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Dragon Dream Nightmare  作者: うーゆ
10/13

残されたモノ

ようやく、話数が二桁になりました。

ここまで長かったです。

◆ ◆ ◆




 3日間は特に何も起こらずに過ぎていき、現在4日目の朝を迎えていた。

 その間、アリンは他の専属騎士達と連携し、可能な限り街の整備と人命救助を行っていた。

 ジークは治療に専念し、金髪の少女の薬の効果も手伝ってたったの二日間で完治。

 以後、国の周辺警護や瓦礫の撤去を行い、たまに金髪の少女と共に薬草の採集を行った。

 しかしそれでも限界はあり、亡くなる人々が何人かいた。

 そして、今まさに命の危機に瀕している者がいる。

 アリンが助けた奴隷として扱われていたあの少女であった。

「頑張って……!」

 ベッドに横たわる少女の手を、アリンは涙目で握っていた。

 外傷はそれほど深刻ではないが体の衰弱が激しく、薬草の効果もあまり期待出来なかった。

 治療する方法がまるで無いワケではないのだが、何せ設備と器具、治療薬が底を突いていた。

 回復が望めない場合、薬と治療を必要とする他の人間の為に究極、止むを得ず治療を打ち切る事がある。

 軍でもよくある光景だ。

 他を生かす命の選択だ。

 だが、今回のそれは余りにも辛い。

「何か方法は無いのか?」

 ジークは隣の金髪の少女へ詰め寄る。

 彼女は首を振った。

「残念だけど。身体の衰弱が激しい。私の薬でも、命を少し伸ばす事しか出来ない」

 金髪の少女は胸の前で十字を切った。

「本来は助かってもいい命。なのに……」

 今、この部屋にいるのは瀕死の女の子とジーク達3人だけだ。

 女の子に身内はいないので、ジーク達が時間を見付けては見舞いに来ていたのだが、やはり衰弱していく姿が印象的だった。

 3人の間に重苦しい空気が流れていた。

 その時。

「あ、ここにいましたか! 大変です、軍が!」

 警護に当たっていた専属騎士の男性が一人、部屋に飛び込んで来た。

 途端にジークと金髪の少女は殺気を垂れ流した。

「来やがったな……!」

「ジーク、私も行く。この子の借りは私が返す」

 予想より遅かったようだが関係無かった。

「アリンはここにいろ」

 二人は専属騎士の男と部屋から飛び出して行った。

 向かった先は東門。

 まさか同じ場所からやって来るとは。

 当然閉門されている上に、比較的整備が進んでいる分、内部は迎撃の準備も簡単に行える。

「どれ」

 ジークは金髪の少女を門の前に待機させると、門の上まで跳躍した。

 成る程、確かに遠くに馬車の集団が見える。

 しかし、以前とは比べ物にならない程に進行速度が速い。

 かなり訓練された馬だ。

 更に馬車のデザインも違う。

 細長い箱形の荷台を馬2頭で引く格好だ。

 それが10。

「ん?」

 門の上から様子を伺っていたジークが違和感を覚えた所で、先頭を走る馬車の荷台の扉が開き、人が手を振り始めた。

「お~い! ジークさ~ん!」

 どうも知り合いらしい。

 黒色の軍服を着た草色の髪の青年は嬉しそうに手をブンブン振りまくって存在をアピールしている。

「カノンの野郎……! 彼奴等にも声を掛けたのか?」

 ジークは思いっ切り口を吊り上げて笑い、振り返って叫んだ。

「門を開けろ! 救援が来たぞ!」

 専属騎士達は戸惑ったが、ジークの言う通りに開門した。

 人がいなくなった東門へ、馬車は流れ込むように入った。

 ジークと金髪の少女、他の専属騎士達が見守る中、馬車の扉が一斉に開いた。

 中から軍服を来た兵士達が降りて来たが、皆姿勢良く隊列を組んで待機している。

「ジークさん、お久しぶりです」

 既に開いていた扉から、草色の髪の青年が走って来てジークに握手を求めた。

 その瞬間。

「お久しぶりですぅ~、ジーク先輩っ!」

 突如として背後から現れた栗色の髪をポニーテールにした少女が、けっこう強めに青年を撥ね飛ばしてジークの右手を両手で握った。

「どらどりっ!?」

 青年は顔面から瓦礫の山に突っ込み奇声を上げた。

「知り合い?」

 金髪の少女がジークに尋ねる。

「あ、ああ……」

「あ、すいませんでした! 嬉しくって、私ったらつい!」

 少女は短く舌を出して片目を閉じる。

 ポニーテールの少女はジークから一歩離れると専属騎士達全員に向かって一礼し、腰に装備している剣に手を置いた。

「トリスアギオン第三部隊所属、副隊長のフリージア=エクエスです。ジークさんの所属する傭兵ギルドからの要請を受けて、救援活動に参上しました~。あ、あと……」

