第四話
「やっぱ一応竜なだけあって、大きいなぁ……」
僕が漏らした言葉にリリーが同意とばかりに頷いた。
風の渓谷。深く、そして雄大な渓谷を模したMAPであり、飛龍種、とくにウィンドワイバーンと呼ばれる翼竜が多くすむフィールドだ。
その景観は数あるVRMMOの中でも、トップラクスのグラフィックを誇るこのOOOだからこその圧倒的威容である。
噂じゃ、このMAP一つの為だけに専用のサーバーが用意されたとかなんとか。
その風の渓谷に来てる訳だけど、正直あんまり人気のあるフィールドじゃない。
「……風が強い」
ぽつりと妹様が呟くのも無理もなかった。
風速にして10メートルを越す風が常に吹き荒れ、時にその倍に達するという。
更に足場が岩ばかりであり、渓谷同士を繋ぐ大小様々な自然の橋を渡らなければろくな移動もままならない。
道幅も狭い場所が多く、足を滑らせれば死亡判定確定の荒々しい激流が口をあけて待っている。
専用の対策を必要とする為、通常このMAPは狩りに使われることはないんだ。
正直に言えば、僕だって少し怖い。リアルなグラフィックなおかげで倍率ドンである。
それに、時折空や渓谷の岩場に見えるウィンドワイバーンがまた大きいのだ。
全長にすれば4メートル前後、大きいものだと、6メートル強はあるだろうか?
分類で言えば中型と呼ばれる区分になるし、大型区分の魔物は10メートルを超えるのだからマシとはいえ、その迫力は侮れないね。
何時までも突っ立ってる訳にもいかないから、妹様の肩をちょんっとつつき、先を歩き出す。
下から吹き付ける風は、補助呪文“エアフィールド”によって、そよ風程度の抵抗に下がっている。
風系統の地形干渉その他を軽減する魔法で、他属性と合わせて結構重宝してたりする。
「よし。じゃあリリー、始めるけどいい?」
「……んっ、何時でも大丈夫」
暫くした先、大河の半ばまで迫り出した幅広の崖で戦闘準備を始める。
似たようなポイントは幾つかあるけど、ここが専ら僕達が使っている狩場だ。
「んじゃ、強化呪文かけるな」
こくりと頷くリリーを合図に、次々と強化の補助呪文を重ねていく。
最大マジックポイント、MP量を引き上げる“マジックアップ”。
最大HP量を引き上げる“ライフアップ”。
続いて魔法攻撃力に影響を与えるINTを、割合で底上げする“インテリジェンスパワー”。
状態異常の成功率やその他に影響する“テクニックパワー”。
対象の致命打率を10パーセント上昇させる、“クリティカルパワー”。
そしてその戦闘中、初撃のみ一撃の威力の最終計算値に×1・5する“巨人の一撃”。
ここまでの強化を流れるように呪文を詠唱し、重ね掛けしていく。
どのスキルも限界レベルまで取得しており、INT特化型のリリーなら最終的に一撃のみなら、3倍ほどダメージが変わる筈だ。
もう少し強力な補助呪文もあるんだけど、正直MPの4割を使ってることを考えると、これ以上は使いたくなかった。
MPポーション代だって馬鹿にならないし、使う呪文はまだあるんだ。
「リリー、目標は前方やや右の岩場に見えるウィンドワイバーンだよ」
「一撃で仕留める」
いや、それは流石に無理だと思うよ……
気炎を吐かんばかりに勢い込むと、“スロウチャンター”の呪文を唱える。
リキャスト時間が1分と長いが、次の一撃の威力をスキルレベルに応じて上昇させる優秀な魔法だ。
これで準備は万全とばかりに少しだけ笑い、朗々と今持ち得る最高の攻撃呪文を唄いだす。
「明けの明星よりなお輝きし存在、地のマグマよりなお猛し存在、遥か遠き場所で天輝かせし存在よ、我が身我が契約によってその力一欠けらを貸したまえ――“コロナ”!!」
