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Dragon Dream Nightmare  作者: うーゆ
5/13

罪を欺く者

書いては消しての繰り返しを経て、久しぶりに更新しました。




『アンタが今いる国だけど……、2年前にもドラゴンキラーが調査に行っているわよ』

「は……?」

 ジークは首を傾げて目を丸くする。

『手元に情報が無かったからね。東ジュノー地方にある傭兵ギルド斡旋所まで行って、本腰入れて調べて来たの。留守番は置いて行ったけど、意味無かったわね。あ、お土産買って来たわ。名物のレガス高原チーズ。ホントは果実酒も買ってきたんだけど、飲んじゃった』

「……分かった分かった。それで?」

『結論から言うと、ルビンズ王国に関する事件の記録は残っていなかったわ。でも、派遣記録には残っていたのよ。傭兵ギルド所属のドラゴンキラー3名が、ルビンズ王国に派遣されたってね。軍本部に連絡を入れてみたけど、調査報告書は未提出のままだって言うし。ドラゴンキラー3名を派遣させたギルドは消滅していて、詳しい調査内容は不明よ。当然、ドラゴンキラー達も行方不明になっている』

「始末されたって事か?」

『……多分ね』

「ちょ、ちょっと待て。何で斡旋所はその異常を黙っていたんだ!?」

『別に黙っていたワケじゃないのよ。単に、仕事の範疇じゃないだけ』

「ギルド一つが潰されているんだぞ?」

『あのね……』

 少女は少し間を置いた後、落ち着いた口調で話す。

『これは、軍本部と傭兵ギルドの差なの。アタシ達は自由に契約を結べて活動出来る分、発生する損害は全てギルドの自己責任になるの。厳しいようだけど、今回の件も王国と契約したギルドの対応が不適切だったとしか言えないわ』

「……。同業者がバタバタと死ぬのは、余り気分の良いモノじゃねぇがな」

 ジークは頭の後ろを掻いた。

 我ながら甘ったるい思考回路をしていると思う。

 アリンの事も悪く言えない。

『納得出来ないのはアタシも同じよ。けどね、どんなギルドも少なからず命は賭けているものよ。気にするな、とは言えないけど、気にし過ぎる必要も無いわ』

「……悪かったよ、話を戻そう」

 バツが悪そうにジークが言う。

『そうね。で、調査報告書の内容こそ不明だけど、依頼内容は確認済み。斡旋所の記録には、ミリ王妃の殺害に関する竜の調査って事で記載されてたわ』

「俺達の依頼と内容が違うのは?」

『多分、捜査自体は妨害もなく無事に終わって、真相が分かったからよ。捜査の段階で手を出すとそれだけ騒ぎが大きくなるから……全部終わった後で調査報告書を握り潰して、捜査に関わった人間を少しづつ消していく方法を敵は取ったのね』

「国王への警告って所か。お前の見解は?」

『そうね……』

 少女は、少し思考を巡らせるように語尾を薄く伸ばした。

 きっと電話の向こうでは右手の人差し指を唇に当てているだろう。

 ジークの知るギルド長の癖だ。

『国外へは徹底して情報漏洩を避けておきながら、国内の最高指導者に対しては呆気ない程に自らの存在を臭わせている。状況を判断する冷静な強かさを見せたかと思えば、特定の人物には自分の力を誇示するかのような高い自尊心を覗かせた』

「で、その心は?」

『純粋な迄に、この状況を楽しんでいる』

 少女の声色が若干量の憤りを抱えた。

『恐らく、二年間も国王を殺さずにいたのはそれが理由よ。玩具で遊ぶ子供のように、国王が右往左往するのを見て喜び、そんな日常を脅かす人間は死んでも良いと考えている』

「どういう事だ、それは? 何を言っている? お前の推測通りだったとして、そいつの目的は何なんだ!?」

『……強いて言えば、国王よ。他には何も無い。あるのは、国王への強い執着だけ。アタシはそう思うわ』

 突拍子もない推測だった。

 しかし、可能性の一つとしては筋は通っている。

 この国では、目立った殺人事件は今日まで起こっていない。

 身を隠す目的で意識的に破壊を自粛していたとしても、国王に警告を与えた後も国に留まり続けるのは妙だ。

『そしてもし、アタシの仮説が正しかったのなら、国王と竜の間には特別な関係が生まれているハズ。これは必然よ』

「何だよ、それは」

『……一種の隷属関係よ。殺すでもなく、苦痛を与えるでもなく。ただ強い力で屈伏させるだけの。そんな事を2年間も平然と続けそこに快楽を見出だしているのなら、相当に狂った精神の持ち主でしょうね。そしてこれは誰にも分からない事だけど、目的を失った今後どう動くのか』

