第二話
妹は好きですか?
「ただいまー」
「……おかえり、お姉ちゃん」
「いや、お兄ちゃんだから。お姉ちゃんじゃないって、何時も言ってるよね?」
ログアウト後、自室から一階に降りて、リビングのソファーにだらしなく寝そべる妹様に声を掛ければこれである。
何度注意しても改めてくれないので、最近では半ば容認してしまっているのは否めない。
「で? シチューだよね、今日。別にわざわざ“only one online”にダイブしてまで呼ばなくても……」
「んっ……お姉ちゃんと一緒がよかった」
普通の兄なら、ここで妹様の言葉に感涙するのだろうが、僕はそうじゃない。
第一、そう口にしながらも今だソファーに寝そべっている。
まくり上がった、ゴシック調のスカートから覗く太ももの白さが眩しい。
それに声音も平坦でそれが口だけだってのを教えてくれる。
つまり、である。
「はいはい、準備が面倒だったんだよね」
「……かもしれない」
やる気のない声でそっと横を向いて我が妹様。
どうやら多少なりとも自責の念というか、なにかを感じてはいるらしい。
リビングと一体型のキッチンには、温めた様子のない鍋が一つ。
火を付けることすら面倒だったのだろうか?
「じゃあ準備するから、茶碗を用意してよ莉利」
「……わかった」
のっそりと起き上ると、酷くだるそうに食器を棚から出しモノトーンのテーブルに並べだした。
我が妹様は頼めば存外手伝ってくれるのだ。
それなら普段から自分でやれとは言わないのが、よい兄の条件だと僕は思う。
さて、それじゃあ妹様。もとい莉利の為にシチューを温めますか!
「ごちそうさま」
「……もう、むり」
「そりゃー僕の倍近く食べてればそうなるよ……」
最初から白米に具をぶっかけたかと思うと、そのままもしゃもしゃと無表情で食べ始めたのだ。
その量たるや、実に僕の倍。それは苦しくなるだろう。
莉利は僕と変わらない身長のくせに、実に健啖家である。
それなのに細見の体型は変わらないのだから、人体って神秘に満ちているよね。
「ちゃんと自分の分の食器は片づけるんだよ?」
「うん、わかった」
「んじゃ、僕は先にお風呂はいって、また“OOO”にログインするから」
なんせ、時間が惜しい。UPデートまでになんとか40にしときたいんだ。
のっそりと苦しそうにしながらも、しっかり食器を片づけだす莉利を横目に見つつ、僕は着替えを自室から持ち出して、風呂場に急ぐ。
脱衣場で手早く衣服を脱ぎ、洗濯機に放り込む。家からあまり出ないけど、衣服は毎日変えるのは当たり前だよね。
現在じゃ珍しい一軒家もあって、僕の言えの風呂は中々広い。
少なくとも2人、3人くらい入っても狭さを感じないだろう。
白いタイル張りの床はひんやりとしており、前を見れば大きな姿見が僕を映している。
我ながら貧相な体であった。
ほっそりとした四肢から始まり、なぜか無駄に腰にくびれがあるし、臀部のラインはなだらかだ。
お腹を触れば、余分な脂肪が多いわけじゃないけどぷにっとした感触。
腕も太ももそうだし、どう見ても男が持っていい体型じゃない。
これだから莉利にお姉ちゃんなどと言われるのだ。
唯一股座で自己主張している分身体が無ければ、自身ですら性別を疑問に思う。
「――んっ?」
今、何か衣擦れの音がシャワーの音に紛れて聞こえたような……
まさかと思い後ろを振り返った瞬間、ガラガラ! と音を立てスライド式の扉が開く。
そこに居たのは不埒な痴漢でも、物取りでもなく、我が妹様。
唖然――――は、しない。
というか、結構な頻度で莉利は僕が入浴してると乱入してくる。もう慣れっこだった。
「まったく……いくら双子だからって、性別は違うんだよ? もっと慎みを持たないとダメだよ莉利」
僕の言葉もどこ吹く風と、胸も下腹部も隠さず堂々と中に入ってきたと思えばピシャリと浴室の扉を閉めてしまった。
堂々としているのはいいんだけど、正直いって妹様の体型はおせじにもグラマラスとは言えない。
なんせ身長は僕と変わらないし、体重だって似たようなものだ。
必然体型も近いものになるわけで、寸胴ではないけど、女性としての丸みはやや足りなかった。
「莉利も年頃なんだし、お兄ちゃん相手とはいえ肌を見せるのはよくないって」
「……かまわない」
これである。妹様には羞恥心はないのだろうか?
