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Dragon Dream Nightmare  作者: うーゆ
4/13

人を殺す者





 ◆ ◆




「貴方、何を言い出すのよ!?」


 アリンが木製の丸テーブルを叩いた。


 卓上の二人分の熱いコーヒーが、振動で僅かに溢れる。


「もう一回ハッキリ言うか?」


「いいわよ言わなくて! 一回で十分!」


 対面に座るジークのコーヒーカップにドサドサと砂糖を乱暴に投入しながら、アリンがピシャリと言った。


「まったく、信じられないわ……! よりによってよ」


 自分のコーヒーにも大量の砂糖を入れて、手早くかき混ぜる。

 その後、頼んでもいないのに今度はジークのカップにミルクを注ぎ始めた。


「一体何の嫌がらせだ?」


 水路に浮かんだ魚の死骸でも見るような目でジークが尋ねる。


「ホント、何の嫌がらせよ!」


 自らのカップにも溢れる寸前までミルクを入れまくるアリン。

 そして限りなく白に近付き、冷たいミルクで温くなったコーヒーを一気に飲み干した。

 音を立ててカップをテーブルに置き、大きく息を吐く。


「陛下を殺した犯人は城内にいて、しかもそれは『竜』ですって!? 訳が分からないわ!」


 不謹慎な発言。

 たった今、アリンが苛立つ理由の一つにそれは追加された。

 国王の死から既に6時間余りが経過し、混乱と哀惜の念が蔓延する城内。

 特に父親の死を目の前で目撃してしまった娘のベールは精神的なショックが大きいらしい。

 母親であるミリ王妃を2年前に事故で失っていた彼女にとっては唯一の家族であった分、その喪失感は計り知れない。


 しかし近い内に国王の死は公表され、国を挙げての葬儀が執り行われる。

 その時ベールは気持ちの整理がつかないまま、未熟な国王として地位を継ぐ事になるだろう。

 そんな彼女に、今と同じ台詞を言えるだろうか。


「俺が受けた任務は、アリン。国内における調査と討伐だ」


「それが一体、どうしたのよ。何回も聞いたし、調査結果は出ているわ」


「俺達は街中を調査して結果を出したが、国王は不十分だと言っていた。まだ何も終わっていないとも」


「だから、それが何よ」


 アリンが両腕を組んで唸る。


「陛下が亡くなった事で調査権を剥奪されて悔しいのは分かるけど、私達に出来る事はもう何も無いのよ。大人しく、専属騎士達に任せましょう」


 国王が死んだ後、駆け付けた近衛騎士であるタビンによって、ジークとアリンは城から閉め出されてしまった。

 仕方無く、今はこうしてアリンの宿舎にいる。


 この国でドラゴンキラーに与えられている権限は『竜』の討伐を目的とした調査のみ。

 国王の死因が毒殺であった事から『竜』からは隔離した事件と判断され、捜査に参加することを許されなかった。


 ジークは自分のコーヒーカップを皿ごとアリンの前に然り気無く押しやった後、口を開く。


「いいや。国王の仇を取りたいのなら、意地でも調査を続けるべきだ」