「なら、今直ぐに城に殴り込めばいい」

『おバカ。それじゃあ相手の思う壺でしょうが』

「俺なら、壺ごと破壊出来る」

『ああ言えばこう言う……! アンタって直情的過ぎるのよ。いいから、少し落ち着きなさい』

「逆にお前は慎重過ぎるんだよ」

『そうそう、アタシってばいつも思慮深く……って、誰のせいだコラァッ!』

 毎度毎度、危機的状況に陥るジークのサポートは正直骨が折れるのだ。

『とにかく最後まで聞きなさい! アンタが今いる国の周辺情報も集めたの。思った通り、2年程前から裏ルートで大量の銃火器や弾丸が周辺の傭兵団【ロード】へ流れていたわ』

「っ!? 傭兵団【ロード】へ?」

 大陸全土に数千は存在していると言われている、盗みや殺しを目的とした裏組織。

 其れ等を統合して軍は傭兵団【ロード】と呼んでいる。

 近年では上級竜【スパイアス】や、審議によるギルド解体等で軍を追放されたドラゴンキラーまでもが組織に加わる事も珍しくはない。

 更に恐ろしいのが、略奪と虐殺が日常と化している彼等を、金額次第でどの国でも自由に雇えるという点だ。

『武器の不正取引には中継地点が必要よ。表向きは平和で軍の監視も緩く、尚且つ水面下では国王を支配されているこの国は絶好の取引場所になるわ』

「つまり、この国は周辺の傭兵団【ロード】と繋っている可能性が高いって事か」

『調査報告書を握り潰し、尚且つ捜査に関わった人間を手際良く消していく為には、ある程度まとまった組織が不可欠でしょ?』

「確かにそうだな」

『そこで、よ。まずは傭兵団【ロード】から片付けなさい』

「は?」

 話が見えない。

 標的は上級竜【スパイアス】のハズだ。

 と、ジークが続ける前に。

『国を出て少し歩けば、傭兵団【ロード】は必ずアンタを始末しに現れる。立ち上がって2年の弱小ギルドの新米ドラゴンキラーは、傭兵団【ロード】で十分。敵はそう考えているハズだから』