完成と同時、詠唱式スキルの行使より更に威力を高められた上級火炎呪文“コロナ”が、その猛威の牙を振るう。
うたた寝をしていたウィンドドラゴンの眼前に、巨大な青白い球体が出現、まるで風船が割れるように弾け凄まじいまでの熱量と青い焔をまき散らした。
轟々と空気を燃焼し、摂氏数千度の焔が竜の鱗越しに大ダメージを蓄積させる。
『グルァアァアアアアァアッ!!』
瞬間的に稼がれた膨大な敵愾心により、その巨大な翼をはためかせてリリー目指して飛翔――することはなかった。
「悪いけど、正面切って戦うつもりはないんだ。そこで大人しくしといてくれると嬉しいな」
動き出すより早く、僕の拘束系呪文“チェーンバイト”がウィンドドラゴンの身体を雁字搦めにする。
野太い鎖が何もない空間より幾条にも伸び、その四肢、首、腹に巻きつき拘束していく。
以前使った自然系を模した拘束呪文より、一段高位なだけあって、格上の亜竜といえどきっかり20秒ほど動きを止めてくれる筈だ。
そして、そうなれば後はリリーの独壇場である。
「――――――ッ! ――――ッ! ――――――ッ!!」
次々と聞き取れないほどに高速で紡がれる呪文の数々。撃ち出されるファイアボールにフレアランサー、フレアボム。
高速詠唱により早められた呪文詠唱は、実に5倍強の速度で詠唱を紡ぎだす。
轟々と燃え盛る火の玉が直撃し、直径1メートルの炎の槍が幾本もその翼を貫き鱗を打ち据える。
本来一撃の威力が高い魔法は、一撃毎に必ず数秒の呪文行使不可時間が発生するのだけど。
“チェーン”という、とあるレアスキルがMP消費量倍という枷と引き換えに、その常識を食い破ってくれる。
きっかりMPを全て消費し尽くす少し前、時間にして15秒で哀れウィンドドラゴンの膨大なHPは空となった。
「うん。まさにリリーは歩く砲台だよね、瞬間的火力ならカンスト組も凌ぐんじゃないかなぁ」
いやはや、我が妹様ながら実に化け物じみた性能だと思うよ。
レアスキルは数多くあれど、その取得条件は半数以上が未知数。
チェーンに関してはなんとなく予想ができるし、ほかに取得してる人もいるだろうけど、今だ情報掲示板に出てこないってことは僕と同じ考えなんだろうね。
情報は大きな武器だ。とくにレアスキルのような、偶発的、運に作用され、しかも強力なものなら尚更に。
ウィンドドラゴンのHP総量は“中型”補正もあり、“小型”のおよそ10倍に匹敵する。
それを1分足らずで殲滅できたのは、やはりチェーンスキルによる恩恵が大きい。
「リリーが居てよかったよ。これならなんとかアップデートに40レベルまでこぎ着けそうだ」
「これくらい、平気。早く次狩ろ?」
「了解。次は向こうのちょい大き目のウィンドドラゴンを狙おう。今のは大したドロップ無かったし、ブーストモンスターならもうちょいマシな物くれるかも」
「任せて」
だからそのドヤ顏はどうなんだろうか。
まぁ、僕の役に立てるのがうれしいのは分かるんだけどさ。
僕だってリリー、妹様の役に立つことがあればやっぱり嬉しいから分かる。
中型はドロップ量も小型枠に比べて多く設定されてるけど、今のはかなりしょっぱかった。
レアドロまではそう期待してないけど、生産素材とか換金アイテムくらいは落として欲しかったかな。
まぁ、亜竜狩りは始まったばかりだし、渓谷侵入時に経験値上昇の課金アイテムも使ってるんだ、さっさと次を狩ろう。
欲を言えば、リリー希望の精霊石がドロップしてくれれば、文句はないんだけどね。
「あ、経験値上昇薬の効果切れたや。いったん休憩にしようか」