 フリージアと名乗ったポニーテールの少女は、瓦礫の上に倒れている青年を指差す。

「あそこで死んでいるのが、隊長のオネットさんです。後で埋めておくので、放っといて下さいね~」

「酷くないっ!? それは酷くないフリージアちゃん!」

 適当に紹介された隊長、オネットが起き上がった。

 そのまま瓦礫から全速力で駆け降りて来る。

「あれ、おっかしいなぁ~。脚の骨砕いたと思ったんですけどねぇ~」

「待て待てっ! 何でかな? 何で砕こうかと思ったのかな? 僕はそんな命令出してないけどね」

「隊長の骨を折るのに、理由とか許可とかいるんですかぁ~?」

「怖いな~フリージアちゃんは。まさかの逆ギレかい? 困ったな~。ハハハ……」

 割りと本気で困っているようだが、今はどうでもいい。

「その辺にしとけよ。お前等救援に来たんだろ」

「あ、はい!」

「もう、隊長のせいで怒られちゃったじゃないですか~」

「え? 僕なの?」

 既に収集がついていないが、専属騎士達の緊張が和らいだのが分かった。

 軍の人間のユルいやり取りに拍子抜けしたらしい。

「えっと、それじゃあまず被害の確認をします。状況が分かる専属騎士の方がいてくれると助かるんですが……」

 腰の低い様子で恐る恐るオネットが尋ねた。

 こっそりジークの方を見ている。

 やれやれと、ジークが近くの専属騎士の肩を叩いた。

「大丈夫だ、コイツ等は信用出来る」

 そう付け加えると、他の専属騎士達も動き始めた。

 東西南北の4つのグループに別れて同時に作業を行う事を誰かが提案した。

「え、えっと……じゃあ」

 オネットが困ったように隊列を組んでいる部下の方を振り返る。

 すると。

「隊長、ここは私が!」

 一人の兵士が自発的に前に出た。

「あ、そう? じゃ、じゃあ宜しく」

「は! 直ぐに隊の編成に当たります!」

「私達は、物資の運び込みを!」

「あ、え?」

「私達は、瓦礫の撤去と人命救助に当たります!」

「う、うん」

「隊長からの命令だっ! 迅速に作業に当たれ!」

 と、そんな命令を出していないにも関わらず、兵士達は専属騎士達と共にあっという間に国中に広がっていった。

 残ったのは、ジークと金髪の少女、オネットとフリージアだ。

「オネット、スミスは来ているか?」

「え、あ、はい! 勿論。馬車の中で寝てます。急患ですか?」

「ああ、診て欲しい子供がいる」

「分かりました、頼んでみます!」

 オネットが馬車へと走って行った。

 ジークとフリージアがゆっくりと後を追う。

 金髪の少女もそれに続いた。

「変わった部隊……」

「そこの金髪の巨乳さん、聞こえてますよぉ~?」

 フリージアがニコニコしながら近寄って来た。

 このポニーテール、地獄耳なのだ。

「まあ、否定はしませんけどねぇ~。隊長が馬車まで部下を起こしに行っている時点で」

 フリージアが少女の胸へ然り気無く指を近付けると、少女はサッと腕でガードした。

「チッ、おしい。でも、隊長が呼びに行くには理由があるんですよ~。スミスさん、基本的に隊長の言う事しか聞きませんから~」

 馬車の前で待っていると、オネットに続いて寝癖が酷いクシャクシャの青銅色の髪をした男が降りて来た。

 軍服の上着をだらしなく腰に適当に巻いて、ネクタイを外した黒地のシャツという格好だ。

 欠伸をしながら頭をボリボリと掻き、怠そうに首の運動をしている。

「隊長、勘弁っすよ。俺まだ13時間ぐらいしか寝てね~から。……あ」

「よお」

 スミスと目が合ったジークが軽く挨拶する。

「何だ、お前かドラゴンキラー」

 まだ少し眠そうにスミスが挨拶を返した。

 次いでジークの隣にいる金髪の美少女を指差す。

「彼女?」

「違う」

 ジークは即答する。

 金髪の少女は無反応だ。

「あ、そっか。お前ルーシーと付き合ってんだっけか~」

「いや、付き合って無いぞ」

「隊長~、チャンスっすよ~」

 即座にスミスはヘラヘラ笑いながらオネットを煽る。

「こっ、こら! スミスさん!」

「えっ!? ジーク先輩、彼女いないんですかぁ!? いよっしゃあ!」

 顔を真っ赤にして、ヘラヘラと笑う部下に本気で突っかかる隊長。

 握った拳を空に突き上げて歓喜する副隊長。

「本当、変わった部隊」

「否定はしないな。行くぞ、勝手について来るだろ」

「そうね」

 3人を置いて、ジークと金髪の少女はさっさと歩き出した。

 暫くするとフリージアが「ほら隊長、行きますよ~」とオネットの両足を持って本気で引き摺りながら後を追って来た。

 「そんな! フリージアちゃんそんな! せめて仰向けで引き摺って!」と騒いでいるオネットを眺めながら、「仲良いですね~」と、治療薬等が入った黒い鞄を持ってスミスが怠そうに付いてくる。