「おい、まさか……」

『雇い主である上級竜【スパイアス】の正体、教えてもらいましょう? 上手く行けば、密売のルートを一つ摘発した事にもなるしね。手柄も増えるわ』

「……何ていうか、お前が一番怖い」

 本当に敵じゃなくて良かったと、ジークはつくづく思う。

「だが成る程。王国と関わりのあるその傭兵団【ロード】共が俺を始末しに来たら、雇い主の情報を聞き出せばいい訳だ」

『そういう事。でも、気を付けなさい』

「俺が負けると思ってんのか?」

『その後の事を言っているのよ』

 少女が拗ねたような口調で言った。

『敵はドラゴンキラー3人を始末している。どんな手段だろうとこれは事実よ。いくらアンタに竜呪の宝具【ルーン・マディスティ】があっても、油断大敵だからね』

「分かってるよ」

 ジークは腰に装備している剣の鞘を、空いてる方の手で叩いた。

『それと、懸念事項がもう1つ』

「ん?」

『アンタの報告にあった、討伐した竜の事よ』







  ◆  ◆  ◆







「裏口から中庭を通って逃げろ。傭兵は片付けてある」

 アリンの両手のロープを解いた後、ジークは割れた窓に目をやりながら弾を入れ始めた。

 自分のジャケットをアリンに羽織らせたので、上半身は首回りの広い半袖の黒いシャツ一枚となっている。

 装填を終えたジークは、窓に近付く。

「ジーク……貴方、どうして?」

「ウチのギルド長の判断に従っただけだ」

 後方で鼻を啜るアリンへ、ジークがやや素っ気なく答える。

 彼女は連れて来られた上にこの格好だ。

 何があったのかは想像がつく。

 本来はもっと言葉を選んで気遣うべきなのだが、状況が状況であった。

 タビンが被弾した辺りの床に、潰れた無数の散弾が転がっているのを見付けていたからだ。

 何か、硬い物にでも激突したように。

「効いてないな。これは」

「え?」

「銃弾が跳ね返されている。奴はダメージを負っていない」

 銃身を構えたまま、じわりじわりと窓に近付くジーク。

「お前はとにかく、この城から脱出しろ」

「わ、分かっているわ……」

 放心状態のアリンは、どうにか椅子から立ち上がる。

 昼間の下水道の時と場面が重なるが、それとは比較出来ない程に緊迫した事態である事を、ジークは経験から察していた。

 守りながら闘うには、少々手厳しいと。

 ジークは割れた窓から深淵を覗き込む。

 落下したとなれば丁度、城門辺りに姿が見えるハズだが。

 闇に覆われた地上はここからでは視認出来ない。

 仕方無く一階に戻ろうかと銃身を下げる。

 と、ジークは壁の壁面に不自然な5つの窪みを見付けた。

 爪を刺した様な跡だ。

「っ!」

 感付く。

 咄嗟にバックステップを踏み、真上からの爪を避けた。

 直撃を受けた窓枠が削り取られる。

 敵は、上の壁面にしがみ付いていたらしい。

 国王愛用の机まで飛び退いたジーク。

 それを追って再び室内へと侵入したタビンが、獣に似た雄叫びを上げて迫った。

 高速かつ獰猛に降り下ろされる爪。

 首を刈り取るであろう一撃。

 左へ跳んだジークの代わりに、重厚な机が中心から叩き壊された。

 すかさず体勢と銃身を立て直し、ジークが側面から放つ。

 吼える銃口。

 散弾の直撃を受けたタビンは仰け反ったが倒れない。

 瞬間。

 視界の端から叩き込まれた物体を、ジークは銃身を盾に防いだ。

 長く、鞭の如く撓ったソレは、強固な鱗に覆われた尾であった。

 銃身が砕かれ、ジークはそのまま跳ね飛ばされた。

 ホール側へ。

 背中で手摺りを破壊し、吹き抜けの空間へと投げ出される。

 城内の壁面にはシンプルな作りのランプが無数に取り付けられている為、一階まで一望出来た。

 勢いが抜け、落下が始まる。

「ジーク!!」

 悲痛な叫びを上げるアリンは無視し、タビンは好機とばかりに追跡する。

 速い。

 部屋を飛び出し、支柱を蹴って加速し、あっという間に落下途中のジークに追い付いた。

「今、どんな気分だドラゴンキラー?」

 両の手を組み、頭上へと持ち上げながらタビンがニタニタと笑う。