女性として魅力溢れる体つきじゃないとはいえ、純粋に莉利は美少女と言えるし、身体も美しい。
もう少し自覚ってものを持った方がいいんだろうけど、一向に改善してくれない。
「はぁ……莉利の嫁姿は暫く見れそうにないね」
「大丈夫。お姉ちゃんをお嫁さんにもらうから」
冗談であればいいのだけど、こんな時の妹様の声音は実に感情が籠っていて怖いのだ。
でもまぁ、僕としても、そんじょそこらの馬の骨に莉利をくれてやるきはないんだけど。
「――くちゅん」
「……ああ、ほら、おいで。突っ立ってたら寒いよ?」
あっさり中には入ってくるくせに、隣にある椅子はおろか、僕が許可しないと入口から来ようとしないのだ。
無駄に律儀なのが妹様であり、可愛いところだ。
こくりと頷き、素直にちょこんと隣に置かれた椅子に腰かける。
もう一つのシャワーノズルを渡せば、何度か温度を触りつつ調整し身体にかけはじめた。
寒さで白さばかりが目立っていた肌も、次第に赤味を帯び、頬が紅潮していく様はちょっと面白い。
手に持ったシャワーをその頭に向け、僕より圧倒的に少なく、肩までしかない莉利の髪を濡らしていく。
軽く波打った見事な“ブロンド”の髪はさらさらと手触りがよく、水分を含みしっとりと絡みついてくる。
慣れたもので、何も言わずに目を瞑ってくれるので、そのままシャンプーを少し薄めて頭を洗う。
頭皮や髪を傷めないように気を付けつつ、痒いところはないか聞く。
「どう?」
「……きもちいい」
口元を見れば実にうれしそうに笑みを浮かべており、僕としてもうれしくなる。
暫くして湯で流せば、なにやら期待した瞳をこちらに向ける妹様が1人。
これも慣れたもので、黙って頭を差し出してやる。
洗ったら今度は洗ってもらう。暗黙の了解だが、最初に言い出したのは妹様だったはずだ。
「お姉ちゃんの髪好きだよ」
そういって壊れ物を扱うように洗っていく姿は実に微笑ましい。
どうもこの髪が本当に好きらしく、事あるごとに触りたがる。
朝などは人が低血圧なのをいいことに、気づけばずっと髪を梳かれたりしていることもしばしば。
妹様のブロンドも綺麗だと思うんだけど、なにやら拘りがあるらしい。
そうしてお互いの髪、身体を洗いあい、その間に湯を張った大きめの湯船でゆっくりとくつろぐ。
「ふぅ……父さんには困り者だけど、このお風呂だけは褒めてもいいね」
「……同意」
両足を伸ばしても十分以上に余裕があるし、2人ではいっても狭くない。
隣でしなだれかかってきた妹様は、まるで溶けたアイスのようにリラックスしている。
混ぜた柑橘系の入浴剤の効果か、身体の芯から温まっていくのが感じられた。
これは少々トリプルオーにログインするのは遅くなりそうだ。
――まぁ、なんだかんだ言って、僕も莉利とお風呂に入るのは好きなんだよね。
後書き
仕事場からiPhoneで投稿。
もともと書きあがってはいたので、最後ちょろっと書き足して終了。
次回はまたゲーム内に戻ります。
ログアウト不可までは予想がつくでしょうが、もうちょいお待ちください。
一応感想とか、お気に入りとか、くれると嬉しいです。