「あの人達、何なの?」

 金髪の少女がジークの肩を軽く突付いて小声で尋ねてきた。

 不安になるのは分かる。

「特にあの隊長。リーダーとしての素質があるように見えないけど。それとも、それを補う程に戦闘能力が高いとか?」

「いや、激弱だな。鶏に喰われかけた事もあるらしい」

「どんな状況かしら……」

「戦闘担当は主にフリージアだ。アイツは普通に強い。自分の視界と移動射程内に常にオネットを入れた状態で行動していて、基本10メートル以上は離れない」

「つまり、隊長の護衛?」

「そういう事だな」

 聞こえていたのか、後方のフリージアがニコッと笑った。

 オネットを引き摺ったままで。

「何故従う気になれるのか、私には分からない」

「今はな」

 ジークと金髪の少女は、アリンの待つ宿にやって来た。

 少し遅れて、オネット達も到着する。

 比較的に一階面積の規模は小さい宿なので入り口に人が寝ている事は無いが、仄かに薬品の匂いと静寂さが漂っている。

 受付けの奥には無造作に積まれた薬の空箱。

 診療所と錯覚しそうだ。

 目的の場所は102号室。

 両隣は銃弾を撃ち込まれる等して損傷が激しいので、現在は封鎖されている。

 既に引き摺りから解放されていたオネットは、悲しげな面持ちで宿の中を見回していた。

 その様子を隣のフリージアが悟られぬように伺っている。

 ジークは102号室のドアを開けた。

 オネット達が続いた。

「アリン、救援部隊が来たぞ」

「ジーク……。どういう事?」

「これは、酷い……!」

 早足でベッドに横たわる少女に近付いてきたオネットが、混乱するアリンを他所に少女の額に静かに手を乗せた。

「こんなに痩せて、可愛そうに……。身体も傷だらけじゃないか」

「あの、貴方は?」

「あ、失礼しました、つい取り乱して。トリスアギオン第三部隊隊長のオネットです」

 オネットは背筋を伸ばし、アリンに向かって一礼する。

 まだ状況が分かっていないアリンは軽く会釈した。

「ご家族の方、ですか?」

「あ、いえ、私はただの専属騎士で。この子はクレマーティさんが連れて来た子で……」

 オネット、フリージア、スミスの表情が一瞬険しくなる。

 アリンはギクリとした。

 きっと、この厄介な状況を理解してしまったに違いない。

 同じ軍本部の人間とはいえ、九聖剣との権力の格差は目に見えている。

「まあ、そんなワケで俺達は今クレマーティを敵に回している」

 追撃でジークが禁断の一言を言ってしまう。

 これで彼等はハッキリと確信を得ただろう。

「大体の状況は分かりました」

 オネットがそう言ったのを聞いたアリンは気が遠くなった。

 この場で敵に回る最悪のシナリオすら想像した。

 何故なら、彼等はクレマーティと同じ軍本部の人間だからだ。

 アリンの手が、自然に懐に伸びる。

 もう感覚がおかしくなっているのではないかと自分でも思う。

「我々第三部隊を、甘く見ないで下さい」

 丁度、拳銃のグリップに手が触れた時、オネットは口を開いた。

 然り気無く剣の柄に手を乗せたフリージアを、片腕で制止させながら。

 フリージアは直ぐに手を離した。

「この国は今、危機を迎えています。皆が苦しんで、助けを求めています。我々は、そんな現実を少しでも和らげる為だけに結成され、配属されているんです」

 スミスが目を伏せ、少し嬉しそうに短く笑う。

 「人々を救う。それが、救援に特化した我々第三部隊の唯一掲げるべき正義であり、誇りです。もし、それを阻む敵があるのなら、相手が誰であれ我々は全力で迎え撃つ覚悟です」

 本気の言葉に乗せた想いと熱は、アリンから力を奪った。

 懐から抜いた手で、そのまま目尻の涙を拭うアリン。

 安堵の余り涙腺が緩んだようだ。

 背筋を伸ばし、涙ながらに謝罪を述べた。

 「もう大丈夫ですよ」とアリンを落ち着かせた後。

「スミスさん」

 オネットは振り返らずにスミスに声を掛けた。

「はいよ」

 スミスがオネットと交替するカタチで少女に近付き、飄々とした態度で診察する。

 後ろから、オネットが心配そうに覗き込む。

「どうですか?」

「何処の馬鹿か知りませんけど、随分と酷い仕打ちをしてやがりますね。放っておいたら、歩行に後遺症が残るであろう傷も確認できます。栄養状態もかなり悪かったんでしょう」