「俺に殺される悔しさか? 死んでいく恐怖なのか?」

 即座に。

 全身の筋肉を使って両手を降り下ろす。

 叩き落としたジークを、ホールの床へ破壊と共に沈めた。

 衝撃で震撼する城内。

 灰色の粉塵が柱の様に昇る。

 両手両足で着地し、タビンはジークが落下した地点にやってきた。

 自然と笑いが込み上げる。

「呆気ない。実に容易い。こんなものか、ドラゴンキラー」

 傭兵部隊の攻撃から生き残り、ここまでやって来た事には驚いたが、やはり人並み。

 と、タビンがそう見做したのは僅かな間。

 両手に走った鋭い痛みと吹き出した鮮血に気が付くまでの、本当に極僅かな時間。

「な……!?」

 いつの間にか、だ。

 ジークに直撃を食らわせたであろう両手の、小指の付け根辺りがパックリと裂けている。

「こんなものか、だと?」

 徐々に静まっていく白煙の隙間から、声が聞こえた。

 タビンの視線が再び正面を向く。

 現れたのは、無傷のまま平然とした表情で立つドラゴンキラー。

 その手には、一振りの剣が握られている。

 漆黒の刀身を持つ片刃の片手剣だ。

「んな訳ねぇだろ」

 あの一瞬。

 叩き落とされるであろうあの時に素早く剣を引き抜き、刃を立てて攻撃を防ぎ着地していた。

 その容易ではない一連の動作を想像し、タビンはようやく警戒を始める。

「成る程。出来るようだ」

 左腕も変異させ、タビンはゆっくりと距離を詰める。

 両手の血は止まっていた。

 徐々に塞がっているのだ。

「少しは、だがな」

 20メートル。

 自身の尾の射程内に捉えた。

 繰り出す。

 唐突に。

 ライフル弾の如く。

 鋭く尖った先端はジークの前頭部を打ち抜いた。

 かに、見えたのだが。

 尻尾は空を切った。

 ジークの姿が消えたのだ。

「こっちだ」

 懐から声がした。

 タビンが視線を落とすと、真下からの高速の蹴りを下顎に直に食らう。

 仰け反る様な体勢で吹っ飛ぶタビン。

 が、宙返りする要領で近くの支柱に垂直に着地。

 そこから地上へ向けて鋭く長い尾を放った。

 火花が散る。

 ジークが剣を斜めに持ち上げて構え、尾の軌道を擦り流したのだ。

「軽いな。突きっていうのは……」

 体勢低く駆け出し、尻尾の追撃を避けるようにジークは床を蹴って飛び上がる。

 空中で、剣を持つ左腕を大きく引いた。

 身体もやや左に捻る。

 その、数秒にも満たない動作。

「こうやるんだよ」

 そして射程距離。

 支柱にしがみ付くタビンへ、高速で切っ先を叩き込む。

 撃ち抜き、砕く。

 直径2メートルはある巨大な支柱を。

 真ん中から半分に折れた支柱が、内側の壁を削りながら倒壊する。

 辛くも難を逃れていたタビンは床に着地したが、驚愕の表情は隠せずにいた。

 ジークは遅れて着地した後、剣を肩に担ぐ。

「……本命はソレか」

 前方のタビンが口を開いた。

 肩の黒剣に視線を感じたジークがニタリと笑い返すと、タビンは冷ややかな殺気を垂れ流した。

「貴様の攻撃を受けるのは得策ではないな」

 すると突然、不可解な事にタビンの身体がホールの床にゆっくりと沈み始めた。

 床が溶けているワケではない。

 まるで底無し沼にでも沈むように、足下から姿が消えていく。

「暗殺に切り替えるとしよう」

「っ!」

 ジークは床を蹴り付けた。

 疾風の如く突進する。

 完全に敵の姿が隠れる前に、一撃で仕留めるつもりで。

 切っ先を構えた。

 突撃の勢いを剣に乗せ、見舞う。

 しかし。

 剣は空を切った。

 寸前の所でタビンが床に消えたのだ。

 ジークは片足でブレーキを掛けて止まり、舌打ちと共に周囲を見回す。

「龍能力【ドラゴン・ブレス】か……!」

 何処から攻撃を仕掛けてくるか分からない。

 感覚を研ぎ澄ませ、警戒網を最大まで広げる。

 気配が床を高速で移動した。


 背後。


 「っ!」

 超反応。

 ジークはタビンの爪を伏せて避ける。

 数本髪が散った。

 回転。

 振り向き様に突きを繰り出す。