「んっ」
狩りを始めて1時間、課金アイテムの効果が切れたし、休憩には丁度いいだろう。
時間はまだまだあるけど、集中して狩りをしていた分疲労も蓄積してる。
インベントリから“リンゴ”を取りだし齧れば、瑞々しい食感と味が身体に染み渡る。
複雑なものは今だ実装されてないけど、簡単な食材や料理はトリプルオーでも用意できる。
現実のお腹は膨れないけど、こうしてリフレッシュするには食物は実に有用だ。
「――ジーー…………」
「はいはい、わざわざ口にしなくてもあげるよ」
苦笑しながらもう一つのリンゴを取り出しリリーに渡す。
ローブの裾できゅっきゅっと皮を拭くが、別に汚れはない。
そこまでのデータは流石に盛り込めないのか、ほかの果物も基本的に洗う必要がないんだ。
でも僕も結構同じことをやるから、心理的問題なんだろうね。
「……おいしい」
満足そうにしゃりしゃりとリンゴを頬張る姿になごむ。
実に癒される光景です、はい。
渓谷から聞こえる強風の音も、激流の轟音も、風の補助呪文でまるで心地よいせせらぎのように聴こえる。
こうしてゆっくり眺めれば、現実じゃまずお目に掛かれない風景だし、これだけでも一見の価値ありというやつじゃないだろうか。
手頃な岩に2人して背を預けリンゴを齧る姿はちょっと笑えるかもしれない。
戦闘だけがこのゲームの楽しみじゃないし、まぁいっかと、のんびりこの1時間で得た戦利品を確認する。
「うーん。精霊石はドロップしてるけど、リリーが欲しい等級には及ばないなぁ」
「ドロップすればいいかな、くらいだし、構わない」
それでもまぁ、これらの精霊石を一纏めで売ればまぁまぁの値段にはなるだろう。
他にも風翼竜の爪や牙、翼膜やら角なんて素材から、風翼竜の心臓、血液、肉なんて換金アイテムが主なドロップだ。
その中に数個装備品や装飾品が混じってるけど、見る限りよさげなのは2点だけだった。
“風翼竜の耳飾り”
等級:名品級
必要ステータス:無し
能力値:AGI+10 DEX+6
効果:移動速度が3%上昇する
“ウィンドナイフ”
等級;名品級
属性:風
必要ステータス:STR10 DEX45 AGI50
能力値:物攻64 魔攻42 AGI+15
効果:5%の確率で固定風属性の追加ダメージを加える。
耳飾りは必要ステータスが必要ないという点で優れている。
短剣に関してはそう目立ったステータスじゃないけど、要求ステータスの割にはそこそこの攻撃力だ。
固定ダメージ追加は堅甲な魔物に有用だし、そこそこの値段で売却できそうである。
相場は後で調べるとして、少なくとも今回のPOT代を賄ってお釣りは出そうであった。
残念ながらリリーと僕が使えそうなものはなかったけど、流石にそれは高望みしすぎだろう。
それにまだ時間はあるんだ、もしかしたら“遺物級”を落としてくれるかもしれない。
「よしっ、じゃあまた続きやるけどリリーはおk?」
「大丈夫」
「それじゃあ補助呪文掛けなおすよー」
――そうして僕達はPOTが切れるまで亜竜狩りを行うのだった。
後書き
STRとかは各自で調べてみてください。
ストレングスなどの略称です。
リキャスト=スキルに設定されている次使えるまでの待機時間。
狩り=レベル目的、アイテム目的など様々な“狩り”がある。
妹様は一見チートですが、欠点としてスペルキャスターにあるまじきMPの低さなどがあります。
威力特化のせいで、チェインスキルを使わないと、一撃毎の待機時間も長いです。
レアスキルとかはおいおい説明をば。
元から書き進めてる小説を書いてて遅れました。
とりあえず、今までより多めの量で。