「だから、その権限は無いのよ。それに……。本当にもう、何回言わせるつもり? 私達は徹底的に調査したでしょ? 十分よ」


 適度に反論して自分の前に置かれたカップを持ち、アリンはそれも一気に飲み干した。


「だからだよ。だから、国王は不十分だって言ったんだ。まだ何も終わっていない、調査していない場所があるぞって、俺達に知らせる為に」


 アリンがカップを置くタイミングで、ジークが言った。


「え……!?」


「あるだろ、一ヵ所だけ。国内領域における調査の対象に含まれ、俺達が調査に至っていない場所が」


「……。」


 言葉を詰まらせ、アリンは眉をひそめた。

 つい先程まで高ぶっていた感情が、緩やかに冷めていくのが分かった。

 取り敢えず椅子に座り直す。


「成る程ね。それで、陛下を殺した犯人は城内にいる、なんて事を口にしたの」


「そもそも、ドラゴンキラーである俺に知らせたい理由は『竜』以外に無いからな」


 ジークは椅子から立ち上がり、散らかった床を数歩進んで小さな丸窓に辿り着く。

 日が落ちて闇に覆われた街には、無数の灯りが見える。


「まあ、ここからは推測だ。国王は城内に潜んでいる『竜』の正体に気が付いていたが、監視もされていた。だから、直接俺達に正体を伝えられなかった。そんな時、俺達は偶然別の個体を倒して任務が終了したと主張してしまった。そこで、俺に別に敵がいる事を匂わせ、食事に誘った。しかし、その行動が敵を刺激し、殺された」


「ちょ、ちょっと待って。あんな限定された空間に『竜』が潜伏出来ると思う? それに、陛下を監視していた、だなんて。これじゃあまるで……」


「人間みたいだ、か?」


 振り返ったジークと目が合い、アリンは喉を鳴らす。

 まだ何も答えを聞いていないのに、酷く嫌な予感がした。


「……手配書」


「え?」


「昼間言っただろ? 厄介なのは手配書が出回るような奴等だって」


 アリンは頷く。


「奴等は、上級竜スパイアスって呼ばれてる。通常の『竜』が人間を食い続けた結果、生まれるらしい。その最大の特徴が、人間社会への適応だ」


「それって、つまり……」


「姿形は、人間だ」


「……っ」


 驚愕の余り、アリンは椅子から立ちあがってしまった。

 そして無意識的に数歩後退する。


「奴等は『竜』としての凶悪な本質と能力を引き継いだまま、人間の知性を再び獲得している」


「怪物になった人間が、人を食べ続ける事で再び人間に……!?」


「可笑しな話だろ?」


「……ええ、かなりね。もう何がなんだか」


 不安が滲む表情のまま、アリンは本が無造作に積まれたソファーに腰掛ける。


「それで? そんな厄介な相手を、手配書を頼りに見つけようっていうの?」


 目頭を押さえながらアリンが尋ねる。

 信じられない事ばかりだが。

 ジークは窓を背にしてうつかり、両腕を組んだ格好で答えた。


「軍が発刊している手配書は、所属している優秀なドラゴンキラー達からの情報を元に作成されている極めて正確な物だ。リストに追加された上級竜スパイアスの情報は即座に大陸全土に行き渡り、本部もしくは傭兵ギルド所属のドラゴンキラーによって排除される」