 が、またしてもタビンは床に潜ってしまう。

 かと、思いきや。

 床から尻尾だけが飛び出し、精確に顔面を狙ってきた。

 咄嗟に身を引くが、頬を掠める。

「野郎……!」

 睨み付けた床へ強烈な突きを繰り出す。

 その下に潜んでいるであろう、敵へ。

 剣は床を僅かに破壊して垂直に突き刺さる。

 手応えは……無い。

 移動している、既に。

 途端に左側から迫った尻尾を、ジークは引き抜いた剣で防いだ。

 噴き出す山吹色の火花。

 それから休む事無く、尻尾の追撃が高速で飛んで来た。

 まるで弾幕だ。

 ジークは無難に剣で防ぎつつ、後退していく。

「床に潜って、そこを自由に移動出来る能力か。地竜の系統だな。確かに暗殺向きだ」

 尻尾の位置を確認しながら、ジークは機敏な動きで防御を続ける。

 さっき剣撃を撃ち込んだ場所に、尻尾が移動した。

「だが、龍能力【ドラゴン・ブレス】を使えるのは上級竜【スパイアス】だけじゃない」

 刹那。

 ホールの床が円状に大きく陥没する。

 爆ぜた床の破片が周囲に飛び散った。

「何……!?」

 そこにいたタビンも衝撃で吹っ飛ばされ、柱に激突する。

 何かが爆発したようだったが、単純な爆発物とは違う。

 衝撃だ。

 巨大な衝撃が突如として出現し、床を丸ごと破壊したのだ。

「姿を見せたな」

 体勢低く、ジークがタビンへと肉迫する。

 そして今度は一瞬速く、ジークの剣撃が叩き込まれた。

「ぬう……!?」

 繰り出した切っ先がタビンの右肩の肉を抉った。

 迸る鮮血。

 だが追撃を避けるようにタビンの身体は再び床へ潜る。

 床には血溜まりが残った。

 不思議な事に、少し離れた場所でも次々と床に血の跡が浮かび上がって来る。

「成る程。自分の身体から離れ過ぎた物は、一緒に潜っていられないワケか」

 血の跡が出現する場所を目で追いながら、ジークは剣を構える。

 この血の道しるべにはタビンも気が付いているだろう。

 だから距離を置いて傷の回復を待っている。

 地竜系統の上級竜【スパイアス】は自己治癒能力が高く、数十秒で傷が塞がる特性が備わっているのだ。

「で、血が止まるまで待機するつもりか?」

 新たに出現した血溜まりに向かって、ジークは駆け出した。

 血の跡が移動する。

 跡を追う。

「それは無理だ。『遅く』しといたからな、お前の傷が塞がる速度を」

 剣の射程距離に入った。

 位置も分かっている。

 鋭く速く、穿つ。

 剣撃は鳴動と共に床を破壊し、陥没させる。

「そして今度は、剣の衝撃を『遅く』せず攻撃した」

 地面から弾き出されたタビンが床を転がる。

 依然として、肩の出血は止まらない。

「何だこれは……!? 何故、こんな事が……!」

 しかし肩の出血以外は傷が塞がっているらしく、タビンは上体を起こした。

 ジークは黒剣を構え、標的を狙う。

「剣が触れた物を『遅く』する。それがこの竜呪の宝具【ルーン・マディスティ】、『アスカロン』の能力だ」

「……っ!」

 両足のダメージが回復し、立ち上がったタビンだったが、数歩後退りした。


 世界は呪われていて、人間は『竜』となってしまう。

 だが竜化するのは人だけではない。

 殺して殺して、多くの血を吸ってきた武器もまた、『呪い』を受ける事がある。

 国同士の戦争や殺戮。

 繰り返されてきた血濡れの歴史の中で、恨みと憎しみによって研ぎ澄まされた狂気の兵器。

 竜呪の宝具【ルーン・マディスティ】とはつまり、竜化した武器なのだ。

 驚異的な強度を誇り、鍛練された使い手が振るえば、武器自体に備わる能力も使用可能だという。

 しかし希少であるが故、一部のドラゴンキラーにしか支給されていない。 


「氣【ロー】による卓越した肉体強化と、龍能力【ドラゴン・ブレス】を操るか……!」

 苦笑するタビン。

 追い詰められているのは明白であった。

 上級竜【スパイアス】の高速治癒を封じる魔剣と、高い戦闘能力を有するドラゴンキラー。

 肩の傷のダメージが、息切れとして如実に現れていた。

