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Dragon Dream Nightmare  作者: うーゆ
3/13

死に逝く者





 アリンにとって、国王への謁見行為は『竜』の存在以上に非日常的な出来事だった。

 騎士という括りの中で謁見が許されるのは、王族に仕えている近衛騎士ぐらいだと認識していたからだ。

 近衛騎士の地位を与えられる者の多くは、優秀な家系の血を引く者である。

 ごく稀に一般の騎士の中から選抜される事もあり、それは若い騎士の憧れとなっているが、それ相応の実力が求められる。

  

 ところが特殊階級騎士であるドラゴンキラーという存在は、そういった騎士階級の括りを根本的に無視しているだけでなく、その国における最上級の調査権が王族から直接与えられるらしい。

 それだけ『竜』の存在は深刻で、またドラゴンキラーが得られる特権は大きいのだ。


「お陰で良い経験をさせて貰っているわ」


 補佐に選出されなければ、恐らくは一生に一度足を踏み入れるか否かの王族の領域。

 そんな大理石のホールの床をジークと歩きながらアリンは呟いていた。


 堅牢な石柱が支える天井は見上げる程に高く、二人の足音は跳ね回る。

 目を見張るような煌びやかな装飾こそ施されていないが、白を基調とした城内には埃一つ無く、光沢のある床や階段がその役割を担っていた。


「お前は入るの2回目だったか。国王と直接会うのは今回が初だよな」


 確認程度にサラリとジークが言う。

 城内に静寂と共に漂う微かな緊張感も手伝って、アリンの気は更に引き締められた。


 階段を上がって直進し、いよいよ国王の間にやって来る。

 心の準備が出来ていないアリンに構わず、ジークは扉を押し開けた。

 不意に光りが目に飛び込み、そして広がる視界。

 視界の端まで嵌め込み式の巨大な硝子窓が覆い、それを背にするカタチで一人の男が大きな黒塗りの机に着いていた。


「戻ったのか、ドラゴンキラー」


 初老の男は手にしていた本を閉じると、一国の王らしい威厳のある双眸をまずジークへと向けた。

 そしてその後でアリンを一瞥する。


「今日は補佐も同行させているのか」


「……っ! はっ、はひっ!!」


 極度に緊張した様子で謎にアリンが、背筋を伸ばした状態で返事をした。

 「何だよ、はひって」とジークが呆れたように隣で呟く。


「それで、用件は何だ」


 アリンの発言には一切反応を示さず、国王は何事も無かったかのようにジークへ尋ねてきた。

 ジークは一度咳払いをして口を開く。


「あんたの依頼を、ついさっき完了した。ようやくだ。後で提出する調査報告書に目を通して貰えば分かるが、一月の緻密調査で討伐したのは僅かに一匹。他の個体は確認されなかった。まあ、報告書の資料を見ればこの辺も理解して貰えるハズだ」