「成る程ね。もし城にいれば、貴方が気が付くって事」


「そうなる」


「でも、具体的にはコレからどうするの?」


 依頼主であり、この国でのジークの権利を最大限に保証してくれていた国王は死んだ。

 元々調査に不満を抱いていた事もあり公卿団体からの反感は強く、退去警告は無視出来ない状況になっている。

 夜明け前までに出国手続きを済ませていない場合、軍へ審議の申し立てを行うと言っているのだ。


 主に配属国での私的な権利の乱用や目的を外れた犯罪行為等に適用され、軍が承認すれば強制的に身柄を取り押さえられ審議会に掛けられる事になる。

 下される罰は様々だが、傭兵ギルドに所属しているドラゴンキラーの場合、ギルドの永久解散は妥当だ。

 任務終了後の滞在をギルド側が好ましく思わない理由の大半はそこにある。


 にも、関わらず。


「決まっているだろ。城にいる上級竜スパイアスを探して叩く」


 明らかにリスクしかないこの状況下で。

 退くのが得策といえる立場で。

 極めてジークは相変わらずだった。


「あ、貴方……今の自分の立場を分かっているの……?」


 震えた声色で確認するアリン。

 するとジークは薄笑いを浮かべるのだ。

 コレはもう確実に、全部分かった上で言っている。

 余計に怖い。

 今日ほど、ドラゴンキラーの補佐に選出された事を後悔した日は無い。


「もう……」


 だが、茶髪をクシャクシャと掻き乱すだけで。


「無茶はしないでよ?」


 アリンは結局、ジークの事を許してしまう。

 反論した所で時間の無駄。

 もう決定した事項は覆らない。

 それを誰よりも知っているのだ。

 非日常的な現象に見回れた今日でも変わらない。

 分かっている。


「まあ、何にせよ取り敢えずギルド長に相談してみるよ。手配書が更新されている場合があるからな」


「私はどうすればいい?」


「詰所に行って、何でもいい……城内の人間に関する資料を集めてくれ」


「見つかればいいけどね」


 アリンは眉間にシワを寄せた。


「なるべく急ぎで頼む」


 ジークは窓から離れると、別のテーブルに置いてあった装備一式を身に付け始めた。

 12ゲージのショットシェルは適当に上着やズボンのポケットに入れ、折り畳み式のショットガンは腰の後ろに装備する。

 そして、右側には剣を取り付ける。

 装備はコレだけだ。


「詰所で会おう」


 言い残して、ジークは足早に部屋を後にした。

 いきなり城に突撃しなかった事に、アリンは一先ず安堵していた。







  ◆  ◆  ◆






 1000年程前。

 人が怪物になるという非現実的な現象を教会機関は『呪い』だと考えた。

 『呪い』は神の警告であり、怒りであると。


 各地に竜を畏怖の象徴とする竜神話が色濃く残っていた事もあり、『呪い』によって生み出される怪物もまた『竜』と呼んだ。

 当時は誰一人として現象を解明出来なかった事もあり、この思想は瞬く間に大陸全土に広まる。

 教会機関は人々から多くの信仰を集め、その勢力は拡大を続けた。

 しかし、数十年の祈りの時代を経ても尚、『竜』の脅威は衰えない。


 その最中、代わりに剣を取る者達が現れ始めた。

 『竜』を殺す者、ドラゴンキラーの出現である。

 彼等の活躍により現実的な平和が獲得され、人々は祈りに縛られない日常を取り戻した。


 だがそれは、信仰の衰退を意味していた。

 希望ではなく現実的に『竜』の脅威が取り除かれる事で、人々の祈りに対する信憑性と必要性が徐々に薄れていったのだ。

 祈りが淘汰されていく事を恐れた教会機関は、『竜』を殺す事は神への冒涜に値すると強く訴え始めた。


 神への祈りか、冒涜の剣か。

 教会機関の問いかけは迷走を続ける世界にさらなる混乱を招き、軍との対立を明確なものにした。

 故に教会機関とドラゴンキラーは互いに相容れぬ立場なのだ。





「……。」


 夜の帳に紛れて、茶色の外套を身に纏った人物は静かに裏路地の通路に降りた。

