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Dragon Dream Nightmare  作者: うーゆ
2/13

死を嘆く者




 ◆




 丁度、公園の端を通る水路の壁に『竜』が破壊して空けた大穴はあった。

 ジークはそこから中に入り、『竜』の追跡を開始したのだ。


 現在、周囲を林で覆われたその地下空間への入り口は封鎖され、応援要請を受けた他の騎士達が、中から5つ分の死体をそれぞれ担架で運び出している。


 白い布に覆われたそれ等は、判別が不可能な程にバラバラになった肉の塊と、人の姿を大きく逸脱した頭の無い怪物の死体。

 どちらも、元は人間だった。

 作業に当たる騎士達は皆一様に口数が少なく、表情も優れない。


「無力だわ……」

 

 少し離れた所から様子を覗っていたジークの隣で、アリンが風に茶髪を揺らしながら呟く。

 漆黒の瞳は涙で潤んでいた。


 運ばれていく仲間達の死体を見て嘆き悲しむのは、その家族だ。

 声を上げて泣き叫ぶ者、力無く膝から崩れ落ちる者。

 騎士という階級を志す者の多くは、各地方に存在する訓練学校を卒業した後、自分の生まれ育った街や国を守りたいという意思の表れから故郷への配属を希望する。

 力も命も、自分達の国へ捧げ尽くしたいと考えているのだ。


「私は、何も出来なかった」


「出来ないのが当たり前だ。少しは身に染みたか?」


 ジークがそう言うと、とうとうアリンの目から涙が溢れた。

 頬を伝わった大粒の涙が、灰色を基調とした軍服の襟元に消えていく。

 アリン達は専属騎士と呼ばれる階級で、主に配属国での治安維持を目的とした対人用の騎士。

 根本的に専門性が違うのだ。

 ジークは頭を掻き、本日3度目となる溜め息を吐き出した。


「まあ、それでも。お前は良くやったんじゃねぇか?」


「……え?」


 アリンの泣き顔から視線を背け、運ばれていく死体の方を代わりに見ながらジークは続ける。


「お前は、大事な人達を悲しませなかった。それだけで十分だ」


「ジーク……」


 アリンは慌てて涙をゴシゴシと袖口で拭い去る。

 そして、真っ赤になってしまった目で運ばれて行く仲間達をしっかりと見据える。

 すると再び涙が溢れてきた。

 もう一度拭った。


 割り切れなければ、次は自分が死ぬ事だってあり得る。

 だが、アリンにはそれが出来ないらしい。

 どうにか、精一杯を言葉にしてアリンは今の気持ちを吐き出す。


「私は、忘れられない。この悔しさも。死んだ皆の事も。忘れられそうにない」


 ボロボロに泣きながら、決別からは程遠い事を言う。

 否定するつもりは無い。

 やはりそうなるかと、寧ろジークは納得してしまっている。


「そろそろ行くぞ。報告を済ませる必要がある」


 銀色の雲に覆われている空を見上げて言った後、ジークは雨が降らない事を祈りつつアリンに声を掛けて現場を離れる。


「ん?」

 

