第二部 第一話
第二部開始? だよ!
目覚めたのは深夜の3時過ぎだった。
リリーも都合よく先に起きていたから、2人でこの先どうするか話し合った。
つまり、このクソったれなゲームに乗るか反るか。
結論から言えば僕達はイベントを、ゲームを、あの老人の提案を、受け入れた。
妹には妹なりの理由があるらしいし、僕には僕の理由があった。
こんな不出来な身体で生まれ、性格だってひねてる。
それなのに両親は忙しくて十分とはいえないまでも、大きな愛と、自由な金を与えてくれたんだ。
だからこそ、僕はそろそろこの重たい鎖から父と母を解き放ってあげようと思う。
それだけの資金を、上手くすればこのゲームは与えてくれる。
普通ならクルーエル氏の発言は虚言と一笑にふしただろう。
でも、ゲーム内で課金する為のツールに与えられた、1枚の“電子小切手”が真実だと囁く。
世界最高のセキュリティで保証されたコレには今、僕の手持ちのゲーム内マネーの10分の1が数字で刻まれている。
同じものが全てのプレイヤーに配布されているのは間違いない。
そして例え1兆円だろうが、その倍だろうが、払うだけの資金をクルーエル氏は保有してるだろう。
だからこそ、こんな途方もないことを考えたんだろうけど。
「さて、準備はいい? リリー」
「……大丈夫」
宿屋の入り口で僕の隣に立ちこっくりと頷く妹様。
沈みはじめた月は真ん丸で、リアルよりずっと大きく美しい。
睡眠を取り、ステータスのコンディション値は最大値の100を示している。
辺りを見渡すも、ほんの数名しかプレイヤーは居らず、多くが新追加の睡眠システムに従ってると見えた。
ゲーム内からも見れる掲示板を見る限り、やっぱり小さな暴動が相次いだらしいから、行動するならこの時間が最適だってことだ。
「それじゃあ、先ずはクリスと合流しよっか」
「んっ」
「待ってましたわ、リリー、シズリ。本当、面倒な事になりましたわね」
そういってポーター前で所在なさげに立っていたクリスが、その身に纏った騎士甲冑を揺らして笑顔を向けてくれる。
白銀に輝く鎧やグリーブ、アームはどれも見事な意匠であり、その美しさに違わない能力を持つ。
確か、遺物級で、名前を“清浄に輝きし鎧”といった筈だ。
高い物理、魔法防御に加え、状態異常抵抗を2ランク上げる凄まじい特殊能力を誇ってると前に聞いた。
左手に持った銀と青に輝くナイトシールドも遺物級の一品だし、腰に佩いた剣も遺物級。
流石は大手の1つに数えられるギルドのサブマスターってとこかな?
「待たせちゃったかな?」
「いえ、どうでもありませんわ。それに、私がただ単に早くきていただけですもの」
「そっか、それならいいんだけど。やっぱり“戦乙女の輪舞曲”も大変だったのか?」
僕が尋ねるとクリスが目に見えて不機嫌な様子を見せた。
そもそもクリスの所属するギルド、戦乙女の輪舞曲は相当特殊な立ち位置にある。
なんせ、その所属員全てが“女性”のみで構成されているからだ。
それも課金ツールを通しての性別証と呼ばれる物を通した、虚偽は無論、ネカマが通らない徹底ぶりときてる。
そのせいで人数そのものは500名にも満たないらしいが、その結束力はOOO内のギルドでも間違いなく随一と言えるんじゃないだろうか。
「……ええ、色々ありましたわ。男性プレイヤーからの加入申請の山、この先の不安を感じての女性プレイヤーのこれまた加入申請。他大手ギルドからの合併提案。2つ目はともかく、最初と最後だなんて腹の底が見え透いてますわよ」
吐き捨てるように口にするクリスの姿に、僕は苦笑いで誤魔化すしかなかった。
リリー、妹様もなんて口にして良いのかと悩んでいる。
「おかげであの騒ぎから暫くは事務処理ばっかりだし、睡眠や疲労システムのせいで休憩は取らないといけないしで。結局こうして2人と向かうまで、転職すらできなかったのですわ」
「……でも、丁度よかった?」
「リリーの言うとおりだ。おかげでこうして3人仲良く転職出来るんだし、いいんじゃないかな」
「そうですわね。息抜きにもなりますし、やはり転職は楽しみですわ」
何となく続く台詞にツンデレを期待していたんだけど、残念。
クリスは少しその素質があるんだと思うんだけどなぁ。
それはともかく、転職は前提クエストがない。
その人が今まで通った道、つまりは行動の多寡で慣れる職業が決まるからだ。
といっても、戦闘傾向から全く離れるってことは流石にないと思うけどね。
「それじゃあ、転職の神殿に移動しよっか」
「了解ですわ」
「……んっ」
「久しぶりにここに来ましたわね。相変わらずなんと言えばよいのでしょうか……」
「神秘的って表現が僕は一番ピッタリだと思うよ」