 オネットが奥歯を鳴らした。

「まあまあ、隊長。この俺がいるんですから。てかドラゴンキラー、テメェもう助からねぇとか言って隊長を不安にさせてんじゃねぇぞ……!」

 オネットへの態度を一変させ、後半スミスはジークへ低く唸った。

 それは恐らくオネットの拡大解釈が原因だと思うのだか。

 馬車で寝ているスミスを起こす際、きっとオネットがそんな事を言ったに違いない。

「悪かったよ。それで、助かりそうか?」

 真相を分かっているフリージアが両手を顔の前で合わせ、ギュッと目を瞑って謝るジェスチャーを必死にしていたので、ジークは水に流す事にした。

 本当の事を言ってもオネットなら別にスミスは怒らないだろうが、伝達を間違えたオネットがジークへの罪悪感に目覚めると厄介なので、フリージアが先手を打ったのだ。

 なので、金髪の少女も肩を竦めた。

「テメェ、俺を舐めてるのか? この程度問題無ぇよ。後遺症どころか、傷も全部キレイに消してやる」

 鞄を開き、手早く治療の準備を始めるスミス。

「んじゃ隊長~、夜には終わると思うんで。ここは俺が。他に怪我人とかいたら、伝令出して下さい」

「分かりました。僕達は他の場所を見回ります。フリージアちゃんも、行くよ」

「は~い」

 ジークと金髪の少女、アリンも出て行こうとする。

「待て、そこの女」

 不意にスミスが呼び止めた。

 金髪の少女とアリンが同時に振り返った。

「お前じゃない、貧相な方」

 二重の意味でショックを受けたアリンが部屋に戻る。

「何ですか?」

 恐る恐るアリンが尋ねた。

「お前、俺の助手な」

「え!?」

「どうせ、この子の事が気になって、他の作業が手に着かねぇだろ~? 俺の指示通り、この子供の為だけに行動しろ。まずは、この紙に書いてある薬と医療器具を馬車の中にいる衛生兵から貰って来い」

「わ、分かったわ」

 アリンが部屋から飛び出して行った。

「礼を言うぜ」

 ジークがそう言って部屋のドアを閉める際、スミスが片手を振っているのが隙間から見えた。

 宿から出て直ぐに、オネットが集まっていた国民達と話を始めた。

 フリージアは一歩退いて待機。

 ニコニコとしてはいるが、警戒網はキッチリ張っている。

 オネットの話を聞いた国民達は皆顔を喜ばせ、こんな状況にも関わらず笑ったりしていた。

 次いで被害のあった大通りを歩き、作業に当たっていた専属騎士達に話し掛ける。

 そんな事が昼近くまで続いた。

「何となく、分かってきたわ。素質も強さも無い隊長に何故兵士達が従うのかが」

 金髪の少女は、同じ瓦礫の山に座っている隣のジークに話し掛けた。

「料理が美味しいから」

 少女が手に持っている器に目を落としながら言うと、ジークが吹き出した。

 現在大通りには、炊き出しに集まった第三部隊の面々や専属騎士、国民が集まっていた。

 巨大な鍋をかき混ぜて料理を作っているのはエプロンを着用したオネットだ。

 特製のトマト入りスープの香りは辺り一帯に広がり、次々と人を呼び込んでいる。

「冗談よ」

 少女はスープを啜りクスッと笑った。

「上手く言えないけど、オネットは誰よりも……」

「誰よりも、人を救いたいって思いが強いんです~」

 少女の隣に、コーヒーカップを持ってフリージアが座って来た。

 ジークが「おう」と挨拶すると「お疲れ様で~す」とフリージアが挨拶した。

「えへへ、抜け出して来ちゃいました」

「10メートル以上離れてる」

「他の方に護衛は任せてあるので。それに、緊急事態なので」

「緊急事態?」

「あ、えと、それはこっちの話で。と、とにかく、隊長は凄い人なんですよ~」

 無理矢理に話を戻すフリージアは少し慌てた様子だ。

「助ける思いだけで隊長になれたら、苦労しない」

「勿論それだけじゃないですよ~! 行動、人柄、発言。その他色んな要素を兼ね備えているんです。優しくて、それでいて芯が強くて、つい甘えちゃったり」

 フリージアはカップを両手で包み込むように持ち直した。

 そして、少し声のトーンを落として言う。

「オネット隊長が第三部隊を立ち上げるまでは、ホント私、がむしゃらに強さだけを追求していたっていうか、居場所が無かったっていうか……。隊長は、私も救ってくれたんです」