 そんな時、ジークの金色の双眸に一人の子供が映った。

 5~6才の男の子だ。

 他の家族と違って泣く事もせず、表情を押し殺した様にただジッと運ばれていく担架を眺めている。


「どうかしたの?」


 足を止めたジークを不思議に思い、アリンが鼻をすすりながら尋ねてきた。


「いや。少し時間を貰うぞ」


 そう言って、ジークは男の子に歩み寄っていく。

 男の子は担架をジッと目で追っていた。怪物の乗った担架を。


「よう」


 ジークは片膝を着いて男の子と目線を合わせ、真っ直ぐに眼を見て話掛けた。

 男の子は何も言わない。

 ジークは懐を探り、チェーン付きの小さな銀色のプレートを取り出して見せた。

プレートには、剣に巻き付く荊の装飾が緻密に描かれている。


「ドラゴンキラーだ」


 その一言に、男の子は強烈に反応を示した。


「おまえが……!!」


 噴出す様に全身は怒りに染まり、言葉の奥底には図り知れない程の憎しみを孕んでいる。

 幼いが故の、純粋なまでに澄んだ強い憎しみ。


「ああ、俺が殺した」


 その全てを、ジークは正面から受け止める。


「うああああああああああああああっ!!」


 叫んで、男の子は両の手で叩いて来た。

 子供に出来る、精一杯の行動であった。


「なんでお母さんをころしたんだ! なんでたすけてくれなかったんだよ!」


 ジークは何も言わず、平然としていた。


「なんで、なんで……!」


 その光景に、アリンは俯くしかなかった。

 周囲の騎士達も動きを止めて見ている。


「なんで……!」


 男の子の手がようやく止まった。

 泣き出してしまうのを堪えているのが分かる。


「オマエたちなんて、みんな死んじゃえばいいんだっ!!」


 無垢な子供の声は鋭く、よく響いた。

 ジークは静寂の中立ち上がり、怪物の乗った担架を運ぶ騎士達を呼び止めた。


「その死体は、もう少し後で運んでくれ。先に、仲間の方を頼む」


 そう言って担架を下ろさせ、出来る限り人払いをした所で男の子の方を改めて向いた。


「俺がお前に出来るのは、コレくらいだ」


 男の子が担架に近付き、しゃがみ込む。


「お母さん……!」


 途端にその小さな瞳が潤った。


「最後のお別れをしとけよ、お前も他の家族みたいに。正しい事だ」


 ジークは男の子の頭に静かに一度手を乗せた後、背を向けて立ち去るように歩き出す。


「この『竜』の為に泣けるのは、お前だけだろ」


 ジークが少し離れた所で、男の子はようやく泣き出した。

 溜め込んでいた気持ちが温かい涙となって溢れ出て、周囲で見守っていた騎士達の胸を締め付けた。


「何故、あんな事を?」


 少し躊躇ったように、アリンが問い掛ける。


「別に」


 一言でジークは返した。

 普段と変わらない、突き放すかのような口調で。


「……あの子きっと、貴方の事を恨むわよ」


 アリンは男の子を一瞥する。

 怪物の死体の前で、子供が大声を上げて涙を流している。

 今のこの悲しみが枯れた後、今度は憎しみが大きく育つのだろうか。

 自分の正体を明かしたジークの判断は正しいのだろうか。


「構わないさ」


 アリンの不安を他所に、背中を向けたままジークは頭を掻いた。


「何を恨んでいいのか分からないまま生きていく方が、辛いからな」


 銀色の空を、鬱陶しそうに見上げながら。





  ◆  ◆  ◆




 軽い傾斜となっている石畳の街道を、二人は踏み締めて歩いていた。

 道中の会話は無く、少し先を行くジークの後姿をアリンが追うカタチとなっている。


 蒼い髪に黒のジャケット、黒のズボン。

 腰に装備しているのは、折り畳み式のショットガンと鞘に納まった一本の剣。

 装備を除けば、容姿は中肉中背の何処にでもいる普通の青年だ。

 特殊階級騎士だとは俄かには信じ難い。


 厳しい鍛練を重ねてようやく騎士の採用試験に合格。

 齢17にしてこの国の専属騎士となり、日々精進を続けながら従順に二年間、街の治安維持に努めてきた。

 そんなアリンが特殊階級騎士の補佐役に抜擢され、傭兵ギルド『ギフトローゼ』から国王直属の命を受けて配属されてきたドラゴンキラーの青年ジークと出会ったのが一月程前。


 補佐に選ばれた理由が同い年の異性であるからと聞かされた時は屈辱的だったが、騎士としてまだ若輩者のアリンに選択の余地は無かった。


 そしてこの時はまだ、『竜』の存在自体を疑っていた。

 人が異形の怪物になるという非現実的な現象は世界各地で発生していると言われている。

 が、『竜』の脅威に晒されていない街や国の人々にとっては未だ切り離された現実であり、『竜』は実体の無い怪物だ。

 易々とは信じられない。


 こういった認識の差が生まれている背景には、ドラゴンキラーによる『竜』の討伐が少なからず関わっているのだろう。

 しかし、今日目の当たりにした惨劇は痛烈なまでに残酷なリアルを日常に刻み付けていった。

 人を殺す『竜』と、『竜』を討伐するドラゴンキラー。

 下された死という結果を嘆き悲しむ人々。

 怪物の死体を前に泣く子供の姿が、頭から離れない。


(こんな事が、世界では当たり前のように起こっているっていうの?)