 『ヴェスタ』地方で十強に数えられる一国の王に対してこの言葉遣いと態度。


「以上だ。約束の報酬は傭兵ギルドへ早めに頼む。ウチの長が色々とウルサイからな」


 血の気が引いたアリンは気絶しそうになった。

 断頭台送りでも確定するかと思ったが、国王はジークを特に咎めなかった。

 国王は静かに目を閉じた後、諦めにも似た深い溜め息を漏らす。


「そうか……」


 国王はゆっくりと椅子から立ち上がると、二人に背を向けた。

 窓の外に広がる街を見渡しているのだ。

 その背中には、何処か哀愁が漂う。


「報酬は払えない」


 明白に動揺したのはアリンだけだ。

 ジークは薄く笑みを浮かべると、口を開いた。


「まだ、討伐は完了してないって事か?」


「そうなる。調査不十分だ、ドラゴンキラー」


「そう言い切る根拠は?」


「愚問だな。まだ何も終わっていないからだ」


 一体どういう事だと、話しの内容を全く理解出来ないアリンが首を捻った。

 丁度その時。

 控え目なノックの音が聞こえ、一人の少女が入室して来た。

 アリンと同じくらいのショートヘアで、紺のロングスカートと純白のブラウスを身に纏っている。清楚で落ち着いた印象を覚える容姿だ。


「お父様、失礼致します」


 その台詞通り、彼女は国王の一人娘のベール。

 既に何回か面識のあるジークは「よお」と軽く挨拶。

 反して初対面のアリンは極度の緊張の余り、険しい顔をして固まってしまっている。


「ベール」


 一方、国王は強い口調で彼女の名を呼んだ。


「何度言えば分かる」


「……っ」


 そして刺すように低い声色で娘へそう言うと、一度視線を外した。

 ベールはビクッと身体を震わせ、男に向かって深々と頭を下げる。


「し、失礼致しました……陛下」


 慌てて訂正するベールを見て、アリンは唖然とした。

 やがてこの国を治める事となる王女の育成の為に、徹底的に情と愛を排除した教育を行っていると噂では聞いていたが。

 その僅かな断片を目の当たりにしただけで、本来有るはずの関係性を切り捨てている事がアリンには理解出来た。


「何の用だ」


 国王は腕を組み、窓の方を向いた。

 何があっても取り合う気はないだろうなと、アリンは感じる。


「あ、いえ……。久しぶりに食事をご一緒出来たら、と思いまして」


 俯いたまま控え目な口調でベールは言った。


「……ふむ」


 国王は顎に手を当て行うと、軽く思考を巡らせるように、窓の外の灰色の空を眺めた。


「まあ、良いだろう」


 想像とは真逆の返答に不謹慎にも目を丸くするアリン。

 パアッと笑顔の花を咲かせるベール。


「意外だな。てっきり軽くあしらうと思ったんだが」


 そして、恐れを知らない発言をするジーク。その度にアリンは肝を冷やした。


「食事の作法を見ておくのも、悪くはない考えだろう?」


 国王がゆっくりと振り返った。


「お前達も済ませていけ。一先ずの、討伐の礼だ」


 そしてジークとアリンそれぞれに目をやる。


「そうか、悪いな。丁度腹が減っていたんだ」


 遠慮という言葉から縁遠いジークは、欲望に忠実に従い今日一番の笑顔で即答した。

 一方、先程の下水道での光景がまだ鮮明に脳裏に焼き付いているアリンは、心身共に疲労している為か、食欲が皆無だった。


「あ、ありがとうございます、陛下」


 しかし、断るなどという勇気ある行動を選択出来るハズもなく、それ以前にそんな事を理由に挙げられる立場でもないアリンは、若干引き攣った笑顔で承諾した。


「先行ってるぞ?」


 内心複雑なアリンを横目に、ジークはサッサと部屋を後にする。


「ちょっ……!? まっ、待って!」


 こんな過酷な状況下に一人で置かれたくないアリンは、国王とベールに一礼をしてから慌てて後に続く。

 開けっ放しにされた扉から外に出て律儀に国王へ再度一礼をし、音を立てないように丁寧に扉を閉めて一先ず安堵。

 既に数メートル先を歩いているジークを追った。


「ちょっと、置いていかないでよ!」


 隣に並んで歩幅を合わせ、アリンは不機嫌そうに声を張った。


「……。」


「ちょっと、聞いてるの?」


 特に何も答えずに歩くジークにその思いは募り、彼女は唇を尖らせる。


「どう思う?」


 するとジークが、ようやく口を開いた。


「どうって?」


 何を問われているのか分からないアリンが聞き返す。


「国王の言葉だ」


 ジークは少し早足になる。アリンも足を早めた。


「陛下の? そうね……約一月分の調査資料を作成してきた身としては、正直陛下を恨むわ。また徹夜かしら?」


「言うな、お前も」


「あ、貴方が言わせたんでしょっ!」


「まあ落ち着け。まだ確証は無ぇが、恐らく国王は俺達に本当の敵を伝えようとしているんだ」


「は……!?」


 そろそろ、自分の聴力に自信が無くなってきたアリン。


「ま、待って。今貴方は、本当の敵って言ったのよね?」


 シワを寄せた眉間を覆い隠すように片手を置き、アリンは理解に努める。


「それって、さっき倒した竜以外に、別の竜がいるって事?」


