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Dragon Dream Nightmare  作者: うーゆ
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竜を殺す者

 




 何故、勇んでここに踏み込んでしまったのか。

 何故、『彼』の言う通り外で待っていなかったのか。

 女は自分の軽率な行動と判断を酷く後悔していた。



 -大陸暦1732年。未だ世界は、呪われている-



 前方の壁一面に温かい鮮血がまた跳ね返り、怪物がニタリと笑った。

 赤黒く濁った瞳、灰色の肌。血塗れの鋭利な爪と裂けた口から覗く牙。浮き出た血管が巻き付く太い両の腕。

 人の形をしているが、腰から突き出た長い尾の存在が、その怪物を異形なモノへと仕立てている。


 女は恐怖で息を荒くしながらも、震える銃口と小型ライトの光をヒタヒタと歩み寄って来る怪物へ向けたまま発砲を続けた。

 だが、やはり。

 この程度の銃弾では歯が立たない。


 9㎜アンティア・フルメタルジャケット弾。

 対人として使用すれば、十分に殺傷力は期待出来るハズなのだが。

 大蛇の如くうねった俊敏な尾が、驚異的な速さで無情にもその全ての弾を叩き落としてしまう。

 洞窟を思わす薄暗い下水道内に、幾重にも轟く修羅場の銃声。

 排出された空薬莢が硝煙の臭いと共に宙に舞い、短い金属音を鳴かせて足元に転がっていく。


 小刻みに点滅するマズルフラッシュが照らし出すのは、壁に張り付いた夥しい鮮血。

 幅の広い足場の上に無造作に散らかるのは、食い千切られた手足。潰れた頭部。そして引きずり出された臓物。

 たった今絶命した女の仲間。大人四人分の変わり果てた死体だ。



 -人は『呪い』によって、異形の怪物……『竜』へと変異してしまう-



 数秒と経たずに銃は弾切れを起こす。

 その時には、怪物は女の眼前にいた。

 血に飢えた渇いた雄叫びが女に浴びせられる。

 呼吸すら儘ならない程の恐怖に、女の手から38口径の半自動拳銃が滑り落ちた。



 -世界は少しずつ、崩壊に向かっている-



 怪物が振り下ろす爪を、女はただ、怯えた瞳で受け入れるしかなかった。



 -誰にも止められない。止めてはいけないのかも知れない-




「何やってんだよ、アリン=フレーレ」




 -だが、その『竜』に対抗する特殊階級の騎士がいた-




 不意に聞こえた溜め息混じりの青年の声。

 アリンの背後から突風の様に現れたその声の主は、彼女に襲い掛かっていた怪物へ瞬速の飛び蹴りを喰らわせつつ、前方に降り立った。

 上下の服を黒で統一した、蒼い髪の青年だ。


 蹴り飛ばされた怪物は勢いよく汚水の上を数回跳ねた後、錐揉み状態でその先の壁に激突。

 堅牢な石造りの下水道の壁が、衝撃で粉塵と共に崩れ落ちた。


「ジ……、ジーク=ケニット……」


 現れた青年の名をポツリと呟いたアリンは、張り詰めていた緊張と恐怖から解放されたからなのか、その場にペタリと座り込む。

 まだ、両手は震えていた。


「外で待つように言っただろ?」


 一方のジークは首だけ振り返り、腰を抜かしている軍服の女を呆れたように半眼で見下ろした。


「わ、私も騎士の端くれよ! 闘う義務なら……」


 アリンは精一杯に己の権限による正当性を主張しようとしたが、僅かな怒気を含んでいたジークの眼差しに気が付き、言葉を失った。

 前髪で表情を隠すように、彼女は俯く。

 口にした正義など詭弁に過ぎず、目の前の惨劇は命令違反からなる最悪の結果である事を、彼女は理解しながらも受け入れられずにいた。

 その為、本来命で支払うはずだった代償を払拭してくれたジークに伝えるべき一言は、とうとうアリンの口から出ることはなかった。


 ジークは再び溜め息を吐き、顔を正面に戻す。


「まあいい。それより、急いでココから離れろ」


「え?」


「アイツはまだ、生きているからな」


 と、奥の闇の中で肉食獣の如き低い唸り声が猛烈に反響した。


 ゾクリと背筋を震わせたアリンは、座ったまま両腕で自分を抱きしめる格好になった。

 ジークの方を見上げると、肩越しに「早く行け」とハンドサインを送っている。

 出来ればそれに従いたいのだが。


「こ、腰が抜けて動けないのよ!」


 恐怖と羞恥からか、アリンは涙目で訴えた。


「お前、本当に騎士か?」


「う、うるさい!」


「仕方ないな。じゃあ、ここにいろ」


 ジークはそう言った後、不意に頭上の闇から襲い掛かってきた怪物へ素早く蹴りを放った。

 靴底は怪物の下顎を精確に捉えて真上に吹っ飛ばす。

 そして天井に激突して跳ね返ってきた怪物へ、真横から閃光の様な追撃の蹴りを浴びせる。

 怪物は汚水を挟んで反対側の壁に突っ込んだ。



 -『竜』との戦闘に特化した騎士-



 白煙の中、身体を起こした怪物は再び襲い掛かろうと両足の筋肉に力を込めた。

 だが。

 その時には既に。

 下顎に酷く冷たい物が押し当てられていた。

 それは、ジークが片手で構える散弾銃の銃口。

 怪物の目が驚愕で見開かれた直後、轟音と共に頭部が四散する。

 噴出した怪物の脳漿は後ろの壁に大きく飛び散り、生々しく赤黒く音を立てて張り付いた。



 -彼らは、世界でこう呼ばれている-



 ジークは手にしていた黒塗りの散弾銃の銃身を片手で中心から折り畳むと、腰の後ろの専用ホルダーへ戻す。




 -『竜』を殺す者、ドラゴンキラーと-




「……討伐、完了」





 -これは、きっと悲しい物語だ。呪われた世界で闘う一人のドラゴンキラーの、悲しい悲しい物語だ-







最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


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