「次の攻撃で確実にトドメを刺す。だが、その前に一つ聞きたい」

 魔剣アスカロンを構えつつ、ジークが問い掛ける。

「俺が昼間に討伐した竜について、お前は何か知っているか?」

 これは、ギルド長から言われた事だ。

 人間が竜化する条件は未だに解明されていない為、『竜』の発生はほぼ不規則と言っていい。

 偶然としてしまえばそれまでだが、どうにも今回はタイミングが余りにも良すぎる。

 他の場所から捕獲して連れて来たにしてもリスクが高いし、何より人目に付く事なく街中に解き放てるハズがないのだ。

「……。」

 タビンは目を細めた。

 強かに笑う。

「4人だ」

「……? 何の事だ? 4人?」

 予測していなかった単語に、ジークは首を傾げた。

 すると、タビンは続けるのだ。

「専属騎士が調査した、この国の先月の事故での死亡人数だ。平和を掲げる国にしては多いと思わないか? 一月でだぞ?」

「……。」

 この場面で、一体何を言っているのだろうか。

 場違いな発言に逆に不気味さを覚える。

 ジークは身構えたまま様子を伺う。

「一人は男だ。溺れた子供を助ける為に川に入り、子供は助けたが自分が流されて死んだ。二人目は女だ。愚かにも、猫を助ける為に馬車の前に飛び出し、呆気なく死んだ。残りの二人もまあ、似たような事故だ」

 タビンはチラリと、二階部分に視線を送る。

 ジークもそれを横目で追った。

「俺が何を言いたいか、分かるかドラゴンキラー?」

 二階部分を、少女がフラフラと歩いているのが目に入る。

 それは、国王の娘だった。

 まだコチラに気が付いていない。

「ベール! 来るなっ!」

 ジークが声を張り上げる。

 彼女が気が付いた。

「っ! ドラゴンキラーさん!?」

 だが離れる所か、ベールは吹き抜けになっている二階の手摺に駆け寄り、一階のホールの様子を伺うように身を乗り出したのだ。

 そこを狙い、タビンが一瞬の隙を突いて尻尾を繰り出した。

「貴様も他人を庇って死ぬタイプの人間、という事だ」

 尾は空気を裂いて彼女へ迫った。

「く……!」

 追い付けない速さではない。

 ジークはベールのいる方向へ疾走した。

 これはギリギリになるだろう。

 壁際で力強く跳躍し、素早く二階の手摺に手を掛けて乗り越える。

 尻尾が背後から迫る。

 ベールを横抱きに抱え、跳ぶ。

 コンマ数秒の差で手摺は破壊された。

「かなり際どかったが、どうにか間に合ったな」

 二階の床にベールを下ろし、追撃を警戒しつつもジークは安堵する。

 罠とも知らずに。

「ありがとうございます、ドラゴンキラーさん」

 ベールが正面からジークに抱き付く。

「……っ!?」

 身体の芯に響いた鈍い音に、ジークは驚愕した。

 遅れて走る痛み。

「な……!?」

 腹部に突き刺さっていたのは、ナイフ。

 黒地のシャツの上に血の花を咲かせていた。

「ベール……!」

 片膝を着くジーク。

 口元と傷口から鮮血が滴り落ちる。

「案外上手く行くものね。お人好しで助かるわ、ドラゴンキラーさん」

 先程までの清楚な少女の態度から一変し、ベールは魔性の雰囲気を纏う。

「ぐ……お前! 馬鹿な……! 気が狂ったのか……!?」

 取り落としそうになるアスカロンを握り締め、ジークは右手で腹部のナイフの柄を掴む。

「あは。狂ってなんかいないわよ~」

 ベールは純白のロングスカートを片手でまくり上げ、太ももに括り付けていたナイフを一本引き抜いた。

「だってあの時、お父様のスープに毒を入れたのは~、私なんだから」

「何、だと……!?」

「『竜』を討伐すれば貴方はこの国からいなくなる。そう思ったのに。また変わらない日常へ戻れると思ったのに。お父様はタビンの存在を貴方に伝えようとした。食堂にタビンがいた時は焦ったわ。このまま、正体を喋られるかと」

「だから、国王を殺したのか……!」

「そうねぇ~。結果的にはそうなってしまったわね。でも、貴方が考えている以上に、私の心の傷は深いのよ」

 ケタケタと笑いながらナイフを逆手に持ち、ベールは腕を振り上げる。

(おいおい、マジか……!)

