してしまっている。
「外の飾り付けも見てくれた? 丁度、傭兵団【ロード】が余ってたから使ってみたの。折角の誕生日パーティーですもの、派手にしないとね」
ベールは手摺に掴まってキャッキャと燥ぐ。
「その為に、か?」
ポツリと言ったジークの一言が、やけに鮮明にホールに反響した。
「お前はそんな事の為に、人間を殺したのか?」
「……。」
ピタリとベールの動きが止まった。
しかし直ぐに、爛々と狂気の籠った瞳でコチラを見下ろすと、冷たく言い放つ。
「そうよ? 私の誕生パーティーなんだから。大通りにあった『蝋燭』の数も、ピッタリだったでしょ?」
彼女の口の端が卑しく吊り上がる。
「……18本」
「っ!」
焔のように。
押さえ付けていた怒りは燃え広がって爆ぜた。
ジークから放たれた特大の威圧は、空気を激しく震撼させながら周囲の物体に叩き付けられる。
「俺はお前程、楽しく人を殺せねぇよ」
一歩、踏み出すジーク。
強まった威圧にベールは尻餅を着いた。
冷や汗を掻きながらも、しかしその顔にはまだ笑みがある。
「ウフ、フ……。だから、何? それで今度は私を殺す気かしら」
四つん這いになり、ベールは手摺の間から蔑んだ瞳と共に顔を出した。
「殺す事しか出来ない、哀れなドラゴンキラーさん?」
彼女の顔が歪む。
途端に、足元に出現した殺気。
「っ!?」
間一髪。
ジークは床から唐突に飛び出た鉄製の長杭をバックステップで躱した。
それを皮切りに、ジークを追って次々と飛び出す鉄杭。
素早くバック宙で避け、ジークは後方へ飛び退く。
「来やがったな……!」
着地と同時に抜剣。
鱗に覆われた尾の、高速かつ強力な真横からの一撃を剣の腹で受け止める。
その格好で数メートル横に流されたが、転倒する事無くジークは踏み止まった。
「動きが鈍いぞ? ドラゴンキラー」
尾の力を弛めず、剣を押さえ付けた状態で声の主であるタビンが床から出現する。
「傷の具合は如何かな?」
平然とした表情でタビンは尾に更に力を加えてきた。
ジークの足元に亀裂が走る。
「お陰様で絶好調だ」
だが、防御の体勢は微塵も崩さない。
盾にした剣と腕の隙間から、鋭い眼光を標的に向けた。
刹那。
剣を捻って重心をズラし、尾を後方へと受け流す。
そして瞬時に切っ先を構え直すと、一足でタビンの懐へと飛び込んだ。
(速いな……!)
寸前の所で、タビンは床に沈む。
内心は驚愕しつつも、実に冷静に肉体と能力を操ってみせた。
次いでジークの背後に音も無く出現すると、変異させた右腕の手刀を彼の背骨目掛けて突き出す。
だが。
その身体を貫くかと思った矢先、またもジークは人を超越した鋭い反応を見せる。
残像が残る程の速度で右方向へ回転し、半身の状態で手刀を躱したのだ。
そして、自身の背後スレスレの所を通過していく右腕を軽く一瞥した後、遠心力を乗せた高速の突きを力強く放つ。
(何っ!?)
タビンは防御に回らざるを得ない。
咄嗟に右足を沈めて身体を傾けると、仰け反る体勢で突きを避けた。
直ぐに今度は全身を床に沈め、尾で牽制しつつ一旦その場を離脱する。
「貴様もしぶとい男だな」
ついでに口を開き、不敵に笑うタビン。
「なら、これはどうだ?」
おもむろに自身の上半身を覆う鎧の留め金を引き千切る。
そこにあったのは筋骨隆々の肉体だけでは無い。
黒地のシャツに添うように装備されたガンホルダー。
そこに収まっているのは黒光りする無数の拳銃。
その冷たい鉄の塊を、二丁。
タビンは両手で掴む。
そして銃を引き抜くと、床へと潜った。
殺気が移動する。
直後。
ジークの右肩から鮮血が上がる。
突如として床から飛び出してきた銃弾が、背後から右肩を撃ち抜いたのだ。
「く……!」
不意を突かれ、前方によろけるジーク。
そこに追い討ちの如く飛来する無数の弾丸。
寸前の所で跳躍して蜂の巣を免れたが、回避した先の床下から即座にタビンが現れた。
真正面に。
変異させた右拳を固く握り締め、身体を名一杯に捻っている。
称賛に値する絶妙なタイミングだ。
回避は不可。
会心の一撃と化した豪腕が高速で撃ち込まれる。
危なく、ジークは魔剣の剣身で受けた。
雷の如き衝撃が身体を劈く。
剣身を支える両腕がミシリと軋んだ。