「ええ、確かにジズリの言う通りですわ。この転職の神殿はまさに神秘的なのですわ」
リリーも来たことはあるだろうに、ポーターから出て広がる光景に目を奪われているようだった。
クリスの口にしたとおり、ここはそれだけグラフィック的にもファンタジー要素が強い場所だ。
空は薄紫色に輝き、明るさと暗さの中間を保っている。
天の川と多くの瞬く星々と、2つの赤と青の巨大なる満月。
見渡せば見える空の色を反射した雲海。突き出す山塊。
それが今いる場所をどこかの山頂だと教えてくれている。
様々な輝きを放つ大小様々なクリスタルが乱立し、淡く月の光を煌めかせる。
古代ローマを彷彿とさせる荘厳な神殿はどこか古びた印象の反面、その細かい装飾に思わず息を飲まずにはいられない。
ゲーム内資料では、天地開闢よりあり続ける、最も古い建築物の1つって設定だ。
「見惚れるのはいいけど、僕達の目的は転職なんだ、さっさと済ませてしまおう。気持ちは凄いわかるんだけどね?」
「これはお恥ずかしいところを見せてしまいましたわ。でも、流石トリプルオー3大景観ですわね」
「……綺麗」
歩き出した僕に着いては来るものの、きょろきょろ2人が周囲を見渡す。
正直僕だって暫く時間を潰したいくらいには、ここの景色は素晴らしい。
数は少ないけど、同じく深夜に転職しに来たどのプレイヤーも目を奪われているんだから。
今回のグラフィックの向上のおかげで、その精緻さ、美しさは心を奪うって言葉に値してる。
小動物のような反応をで見渡す2人はちょっと可愛いかもしれない。
なんて思いながら僕達は美しき神殿へと入り込む。
「ようこそ、転職の神殿に。英雄を志す者達よ」
中に入った瞬間、周りに居たプレイヤー達が突如消え失せる。
神殿は所謂インスタント扱いで、PT単位か個人で侵入を別けられるんだ。
目の前の薄い衣を纏った、人間離れした美貌を持つ神官も、きっと同じ言葉を今も他のプレイヤーに掛け続けていることだろう。
「僕達3人は転職しに今日は来たんだ。それぞれが選べる職業を教えて欲しい」
「了解しました、英雄を志す者達よ。貴方がたは確かに、次なる位階へと進むに相応しい経験を積んでおられるようですね」
感情の起伏もなく淡々と神官が告げ、台座に置かれた水晶に手をかざす。
すると水晶は薄青に発光し、奇妙な文字列がその中心で幾度も蠢く。
時間にすれば1分程度だろうか、発光が収まると静かに神官が口を開く。
「どの方も大変険しき道を歩んでこられたのですね。先ず、シズリ様には“付与師”の道、“鮮烈なる補助使い”の道、そして“指揮者”の3つの道が選べます」
「続いてリリー様は先ず、“元素導師”の道、“精霊使い”の道、そして“烈火導師”の3つのが選べます」
「最後にクリス様ですが、“上級騎士”の道、そして“聖盾騎士”の2つから選べます」
そこで神官のお告げは終わった。
どれも何となく予想は出来るが、それでも間違いがあっては困ると各職業の詳しい説明を僕達は聞きだす。
先ず、僕の3つの職業だが、付与師は付与師固有の攻撃スキルのツリーと、多くの弱体・強化の魔法を覚える支援使い。
鮮烈なる補助使いはより攻撃系スキルを多く取得し、攻撃と弱体を中心に選び抜かれた強化魔法を覚えていく。
最後の指揮者だけど、これはまるで戦場を指揮するかのようにと言う意味で付いた名前らしい。
あらゆる強化呪文、それに関するパッシブスキルを獲得する反面、一切の攻撃、弱体の魔法を捨て去った、言わば強化支援特化。
リリーはもっと分かりやすい。
元素導師は基本的な4属性、火・水・土・風の魔法を複合的に覚えていく、オールラウンダーな火力職。
精霊使いは無属性の魔法、ツリー毎に分かれた属性魔法、そして特殊な弱体魔法を覚える補助よりの火力職。
最後の烈火導師は完全なる火特化の火力職で、火属性を強化するアクティブ、パッシブのスキルを覚え、圧倒的な火力で相手を捻り潰す火力特化職。
クリスの上級騎士は多彩な攻撃スキルを獲得しつつ、ヘイトを稼ぐスキルを覚える火力寄りの盾職。
聖盾騎士は完全な盾職特化と言った内容で、攻撃スキルは大幅に減少。
その反面、強力な防御スキル、ヘイト上昇スキルを獲得する職業だ。
それらの説明を聞き、僕達は迷うこともなく頷きあう。
「僕は指揮者への転職を希望する!」
「……リリーは烈火導師の転職を希望する!」
「私は聖盾騎士への転職を希望致しますわ!」
まっ、僕達にとっては決まりきった内容だよね。
僕は完全なる支援を目指し、リリーは圧倒的火力を欲し、クリスは誰もを守り通す力を望んだ。
中途半端は要らない。器用貧乏はお呼びじゃない。
――僕達が目指すのは、その道のスペシャリストなんだから。