 昼間と変わらずフードは目深く被っている。

 コツコツと、ブーツで石畳の道を踏み付けて歩く。

 人気の無い裏路地は、姿を隠して歩くのに都合が良かった。

 日が落ちるまで待機した判断も正しかったようだ。

 ドラゴンキラーがこの街にいた事は想定外であったが、予定に変更は無い。

 フードの人物は歩みを早めた。


 しかし。


「……っ!?」


「おっと、すまねぇ」


 信じられない事に、フードの人物は曲がり角で昼間のドラゴンキラーにブツかった。

 場所も時間も、人と遭遇する事はまず有り得ないハズなのだが。

 しかも、よりにもよってだ。

 何十万人といる人間の中で、最も接触を避けたい人間とブツかってしまった。

 曲がり角で。

 唐突に。

 何という偶然だろう。


「ん?」


 ジークは気が付いた。

 昼間、大通りで見た旅人だと。

 ドラゴンキラーに追われている上級竜スパイアスだろうかという疑いの念を抱いたのは、実は後付けの理由であった。

 正直、あの雑踏の中で目に付いたのは直感としか言いようがない。

 いや寧ろ、考えるより前に身体は自然とフードの人物の方へ向かっていた。

 不確かで奇妙な感覚だが。


「お前……」


 現状は切迫している。

 場合によっては優先順位が変動する事も安易に予想出来る。

 が、目の前の問題を後回しに出来る程、ジークは性格的に器用ではない。


「フードを取って顔を見せろ」


 手配書が発行されると、逃げ切るのは不可能に近い。

 身を隠して各地方を渡り歩く上級竜スパイアスは多くいる。

 顔の確認だけでも済ませておきたい。


「……。」


 フードの人物は数歩後退しただけで指示には従わなかった。

 そればかりか、首を左右に少し動かして周囲の退路を探るような素振りを見せる。

 逃がすつもりは無いが。


「俺は今、急いでいる。かなりな。だから理由なんて説明している暇は無い。てか、状況で察しろ」


「……。」


「いいか、もう一回だけ命令するぞ。もし指示に従わない場合、悪いが強引な方法で確認させて貰う」


 すると、フードの人物は短く息を吐いた。

 そして外套の中から白く可憐な両手を覗かせると、おもむろにフードを掴んだ。

 そして。


「……っ」


 ジークはフードの下の素顔に一瞬、惹き付けられた。

 澄んだ翠玉色の双眼。

 うっすらと赤みを帯びた白い肌。

 整った顔立ちと薄桃色の小さな唇。

 月明かりを帯びて艶やかに輝く長い金髪が、僅かに吹いた夜風に靡いた。


 優れて、美しい少女である。

 当然だがこんな美少女には見覚えがなかった。

 手配書には載っていない。


「これでいいの?」


 鈴が鳴るような声で少女が尋ねた。


「あ、ああ……」


「貴方は、ドラゴンキラーよね?」


「そうだ」


 ジークは気を取り直す。


「何故、直ぐにフードを取らなかった? 顔を確認されるとマズイ事でもあるのか?」


「ゴメンなさい……」


 少女はペコリと頭を下げて謝った。

 不覚にも意表を突かれるジーク。


「貴方はドラゴンキラーだから。なるべく接触を避けたかった。私は、教会機関に所属しているの」


 少女は外套の中から小さな金色のコインを取り出して見せた。

 そこには十字架と、信仰対象であるレイナス神が描かれている。 

「教会機関……。成る程な」


 『竜』を挟んで、事実上対立している軍と教会機関。

 互いの立場から考えて、確かに好き好んで干渉したくはない。


「分かった、呼び止めて悪かったな。この辺暗いから気を付けて行けよ」


「うん。貴方も気を付けて」


 少女は愛らしい笑みを見せた後、再びフードを被った。


「神のご加護を」


 またペコリ。

 少女は頭を下げてその場を去って行った。


「ドラゴンキラーにも加護があるのか?」


 一人そんな事を呟きながら、ジークは少女とは逆方向に歩み出した。




 ◆