爆音と共にタビンが拳を振り抜けば、ジークの身体は赤壁まで弾き飛ぶ。
叩き付けられた壁面は白煙を吹いた。
その、壁に背を着けたままのジークへ更に床下からの弾丸が不意に襲い掛かった。
直ぐに壁の穴から飛び出して左に避けるが、反応が僅かに遅れたジークは右足に被弾する。
着地後の体勢が崩れた。
そこへ。
大量の手榴弾が投げ込まれる。
いや正確には、突如として床から出現したという表現が正しい。
厄介な事に二メートル四方を囲うカタチで。
「野郎……!」
ジークが歯噛みした瞬間、大爆発が起こった。
粉塵となった床が雨のように城内に降る。
火薬の匂いと黒煙の霧が、空間を満たしていく。
「これは貴様から学んだ事だ」
床から姿を現したタビンが、爆心地の方向を向いて口を開く。
爆発の規模と位置からして、直撃。
本来なら粉微塵になって辺りに散っているハズなのだが、既にタビンはそこにある気配に気が付いていた。
「俺の身体から離れた物体は急速に浮上する。銃弾だろうが、爆弾だろうがな」
次第に落ち着いていく黒い濃霧の中から、魔剣の剣先と片膝を地に着けた状態でジークが現れる。
身体の至る所から灰色の煙が上がり出血していたが、それ以外に大きく欠損している箇所は見当たらない。
「ドラゴンキラーを直接始末するには至らないが、こうして動きを封じる事は充分に出来た」
目標を確認した所で、タビンはジークの方へと歩き出した。
床へと潜る気配もない。
そうする必要が無い程に、今のジークは消耗しているのだ。
(この能力……! 大通りの人柱もコイツがやったのか……!)
フラつきながらも、ジークは痛みを堪えて立ち上がる。
「愚かだなドラゴンキラー。立ち上がるというその行為」
タビンは銃を引き抜き悠然と歩きながら一発、ジークへ発砲した。
素早く魔剣を振るい、ジークはこれを弾く。
手負いとはいえ、ただ真っ正面から飛んで来るだけの弾丸を防ぐ事は造作もない。
それでもタビンは、引き金を引き続ける。
「まだ自分が闘えるとでも、この俺を倒せるとでも思っているのか?」
空の薬莢を撒き散らし、タビンが近付く。
ジークは飛んで来る弾丸を剣で防ぎ続ける。
その度に傷口から流れる鮮血が床へ滴り落ちた。
「しかし何であれ、俺がこれから行う事は一つだ」
ピタリと銃撃が止んだ後、タビンの姿が音も無く視界から消失する。
気配を追い、ジークは両眼を右に動かす。
と、右側頭部に銃口が押し当てられた。
「貴様をここで殺す」
「……。」
ジークは動かない。
しかし。
銃口からタビンへと視線を移すと、口の端を吊り上げて笑った。
「その銃。裏ルートで手に入れた物か?」
死に際の意外な一言に、タビンも表情を崩した。
「どこからその情報を仕入れたのかは知らないが、銃だけではないさ。国王が死んだ今、俺は一国の中枢を手に入れた。拠点として、この国は大いに役立ってくれるだろう。『ヴェスタ』一帯の傭兵団【ロード】も、取り引きには積極的だからな」
「どうかな。ここで起きている事が分かれば、軍も本格的に調査に乗り出すぜ? もう終わりなんだよ」
「……フン。仮にも王族が治める国に、救援要請も受けていないドラゴンキラーが王族の許可無しで立ち入れると思うか? 貴様さえ始末すれば後は簡単だ。あの補佐と、貴様のギルドにも消えてもらう」
「言っただろ。もう終わりだってな。お前はここでブッ倒す」
そんな会話をして、互いにクククッと凶悪な笑みを浮かべて牽制する。
「どうにも、貴様は口が過ぎるな」
タビンの顔から笑みが消えた。
突き付けている銃のグリップ部分がギシッと悲鳴を上げる。
「死ぬ前に、絶対的な敗北を身体に刻み付けてやろうか」
タビンがそう告げるとホールの奥の扉が開き、武器を持った男達がゾロゾロと現れた。
目測だが30人はいる。
「おいおい、タイミングが良過ぎるだろ」
半眼になるジークだったが、傭兵達の後方にベールの姿が見えたので納得した。
狂っていても気の利く王女である。
傭兵達は到着して早々、一斉に銃口をジークへと向けた。
「まだ殺すなよ。先ずは四肢を飛ばせ」
タビンが銃口を押し付けながら傭兵達を制す。
その指示に忠実に従い、傭兵達は腕や足に狙いを定める。
「人を愉快に壁に飾り付ける連中に、従う意味があるのか?」
呆れたようにジークが傭兵達へ問い掛ける。