 フリージアはカップに口を付ける。

 頬を少し染めて実に嬉しそうに。

「フリージアは……」

「?」

 金髪の少女が話し掛けたので、フリージアはカップに口を付けたまま身体ごと少女の方を向いた。


「もしかして隊長の事、好きなの?」


 それはもう盛大に、フリージアの口からコーヒーが噴き出された。

 霧状となったコーヒーに虹も架かる。

「なっ、ななな……何を言っているんですかぁっ!?」

 耳まで真っ赤に紅潮したフリージアが手をブンブン振り回して狼狽する。

 実に分かり易かった。

「ジ、ジーク先輩……」

 と、助けを求めたが。

「諦めろ」

 やはり無理だった。

「あの、この事は隊長には内密にして下さいね」

「勿論、そうする」

 金髪の少女は表情を崩さずに了承した。

「でも、どうしてジークに好意があるフリをしていたの?」

「それは~、何て言いますか。隊長、嫉妬するかなぁ~? みたいな作戦で。ジーク先輩に協力して貰っていたんです」

「成果は?」

「あはは……。それで、緊急事態でして。隊長、私を応援するって言い出して……」

 フリージアは笑ってはいるが、確実にショックを受けている様子だ。

「つまりそれって、全く脈が無いって事?」

「はぁうっ!?」

 金髪の少女の一言に、フリージアは瓦礫の山から転がり落ちそうになる。

 鋭利だ。

 バッサリとやられた。

「や、やっぱりそうでしょうか……。思い切って告白した事はあるんですけど、隊長は部下の皆を家族同然に思っているので、普通に『僕も好きだよ~』で流されました」

「諦めれば?」

 金髪の少女がサラリと言うが、フリージアは首を横に振った。

「いえ、もう少しだけ頑張ってみようと思います。それに、隊長の命を守るのが私の任務ですから。例え駄目でも、隊を離れるつもりは無いです~。隊の皆が、隊長を必要としていますから」

