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第六話

 外着に着替えて……といっても、僕の持っている服装はどれも和装ばかりだったり。

 これは母が旧家と呼ばれる出の影響で、その容姿を色濃く受け継いだせいかこの手の衣服ばかり与えられてきた。

 僕自身別に不満はなかったせいか、見事に一般的な服がない。

 こうして時折家から這い出る際に、少々困ってしまうのは難だから、今度莉利に一着買ってきてもらおうかな?

 無い物ねだりをしてもしょうがないから、結局こうして柄が落ち着いた着物で外に出たわけだけど。


(……熱い。夏だからって、この地方で32度って、もう異常だよね)


 日よけの為に特注の和傘をさしているが、それでも照り付ける陽射しは僕を苛む。

 ここらは今じゃ少ない土地を贅沢に幅広く使った、いわば高級住宅街。

 目的のデパートまでは15分は歩かないといけない。

 額にじんわりと浮かぶ汗をハンカチで拭い、やっぱり帰ろうかな? なんて考えながらも歩き続ける。

 忌々しいくらい晴れた空は昨今騒がれてる空気汚染を感じさせない見事なまでの青だ。

 こんなことなら一足先にネットで食材を頼めばよかったかも。

 なんて後の祭りだし、こうして機会を作らないときっと僕はずっと家を出ないだろう。


(ちょっと休憩していこう)


 歩き出して10分、僕の肉体は情けないことに既に不調を訴えていた。

 何時もなら流石にここまで早くはないんだけど、この空気を読まない天候が体力を著しく消耗してくれる。

 この様じゃ、本当に荷物をもって帰れるんだろかと不安になるが、男としての意地もあるしここで諦めるのはちょっと情けない。

 デパートとの中間点にある今のご時世数少ない公園、そのベンチに腰掛け一休みと洒落込む。

 砂場で遊ぶ子供達が僕の姿に不思議そうな顔をしている。

 

(まぁ、和服なんてもうほとんど着る人いないもんなー)


 見守っている奥様方も洋装だし、子供達も同じだ。

 日本的文化は、電脳化が進むご時世に飲まれ廃れていくばかりってことである。

 今来ている着物や和傘なんて、どれも特注でもしないと最早手に入らない。

 その値段たるやあまり考えたくないもので、最初なにげなく聞いた時は足元が暗くなったりした。

 5分程呼吸を落ち着けた後、そっとベンチから立ち上がり公園を後にする。

 子供達に軽く手を振れば、不思議そうに返してくれる姿に微笑んでしまう。

 うん、あんまり人付き合いは得意って訳じゃないけど子供は純粋だから嫌いじゃない。



 その後、デパートで目的の食材他、暫く分を買い込み会計を終わらせ後にする。

 が、両手を塞いでしまった荷物に流石に不味いかなぁと感じる。

 持病はその特性上アルビノに似た性質を合わせており、直射日光の浴びすぎはよくない。

 つまり、こうして和傘を差せない状況は不味いんだけど、どちらにせよ食料は買い込まないといけないんだし、しょうがないよね。

 莉利、妹様に本来なら頼むんだけど、OOOのアップデートもあるんだから仕方ない。


「……でも、やっぱり無謀だったかも」


 口にするとより一層体調の悪さが際立ってきた。

 平均的な男性より間違いなく筋力のない腕じゃ、2つの買い物袋だって中々辛い。

 直射日光で具合は悪くなるし、衣服から出た肌はひりひりとする。

 この辺りは交通手段が徒歩以外殆どないのも、今の状況に拍車をかけていた。


(ダメダメ! 弱音吐いてたら、本当に倒れちゃうって!!)


 気合を入れ直し足を踏み出そうとした瞬間……


 ――あっ……


 ぐらりと身体が傾いて、思考が暗く霞掛かっていく。

 まずい、貧血だ。

 そう思うも、肉体の制御は既に意志を離れすぅーっと意識は薄れていった。

 最後に聞こえたのは、荷物が散らばる遠い音と、こちらを気遣う誰かの声だった気がする。








「……んっ」


 ぼんやりと思考が定まらない。

 視界がぼやけ、体調が優れないのを感じる。

 僕は一体……と、そこでようやく自分が倒れたのだと思い至った。


「あら、目が覚めましたことシズリ?」


 隣から掛けられた声にそちらを見れば、1人の女の子がこちらを心配そうに見つめていた。

 多分だけど、この人が倒れた後助けてくれたんだろう。

 柔らかな天蓋付きのベットで寝かされていたらしく、慌てて起き上がる。

 一瞬ふらっとしたが、それより聞かなければいけない。


「助けてくれてありがとう。でも、どうして僕の名前を?」


 その言葉に顔を傾げる少女。

 見事なブロンドの巻き毛がそれに合わせ揺れる。


「シズリ、ですわよね?」

「う、うん。確かに僕はシズリだけど、どこかで会ったことあったかな」


 自慢じゃないけど、僕の交友関係は非情に狭い。

 現実じゃそれこそ妹様を除けば片手で数える程も居ないんじゃなかろうか。

 少なくとも、目の前の外国人、それも随分な美少女の友達、知り合いは居ない筈なんだ。

 だからどうして僕の名前を知っているのかも、そんな傷ついたような顔をするのかもわからなかった。


「そ、そうですわよね……現実ここじゃ分かりませんわよね。わたくしの名前はクリスティアーヌ・ド・オリヴィエ。トリプルオーではクリスティアーヌと名乗っていますわ」


 クリスティアーヌ……え、クリスティアーヌって、あの“クリス”?

