紅三日月
「あ…がはっ!?」
真夜中
閑静な住宅街
ぽつりと灯った街灯
静寂を切り裂く呻き声
「き、貴様…何をした!?」
街灯の下
うずくまる男
瞳に宿る剣呑な光
傍らに転がる二本の刀
「別に?何もしてないわ」
静寂と暗闇
その向こうから響く声
それはまるで、鈴の音のようで
「あなたが勝手に飛び掛かって来て、勝手に転んだだけよ?」
カツ、カツ、カツ
等間隔に鳴り響く足音
街灯に照らされる茶色のローファー
「そうでしょう?政府のわんこさん?」
わんこと呼ばれた男は、その顔を屈辱に歪めた
声の持ち主は、男の目の前で立ち止まった
男は無意識的に見上げる
まるで銀河を思わせる、銀色の髪
小さな卵形の、整った顔
月光に煌めく、ピジョンブラッドの瞳
暗闇に浮き上がる、白磁の肌
華奢な躯を包む、簡素なセーラー服
漆黒のプリーツスカートからすらりと伸びる、細く長い脚
万人が、美少女と呼ぶであろう容姿を、彼女はその身に纏っていた
「うふ、ふふふ。こんな子供に負けて悔しい?」
少女は、優美な動作で前髪をかき上げる
額に刻まれた、小さな三日月のマーク
少女の唇が怪しく歪む
まるで、大人の女性のように
「まさか、お前……『研究所』の……!」
「ご名答。さすがね、これだけで解るなんて」
コロコロと可愛らしく笑う少女
その時だけは、年相応の雰囲気を表す
「……俺をどうする気だ?」
「うふ。解ってるでしょう?」
少女は流れるような動きで、武器を取り出す
それは、少女の体躯には不釣り合いな大太刀だった
少女が、細い腕でそれを振り上げる
その動きはまるで重さを感じさせない
「おいたをした犬は、きちんと躾ないと」
少女はふわりと笑った
頭上の大太刀が、月明かりに冷淡な光を帯びた
三日月が、二つあるように錯覚した
男は咄嗟に武器を取った
「さようなら」
少女の声と供に、大太刀が降り下ろされる
金属と金属がぶつかる音
僅かに散る火花
男の体に埋まっていく刃
同時に漏れる、絶望に満ちた悲鳴
骨を断つ、硬質な音
速度が落ちた切っ先
男の顔が、絶望と恐怖と諦観で固まる
刃先が地面に届いた時、既に男は事切れていた
闇を切り裂く三日月
宙を舞う鮮やかな緋色
純白のセーラー服を染める紅椿
月光が、朱色の少女を美しく照らす
「素敵な色」
ピジョンブラッドの瞳が、街灯で煌めく
茶色のローファーが軽やかな音を立て、遠ざかって行く
点々と赤い跡が、少女の行き先を無言で告げていた