 フリージアは腰を上げると、「でわっ!」と挨拶して瓦礫の山を下って行った。

 向かった先は隊長の所だ。

 専属騎士や部下、国の人間に囲まれて笑っている、近くて遠い存在だ。

「ホント、変わった部隊」

 金髪の少女は微妙に冷めたスープの残りを飲み干した。

「でも、フリージアには上手くいって欲しいかも」

 それを聞いて、ジークは笑みを浮かべるのだった。





 ◆ ◆ ◆





 第三部隊が到着して1日後、ジークと金髪の少女の姿は国門の前にあった。

 今日、国を出る事にしたからだ。

 クレマーティの動きは気掛かりだが、オネットやフリージアが後の事は自分達に任せて欲しいと言ってくれたので出国を早めたのだ。

 ジークと金髪の少女を見送るのは、アリンとオネット、フリージアの三人だ。

 スミスは徹夜だったので宿の受付けで寝ている。

 治療を受けた女の子は順調に回復に向かっているらしい。

「では、ジークさん。カノンさんに宜しく伝えて下さい」

「ああ、元気でな。何かあれば連絡をくれ」

 と、握手を交わすジークとオネットから少し離れ。

「頑張って、フリージア」

「うう、ありがとうございます~」

 金髪の少女とフリージアが握手を交わす。

「あ……ちょっと待って。ジーク、少しだけいいかしら」

 一通りの挨拶を終え、出国しようとしたジークをアリンが呼び止めた。

 どこか哀愁の漂う微妙な表情で。

「じゃあ、私はここで。使命に戻らないと」

 一緒にいる必要性が無いので、金髪の少女は一人で門を潜って行ってしまった。

 結局名前すら知らないままであった。

 彼女の言う使命とはガラティンの抹殺の事だろう。

 ジークも気になる所だが、取り合えずギルド本部に戻らないと色々と面倒臭い。

「お前達も、ここでいいよ」

 少し長い話になりそうなので、ジークはオネットとフリージアへそう言った。

「そうですか。では、ジークさん。我々も任務に戻ります」

「ジーク先輩、また会いましょう~」

 一礼し、オネットとフリージアは街の方へ戻って行く。

 二人になった所で、アリンは口を開いた。

「やっぱり、貴方には知っておいて欲しいから」

 アリンは軍服のポケットから封筒を取り出して差し出してきた。

 若干、焦げてしまったのか茶色が掛かっているが、元は城の内面と同じ純白だったようだ。

 使われている紙も上質の物のようだ。

 受け取ったジークが、封筒を裏返す。

 ベールへ、と書かれている。

「これは?」

「専属騎士が陛下の部屋で見付けてくれたの。ミリ王妃から、ベール様へ宛てられた物よ」

 ジークは封筒から便箋を取り出して広げた。

 細く美しい文字が並んでいる。

 時間を掛けて丁寧に書かれた事が分かった。

 色褪せずに文字を残すインクは、そこに想いすら封じ込めていた。

 手紙にはこう書かれていた。




『ベールへ


 19歳の誕生日おめでとう。

 よく、今まで頑張りましたね。

 貴女には、とても辛い経験だったと思います。

 私の事をきっと、恨んでいると思います。

 でもその代わりに、今貴女の周りには沢山の大切な人達がいる筈です。