「多分な」


「でっ、でも。私達は一月掛けて調査して、ちゃんと結果を出しているわ」


「そうだな。街には竜は確実にいない」


「何よ、矛盾しているじゃない」


「いいや」


「……じゃ、じゃあ。もしも、仮の話よ? 貴方の言う事が正しくて、他の竜がいたとしてよ? 何故、陛下は私達に相談をなさらないのかしら?」


「さあな。理由はさっぱりだが、国王は俺達に何かしらの『秘密』を話すつもりでいるんだろう」


 アリンが何を言おうと、ジークの態度に一切の変化は無い。


「どうにか俺をこの国に滞在させようとしている。だから、俺達を食事に誘ってきた」


「あ……」


「お前が腑に落ちない点も全部含めて、『秘密』を説明して貰おうぜ」


 ジークは両開きの扉の前で足を止めた。

 アリンは息を飲む。

 ジークは扉を押し開けた。

 二人は中に入ると、中央にあるテーブルに近付いた。

 他に人の姿は無い。


 巨大な長テーブルの上には純白のテーブルクロスがシワ無く掛かっており、その上には等間隔で燭台が置かれていた。

 ベールが用意させていたのか、カットフルーツの盛り合わせと鮮やかなサラダがテーブルの端に見える。温かい料理は後から運ばれて来るのだろう。


「へぇ~、眺めの良い場所ね」


 テーブルと平行して広がる窓の外の景色を視界に入れ、アリンが歓喜の声を上げた。


「いいから、座って待ってようぜ」


 ジークは近くの椅子を引っ張り出し、頭の後ろで両腕を組んで腰掛けた。軽く後ろに体重を掛ける。


「コ、コラ!」


 勿論、そんなアリンの言葉には耳を貸さない。

 何も無い天井を見上げ、前後に揺れてバランスを取っている。

 と、後方の両開きのドアがゆっくりと開いた。

 ジークは長テーブルの角に片方の靴底を乗せたままピタリと止まる。

 背もたれに体重を預け、逆さまになった視界で扉を睨んだ。

 少し開いた扉の向こう側に立っていたのは、国王でもベールでもない。

 一人の、見知らぬ騎士の男だった。

 男の冷酷な瞳と視線が交わる。

 と、男の手元がキラリと光った。


「ん?」


 ジークが目を細めた時には、既に。

 素早い投擲。

 一本のナイフはジークの額に迫っていた。


「やれやれ」


 素人には反応する事すら出来ない速さのソレを、ジークは人差し指と中指の間で挟んで軽く止める。

 背もたれに寄り掛かった行儀の悪い体勢で、だ。

 アリンは思考が追い付いていないのか、完全に固まってしまっている。


「一応、間抜けな質問でもしておくか」


 ジークは椅子から立ち上がり、受け止めたナイフをテーブルの上のカットフルーツの山に突き立てた。


「今のは、何の真似だ? 手元が猛烈な勢いで滑りでもしたのか?」


 そして刺殺せんばかりの鋭い視線を、食堂に踏み入ってきた騎士の男へ浴びせる。

 男は頭部以外を白銀の鎧に覆われた格好で、帯剣していた。


「警告だ。マナーの悪さに対する、単なる警告。余り気にしなくて結構、深い意味合いなど特に無い」


 すると男が、悪びれる様子も無く挑発的に答える。


「それとも、殺すつもりだったと言っておいた方が良かったか、ドラゴンキラー?」


 ピシリ。

 空気が音を立てて緊迫した。

 アリンは息を飲む。場に圧倒されたわけではない、今にもジークが殴り掛かりそうな勢いでいるからだ。

 あの男、鎧を身に纏っているという事は王族に仕える近衛騎士なのだろう。


 近衛騎士への敵対は、そのまま王族への敵対と見なされる事がある。いくら特殊階級騎士であっても、ここで揉め事を起こせば調査権剥奪も十分有り得る。

 国王の握る『秘密』を聞き出すまでは、それだけは避けたい。

 アリンは動いた。


「もっ、申し訳ありませんっ!」


 二人の間に割って入り、近衛騎士の男に向かって直ぐに頭を垂らす。


「彼に対する礼儀作法の監督が行き届いておらず、大変にお見苦しい所をお見せしてしまいました。全て、補佐である私の責任です!」


 アリンは必死に頭を下げていて気が付かないが、ジークと騎士の男は静かに睨み合っていた。


「ふん……まあいい」


 やがて騎士の男はポツリと言葉を漏らして視線を反らすと、アリンとジークの真横を通り過ぎた。


「興が冷めたのでな」


 そしてフルーツの山に刺さっている自分のナイフを引き抜き、懐に回収する。

 アリンは一先ず安堵した。


「む? 何かあったのか?」


 そして運が良い事に丁度国王とベールが食堂に到着し、事態の悪化を免れる。

 しかし食堂に現れた二人は、そこにいた騎士の男を見て同時に目を見開いた。


「タビンッ!?」


 ベールが騎士の男の名前を悲鳴にも似た声で叫び、駆け寄った。

 国王は顔色が優れない様子で、視線を外している。


「どうして此処へ?」


「失礼、ベール様。ドラゴンキラー殿がコチラにいると伺ったので。千の兵にも匹敵するというその実力を拝見したく、こうして一足先に参ったのでございます」


 ベールの手を取り片膝を折って、タビンは恭しく言葉を返した。


(こ、こうも態度が翻るものなの……!?)