 出来る事なら受け入れたくない事実であった。

 何も知らずに、今までと同じように分からないままでいたかった。

 自分のいた世界が酷く色褪せて、足元から崩れていくようで。

 怖くなった。

 普段の凛とした表情は曇り空模様になって、アリンの端整な顔立ちが台無しになっている。


「大丈夫か?」


 ジークの声が直ぐ近くで聞こえた。

 彼女が顔を上げると、いつの間にか立ち止まっていた彼が、振り返った状態で仁王立ちしている。

 人通りが少ない上に馬車も余り通らない閑静な街道である為、こうして道の真ん中で立ち止まっていても通行の妨げにはならないのは幸いだ。


 呆れた表情を浮かべたままアリンが近付くのを待っていたジークだったが、彼女が目の前まで来ると顔を背け、少し気まずそうに頬を掻いた。


「まあ、その……調子狂うんだよ。何か、お前がそんなんだと」


「え?」


 いつもの皮肉の代わりにそんな事を言ってきたので、アリンは驚く。

 恐らくは、この男に出来る最大限の気遣いなのだろう。

 ジークとは出会って一月程経つが、こんな配慮を受けたのは今回だけ。

 記憶の底の何処にも無い。

 極めて稀な一言だと断言出来る。


「何だよその顔。俺が補佐を気に掛ける事が、そんなに意外か?」


「あ、いえ……ゴメンなさい。感受性に乏しいはずの私が、不覚にもつい動揺してしまったわ。何事にも不器用で乱暴で自己中心的で他人を慈しむ心など皆無で、特殊階級騎士とは名ばかりの血も涙も無い冷酷な最低人間だという貴方のイメージからは、想像が出来なくて」


「お前普段どれだけ偏った考えで俺を見てんだよ!?」


「え? いや、かなり的確な分析でしょ?」


「悪気無く堂々と喧嘩を売れる点を、俺は寧ろ尊敬したぞ!」


 普段通りの天然口調で言葉巧みに詰ってきたアリンに、ジークは少々惨たらしさを感じながらも一先ず安心する。


「まあ、お前はこうでなきゃな。涙脆い騎士補佐官じゃ格好つかないぞ」


「なっ!? だ、誰が涙脆いよ! 一言多いのよ貴方は! し、心配してくれて少し嬉しかったのに」


「ん? 最後の方聞こえねぇぞ?」


「いいのよ聞こえなくて!」


「ああ、はいはい」


 袖口で目元をゴシゴシと擦り、真っ赤になった目と頬で必死に言い返すアリンをそれ以上見ないよう、ジークは彼女から視線を逸らした。

 アリンが早足でジークの右隣に並んだ所で、再び歩き出す二人。


「……貴方はいつも、あんな怪物と闘っているのよね?」


 アリンがポツリと、呟くように隣を歩くジークに言った。


「今度は俺がドラゴンキラーだって事を疑ってんのか?」


 非常に面倒臭そうにジークが睨んでくる。


「そうじゃなくて。あんな恐ろしい相手と闘って、よく平気でいられると思って」


 国の中央まで伸びる人通りの少ない街道は、水路に架かる小さな橋を渡ってから微妙にカーブを始めた。

 そこを少し上っていくと、ようやく大通りが前方に見えてくる。


「さっき倒した竜は、特に手強いレベルじゃないからな」


「そう……なの?」


 アリンは赤い目を見開いて驚く。


「だが、竜一匹が与える影響は大きい。それはお前も実感しただろ?」


 何も言わず、アリンはコクリと頷いた。


「人が死んで、竜が死んで、結局残るのは悲しみだけだ」


 大通りから走ってきた荷馬車を少し横へ寄ってやり過ごし、二人は歩き続ける。

 人々の騒がしい日常も次第に耳に入るようになった。


「『呪い』によって竜化した人間は理性が消失し、人や他の生物を喰らうようになる。多少の知性はあるようだ。個体によって姿が異なるが、戦闘能力の高さと獰猛さは共通してるな」