 頬を冷や汗が流れる。

 身体に力が入らない。

 立ち上がれない。

 傷の影響だろうか。

「このまま貴方の首筋にナイフを突き刺してみようかしら。誕生日ケーキにロウソクを立てるように。垂直に押し込むの。簡単ね。誕生日ケーキを見た事がない私でも」

 笑う狂人。

 降り下ろされた凶刃。

 窮地に追い込まれるジーク。

 それを救ったのは、一発の銃弾であった。

 彼の後方から大気を裂いて飛んできた12.7㎜アイリーンライフル弾が、ベールの持つナイフの刃を粉々に打ち砕いたのだ。

「ジーク!」

 アリンだった。

 他の部屋から持ってきたのか、ボルトアクション式のライフルを構えていた。

「チッ」

 ベールは舌打ちしてジークから離れた。

 アリンがライフルを抱えてコッチに走って来たからだ。

 タビンは大量に出血している為か、動けずにいる。

 さっきの尻尾の攻撃が最後のようだ。

「ジーク、しっかり!」

 駆け寄り、肩を貸して立ち上がらせるアリン。

 ジークの上着を羽織ってジッパーを上げてはいるが、隙間からは彼女の胸元がチラチラと覗いている。

 今はどうでもいいが。

「逃げろって、言っただろ?」

「そうね。でも、逃げないで良かったわ」

 アリンはホールのタビン、そして少し離れた距離にいるベールを見る。

 あるのは現実だけだ。

 ベールの身に付けている純白のワンピースは一部、返り血で赤く染まっていた。

「ベール様……!」

 ジークに肩を貸した状態で、2歩3歩。アリンは後退した。

 本当に今日は、信じられない事ばかり起きる。

 自分は今、本来守るべき国王の娘と敵対してしまっているのだ。

 仲間を助けた。

 騎士として己の正義に従い、引き金を引いた結果がこれだなんて。

 何故、こんな事になってしまうのだろう。

「貴女が、どうして!?」

 優しく甘い、答えを期待した。

 脅された。仕方なかった。

 何でもいい。

 だが、言葉など要らないくらいに、僅かな希望すら摘み取る程明らかに、目の前の少女の面様は。

 ただ狂気に満ち満ちていた。

「その『どうして』は、王女である私が何故こんな事をするのか? という事かしら」

 クスクスと笑い、ベールは天井を仰ぐように両腕を広げる。

「それは私が、王女であるからよ。王族に王女として産まれた瞬間に、私の運命が決定されてしまったからよ」

 ベールは嬉しそうに、クルリクルリと回る。

「幼い頃から、毎日毎日……お母様は私を厳しく徹底的に非情に指導した。全ては次期国王になる為だと、気狂いする程に聞かされたわ。私はそんなもの、望んでなんかいなかったのに。牢獄の方が何倍もマシよ。でも……2年前のあの日」

 ピタリと足を止め、ベールはニタリと笑った。

「タビンが私の前に現れた。そして……アハッ、馬車の中からお母様を引きずり出して……クククッ、八つ裂きにして、ぶっ殺してくれた!」

 宝物を見付けた子供の様にはしゃいで、ベールは笑った。

「アハハハハハッ! お母様がね、どんどん小さく、バラバラになっていった! あのお母様が! 獰猛で欲望に忠実な化け物に蹂躙されて、アッという間に死にやがった!」

「……っ」

 ジークは奥歯を噛み締めた。

 狂っている。

「アハハ。壊してくれた。何もかも、真っ赤に染まるくらいに。凶悪な力で私を牢獄から出してくれた。私は、この出会いに運命を感じたわ。だから……」

 熱っぽい視線を、ベールはホールのタビンへ送る。

 アリンはゾッとした。

「まさか、ベール様……。自ら『竜』を!?」

「そ、私がタビンを近衛騎士にしたの。そして今度は、私に順番が回ってきた」

「順番だと?」

「教育の順番よ。今度は私が、お父様を教育する番。良い父親になれるように、影からね。お父様が間違った事をしたら減点。余りに酷い行動には罰を与える事にした」

 一体この異常な人格は何なのだろうか。

 恨みとも憎しみとも違う感情。

 昼間見せた笑顔や態度が演技でないとするならば、彼女の精神は人の領域を逸脱している。

「タビンを近衛騎士にして直ぐに、お父様は早速愚行を犯した。お母様の死の真相を探る為に、ドラゴンキラー達を雇って大規模な捜査を始めたの。当然、罰を与える。捜査に関わった人間を全て皆殺しにした。お父様は怯えて、捜査を打ち切りにした。私の勝ち~」