 それは貴女が、自分の力で手に入れた掛け替えのない信頼の証です。

 その証こそが王の証なのです。

 これからは、私の代わりにその証が貴女を守ってくれるでしょう。

 立派になりましたね、ベール。

 貴女を心から愛しています。』




 手紙はそこで終わっていた。

「つまり、これは……」

「王妃の本当の気持ちが込められた手紙よ」

 アリンは落胆を隠せない。

「城に残されていた資料によると、ミリ王妃は以前から王族の冷徹な教育体制に対して異を唱えていたようなの。そして、自身が病に侵されている事を知ったのもそんな時よ」

「病気だったのか?」

「ええ。症状が進行していて、数年の命だったみたい。でも、徹底して隠していたようだから、知っていたのは陛下と医者ぐらい。ベール様は確実に知らなかったハズよ」

「だろうな」

「それで……ミリ王妃は、それからベール様の教育を一手に引き受ける事にしたようなの。病と闘いながら、本当は好きな相手に冷徹に接して。身も心もボロボロになりながら」

 教育体制に唯一反発していた王妃が、愛情も残りの命も、己の全てを捨ててまで伝えたかった事があった。

 託したいモノがあった。

「世界を生き残る為の力を、自分の生き方を、ベール様へ教える為に」

 それは本当の強さであり、愛である。

「成る程な」

「半分は私の推測で、願望も少しあるけどね。でもこの手紙を読む限りでは、きっと……」

 アリンは微笑を浮かべる。

 それでも悲しみの方が勝っていた。

 王妃の命を懸けた選択が虚しい結果となってしまった事を、内心では嘆いているようだった。

「なら、俺も推測と願望を少し」

 手紙を封筒に戻し、アリンへ差し出しながらジークが言う。

「ベールは、この手紙を読んでいたと思う」

「えっ!?」

「熱で溶けて分かり難いが、封に使用されているシーリングスタンプに二度付けした痕がある。誰かが一度開けて閉じたんだ」

 驚いたアリンが慌てて封筒を裏返し確認した。

「あ……。でも、陛下が開けたのかも」

「手紙の最後の方に小さな染みがあった。水が滲んだみたいな。手紙を読んでて落ちる物っていったら」

「……涙?」

「ああ。国王は王妃の気持ちを知っていただろうし、使用人が開けるワケないからな。多分、王妃から託された物を国王がベールに分かるように、こっそり置いておいたんだろう」

「で、でも、それならベール様はどうして……!?」

「全てを知って、ベールは今までの生活に戻ったハズだ。王妃の為、国の為、自分の為に。だが、そんな時に事件が起こった」

「乗っていた馬車が、『竜』に襲われたのね」

「目の前で王妃が喰われていくのを見て、ベールの精神は壊れてしまった。王妃に伝えたかった想い、今までの全てを破壊されてな。ベールも『竜』の被害者だった、俺の想像だけどな」

 ジークは一息着く。

「国王が俺達に敵の正体を教えなかったのは、タビンを脅威に思っていたからじゃない。ベールが戻って来る事を信じていたからじゃないか? 命を落としてまで娘を守り抜いた王妃の意志を、今度は自分が貫く為にな。俺達はその牽制だった」