 ジークがやって来たのは、国王が生前に設置した特殊階級騎士専用の臨時本部である。

 本部といっても、小規模の宿一つを貸切状態にしただけではあるが。

 それでも宿の設備は使い放題で、食事の費用も王国側が払ってくれる。

 ジークはフロントに行き、電話を借りた。


 今回ドラゴンキラーに使用が許されている電話は本部の設備のみ。

 街中や専属騎士の詰所での使用は、無駄な混乱や不安を与えるとして公卿側から釘を刺されている。

 それにはジークも深く理解を示した。

 納得するだけの理由があるからだ。


「少し離れていた方がいい」


 フロントの中年の男性にジークは一言そう言った。

 男性は一例して奥に引っ込む。

 ジークは電話を掛けた。

 嫌そうに繋がるのを待つ。

 ガチャリ。

 3コールで繋がった。


「俺だ」


 一言言ってから、素早く受話器を耳から遠ざける。

 と。


『何で連絡寄越さないのよこのバカァァァァァァッ!!!』


 遠ざけた受話器から、恐ろしくデカイ少女の声が辺りに響き渡った。

 冗談ではなく、宿の窓ガラスに少しヒビが入る。

 フロントの奥の部屋で大きな物音が聞こえたのは、男性が椅子から転げ落ちた音だろう。

 もしこれが街中なら被害が出かねない。


「デカイ声を出すな。ガラスにヒビが入った上に、人が椅子から落ちたぞ」


『嘘おっしゃい!!』


 電話の相手が耳の奥にキンと響く声を張り上げたので、ジークは顔を歪めた。


「まあ落ち着けよ。実はな……」


『定期連絡を入れなさいって、あれ程アタシは言ったのに!! 何で1ヶ月も連絡寄越さないのよ!!』


「……あ、いや……。入れただろ、国に着いた時」


 ジークは頭を掻いた。


『それは当たり前だろうがぁっ!!』


 炎に油瓶を投げてしまったようだ。


『アタシの拳が血を吸いたがってるぞコラアッ!!』


「わ、悪かったよ。次は気を付ける。えっと……元気にしてるか~? とかでいいのか?」


 定期連絡の意味を全く理解していないジークがそう言うと。


『……え?』


 電話の向こうで、素っ頓狂な声が上がった。


『な、あ、え……!? そ、そっち!? なな、何言ってるのよ!』


「は?」


『まあ……ア、アンタがそうしたいって言うのなら。ま、待ってる、けど……』


「は?」


『な、何でも無いわよ! もういいから、報告聞かせなさい!』


「訳が分からん」


 何だか分からないが、少女の憤怒の炎は鎮火されたらしい。

 ジークは、城で起きた事と現在置かれている状況を手短に伝えた。


『成る程ね。上級竜スパイアスが城内にいる可能性を考慮して、行動前に手配書が更新されていないかを確認する為にアタシに連絡した。でも、これ以上調査を続けるとギルドの永久解散の危険もある、と』


「とにかく、最新の手配書の情報が欲しい。直ぐに教えてくれ」


『はいはい、分かったわ。それじゃあ、ジーク』


「おう」


『直ぐに国を出なさい』


「……。ん?」


 ジークは耳を疑った。

 今、理解し難い言葉が聞こえた気がしたのだが。


「なあ、悪い。もう一回言ってくれ」


『あら、聞こえなかったかしら。直ぐに国を出ろって言ったのよ』


 低く唸るように、電話の向こうの少女は言った。


「何言ってんだ、バカか?」


『バカはアンタよ。審議に掛けられるドラゴンキラーなんて、異例中の異例なんだから。ギルドを解散させられたらオシマイ。任務は終了、これは命令よ』


「城内には、上級竜スパイアスがいるかも知れないんだぞ!?」


『推測に過ぎないけど、まあ十中八九いるでしょうね。国王の言動と状況から察するに。でも、まだ目立った被害が出ていない以上は迂闊に行動は出来ないの』


「死人が出てからじゃ遅い。お前も分かっているだろ」


『だから、ギルドの解体を前提に滞在を許可しろですって? 駄目に決まってるでしょうそんな事! 貴方が人を守る義務を負っているように、アタシにはギルドを守る義務があるの!』