すると、傭兵達は互いに顔を見合わせてから吹き出し、笑い始めた。
「バカか、テメェは!」
「わざわざ敵対なんてするかよ。賢く生きるならな」
「凄い事じゃあねぇか! 国の後ろ楯に、竜までもが俺達の味方だ。好き勝手出来るぜ」
「女も犯り放題だ!」
等と傭兵達が口々に喋る。
だが顔はニヤけながらも銃口は震え、頬には汗が伝っていた。
身体はしっかりと恐怖に反応している。
が、従う事で発生する利益に対する自らの欲望が、それを凌駕し本能のままに突き動かすのだ。
その矛盾に気が付いているだろうが、一時の狂気と危険に傭兵達は酔っていた。
話すだけ時間の無駄だったなと、ジークは溜め息を吐く。
「聞いたか、ドラゴンキラー。貴様達が命を賭けて守る世界など所詮この程度なのだ。そして貴様は、愚かにもまだ知らない」
タビンがもう一方の手を頭上より高く上げ、傭兵達へ合図を送る。
「この世界には、本当の邪悪と混沌が存在する事を」
狂った笑い声が湧き起こり、男達は一斉に引き金に力を入れた。
カツン。カツン。
その時だった。
処刑が始まるより、ほんの一瞬だけ早く。
凄惨なホール全体に靴音が鳴り響いた。
緊迫した空気を伝って、やけに長く響く。
ジークも含め、その場にいた全員の視線が入口の扉に移る。
「女だ……」
傭兵の誰かが呟いた。
そして、ジークの視界にもその少女は飛び込んで来る。
絹の様に艶やかな長い金髪。
一度見れば決して忘れる事の無い、恐ろしく整った顔立ち。
ジークの知る教会の少女であった。
「あのバカ……!」
ここまで冷静沈着に立ち回ってきたジークが、明らかな動揺を見せた。
その明確な変化をタビンは見逃さない。
「狙え」
直ぐに傭兵に指示を出し、ライフルを持った傭兵二人が少女へ矛先を変える。
「おい、止めろ!」
「動くなよドラゴンキラー。いくら貴様でも、手負いにこの距離は少し遠い」
タビンは少女をじっくりと観察するように眺める。
少女は少し歩いて足を止めた。
狙撃の対象になっている事を知ってか知らずか。
そして、血肉で赤く染まった城内を哀れんだ表情で暫く眺めた後、銃口を突き付けられているジークと視線を合わせた。
「これが、貴方が闘う理由なの?」
周りの傭兵達やタビン、ベールを完全に無視した投げ掛け。
この状況を理解していないにしても悠長な台詞だ。
即座に少女の足元でライフル弾が跳ねた。
タビンが傭兵の男にハンドサインを出したのだろう。
流石に少女も無視出来なかったのか、発砲した傭兵の方に顔を向けた。
そのまま、微動だにせず口を真一文字に結ぶ。
タビンは目を細めた。
「お前の女か? ドラゴンキラー」
そう言うと、傭兵達が下卑た笑みを浮かべて笑った。
ベールはやれやれといった様子で肩を竦める。
「滅多に出会えない上玉だな。顔も身体も最高だ」
麗しく、病的に白い肌をした少女の肢体に傭兵達の視線が釘付けとなった。
鼻の下を伸ばし、色々と素敵に妄想を膨らませている者もいるようだ。
「しかしとても残念な事だが、これからあの女はかなり悲惨な目に合う。貴様の見ている前でな」
傭兵達から歓喜の声が上がる。
「好きにしていいぞ。但し、殺すな」
そのタビンの台詞を皮切りに、傭兵達は我先にと美少女に殺到した。
ジークの「逃げろ!」という言葉が遮られる程の雄叫びを上げて。
だが少女はその場を一歩も動かず、可憐な花の如く血みどろのホールに竚んでいる。
目の前の全ての現実に落胆するような表情を見せながら。
「司教様は仰いました」
丁度、一人の男が少女に飛び掛かった時、薄桃色の唇は言葉を紡ぎ出した。
瞬間。
男の身体は一気に天井付近に到達した。
「……っ!?」
その場にいた誰もが、言葉を失い動きを止めている。
理解するのに、数秒を要した。
少女の前に突如として出現した『ソレ』。
男の身体を真下から突き上げ、頭上高くに掲げるカタチで絶命させた凶器。
それは、樹だった。
ホールの床を突き破り、無数の枝木で男の全身を貫きながら高速で成長を続け、今は葉を茂らせる大樹となった一本の樹であった。
そして、驚愕と戦慄が入り乱れた周囲を他所に、少女はこう続けるのだ。
「世界は、汚れている」
お疲れさまでした。ここまで読んで頂けた事に深く感謝です。
次回も頑張ります。