第三話
出勤前投稿
“僕達”は今、専用機器を通じてトリプルオーにログインしている。
あれから風呂を上がり、いち早い就寝について、だ。
昔は無理だったみたいだけど、今は睡眠と同時に仮想世界へと没入できるから、時間の無い人もゲームができるらしい。
逆に言えば、廃人や廃神を更に量産することになった訳だけど。
「どこ、いく?」
隣で暇そうに杖を弄んでいるのが我が妹様。
何を隠そう、僕の3人のフレンドの一人でもある。
……凄く悲しいね。
とんがり帽子にゴシック的なフリルやレースの多いローブ、そしてマント、杖。
いかにもな見た目、装備だけど、どれもRareと呼ばれる、一般装備とは性能を異にした一品だ。
「そうだなぁ。リリーが今日は居るんだし、少し格上でも狩ろうか」
「……お金稼ぎもかねて、亜竜狩り?」
「あー……やれないこともないけど、アレって、モブのくせにやたらと強いんだよね。リターンもその分見合ったものだけどさー」
「経験値、おいしい」
確かにその通りである。亜竜と言っても種類は多岐に渡るが、恐らく今回は翼竜・ウィンドワイバーンを指してると思う。
妹様、主に火と風の魔法を使うし。風属性相手には高いアドバンテージを持つ。
それにしてもやけに推してくるけど、ウィンドワイバーンて何かRareドロあったっけ?
……あ、装備は落とさないけど、確か装備に合成できる“精霊石”で結構ランクの高い物落としたっけ。
「わかった、じゃあ今日はウィンドワイバーン狩りにしよっか。風の渓谷は近くに補給拠点がないし、回復アイテム先に買わないと」
「んっ」
こくりと頷いたリリーを連れて、“ヘルミーナ帝国”首都、“ヘルミーナ”のログイン地点である中心地にある大広場を後にする。
巨大な噴水と庭園が合わさったこの場所は、一種の観光スポットでもあるし、常ならばカップルが多数居るんだけど……
見かけないのを確認するに、きっとみんなレベル上げに勤しんでるんだろうね。
アップデートまでにできるだけレベルを上げたいってのは、僕以外のみんなも考えてるってことだ。
庭園を抜け、南のメインストリートに入れば、そこからは賑やかな喧噪が聴こえてくる。
右を向いても左を向いても人だらけで、人種も実に多様だ。
定番のエルフや獣人やドワーフ、小人族、ドラゴニアンは勿論、一定条件で人間種からなれる吸血鬼などといったレア種さえちらちらと目に映る。
身に着けている装備も誰もがRareものであり、中には“遺跡級”のような高Rareぽいのも見かけた。
流石は現在最高レベルのカンスト者達が拠点とする場所って感じかな。
「すいません。上級MP回復POT99個を2セット、中級HP回復POT50個を2セット下さい」
南のメインストリートは言わばプレイヤー達による商店街のようなものだ。
貸家を契約や買い上げで個人店を持つ強者から、道端で商いを行う露店商まで実に多様。
そんな中、POT専門の露店を僕は目敏く見つけ、値段を確認して店主だろうプレイヤーに頼む。
「中々買い込むね、お嬢ちゃん達。これからこもるのか?」
「はい。これから風の渓谷でウィンドワイバーン狩りをする予定なんです」
お嬢ちゃん発言に一瞬頬が引き攣りそうになったけど、店主に悪気はないのだろうと思い直す。
隣でなぜかドヤァ顔を披露する妹様の脇腹を、とりあえず抓っておく。
恨みがましい目をおくってくるが全くもって無視。
「なるほどな。アイツは割のイイ獲物だからなぁ。だけど、見たところ2人だろ。それに、両方後衛だろ、大丈夫なのか? ウィンドワイバーンは推奨レベルこそ39となってるが、ソロで相手取るならカンストしてないとキツイぞ。適正帯なら王道メンツが欲しいくらいだ」
人懐っこい顏で心配そうな顏を見せて注意を促してくれる。
どうもお世話好きと言うべきか、なんというか。実に人のよい店主だと思う。
確かにウィンドワイバーンを相手にするなら、ソロならカンスト、適正あたりなら前衛、回復、火力の王道3組が欲しいかもしれない。
ただまぁ、僕も妹様もちょっと特殊だからこれが平気だったりするんだよね。
「ご心配有難う御座います。でもウィンドワイバーンは前も狩ってたんで大丈夫ですよ」
「そっか、なら余計だったな。と、代金は合わせて180kだ。トレード申し込むぞ」
言葉通り直ぐにプレイヤー“ダンディオン”からトレードの申請が来る。
了承すれば個人間でしか見えない半透明のウィンドウが目の前に現れ、即座に相手のトレードにPOTが並ぶ。
それをしっかり確認したが、少し個数が多い? まぁ多い分にはいいかと、こちらからも180kを振り込む。
僅か後、トレードが成立しウィンドウが消えていく。
「毎度あり。お嬢ちゃん達は別嬪だから、オマケしといたぜ」
どうやら上級MP回復POT5個多かったのはそういうことらしい。
ただその理由がちょっと複雑な部分ではあったけど、実際このアバターだとこういうことが多かった。
いわば美人は得であるってやつなのだろうけど。僕は男なので、ちょっと申し訳ないと思わないでもない。
少しだけもやっとした気持ちを抱きながら、妹様とフィールド移動専用転送装置、通称“ポーター”に向かって露店を後にする。
「……べっぴん」
「僕は男です。きっとリリーのことだよ」
少しして、人がまばらになってきた途端これである。
言い返すも、既に慣れっこで諦めてもいたり。
客観的にみればそう呼ばれるに問題ないアバターなのだ、実際。
だからって、どうして妹様はそうも嬉しそうなのか、少々理解に苦しむんだけどね。
暫く歩くと、南門近くに大き目の広場が見えてきた。
そこかしこに数人入れるくらいの金属的なボックスがあり、それが目的のポーターだ。
ファンタジーな世界観にこうしたSF的装置があると、ちょっと面白い。
けど、どうもメイン、サブのクエをやってると、古代文明やら機械文明なる単語が出てくるから、その遺産って設定だろうか。多分。
実際高Rareの武器でライトセーバーなる光の光化学兵器があって、実にバカ高い値段で取引されているのを前に見た。
性能的にはもっと安くてもいいだろうに、そんなにウォンウォン唸ったり、光ってたりする剣がいいんだろうか?
「さて、じゃあリリーは準備おーけー?」
「フル装備。大丈夫」
グッと両手で杖を握り込む姿は表情こそ感情に乏しいが、実にやる気に満ち溢れている。
これなら実際の戦闘でも多いに活躍してくれるだろう。
――思いのほかいい稼ぎができるかな、とか思いつつ、僕達はボックスに入り込むのだった。
後書き
POT=ポーション
~~k=ゲーム共通で貨幣をこう呼称することが多い。
1kで1000、更にメガ、M、ギガ、Gとか繰り上がっていく。
後ほど作中でもでるけど、レア度にも種類がある。
既製品<名品《マジック級》<遺跡級《アーティファクト級》<現在未実装<現在未実装