「お前、こんな時にまで……!」


『これは結成時にアンタと交わした約束よ。ギルド長はアタシ。任務続行を選択する権利はアンタには無いわ』


 一気にピシャリと正論を展開され、取りつく島もない。

 出された結論はたった一つ。

 今からそれを選ばなくてはならない。

 ジークは受話器を耳から下ろし、気持ちを落ち着かせた。


「分かったよ。お前の判断に従う」


『聡明な答えね。それじゃあ、ご褒美に良い事を教えてあげる』


「ん?」


『アンタが今いる国だけど……』








  ◆  ◆  ◆






「……まあ、短い間だったが楽しかったぜ。それじゃあ、元気でな」

 アリンは呆気に取られ、言葉が出て来なかった。

 詰所に顔を見せたかと思えば唐突に別れの挨拶を切り出したドラゴンキラー。

 訳も分からず後を追い、彼とこうして西門までやって来てしまった。

 門には専属騎士が二人いる。

 ジークが去った事を公卿側に伝えるのは彼等だろう。

 時刻は夜の10時を回った頃。

 呆気なく、早すぎる幕切れであった。

 ギルド長から一方的に帰還命令を食らったと言っていたが、思い通りに行かなかった割には憎々しい迄に清々しい表情を浮かべている。

「何なのよ……もう」

 反して、疲労した表情で悪態をつくアリン。

 思えば最初から最後まで彼に振り回されっぱなしだった。

 勝手に一人で突っ走っては問題を起こして。

 その後始末を任されて。

「本当に。本当に貴方らしいわね……!」

 理不尽な現実を受け入れる事に、すっかり慣れてしまっていた。

 それも、苦笑い一つで。

 不意に訪れた別れさえも。

「お陰様で、今日からは久しぶりにユックリと眠れそうよ」

 アリンの最後の皮肉を背中で聞きながらも、軽く手を振ったジーク。

 彼の姿は門をくぐり抜けて外に出ると、瞬く間に闇に紛れて消えた。

 西門が、重く閉ざされる。

「なんてね」

 頭を掻きながらアリンは踵を返した。

 戻るのだ、詰所に。

 もう本当に補佐として出来る事は何も無くなってしまったが、専属騎士として自主的に国王の死の真相を探る事は可能だ。

 ハッキリ言って、ジークがいない方が調べ易い。

「今日も徹夜かしら……」

 国王の無念を晴らしたかった。

 だが、戻る理由はそれ1つではない。

 アリン自身、知りたかったのだ。

 この国で何が起こっているのかを。


 そして、この時彼女は知らなかった。

 国の外で、何が起こっていたのかを。

 分厚い国壁に阻まれ、銃声と爆発の轟きは届かなかったから。


 ジークと別れて2時間後、アリンは詰所の長机に突っ伏していた。

 山のような書類に埋もれるようにして。

「もう……」

 泣きたくなってきた。

 城内関係の資料は全く無く、強いていうならミリ王妃が事故死した時の調査資料ぐらいだ。

 国王の死に繋がるとは思えない。

 それでもフラフラと椅子から立ち上がり、資料室の棚をランプの明かりを頼りに探る。

 と。

「……あら?」

 見覚えのある背表紙が目に入った。

 それは、特殊階級騎士の補佐官が報告書等を保存しておく為の革表紙のファイルだった。

 アリンもジークから渡された物を使っていた。

 作成された報告書は国や街の依頼主への提出の他に、本部や傭兵ギルドへの提出も義務付けられている。

 手に取った物は複写された物だった。

 こんな重要な資料が詰所の資料室の棚に放り込まれている事に、今ならば怒りを覚える。

 まあ管理が杜撰なのも仕方ない。

 普段陳列した資料を読み返す人間がいなければ、馴染みの無い調査資料等に興味を持つ人間もいなかったのだから。

「何故、こんな物が?」