 余りの変貌ぶりに、アリンは怒りを覚える。


(もしジークが躱せなかったら、怪我じゃ済まなかったじゃない!)


 キッと瞳を尖らせて凛とした表情に戻ったアリン。

 表裏を使い分けての、この口ぶり。

 恐らく最初から事を起こすつもりだったのだろう。


「まあ、落ち着け」


 喰い付く寸前のアリンを、ジークが小声で制した。

 ポンとアリンの頭に手を置きながら。


「今度はお前が挑発に乗るのか?」


「む、むぅ……」


 低く唸るアリンへ、ジークは小声で続ける。


「アイツは俺達に、揉め事を起こさせるつもりだ。更に言えば、調査権を剥奪して俺をギルドに戻そうと考えてやがる。国王は味方になってくれるだろうが、他の公卿達は黙ってないだろうな」


「ええ、分かっているわ。だから余計に腹が立つのよ……!」


「自国を好き勝手に詮索されるのは、王国側としては気分の良い事じゃないからな。しかも1ヶ月これといって成果無し」


「だからって、さっきのナイフはやり過ぎよ」


 ヒソヒソと会話をする二人は、ベールを椅子までエスコートしたタビンに目をやる。

 丁寧にゆっくりと椅子を引いて彼女を座らせるその動きは自然体で、一切の違和感を感じない。


「それではベール様、また後程」


 名残惜しむかの様に指先をベールの肩から離すと、タビンはジークを一瞥して食堂を出て行った。

 アリンが大きく安堵の溜め息を吐く。


(一先ずは、かしら。この先の調査の障害とならなければ良いけど)


 不安に思ってジークの方を見ると、サッサと席に着いて勝手にリンゴをかじっていた。

 気にする様子も無く、ベールと雑談までしている。


「もう……」


 何故こんなにも不安因子に対して無頓着でいられるのだろうかとアリンは頭を抱え、テーブルの側面に座っているジークの右隣の席に座る。

 脱力気味に。

 程なくして運ばれて来た色鮮やかな食事を見ても、アリンの気持ちは晴れない。

 国王がベールと同じ長方形のテーブルの上座に着席した所で、食事は始まった。


 各々食べ始める中、国王は隣に座るベールの作法を厳しくチェックしている。

 アリンは気まずそうにスープを一口飲み、ジークはパンに囓り付く。


「ふむ……」


 一通りの作法を確認し終えたのか、国王は息を漏らした。

 それから特に何を指摘する事も無く、勿論娘と会話をする訳でもなく、ただ静かにスプーンを持ち上げた。


「そろそろいいか? 国王」


 パンを食べながらジークが一言そう言った。

 何の事かはアリンにも分かる。

 国王が隠しているという『秘密』の事だ。

 正直未だに半信半疑なのだが、ジークは何か核心を得ているらしい。

 一人で理解して即座に勝手に行動。

 一月前から変わらないその見事な独走ぶりを、アリンは普段通りに冷めた目で見守るしかないのだ。


 結論から言えば、国王からの返事は無かった。

 頑なに口を閉ざしていたのではない。

 最悪だった。

 誰一人予想していない最悪の状況。


「ぅ……っ!?」


 突如、うめき声と共に国王の口から滴り落ちた鮮血。

 咄嗟に左手で覆うも、今度はそれを上回る程の量が吐き出された。

 純白のテーブルクロスがまず赤に染まる。


「お父様っ!?」


 ベールの悲鳴と共に重く鈍い音が室内に伝わった。

 国王が椅子ごと床に倒れたのだ。


「え……?」


 状況を理解するのに、アリンは数秒を要した。

 反して、パンを放り捨てて国王の元へ即座に駆け付けたジーク。


「クソッ!」


 彼のやり場の無い焦燥は舌打ちとなって表れる。

 仰向けに倒れた国王の命は既に失われていた。

 死んだのだ。

 一国の王にしては余りに呆気なく。

 容易く。

 目の前で。


「致死性の毒物だ」


「そんな……お父様……!」


 崩れるように床に座ったベールは、放心状態のまま父親の死体をただ眺めている。

 二人に合流して、呆然と立ち尽くすアリンもまた同じであった。


「これで、『秘密』は永久に闇の中か……!」


 ジークが呟いた言葉の意味すら、彼女は暫く分からずにいた。



最後まで読んで頂き、ホント感謝です。相も変わらず、感想等御待ちしております

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