 それなら納得だった、クリスはゲーム内じゃ騎士甲冑姿だから、こうして私服姿だと僕の脳は判別できなかったみたい。

 でも確かに言われば、その特徴的かる豪奢な巻き毛や、勝気に整った容貌はOOO内のクリスのアバターそのままである。

 僕の驚いた顏に満足したのか、ずいぶんと嬉しそうだ。


「ごめん、トリプルオーじゃ何時も鎧姿だから分からなかった」

わたくしはすぐにわかりましてよ? あっ、シズリだって」


 ぷくりと頬を膨らませて抗議する姿に苦笑してしまう。


「本当、ごめんごめん。というか、今更だけど、僕を助けてくれてありがとう。クリスが助けれくれなかったらどうなってたか、正直想像もしたくないよ」

「びっくり致しましたのよ、出掛けの帰り、車の中からふと視線を窓に映せば、トリプルオー内の友人そっくりな方が倒れるところでしたんですもの。慌てて停めさせて、荷物とシズリを乗せて此処に運び込んだのですわ」

「そっか、改めて迷惑掛けちゃってごめんね」


 僕がそう申し訳なく告げれば「そんなことありませんわ! シズリでしたら、どんなことだって迷惑なんて思いませんもの!!」なんて、嬉しいことを言ってくれる。

 

「それじゃあ、ここはクリスのおうちなんだ?」

「いえ違いますわ。わたくしの家系は昔から日本贔屓ですから、この家は別荘の1つですの」

「だからそんなに日本語が上手なんだね」

「ええ、小さなころから随分と勉強致しましたわ!」


 嬉しそうに口にする顏は満面の笑顔である。

 どうやらクリス自身も日本が好きなのだろう。

 それいにしても“ここ”が別荘だなんて、実に驚きだった。

 僕の家もそれないりに大きいけど、多分この家はそれ以上だ。

 なんせ今いる部屋もクリス曰く客室らしいのだが、それにしたってかなりの広さである。

 使われている丁度もアンティーク調で実に品が良い。

 窓から見るに2階のようだけど、家を囲む鉄作も凝った意匠ときた。


「クリスがお嬢様なのはなんとなく知っていたけど、こうして見るとちょっと驚きだなぁ」

「別に私がすごいのではなくて、両親が立派なのですわ。それに、だからってシズリは接し方を変えたりしないのでしょ?」


 そりゃそうだと僕は笑う。言えばクリスは嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「あっ、今何時?」

「もうすぐ16時ですわね」

「いっ、急いで帰らなきゃ!?」


 トリプルオーのログイン時間もあるが、それ以前に妹様が戻る前に帰らないとなにを言われるかたまったものではない。

 ぐちぐちとお小言だけですめばいいけど、泣き出されたら兄として痛恨の極みである。

 

「それでしたら車で送りますわ」

「いいの?」

「ええ、勿論ですわ。シズリの家の場所がわかるんですもの」


 そう茶目っ気たっぷりでウィンクしてみせるクリス。

 ここがどの辺りかも分からないし、素直に僕はその提案に頷いた。


「それでは行きますけど、体調はよろしくて?」

「うん、流石に大分よくなったよ」


 アピールするように勢いよくベットから降りるも、情けないことに僅かに足元がふらつく。

 すぐにクリスが支えてくれたけど、その表情はどこか呆れ顔だ。

 いや、うん……ほんとごめん。


「……はぁ、その様子じゃ心配でたまりませんわ。今日はうちに泊まっていっては如何かしら」

「トリプルオーにもログインしたいし、それに妹が帰ってくるからね。ご飯の用意は僕の役目だし、気持ちは嬉しいけど、ごめん」

「仕方ありませんわね。お泊りは次の機会とっておきますわ。それでは、行きますけど、今度は倒れないようにお願い致しますわよ?」

「わ、わかってるよ!」


 からかってくるクリスの言葉に頬が熱くなる。

 ゲーム内じゃ、もう少しクールな印象があったんだけど、そうでもないのかもしれない。

 さて、早く帰ってご飯も用意して倒れたことを隠し通さないとね!




後書き


次回か、その次で場が動き出す予定。

ゲーム内の友人が近くに住んでいたはデフォ。

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