 埃を払って、内容を確認してみる。

 使用されている用紙は古く、インクも薄くなっていたが読む事は出来る。

 日付けは2年前になっていた。

 そして、調査内容はミリ王妃の不可解な死の解明だった。

「まさか、この国……! 2年前にもドラゴンキラーが来ていたの!?」

 アリンは報告書の内容を指でなぞっていく。

 当時の補佐官が書いた情報によれば、この任務は国王の計らいで極秘に行われたらしい。

 場所は、王国から少し離れた森林を通る山道。

 隣国へ馬車で向かう途中であったようだ。

 3人の近衛騎士達と共に、ミリ王妃は無惨にも身体を引き裂かれた状態で死んでいた、と記録にはある。

 国民には事故死と発表していた。

 専属騎士の記録にもそう記述されている。

 だが、特殊階級騎士の補佐官の記録には引き裂かれたとある。

 アリンにはもう、何が起こったのか理解出来た。

「ミリ王妃は『竜』に殺されたけど、陛下はその事実を伏せていた……?」

 更に読み進めていくと、馬車にはもう一人搭乗者がいた事が書かれていた。

 その人物の名前に、アリンは目を見張る。

「ベール……様……!?」

 馬車には、ベールも搭乗していたとある。

 ドラゴンキラーがこの国に来たのは、事故が起きてから数日経過した後。

 この情報は先の捜査に関わった専属騎士にしか知り得ないハズだ。

 恐らく、この報告書を作成した専属騎士も捜査に関わっていたのだろう。

 しかしそれ以上にアリンが引っ掛かったのは、ベールという生存者が奇跡的にいながらにして『竜』の存在を伏せた王国側だ。

 事の一部始終を目撃してしまったであろうベールの証言があれば、直ぐにドラゴンキラーを軍の本部から呼びつける事も出来ただろうに。

 調査を行った専属騎士達さえも巻き込み、徹底的にミリ王妃の死の真相を隠そうとした。

 国王が後に極秘調査を依頼した事を考えると、それを行ったのは公卿団体の可能性が高い。

 ジークを追い出したかったようだし。

 アリンはファイルを開いたまま資料室を出ると、書類で散らかった長テーブルに戻って来た。

 そして報告書を作成した専属騎士の名前を、引っ張り出した分厚い名簿で調べた。

 名簿には登録されている騎士の情報が載っている。

 直ぐに見つかったが、名簿には赤い死亡印が押されていた。

 ならば、と、報告書に名前が載っている専属騎士達を調べてみたが、どの騎士も死亡印が押されている。

 ミリ王妃の死を調査した騎士達は全員、奇しくも死亡していたのだ。


 背後に何か強い力を感じる。

 公卿団体か、それ以上の。

 専属騎士達はその何者かに始末されたと考えるべきだろう。

 そして、だとすれば納得がいく。

 この報告書が詰所の資料室に投げ込まれていた事に。

 もし公卿団体が加担していたなら、国王に提出する前にこの情報は確実に握り潰されている。

 だからここに隠したのだ。

 殺される前に。

「この報告書を、軍の本部に……」

 アリンは椅子から立ち上がった。

 今ならば。

 今ならばまだ間に合う。

 まだ、コチラが重要な情報を掴んだ事を、敵は知らないハズだ。

 アリンは急いで詰所を飛び出した。


 余り考えたくもない素朴な疑問なのだが、今回調査を行ったドラゴンキラーとその補佐官を、敵は見逃すだろうか。

 ジークと別れて2時間程が経過している。

 彼はまだこの報告書の存在を知らない。

 肝心な時に傍にいない。

 だがそれもまた、彼らしい。

 後頭部に鈍い衝撃が走ったのは、丁度そんな事を考えていた時であった。

「え……?」

 アリンの意識は闇に溶け、彼女の身体は冷たい石畳に倒れた。







  ◆  ◆  ◆


 

 

 