「そう言えば、食堂でタビンとベール様が話しているのを見て、陛下は難しい顔をしていたわ」

 アリンは手紙の入った封筒を胸に抱き寄せた。

「全部、『竜』のせいだった。貴方はそう言いたいのね」

「さっき言ったように、推測と願望だよ」

「ううん。それでいいわ。きっと、それが一番良いのよ」

「そうか」

 ジークは踵を返し、アリンへ背を向けた。

「その手紙、ベールの墓が出来たら添えてやれよ」

 軽く手を振ってジークは遠ざかる、門へ近付いていく。

「ジーク!」

 アリンが名前を叫んだ。

 ジークは振り返らず、歩みも止めない。

「色々と、ありがとう!」

 丁度門を潜った辺りで聞こえた感謝の言葉に、ジークは目を伏せて笑った。





 ◆ ◆ ◆





 特に急ぐワケでも無かったが、夜が訪れる前には峠を越えた先にある駅にジークは辿り着いた。

 普通もう半日掛かるのだが、身体の調子を確認する意味も込めて崖を直進してショートカットしたので異常に速かった。

 深い渓谷を望む形で建てられている駅は、定期的に汽車が停車する。

 闇に覆われた今は見えないが、渓谷に沿うように線路が敷かれ、谷には橋も架けれている。

 標高が高いので植物層は限られており、高い木々は姿を消し、短い雑草が足元に生い茂っていた。

 この先は険しい山脈や谷が行く手を阻む為、トンネルの中を汽車で通過してしまった方が遥かに楽である。

 一応、駅周辺には幾つか宿泊施設があり、汽車を待つ旅人が身体を休める事が出来るようになっていた。

 ジークもそうするつもりだったのだが、偶然にも汽車が停まっていた。

 聞けば、この先で落石があり、作業が終わり次第発車となるらしい。

 一応、空席を尋ねてみると前車両の個室タイプが一つ空いている、との事だった。

 しかし値段は通常の倍近くで、しかも先客のいる相席だと言う。

 少し迷ったが、時間を優先したジークはチケットを購入し、汽車に乗り込んだ。

 そして、個室のドアをノックしてから開けた瞬間、思わず固まってしまった。

「何の冗談だよ」

 そう口走る。

 相席の相手は知り合いだった。

「そっちこそ」

 金髪の少女は読んでいた本をゆっくりと閉じ、目を丸くした。

「お前なら、もう1本速いのに乗れただろ。どうせ近道して来たんだろうし」

「勿論、そのつもりだった。かなり急いで来た。けど、落石で汽車が遅れたの」

「ああ……」

 だが、偶然空いていた相席の相手がこの少女になるだろうか。

 そんな偶然を後押しするかのように、発車を知らせるベルが辺りに鳴り響いた。

 窓の外には、蒸気が漂い始めている。

「おいおい」

「取り合えず、座れば?」

 少女は向かい側の席を指差した。

 ジークは頭の後ろを掻きながらも、少女と向かい合うように席に腰掛ける。

 暫くすると、汽車は運命と同じように重低音と共にゆっくりと動き始めた。

 そして加速して行く。

 始まるのだ。

「なあ」

 窓の外を眺めている少女へ、ジークが話し掛けた。

 室内のランプの明かりに照らされた少女が、コチラへと顔を向ける。

「何?」

「その、なんだ……。お前の名前、聞いてなかったと思ってな」

 少女は一度、瞬きをした。

「意外」

「何がだ」

「興味無いのかと思ったから」

「聞き逃しただけだ」

「そう、なら良かった」

 少女はほんのりと笑みを浮かべ。

「……アルメリア」

 そして、口にする。

「私の名前は、アルメリアよ」

 本当は伝えておきたかった、その名前を。


 二人を乗せた汽車は、闇の中を突き進んでいった。 

お疲れ様でした。ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。

調子に乗って、早めの投稿になりました。

ようやく、終わりました。

『序章編』が。

一番驚いた事は、第一話で死ぬ予定だったアリンが生きていた事ですね。

取り敢えず、一区切り付きました。


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