「聞いただけでも、背筋が凍る話ね」


「まあな。しかし厄介なのは、『呪い』による強い力をコントロール出来るようになった連中だ。それこそ、手配書に載るようなレベルのな」


「手配書?」


「まあ、その辺りは知らない方がいいさ」


 大通りに入った二人は、馬車や人が行き交う石畳の上を歩く。

 両端には煉瓦で出来た建物が並び、雑貨屋を始めとする様々な店が開いてる。

 ここルビンズ王国は、世界大陸の東部『ヴェスタ』地方に無数に点在する国や街の一つに数えられる。

 決して小さな国ではないが、発展国と比べると所持している騎士達の数の差は圧倒的で、物資の運搬流通といった点にもまだ問題を抱えている。

 その反面、少数ながら専属騎士達の実力は高く、治安は良い。


 『竜』への対抗策として流通した銃器による事件が多発する現在でも、ここ数年大きな騒ぎは起こっていない。

 一月程前から国王が懸念していた、竜絡みの事件以外は。


「それで、陛下に謁見した後はどうするの?」


「任務完了が認められれば報酬を貰って、今日中には国を出て行く」


「えっ!? ず、ずいぶんと急な話ね。少しくらいゆっくりしていったら?」


「いや、遠慮しとくよ。ドラゴンキラーが一月も同じ国にいる事自体が稀だし、任務終了後の滞在はギルド側が認めてくれないんだ」


「そ、そう……」


「俺がいないって事は、つまり平和だって事だろ? 俺が受けた任務は『国内領域における調査、及び全ての竜の討伐』だが、一月掛けて一匹。徹底的に緻密に調査してこれだったんだ。安全は保障する」


「……。」


「そんな浮かない顔するなよ。一先ず戻れるんだ、元の生活に」


 大通りの先、小高い丘の上に建つ城を見ながら、ジークはアリンの肩に手を置く。

 彼女の心に芽生え始めていた複雑な思いなど、知るよしも無く。


 城に近付くにつれて通行人の数は一気に増えた。

 同時に巡回する他の騎士の姿も何人か見受けられ、ジークとアリンに気が付くと「お疲れ様です」と一言添えて敬礼をしてくる。

 その度に、アリンのみが律儀にそれに応じて敬礼で返した。

 隣のジークは視線すら合わさない。

 今更こんな事では驚かないアリンだが、補佐官という手前一応の注意はしておく義務があるのではと、無頓着なジークの横顔を睨んだ。

 すると、ジークが前方の一点を見詰めている事に気が付く。


「ジーク?」


 不思議に思いアリンが視線を追うと、人込みの中の一人に辿り着いた。

 茶色のフード付きの外套に身を包んだ人物。

 フードを深く被っている為、表情や性別は分からない。

 雨風や日差しに晒される機会の多い旅人は、フードを被るのが癖のようになっているのだ。


 その人物は雑踏の波に逆らうように歩き、落ち着いた足取りでコチラへ一直線に向かって来る。

 装いは正に旅人といった感じで、歩き方も旅慣れしている印象だ。


「あの旅人が、どうかしたの?」


 アリンの言葉を無視して、ジークは真っ直ぐに歩いていく。


「確かに変わった雰囲気だけど、取り立てて珍しくも無いわ。この国は地方の境目に近い事もあって、山越えをした旅人が立ち寄り易いから」


 フードの人物も、ジークの視線に気が付いたらしい。

 僅かに顔を持ち上げる。

 と、その時。

 パキリとジークのブーツが何かを踏み付けた。

 反射的に足元に視線が動く。

 そこには細い木の枝が一本転がっていて、中心から二つに折れていた。

 そして再びジークが顔を上げた時には、フードの人物の姿は人混みから忽然と消えていたのだ。


「ジーク? どうかしたの?」


「……何でもねえよ」


 止めていた足を動かし、ジークはアリンと共に再び人々の波に紛れる。


 フードの人物は建物の屋上から二人を暫く見下ろした後、静かに姿を消した。




ここまで読んで頂き、感激です。もし感想等ありましたら是非ともお願いします。

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