 頭部に痛みが走った事で、アリンは目を開けた。

 まだ意識が朦朧としていて視点が定まらない。

 ボンヤリと、蝋燭の灯りが無数に見えた。

 額に手を持っていこうとしたが、動かない。

「え!?」

 一気に覚醒した。

 自分は今、椅子に座らされた状態で後ろで両手を縛られている。

 無数の蝋燭で飾られた広い部屋は、昼間来た事があった。

 国王の部屋だ。

 その中心にアリンは座っていた。

「目が覚めたようだな」

 正面から男の声。

 国王が愛用していた机に組んだ脚を乗せ、アリンがさっきまで所持していた報告書に目を通す、鎧を身に付けている男の声だ。

「そんな、まさか……!」

 驚く事しか出来なかった。

 目の前にいるのは、王族を守護する近衛騎士のタビンであった。

「フム、本物だ」

 報告書を閉じ、タビンは椅子から降りて立ち上がった。

「前任の補佐官が最後まで口を割らなかったからな。良い働きをしてくれた」

 タビンは報告書の角を蝋燭に近付け、火を灯した。

「あ……」

 火は紙全体に広がり、ファイルを焼いた。

「これで、俺の存在は闇の中だ」

 タビンは灰となったファイルを床に投げ捨て、踏みつけてみせた。

「あ、貴方は、上級竜【スパイアス】なの……?」

 震える唇から言葉を吐き出すアリン。

「あのドラゴンキラーから聞いたのか」

 タビンは鼻で笑うと、右腕を軽くアリンの方へ持ち上げて見せた。

 すると、右腕の鎧が弾き飛ぶ程に腕が膨張し、音を立てて禍々しく変形していく。

 岩の様な表皮に覆われた腕の先には、黒光りする鋭い五爪。

「あの王妃と騎士共を食って、丁度あの場所で上級竜【スパイアス】となった」

「あの場所で……!?」

 アリンはハッとする。

「だから、手配書にも載っていなかったのね! そして、あの場所にいたベール様を脅して、近衛騎士として王国に潜り込んだ」

 こんな偶然が起こるのだろうか。

 許されるのだろうか。

 運命はタビンに味方し、その結果多くの人間が死んだ。

「これが、陛下が握っていた『秘密』……。私は、私達騎士は、『竜』を守る為に平和を守っていたの……?!」

 ジークは、国王は監視されていたと推測していたが、それは違っていた。

 ベールが人質のようになっていた事を、国王は密かに知っていたのだ。

 だから直ぐにジークとアリンに話さなかった。話せなかった。

 そうやってタビンは、2年間この国に潜伏していたのだ。

 表面が美しくあれば、内側の闇は見ない。

 平和であれば、誰も疑わない。

 気が付かない。

「私は、何の為に……騎士に……」

 悔しさが、涙と共にアリンの両目に滲む。

「泣くにはまだ早い」

 タビンは爪をアリンの襟元に引っ掛け、軽く力を込めた。

 軍服の正面は二つに裂け、純白の下着に覆われた薄い胸元が露になる。

「っ!」

 アリンの顔に恐怖が張り付いた。

「お前をここに連れてきた、俺の配下の傭兵達を満足させてからだ」

 右手でアリンの下顎を掴み、タビンが笑う。

 何人も何十人も殺してきた、狂気の双眸で。


 アリンは目を瞑る。

 目の前の恐怖から逃れるように。

 現実を拒むように。

 自らの生涯を恨むように。

 あるいは、祈りを捧げるように。

(ジーク……!)

 そして気が付けば、心の中で強く叫んでいた。

 彼の名前を。

 その思いが届いたのかは不明だが、偶然にしては良く出来たタイミングであった。


 入口の木製の分厚い扉が突然、轟音と共に粉微塵に吹っ飛ぶ。

 弾かれた破片が室内に流れ込んだ。

 それに紛れるようにアリンの頭上付近へ跳躍したジークは、空中で身体を高速回転。

 タビンへ、強烈な回し蹴りを放つ。

 が、これは紙一重の所で躱された。

 思わず舌打ち。

 アリンの座る椅子の背と座枠にそれぞれ足を掛けて着地する。

 そこへ、間髪入れずに繰り出される顔面狙いの爪の突き。

 ジークは素早く椅子の背に体重を掛け、ガタンッと椅子を仰向けに倒しつつ身を屈めて爪を潜る。

 アリンの悲鳴は完全無視。

 今度は座枠に体重を掛けて反動で椅子を元通りに起こし、既に抜いていたショットガンの銃口をタビンへと突き出した。

 微塵の躊躇も無く引き金を引く。

 轟く銃声。

 炸裂した弾丸が一斉に標的に食い付いた。

 すかさずフォアエンドをスライドさせ、銃身の側面から空の薬莢を叩き出す。

 そこから続けて、4発。

 流れる様な動作で次々と散弾を撃ち出し、タビンをガラス窓に打ち付ける。

 ガラスは砕け散り、タビンはそこから外へ落下していった。

「ふぅ……」

 椅子から降りたジークは、ショットガンを肩に担ぎアリンの方を振り返る。

 溜め息混じりの半眼で。

「何やってんだよ、アリン=フレーレ」



 

 


お疲れ様でした。ここまで読んで頂けて、ホント感謝です。

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