 狂気を帯びた快楽に身を委ねるように、ベールの顔が歪む。

「アハッ! アハハハハハハハハッ!」

 吹き抜けのホールの壁に反響し、ベールの笑い声は辺りに拡散する。

 錆び付いた、渇いた、愛おしい程に狂った叫びだ。

「っ! 逃げるわよ、ジーク」

 隙を突いて、ではないだろうが。

 王女はもうコチラを見ていない。自分の世界に陶酔しているかのように笑い続けているだけだ。

 ジークを連れ、アリンは近くの部屋に逃げ込む。

 そして窓を開け放つと、真っ暗な地面に向かって結んだカーテンを垂らした。




 ◆  ◆  ◆




「まずは医者よ、医者……!」

 闇に紛れ、城門を潜り抜けて大通りへと下る二人。

 苛酷な状況下に置かれた為か、互いに息を切らせていた。

 彼の腹部に、ナイフは未だ刺さったままだ。

 引き抜けば出血が酷くなるので、敢えてこのままの状態にしているのだが。

 幸い急所を外れているとはいえ、長く放置するのは危険である。

 アリンとしては一刻も早く医者の所へ連れて行きたいのだが、国内に留まるような悠長な事もやっていられない。

「とにかく、急いで……!」

「待て、手当ては……後だ。直ぐにこの国を出るぞ」

 途切れ途切れにジークが言う。

 ジワリジワリと布を染める鮮血は、動く度に流れ出ているようである。

「俺の意識が消えると、解除されちまう……『アスカロン』の能力。奴に与えた、ダメージが回復したら……追って来るぞ」

「よく分からないけど、今は貴方の怪我を何とかしないと!」

 徐々に力が抜けていくジークの身体を引っ張るようにして進むアリンだが、涙ぐむ。

 城から血の跡は点々と続いているし、確かに追って来られたら見付かってしまうだろう。

 そうなれば、今度こそ殺される。

「神様……!」

 アリンがそう口走ると、ジークは吹き出した。

「何だよ、お前信者だったのか?」

「違うけど、普通祈るでしょ!」

「悪いがドラゴンキラーは祈らないな。自称神の使徒共と、対立しちまってるから……」

 ジークの腕がアリンの肩から力なく抜け、彼の身体は石畳の道の上に仰向けに倒れた。

「ジーク!」

「なあアリン……。お前、ちょっと国を出てさ、俺のギルドまで……行って、事情を話して来て、くれよ。5分以内に。それ以上は……しんどい」

 目を閉じ、穏やかな表情でジークが言う。

「軽く私に押し付けないでよ! 色々と無理に決まってるでしょ!?」

 アリンは膝を折り、ジークの側に座る。

 と、その時。

 頬に、水が一滴当たった。

「え?」

 ポツリポツリと辺りを叩き始める。

「雨……」

 今日は昼間から天気が悪かった。

 それが今、大粒の雨となって降り始めたようだ。

 あっという間に本降りになる、霧も立ち込める程の勢いで。

「これ、姿も見えにくいし、血の跡も流される……!」

 アリンは立ち上がった。

 仰向けに倒れたジークのシャツを掴むと、ズルズルと引き摺っていく。

「貴方が祈らないって言うなら、私が。私が貴方の分まで祈るわ!」

 ジークは気を失っているのか返事をしなかったが、引き摺る事をアリンは止めなかった。

 そして。

「あの……」

 偶然さえも引き寄せてしまった。

 その可憐な声の主は、進行方向に立っている。

 外套を身に纏った人物であった。

 被っているフードの隙間から、翠玉色の瞳が左だけ覗く。

「手を、貸しましょうか?」

 

お疲れさまでした。ここまで読んで頂けて、ホント感謝です。

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